文香の香りがする。何処からだ?匂いのする方に顔を向けると、文香がおみやげ屋さんの中にいた。うちの学生服の集団をジッと見ている。どうやら、俺のことを探しているようだ。けど、なんだ。合点がいったぜ。昨日、向こうから求めてこなかったのは、今日ここに来るからだったんだな。大学サボってまで来やがってあのバカ……。まぁ、その辺は自己責任だが。
すると、三村さんが戻って来た。
「鷹宮くん、集合写真だけ撮ったらバスで休んでて良いって」
「マジかよ………」
まぁ、たかだか乗り物酔いだからそうなるか。
仕方ないので、荷物を持ってバスに向かった。俺の席はバスの中でも三村さんの隣のようで、しばらくバスに揺られた。正直吐きそう。後ろからタクシーが付いて来ているのは、おそらく文香だろう。あの子、ストーカーの気質があるな。
「……泣きそう」
「も、もう少しだから、頑張ってっ」
もう少しってどれくらいよ……。あと何年後の話なんですかね……。
そのまま吐き気と戦いながらバスに揺られること数十分、ようやく到着した。このなんかすごい赤い城だが、そんな事どうでも良いくらいに体調悪い。
「………降りよう」
「ん」
二人で降りて、首里城に足を踏み入れた。で、ここで何しろ言うねん。見学して写真撮って何?奈良や京都みたいに有名な所ならそれなりに感動はするが、首里城とかイマイチパッとしないし、来ても「すげー」「赤いわー」「シャア専用だわー」としか言えない。
これは飛行機酔いに感謝だな、なんて思いながら記念写真の順番を待った。生徒達に紛れて後ろを見ると、文香が後からついて来ていて「ここが、阿波根さんの聖地……」とかほざいてた。海子って呼んでやれよ……。
うちのクラスが写真を撮る番になり、全員で並んだ。当然、俺は一番横の一番後ろ。目立たない位置に並び、まずは一枚。で、なんで三村さんは俺の隣に来るのかな。やめろよ、俺のこと好きなのかと思っちゃうだろ。
「鷹宮くん、大丈夫?」
「ああ、さっきよりマシ」
まぁ、体調悪いんだけどね。
そんな会話をしてる間に、まずは直立不動で写真を撮った後、ポーズをとって良いことになった。
俺はとりあえずポーズはとらない。だってイベントの時だけはしゃぐ奴、みたいに思われたくないし。と、思ったら隣の三村さんが声をかけて来た。
「アークスダンスのポーズとりましょう!」
「は?え、どうした急に。てか、二人じゃキツくね」
「せーのっ!」
「ゆゆ式OP⁉︎」
三村さんは何故か最後の「pso2!」のポーズをしたので、俺も一緒にそのポーズをした。パシャッと写真を撮る音が聞こえて、写真を撮った。
………何やってんだよ俺。なんかすっごい恥ずかしい思いした気がする。今更顔を赤くして後悔してると、ブルッと寒気がした。そっちを見ると、文香がニコニコ微笑んだままこっちを見ていた。
「…………」
「…………」
こ、怖い………。え、何その笑顔。抹殺の使徒みたいな笑みして……。いや、でもクラスメートとの思い出作れって言ってたの文香だし、
恐れていると、写真撮影が解散になった。
「鷹宮くん、バスに戻ろっか」
「いや、早く回ろう。なるべく早足で。そして一番奥で待機しよう」
「え?う、うん」
ふと後ろを見ると、文香はスマホで通話しながら何度もペコペコと頭を下げていた。なんだ?もしかして、撮影に来てたのか?偶然、俺が修学旅行の間に?だとするとアレはプロデューサーさんに連絡でも取ってるのか?
………いや、文香って割とアホだから、もしかしたら学校だけじゃなく仕事もサボってこっちに来たのかも……。あり得るな……後で聞いてみるか。
とりあえず、何にせよまた文香に謝る事が増えたな……。
×××
首里城見学が終わり、ホテルへバスで移動。その間も三村さんと軽くお話し、ホテルに到着した。バスから降りる前に先生が全員に言った。
「あー、ホテルに入る前に一つ。他所の学校も同じホテルに泊まるから、仲良くしなくても良いけど、その辺よろしくな」
え、マジ?嫌だなー。そういうの苦手だから……。まぁ、関わることなんてないと思うけど。
ホテルに入り、そこからは飯の時間以外はほとんど自由。とりあえず、全員での飯の時間が終わり、部屋に戻ると速攻で俺は部屋を出た。だって、同じ部屋に仲の良い人いないし、ここは気まずくなる前に退避するのが正解だろう。
ポケットWi-Fiと3○Sはポケットに入れて来たので、とりあえずホテルの中で誰も来そうにないところを探そう。
そう思って探索してると、廊下なのに広くなってるとこに出た。何故か、楽器がいくつか置いてある。
「………………」
ああ、楽器を見るとついトラウマが………。けいおん!に憧れてギターを練習したっけなぁ………。小学生の頃に少しだけピアノをやってたからか、ギター、ベース、ドラムに興味が出て、楽器屋で覗いたり、実家に帰った時は親父の借りたりしていたが一向に上達せず、結局ピアノしか弾けなくて、もうやめよっかなーなんて考えてたわ。でも、唯か澪か髪下ろしりっちゃんが好きだった俺はやけに悲しかったなぁ。今はムギちゃんも大好きです。
で、この楽器は誰のなんだろう。ホテル備え付けのなら弾いてみたいんだけどなぁ。
「………………」
弾くのはやめておこう。人通ったら目立ちそうだし。
このホテルは大きく分けて西棟と東棟の二つの建物に別れている。見た所、その西棟がうちの学校でもう半分が東棟のほうだ。そっちに行こう。行くのは禁止されていないからな。
東棟のフロントに到着し、そこのソファーに座った。ここなら、向こうの教師は見たことない子供が遊んでて、うちの学校の教師が来ても向こうの生徒が遊んでるように見える。そもそも、こっちに来るとは思えない。
「……あ、文香今家にいねーのか」
そうじゃん、ポケットWi-Fiいらないやん……。仕方ない、ソロで行くか。通信はやめよう。あんま知らない人とやるの好きじゃないし。
最近はギルドスタイル狩技なしでやってる。来年発売のワールドのために慣らしてる所だ。
バルファルクを相手に、ノーダメクリアを狙いながら片手剣を振ってると、いつの間にか誰かが後ろから画面を覗き込んできていた。
「?」
「………こんばんは、千秋くん」
「……ふ、文香………」
「……何してるんですか?こんな所で」
「………あ、いや……」
慌てて3○Sを隠した。
「………部屋で、友達といなくて良いのですか?」
「………………」
そこは良い。怖いのは、さっき最後に文香を見たのは、抹殺の使徒のような笑みだった。てか、今思い出してもチビりそう。
そんな考えが表に出ていたようで、文香は微笑みながら言った。
「………大丈夫です、先程の件なら怒っていませんよ。私がクラスメートと楽しんで下さい、と言いましたから」
「………へっ?」
「………どうでしたか?一日目は楽しかったですか?」
意外な反応……いや、でもまぁ、そういう事なら感想言うか。
「別に首里城行っただけなんで、特にないですよ」
「……輝く、虹を見せて」
「pso2!」
「………随分、楽しかったみたいですね」
「はっ、体が勝手に」
怒ってない、とは言うけど明らかに不愉快そうだ。
「ていうか、そもそもなんでいるんですか」
「………撮影です」
「嘘だ」
「……本当ですよ。トライアドプリムスの皆さんの撮影について来たんです」
「なんで⁉︎」
「………お手伝いで」
「え、そんな自分と全然関係ない撮影に手伝いに………?」
多分この人、俺のためについて来たんだろうなぁ。変わった人だ。
「………じゃ、少し外出ますか?」
「………良いのですか?」
「良いでしょ。結局、夏とか俺と文香で海行ったことないし」
このホテルの前は海になっている。表に出れば海だ。
「………でも、クラスメートの皆さんとは?」
「いいです、友達いませんし」
「………アークスダンスの子は?」
「女子の部屋行けって?」
「……では、海に行きましょう」
二人で表に出た。ザザァ………ッと波の音が聞こえる。こうしてると、以前はドラマとかは「こいつら海歩いてるだけで楽しいとか何言ってんの?」とか思っていたけど、いざこうなると割と楽しいわ。やっぱ空気や雰囲気って大事だな。
「……明日からの予定はどのようになっているのですか?」
「明日は班行動、明後日は午前中クラス行動で午後は班行動、4日目は自由、最終日はクラス行動です」
「………では、4日目に御一緒してもよろしいでしょうか?」
「いいですね、そうしましょう」
よっしゃ、4日目が楽しみになってきた。
すると「おーい」と後ろから声が聞こえた。北条さん、渋谷さん、神谷さんが走って来た。
「文……あれ?鷹宮くん?」
「なんでここにいるの?」
………厄介な奴らに見つかった。
「どうも」
「なんでここに……?まさか、文香さんを追いかけて⁉︎」
「いやいや、逆、逆」
すると、三人はニヤリと微笑みながら文香を見た。
「………ふーん?」
「彼氏を追いかけて?」
「わざわざあたし達に付いて来たんだ?」
「っ……!い、いいでしょう別にっ」
あーあ……まぁ、自業自得だし、仕方ないか。
「じゃ、俺部屋に戻りますね?」
「何?私達が来て照れてるの?」
北条さんが俺の事もからかおうと思ってるのか、ニヤニヤしながら言った。
「? 違うから。お前らが来たって事は、プロデューサーがいつ来てもおかしくないだろ」
「あ、な、なるほど……」
「俺がここにいるって事がバレるだけでもマズイんだから。かなり不自然な形で文香ここに来たんだし」
「そ、そっか………」
「じゃ、撮影頑張って」
帰ろうとした俺の腕を文香が掴んだ。何?と言いかけて振り返った直後、キスされた。俺も北条さんも渋谷さんも神谷さんも顔を赤くした。口の中を舐め回されることはなかったけど、キスはキスだ。
「………え、おまっ、外で……」
「………では、千秋くん。また」
文香は逃げるように走ってホテルに向かい、「……じゃあ」「……また」「……ち、チューしやがった」と三人は呟きを残してその後を追った。
×××
未だ心臓をバクバク言わせながら、俺はホテルに戻った。そういえば、ここ東棟か。早く西棟に戻らないと。
歩いてると、ドンっと誰かとぶつかった。
「きゃっ」
後ろに尻餅をついたのは、おそらく向こうの学校の女子生徒だろう。
「あ、すいません」
「い、いや、こっちこそごめっ……」
なんだ、可愛い子だな。茶髪のショートヘアが似合ってる。
その子は俺を見上げると、キョトンと首を捻った。
「……あれ?誰?」
「えっ、何急に」
「え、だって修学旅行生、だよね?でも、うちの学年に君いたっけ?」
「………ああ、俺は別の高校なんで。西棟に泊まってる」
「あ、ああ、なるほど……。って、早く戻らないとっ。ごめんなさい」
「いえいえ」
その子は走ってエレベーターに走った。可愛い子だったなー。何、最近のJKってみんなアイドルみたいに可愛いの?
そう思ってると、女の子が尻餅を着いた場所にヘッドホンが落ちていた。あの子の落し物か?
でも、いくら他所の高校とはいえ、女子の部屋に突入するのは退学も良いとこだよなぁ。
「……………」
とりあえず、修学旅行五日間もあるし、一応俺が持っとくか。