どっかの大学前。そこに原チャリでやって来ると、校門の前で速水さんが待っているのが見えた。
「お待たせしました」
「あっ、遅いわよ」
「すいません、道が混んでたもんで。原チャリ置いてくるんでも少し待っててくれます?」
「待ってても暇だから私も一緒に行くわ」
と、いうわけで駐車場に移動した。原チャリを止めて鍵を抜いた。
「……ここが文香さんの大学かぁ」
「何よ、知らなかったの?」
「はい。普段、アニメとか漫画の話しかしないもんで」
後はたまに文香さんが何処かから仕入れてくるアニメでやってたシーンの再現で遊んだりな……。手錠の件は未来永劫永遠に誰にも言わない。
「それで、文香さんの演劇って何処でやってんの?さっさと見てさっさと帰りたいんだけど」
「あら、せっかく来たのに文香と話をしなくても良いの?」
「や、友達と一緒の所を邪魔したら悪いなと思って。文香さんと顔合わせたら関係バレるかもしれないし、デメリットが多過ぎでしょ。何より、俺学園祭とか嫌いだし」
「そんな事ないわよ。デメリットは多くても、文香は喜んでくれると思うわよ?」
「………そうか?」
「ええ。………まぁでも、確かにリスキーではあるわね」
実際、その通りだ。かなりリスキーだ。だけど、文香さんが喜んでくれるなら考えてみても良いかもしれない。
「………ま、考えとく」
「じゃ、とりあえず中を見て回りましょうか」
「えー、さっさと演劇見ようよ」
「まだ開演時間じゃないのよ。それまで良いでしょ?」
「まぁ、良いけど」
と、いうわけで、とりあえず二人で回り始めた。そういや普通に速水さんと二人で学祭にいるけど、文香さんに見られたらヤバイな。後でちゃんと正直に説明しないと。この前、出掛けた時はなんとか許してもらえたし、大丈夫だとは思うけど。あ、勿論誕プレ買いに行ったとは言わなかったが。
そもそも、俺がここに来た理由は、もちろん文香さんの演劇を見るためだが、それ以上に文香さんが俺に隠してた理由が気になる。いや、隠してたわけじゃないかもしれないけどね。恥ずかしくて俺に見られたくなくて、言わなかったのかもしれないし。まぁ、九割九分九厘そうだと思うけどね。
………でも、それなら速水さんが知ってる理由がおかしいんだけどな。文化祭までは調べりゃ分かる事とはいえ、文香さんが演劇に出るって事までネットに載せるかね。アイドルがいれば学校の知名度が上がるとはいえ、それ以前に個人情報だから下手な事は載せないだろう。本人から聞いたとは思えない。そもそも、何で文香さんが演劇に?演劇部ってわけでもないだろうし………。一応、速水さんに聞いてみるか。
「あの、速水さ」
速水さんの姿が見えない。どうやら、逸れてしまったようだ。
あー、どうしよう。開演時間とか知らねーんだけど俺。電話してみるか。
「……………」
……出ない。まぁ、この人混みだし、気付かなくても仕方ないか。とりあえず、パンフレットもらいに行こう。
と、いうわけで、入り口付近まで歩いた。ボンヤリしながら階段を降りて歩いてると「あのー」とゆきのんみたいな声を掛けられた。振り返ると、見覚えのある人がサングラスを掛けて立っていた。
「?」
「すみません、道を教えてもらえませんか?」
「………高垣さん?」
「あら……バレてしまいましたか」
あーそっか。向こう芸能人だし、pso2内で話しただけだから俺の顔知らないか。
「俺ですよ。セルスリット」
「セル………?ああ、千秋くん?」
「どうも。何してるんですかこんな所で」
「少しね。ここの大学の特別ゲストで呼ばれちゃったのよ。それで、講堂に連れて行って欲しいんだけれど」
「や、俺別にここの学生ってわけじゃないんですけど」
「わかってるわよ。一緒に探して?って事」
「地図持ってないんですか?」
「持ってるには持ってるけれど……学祭の地図ってわかりにくいのよね………」
「貸して下さい」
地図を借りた。えっと……今は生物室が目の前にあるから………ここがここで……よし、把握。
「こっちです」
「あら、すごいのね」
「あ、ついでなんで一緒に速水さん探してくれませんか?逸れちゃって。講堂に着くまでで良いんで」
「一緒に来ていたの?」
「はい」
「良いわよ」
と、いうわけで、高垣さんと講堂に向かった。まずは校舎から出た。あーあ、また変な事になっちゃったよ……。この件についても、文香さんに後日、説明した方が良いか。
そんなことを考えながら講堂に向かって歩いてると、高垣さんが「あっ」と声を漏らした。
「どうかしました?」
「あのワッフル美味しそうじゃない?」
「………食べたいんですか?」
「良いでしょ?せっかく来たんだもの」
「まぁ良いですけど。俺、奢りませんよ」
「そんなつもりで言ったんじゃないわよ」
「や、ほら。たまにいるじゃないですか。女といるんだから奢れ、みたいな奴」
「私はそんなこと言わないわよ。こう見えてアイドルなんだから」
「あ、そうですよね。すみません、失礼な事」
「良いのよ。……でも、あなた変わってるわね」
「? 何が?」
「アイドルにそんなこと言えるの、あなたくらいよ」
「……………」
確かに。アイドルが身近になり過ぎて普通に失礼な事言っちまったな。
「ホントすみません」
「だから良いって。じゃ、買って来るわね」
「あ、じゃあついでに俺はチョコワッフルで」
「………本当に変わってるわね」
俺から150円をジト目で睨みながら受け取ると、高垣さんは買いに行った。しかしまぁ、なんつーか大学の学祭は規模が違うわ。研究室やゼミ、部活、サークルの数だけ屋台や出し物がある。
………すっげー参加したくねーわ。一度で良いから、屋台の営業はしてみたいと思う。だけど、そうすれば必ず従業員とトラブルが起こりそうだからなぁ。あと接客も嫌だし。やるなら、文香さんと速水さんみたいな仲良い人とやれば、意見の食い違いはあっても楽しくやれそうだ。
そんな事を考えてると、高垣さんが戻って来た。
「お待たせ」
「あ、どうも」
「さて、行きましょうか」
ワッフルを齧りながら出発した。
「っ!学園祭のワッフルの割に美味しいのね……」
「本当ですね。そこそこイケる」
「でも、なんというか……虫歯になりそうね」
「あ、キシリトールのガムありますよ」
「じゃあ、食べ終わったらくれる?」
「良いですよ全然」
「ありがとう」
まぁ、学生のレベルならこんなもんだろう。にしても、これが学祭初めての買い物だな。去年のうちの学祭は剣道部の店番しかしてなかったし。
で、そのまま二人でpso2について話し合ってる間に講堂に到着した。
「ふぅ、ありがとうね。千秋くん。でも、結局奏ちゃんは見つからなかったわね」
「ま、あいつもその内ここに来るはずなんで」
「あら、そうなの?」
「ふ……鷺沢さんが演劇に出るらしいんですよ。それを俺と速水さんは見に来ただけで………」
すると、スマホが鳴り響いた。画面には、速水奏の文字が出ている。
「もしもし?」
『ちょっと、何処にいるの?もうすぐ文香の演劇始まっちゃうわよ?』
「……ああ、悪い。ちょうど今、到着したとこだよ」
『なら早く来なさい』
「あいよ。先どの辺?」
『右上の方』
「おk」
それだけ話して電話を切った。
「なんか、速水さんここにいるみたいなんで」
「あら、それは良かったわ。それより、文香ちゃんが出るんですって?」
「らしいですよ」
「なら、私も一緒に見ようかしら。私の出番はもう少し後だし」
「了解です」
二人で講堂に入った。速水さんに言われた通り、右上の方の席に座った。一人寂しくアイドルが座ってるのが見えたので、写メを撮ってから声を掛けた。
「お待たせ」
「あ、遅いわよ。てかどこに行ってたのよ」
「や、まさかあんな簡単に逸れると思ってなくて。ごめんごめん」
「まったく……って、あら?」
「こんにちは、奏ちゃん」
「………楓さん?どうしてここに……?」
「私、ゲストで呼ばれて来たのよ」
「そうなの……。お疲れ様」
「いいえ?千秋くんとデート出来たし、楽しかったわよ」
「おい、何抜かしてんですか。案内しただけでデートはしてないでしょ」
「ふふ、冗談よ」
とりあえず、いつまでも立ってると邪魔になるし座るか。俺が座ると、その後に高垣さんが座った。………アイドルに挟まれるとか俺の人生本当にスゲェな、なんか。
高垣さんが持っていたパンフレットを借りて、これから始まる時間帯の劇を見た。
演劇部「ソードアート○オンライン」
おい、これ誰の許可を得てやってんだよ。訴えられたりしないんだろうな。伏せ字の意味まるでないし。
「………まんまね」
「………まんまなのね」
「………まんまだな」
三人揃って同じ感想が漏れた。しかし、となると文香さんは何の役だ?多分、やるのは原作一巻の流れをかなり要約してやることになるだろうし……閃光さんしか思い浮かばねぇ………。
いやでも、冷静に考えればアニメを使うのは悪くないかもしれない。客にヒロインがアイドルだと思われたくないだろうし、コスプレをすればアイドルだとはバレにくくなるだろうし。
そんな事を思ってると、劇が始まった。さて、文香さんのコスプレ姿をカメラに収めるか。
『ソードアート・オンライン、それは萱場アキノリによって始まった、デスゲーム。クリアするまで脱出不可能、ゲームオーバーは本当の死を意味する恐ろしいゲームであった』
おお、なんかナレーション始まったけどパンフレットに書かれたタイトルでの伏せ字が全く活かされてねぇぞ。あと、茅場アキノリって誰。
『そのデスゲームが始まって二年。とあるソロプレイヤーのキリオは、街の門の前で女性プレイヤーを待っていた』
キリオって誰だよ。雑過ぎんだろ。山田葵の兄かよ。
すると、舞台が明るくなり、中央にキリオ役の男が現れた。
『………遅い』
ああ、あのシーンか。ラグーラビットとかエギルとの絡みはカットしたな。まあ、通じはするだろうが。
すると、舞台の脇から白と赤の女性が走って来た。……つーか、文香さんだ。
『きゃああああ!よ、避けてー!』
『うおおっ⁉︎』
どっしーん☆と、二人はぶつかり、お互いに尻餅をつく。よかった、原作再現して胸を揉んでたら今からステージに乗り込んでキリオをマジでログアウトさせてる所だった。
『ど、どうしたんだよアスカ⁉︎』
『す、すみませんキリオさん……!た、助けて下さい………!』
『彼女の名前はアスカ、アイーンクラッドでは珍しい女性プレイヤーで………』
ナレーターが説明を始める中、俺は頭の中で「アスカって誰だよ」「アイーンクラッドってスッゲー知ってる芸能人思い出す」とかツッコミを入れてると、速水さんが俺を不安そうに見てるのに気付いた。
言わんとしてることを察し俺は、隣の高垣さんに聞かれないように、速水さんの耳元で小声で話した。
「………大丈夫です、流石に劇に嫉妬する程ガキじゃないです」
「………そう?それなら良いけど……」
すると、クラディール……じゃなくて倉内ディル雄が現れた。おい、なんで和名なんだよ。つーかディル雄って名前雑過ぎじゃね?
その後はほとんどパクリもパクリ、倉内をキリオが倒し、そのままアスカと狩に行き、そこでラクス(クラインポジ)と出会い、軍と出会ってボス撃破。その後に違ったのはヒールプリーズ(ヒースクリフポジ)と戦わずにキリオがシャア軍団(血盟騎士団ポジ)に入団した事だった。
「………何つーか、ただの雑なパクリ劇になってんな」
スターダストドラゴンストリーム(スターバーストストリーム)の演出はすごかったが。何がすごいって?12連撃が6連撃になってたとこかな。まぁ、演劇でやるんだから妥当か。
「………そうね」
「つーか、そもそもなんで鷺沢さんって劇に出てんの?」
「さぁ?なんか頼まれたとか言ってたけど……」
ふーん……ま、この様子なら俺の0.1%の心配も杞憂かな。そうこう思ってるうちに、倉内が死んで、結婚のシーンは省かれてラストの戦闘シーン。俺を差し置いて結婚してたら、ブチ殺してた。
まぁ、そんなこんなで劇は終わった。なんていうか、文香さんが俺に見せたいと思わなかったのがよく分かったわ。
「………帰ろう。速水さん」
「………そうね。なんか何もかもどうでも良くなったわ」
「………じゃあ、二人ともバイバイ」
高垣さんと別れて、俺と速水さんは帰宅した。今度、文香さんを全力で労ってあげよう。