鷺沢さんがオタク化したのは俺の所為じゃない。   作:バナハロ

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この時の俺は彼女の職を知らなかった。

 翌日、5時間目の数学の授業中。俺は俺ガイルの9巻を読み終えた。いやー、良かった良かった。三人の仲が戻って。これは10巻から新展開かな?今日も古本屋に通いそうだ。

 本を机の中に置いて、大きく欠伸をした。しかし、なんつーかアレだ。ここ最近は色んなことがあったなぁ。まさか、本屋の店員さんに本を貸した上、部屋に上がらせてもらえるとは。俺の人生でトップクラスに濃い日々だった。

 まぁ、俺ガイルを返却してもらえば、それも終わるだろうな。この世はライトノベルとは違う。女性と話す機会があっても、そこから進展する事はない。その辺を勘違いすると、すごく恥ずかしい思いをすることになる。あくまで他人だ。俺と鷺沢さんは。でも、鷺沢さん可愛かったな。

 いや、でも俺は彼女なんて出来たことないし、欲しいなんて思ったこともない。そんな奴が少し縁があった程度の女の子が気に入ったからって手を出した所で付き合えるわけがない。………でも、鷺沢さん可愛かったな。

 いやいやいや、でも仮に付き合えたとして、俺に彼氏としての立ち回りができるのか?いや、できるわけがない。だって知らないもの。ありのままの自分を見せる?それは振られろって言ってんのと同じだろ。だって、俺の人間性が良かったら、今頃モテモテだぜ?昔はよくジャ○ーズ受けろって言われてたほどイケメンだし。…………でも、鷺沢さん可愛かったな。

 

「ッ!」

 

 俺は机にオデコを当てた。ああもう認めるわ。鷺沢さんは可愛いです。でもね、それが付き合う付き合わないとは別だろ。好きか?と聞かれたらそういうわけでもないし。ていうか、さっきから何を悩んでんだよ俺は。もう良いだろ。考えるな。FGOでもやって忘れよう。

 ポケットからスマホを取り出し、金髪の女の子のアイコンを押そうとした直後だった。

 ピリリリリリリリッとスマホが鳴り響いた。鷺沢文香の文字がある。

 

「…………」

 

 この人はこの前散々謝って来ただろ………。そして俺も。学習しねぇなぁ………。

 先生が真顔でこっちに向かって歩いて来た。その歩幅が、まるで処刑までの時間を刻む秒針のようだった。そして、その最後の一歩を先生は踏み出した。俺に向けて手を差し出した。俺はそれに合わせて、両手を握り締めて手首を内側に合わせ、差し出した。

 

「………いや、逮捕じゃなくて。携帯を差し出しなさい」

「はい。すみませんでした」

 

 俺は素直にスマホを差し出した。周りから「またかよ……」みたいな声が聞こえる。学習しなかった俺が悪いから、何も言い返せない。

 さて、放課後はまた生活指導だ。

 

 ×××

 

 説教が終わり、俺は帰り道に鷺沢さんに電話をかけた。

 

「もしもし?」

『……は、はい。あの……申し訳ありません。今、バイト中でして……』

 

 お前は授業中に電話かけて来たんだけどな、とは言わないでおこう。

 

「じゃあ、直接行くんで」

『………分かりました。では、失礼します』

 

 電話は切れた。まぁ、とりあえず、行くか。にしても、鷺沢さんは何の用だったんだ?まさか、もう読み終わったとか、ないよね?なんか嫌な予感がしながらも、俺は本屋に向かった。

 到着し、レジに歩いた先での鷺沢さんの第一声。

 

「……す、すっごく面白かったです!続き、続きはないんですか?」

 

 お、おう………。

 

「………あの、まさか、全部……?」

「……はい。読み終わりましたけど………?」

 

 マジかよこの人。読書好きにもほどがあんだろ。正直引くわ。

 ………でも、そうか。面白かったのか………。

 

「………ちなみに、どの辺が?」

「……色々とありますけど……。比企谷さんが平塚さんからの電話を無視しようとして妹に連行された所ですね」

「わかる!」

「…ですよね!」

「あとあれ、戸塚と出掛けていつの間にか材木座が増えてたとこ」

「……あ、それも分かります!急に現れましたよね!挿絵では映画館の時点で後ろにいましたけど………」

「まぁ、感想言い合ってましたからね」

「………ちなみに、好きなキャラは誰ですか?」

「材木座」

「………あー、そういうキャラが好きなんですね。私はですね……」

 

 いつになくハキハキ喋るな……どんだけ面白かったんだよ。ガハマさんが気に入ったようで、目の前ですごく語っている。うん、分かる。すごく気持ちわかる。語りたいよなぁ……。

 

「………あの、でも少しなんですけど」

「?」

「……たまに、比企谷さんの語りの所で分からない言葉がありまして……」

「と、言いますと?」

「……例えばですね……」

 

 鷺沢さんは1巻を紙袋から出して、ページをパラパラと捲る。そして、一箇所を指さした。

 

「……ここです」

「………あー、俺ガイルはたまに他の作品とかの言葉も使ったりするんですよね」

「………他?芥川龍之介とか、ですか?」

「いやそういうんじゃなくて。他のライトノベルですよ」

「…………他の、ライトノベル?」

 

 ………あ、余計なこと言ったかも。

 

「……他にもこういう面白い作品があるんですか?」

「あ、あります、けど………」

「…読みたいです!」

 

 レジの置いてある机に手を置いて、グイッと身を乗り出してくる鷺沢さん。ちょっ、近い近い。でもいい匂い。

 

「お、落ち着いてください……。まずは俺ガイルを読まないと……」

「………あ、そ、そうですね。……11巻まで、でしたっけ?」

「あ、はい。俺もさっき9巻読み終わったんで、これから10巻買いに行くとこですけど………」

「……………」

 

 そんな強請るような目で見なくても分かってるよ。俺は鞄から9巻を取り出した。

 

「………読みま」

「…ありがとうございます‼︎」

 

 最後まで言わせろ。手渡すと、鼻歌を歌いながらご機嫌に読み始めた。俺はとりあえず1〜8巻の入った紙袋を手に取った。

 ………えーっと、どうしよう。帰って良いのかな?

 

「…………じゃ、俺はこれで」

「……またのご利用をお待ちしております」

 

 何も買ってないどころか本を貸しに来たんだけどな。もう読書に集中しちゃってるよ………。さて、とりあえず10巻買いに行かないと。

 

 ×××

 

 それから二日後。俺も鷺沢さんも俺ガイルを全巻読み終え、本屋で感想を語り合った。もう、鷺沢さんはハマるにハマっちゃって、今度全巻まとめ買いするそうです。

 

「………すごい、ですね。俺ガイルって」

 

 鷺沢さんがパラパラと俺ガイルの10.5巻を捲りながらつぶやいた。

 

「……私、こんな種類の本があるって、知りませんでした……」

 

 うん、知ってた。ラノベという単語も知らないし、この本屋の品揃え見れば、誰だってそうなんだろうと思うわ。

 

「ちなみに、俺ガイルはアニメ化もされてますからね。ヒッキーやゆきのんがヌルヌルと動きますよ」

「……アニメ、ですか……。レンタルビデオ屋さんにありますか…?」

「あると思いますよ。人気でしたし」

「……………」

 

 見る気か?いや、別にそれは個人の自由だが。

 

「まぁ、俺ガイル以外にも面白い作品はたくさんありますよ。こういう青春ラブコメ以外にも、異能バトル系とか異世界転生ものとか」

「………伊能バトル……?伊能忠敬、ですか……?」

「いや、異なる能で異能です。簡単に言うと、能力を持った人達がそれを使って戦ったりするんです」

「…………すみません。イマイチ、ピンと来ません」

「とある魔術の禁書目録とか勧めたいんですけど、あれ多いんですよね………。全部で30巻くらいありますから」

 

 もしかしたら、もっとあんのかもな。まぁ、10冊分を1日で読み切るこの人なら4日くらいで終わるだろうけど。

 

「………分かりました。とある魔術のインデックスですね」

「え?よ、読むんですか?」

「……はい。そのくらいなら3日で読んじゃいます」

 

 想像以上だこれ。まぁ、本人が言うなら止めないけど。

 

「じゃあ、うちにあるの明日持って来ますね」

「……あ、明日は………」

「? 何か予定あるんですか?」

「………い、いえ、その……明日でしたら、夜の9:30頃に来ていただいた方が………」

 

 なんだろ、何か授業でもあるのかな。俺の見立てだと高校生くらいのこの人が………?あれ?そういや、この前も今日も俺が授業中の時に電話かけて来たよな………。高校の時間割りなんて大した時間差ないだろうに。

 

「さ、鷺沢さんってもしかして………」

「………っ」

「大学生ですか?」

「…………はい?」

「いえ、なんか電話かけて来た時間帯とか考えると、大学生しか思いつかなくて……」

「………そう、ですけど」

 

 歳上だったのか………。

 

「すみません、高校生だとばかり思ってました」

「……い、いえ………」

 

 あれ、なんか元気なくなったな……。子供っぽく見られたと思われたのかな。これはフォローしとかないと。

 

「べ、別に子供っぽく見えたって意味じゃないですからねっ?女子高生なんて、ていうか男子高校生もですけど、キャーキャー騒いでる猿と変わりませんから。鷺沢さんは、こう……そう、若く見えるって意味で………」

「…………」

 

 キョトンと可愛らしく首を捻る鷺沢さん。俺は何を言ってるんだ……口説いてんのかよ。

 俺の意図を理解したから知らないが、何かを思った鷺沢さんは突然、頬を赤く染めた。

 

「……そ、そんな………!と、年相応です………‼︎」

 

 あ、褒められたと思って普通に照れただけか。かわいい。まぁ、褒めたわけじゃねぇんだけどな。結果的に褒めに繋がっただけで。

 俺も鷺沢さんも、目を逸らして黙り込んでしまった。え、何これ。どうすんの?この空気。どうしたら良いの?どうしたら許してくれるの?

 ていうか、少し外見の話をしただけでなんで顔赤くしてんだよ。………俺もだが。

 純情にも程があんだろ。………俺もだが。

 

「ま、まぁ、そういうことなんでっ。すいませんなんか」

「……いえ、別に。こちらこそ、すいません……」

 

 しかし、子供っぽく見られたところが関係ないとすると、なんで落ち込んだんだ?なんかやらかしたのかな。でも、心当たりがまるでない。やっぱ、子供っぽいって思ったって思われたのかなぁ。

 ………っと、もう良い時間だし、そろそろ帰るか。俺は立ち上がりながら言った。

 

「ま、分かりました。明日の9:30くらいに伺いますね」

「……はい。すみません、私の都合で………」

「や、いいですよ。俺は別に普通に暇人なんで」

「…そ、そうですか………」

 

 あ、少し引かれた。

 苦笑いを浮かべた後、鷺沢さんは微笑みながら、帰ろうとする俺に声を掛けた。

 

「………た、鷹宮さん」

「?」

「……他にも、面白い本を教えて下さいね」

「………いいですよ」

 

 まぁ、人によって好みのジャンルとかあるだろうし、俺にとっての「面白い」が鷺沢さんに合うかは分からんけどな。

 俺は軽く会釈をしてから、本屋を後にした。

 




次の話でようやくプロローグが終わります。長い序章だったね。

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