鷺沢さんがオタク化したのは俺の所為じゃない。   作:バナハロ

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風邪引くふみふみ(1)

 文香が風邪を引いた。まぁ、雑巾みたいに濡れて家に来て、シャワーの後にタオル一枚で男を押し倒し、夜になっても俺の脇腹を突いたり腕にスリスリしたり、深夜テンションでどちらかというとペットみたくなっていれば、風邪引くのも当然だ。

 

「………すみません、ちあきくん……」

 

 ハァ、ハァと息を切らしながら、文香は千秋に謝った。

 

「や、まぁ仕方ないですよ。昨日は雨すごかったし、俺もすごい怒られましたし、バスタオル姿で」

「……ば、バスタオルの事は言わないで下さいよ………」

 

 顔を赤くして、布団で顔の半分を隠しながら、ボソッと呟いた。その様子に心底可愛い思いつつも、何とか顔に出さずに千秋は立ち上がった。

 

「何なら食べられますか?うどんとか?」

「……そ、そうですね。うどんとかだと嬉しいです……」

「了解です、今作りますから」

 

 千秋は台所に向かうと、まずポカリをコップに注いで文香の枕元に置いた。それからうどんの調理を開始。

 すぐに完成させると、文香の隣に持って行った。

 

「はい、お待たせしました」

「………すみません、わざわざ」

「大丈夫ですよ。前は俺が面倒見てもらいましたし」

「……ありがとうこざいます。いただきます」

 

 うどんを受け取り、ふぅふぅしながら啜った。その間に、千秋は棚から冷えピタと風邪薬を取り出し、コップに水を汲み、アイスノンを冷凍庫から出して持って来た。

 

「文香さん、冷えピタです」

「……あ、はい。ありがとうございます」

「あと、風邪薬です。水もあるので、食べ終えたら飲んで下さい」

「……はい、すみません」

「あと、タオル巻いたアイスノンもあるので頭の下に置いてください」

「………は、はい……。あのっ」

「他に何かしてほしいことあったら言ってくださいね。いつでもここにいますから」

「………へっ?ここに?」

「はい。そうですけど」

「………今日、学校ですよね?」

「何ですかそれ?」

 

 惚けた回答に文香はムッと頬を膨らませた。

 

「………行きなさい」

「えっ?」

「……学校に行きなさい」

「えっ、なんでですか?」

「……なんでそんな純粋に聞き返せるんですか?お気持ちは嬉しいですが、そういうことはちゃんとしなきゃダメです」

「でも、文香さんの面倒見ないと……」

「………帰って来てからで十分ですから。千秋くんは学校に行って下さい」

「で、でもっ……何かあったら………」

「………ていうか、行ってくれないと私このまま帰ります」

「制服に着替えます」

 

 自分は気にしないが、文香は気にすると思うので洗面所で着替えた。

 着替え終わると、歯磨きをして鞄を持った。

 

「じゃあ行ってきますね」

「……は、はい。お気を付けて。けほっ、けほっ……」

「……大丈夫ですか?」

「………大丈夫ですから。行ってください」

「……あの、冷蔵庫にお茶でも入ってるので、喉乾いたら」

「……は、はい」

「………あ、あと汗かいたらジャージの替えはあのタンスに入ってますから」

「………わ、わかりました」

「…………あ、あと何か異変が起こったり、帰りになにか買って来て欲しいものがあったりしたら、連絡下さい」

「…………は、はぁ」

「……………あ、あと誰かうちに来ても無視して全然良いので……」

「早く行きなさい。私は大丈夫です」

 

 怒られたので、千秋は早く行こうとした。だが、その前に一つ言い忘れたので、最後に付け足した。

 

「あ、あと……」

「なんですか?」

「あ、いや最後にしますから。えっと……あそこの押入れあるじゃないですか」

「……あ、はい」

「………あれ、絶対開けないでください」

「へっ?」

「………絶対に、です」

「………わ、分かりました」

「では、行ってきます」

 

 千秋はそれだけ言うと、部屋を出て行……こうとして最後に振り返った。

 

「……あの、ホントに何かあったら」

「早く行きなさい」

 

 学校に行った。

 で、文香はうどんを食べ終えると、冷えピタを貼っつけた。

 

「………貼ってくれれば良かったのに」

 

 そう呟くと、布団の中に寝転がった。布団の上で寝転がり、目を閉じた。すんすんと布団の匂いを嗅いだ。

 

「……………」

 

 千秋の匂いがしない。考えてみれば、普通一人暮らしの家に布団が二枚ある事はない。こっちはほとんど文香用なので、当然と言えば当然だ。

 

「………しばらく、千秋くんは帰ってこないよね」

 

 文香は起き上がって、自分の使っていた布団を畳むと、千秋が寝ていた布団を広げ、その上に寝転がった。

 

「〜♪」

 

 突然鼻歌を歌い出した。が、すぐにケホッケホッと咳をしたのでやめた。

 大人しく寝ようとしたところで、また別の問題が発生した。匂いで眠れなくなってしまった。

 

「…………」

 

 なんか今更自分の行動が恥ずかしくなり、誰がいるわけでもないのに恥ずかしくなって布団で顔を隠した。

 しばらく目を閉じて大人しくしていたものの、眠れないので、頭の中で暇潰しをすることにした。

 

「………そういえば」

 

 何か思い出したように、文香は押入れを見た。千秋が絶対開けるな、と言っていた押入れ。何が入ってるのかすごく気になった。

 

「……………」

 

 見るのはやめた。千秋が見るな、と言ったなら見るべきではないと思い直し、布団の中で丸まった。

 

「……………」

 

 でも気になり、布団から顔を出して押入れを見た。もしかして、とても大事なものが入ってるのかな、と思ってみたり。

 

「……………」

 

 でも、それなら自分に隠す必要はないでしょ、と思い直し、布団の中で丸くなった。

 

「……………」

 

 もしかしたら、点数の悪いテストが入ってるのかも、と思って布団から顔を出した。もしそうなら、叱ってやろうと思ったりした。

 

「……………」

 

 でも、そんなのび太みたいな事はないと思い直し、布団の中で丸まった。

 

「……………」

 

 エロ本の可能性も思い浮かび、押入れを布団の中から覗いた。そういえば、昨日没収したエロ本、アレの内容が気になった。自分のためではないとは言え、買ったのは千秋本人。少なからず、本人の好みが反映されているはずだ。

 ふと廊下を見ると、昨日没収したエロ本が落ちていた。

 

「………こ、これはあくまで千秋くんの好みを把握するためです。断じて私のためではありません」

 

 一人しかいないのに言い訳をしながら、そのエロ本を拾ってパラパラとめくった。多いのは、やはり巨乳だった。

 

「……………」

 

 布団の上でエロ本を読みながら、自分の胸を寄せてみた。

 

「…………私も負けてないと思うのですが……」

 

 いつの間にか、無意識にそのエロ本を千秋が自分で買ったもののように思い込んでしまっていた。

 

「………うわ、あ……」

 

 男のエリンギが女の色んな穴に突っ込まれてる所を見ながら、文香は思わず両手で顔を隠した。隠した割に、指と指の間からチラチラと見ていた。

 

「………そういえば、千秋くんにも……これ、生えてるんですよ、ね………」

 

 そう思うと、更に顔が真っ赤になった。千秋の奴はどんな形なんだろう、とソワソワしながら考えてると、段々と体が火照って来るのを感じた。

 

「っ………」

 

 頬が紅潮し、変な気分になって来た時だった。

 

  ピンポーン、とインターホンが鳴った。

 

 ビクビクンッと文香の肩が跳ね上がった。慌ててインターホンを見ると、楓の姿があった。

 

『文香ちゃん?』

 

 バックンバックン言ってる胸を右手で抑えながら、乱れてる息を何とか整えた。一発で正気に戻り、文香は慌てて玄関を開けた。

 

「はっ、はいっ」

「お見舞いに参っ……どうしたの?」

 

 尋常じゃないくらい汗だくの顔と、真っ青かつ真っ赤な顔色を見て、楓は怪訝な表情を浮かべた。

 

「……ど、どうもしませんよ?」

「尋常じゃないくらい汗かいてるけど……顔色も悪いし、そんなに体調悪いの?」

「………いっ、いえ、その……」

「それなら、早く寝た方が良いわよ。ほら、布団に戻りましょう?」

「ちっ、違っ……これは」

 

 楓に背中を押されながら、部屋の奥に連れて行かれた。そもそもなんで楓さんがここに?とか考えながら連行されてると、「んっ?」と楓が声を漏らした。

 その視線の先には、布団の上のエロ本。文香は別の意味で顔色が悪くなった。

 楓が、ギギギッと文香を見た。

 

「………文香ちゃん?」

「………は、はい」

「まさかとは思うけど、これを読んでて熱が上がったなんて事はないわよね?」

「…………すみません」

 

 その反応を見て、楓は額に手を当ててため息をついた。

 

「………文香ちゃんって、えっちな子だったのね……」

「ち、違います!」

「はいはい、いいから布団の中に入りましょうねー。えっちな文香ちゃん」

「っ!か、楓さん………‼︎」

 

 顔を真っ赤にしてぷんぷんと怒る文香を、楓はどうどうと落ち着かせて布団に寝かせた。

 

「………うぅ、読まなければよかったです……」

「そもそも、なんでそんなの持ってたの?」

「………………」

 

 言えなかった。千秋くんがエロ本をマスコミへの口止め料にしようとしていたものを私は読んでました、なんて言えなかった。

 だが、別に自分のものというわけでもなく、何と答えようか頭の中でグルグル巡らせた結果、文香はボソッと呟いた。

 

「…………ちっ、千秋くんが持っていたものを……興味本位で」

「………あの子は後で説教ね」

 

 ああ、ごめんなさい千秋くん………と、心の中で謝罪した。今度何か奢ろう、とも思った。

 すると、楓は不機嫌そうに呟いた。

 

「まったく……こんなに可愛い彼女がいるのに、こんな物持ってるなんて…………」

「…………へっ?あの、今なんて?」

「ん?………あー、私も知っちゃったのよ。文香ちゃんと鷹宮くんが付き合ってる事」

「な、なんでバレたんですか⁉︎」

「鷹宮くんがバラしたの」

「………千秋くんが?」

「ええ。『本当は奏さんに頼もうとしてんですけど、あの人アレで高校生なんですよね。で、唯一学生じゃない高垣さんに頼もうと思って』って頼んで来たわ」

「………それ、奏さんには絶対言えませんね……」

「彼、すごくあなたの事を心配してたみたいよ。最近まで関係を隠していた私にバラすくらいだもの。背に腹は代えられないって感じだったわね」

「………………」

 

 そんなに心配してくれてたんだ……と、文香は少し嬉しくなった。そして、エロ本の件身代わりにしてごめんなさい、とも思った。

 

「私は午後から予定があるから、一緒にいてあげられるのは午前中だけだけど、何かして欲しいことがあったら何でも言ってね?」

「………は、はい。すみません、楓さん」

「病人は気を使わなくて良いの。寝なさい?」

「………分かりました」

「………あ、えっちな本読んでたことは内緒にしてあげるからね?」

「っ!か、楓さん!………よろしくお願いします」

 

 何か言われる前に負ける文香だった。

 

 


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