気遣いは大切だが、気を遣い過ぎるのも良くない。ちょうど良くやろう。
期末試験が終わり、冬休みに入った。まぁ、そんな時期でも文香はアイドル業もあって忙しい。そのため、冬コミには行かなくなった。なんでも、誰とは言わなかったが同人誌を持っている知り合いがいるらしく、その人に借りて読んだりしていたらしいので、行く必要がなくなったそうだ。
まぁ、そんな話はともかく、今は少ない空き時間でL○NE通話で文香とクリスマス付近の予定を決めている。
「20は?」
『……申し訳ありません。20、21日は、ライブの練習でして』
「22は?」
『………その日は、Mステのライブに出なくてはならなくて』
「ふむ……23?」
『………その日も、25日のクリスマススキーイベントの練習と打ち合わせで……』
「てことは、24もか……」
『………はい。24、25で泊りがけでして』
………分かっちゃいたが、やはり多忙だな。クリスマス当日に会えるとは思ってなかったが、その前前前日までビッシリ予定が詰まってるとはなぁ。前前前世から予定を探し始めるべきだったか……。
というか、クリスマススキーイベントってなんだろうか。
『………あ、でも25日の夜と26日は空いていますよっ?』
「マジ?なら………」
その日に会おう、と言おうと思ったが、口が止まった。今でさえ忙しい文香は、これから休日無しに仕事詰めだ。それなのにクリスマスの夜に俺が遊びに行って大丈夫なのか?疲れとか溜まってるんじゃないのか?
いや、そりゃ俺は会いたいけど、向こうの事情も考えないとダメだろ。
「いや、いいや」
『………はい?』
「今年のクリスマスは諦めよう。大変でしょ?」
『………なんでですか?』
なんでって……あー、文香の事情を考慮して俺が気を遣ったとか察されたら、逆に気を遣わせそうだな……。なんか、こう……上手い具合の理由無いかな………。
「あー……し、正月は二人で出掛けるし、その為にバイトしたいなーみたいな………」
正月は文香と一緒に初詣に行く。うちの親戚の家の方に初詣にもってこいの神社があるからな。そこに行く事になっている。
すると、電話の向こうから驚く程冷たいため息が聞こえて来た。
『はぁ………。話は分かりました』
「………は、はい?」
『………では、今年はもう会わないという事でよろしいですね?』
「へ?あ、いやクリスマスが終わればそれなりに予定は空くのでは………」
『そろそろレッスン再開するので失礼します』
電話は切られてしまった。えっと……なんだろう。俺なんかまずい事言ったのかな………。まぁ、嘘がバレると厄介だし予定も無くなったから、とりあえずどっかバイトを探すとするか。
俺はバイト雑誌を取りにコンビニに向かった。
×××
取りに行ったバイト雑誌をめくってると、速水さんから電話がかかって来た。んだよ人が集中してる時によー。まぁ無視したら後がめんどいから出るけど。
「もしも……」
『何やってんのよあんたぁーーー‼︎』
………キーンと来た、今、キーンと来たよ耳に。鼓膜が逝くかと思った。てか何?いきなり何のつもり?
「………何がだよ。つか、耳死んだんだけど……」
『あんった、前からバカだバカだと思ってたけど、ここまでバカだとは思わなかったわ!』
「だから何がだよ。喧嘩売ってんの?」
『クリスマスの事よ!なんで文香と過ごさないの⁉︎』
耳が早い事で……。ていうか、世話焼き姉ちゃんかよ。
「いや、俺も一緒にいたいとは思ってたよ?だけど、ほらお互いの都合とかあるじゃん」
『何よお互いの都合って』
「あー……」
どうしよう、言いたくないんだけど……でも、言わないと何言われるかわかったもんじゃないし。
「いや、ほら?文香って12月忙しいらしいじゃん?」
『ええ。そうね。それで疲れが溜まってるかもしれないし遠慮したんだ?』
「なんでそこまでわかんの⁉︎エスパー⁉︎」
『分かるわよ。あんたと文香の思考回路なんて』
お、おう……。それ別の問題が発生してると思うんだが。
『そんなことはどうでも良いのよ。とにかく、文香に謝りなさい』
「いや、なんでよ。だって実際疲れてるでしょ?しかも24、25は泊まりがけなんでしょ?それが終わって今度は俺を泊まらせてくれるなんて向こう超疲れると思うんだけど」
『………なんで貴方がその疲れを癒してあげようってならないのよ』
「…………なるほど。その発想はなかった」
『このポンコツ!』
「……しかし、俺に癒せるだろうか。文香ってあれだよね?本大好きじゃん?むしろ一人で本読んでた方が疲れも取れるんじゃ」
『あんたホンットダメだわ。もうホントダメ。ダメダメ村のダメダメチャンピオンだわ』
「おい、いくらなんでも言って良い事と悪い事があるぞ」
失礼過ぎるだろ。ていうか何その不名誉過ぎる村。3日で滅びそうだな。
でも、真面目な話、文香とこれから会うのは無理そうだ。何より、なんか怒っていたみたいだし、電話も出てくれないかもしれない。
「………でも、今から予定を変えるのは無理だろ。しばらく文香と会う機会なんてなさそうだし、電話出る暇もなさそうじゃん。てか、いつ電話したら良いのかわからないし。文香の足を引っ張ることだけは御免だから」
そう言ってみると、速水さんは多分電話の奥で微笑みながら言った。
『………ふーん?そう言う事言うの?なら、私に任せなさい』
「…………は?」
そこで通話は切れた。………でも、そうか。なんか知らないけど文香は傷付いてたんだな………。速水さんがそうやって怒る時は、大抵文香が傷ついた時だから。
俺は正直、正月や誕生日、記念日と違ってクリスマスの特別性がイマイチ理解出来ていない。何故なら、キリストの誕生日だと知ってしまったからだ。何故、キリストの誕生日だけ世界中で祝われてるのかが分からない。だから、今回の件もあんな風に言ってしまった。
「………もう少し、女心とか学ばないとダメなんかなぁ」
そんなことを呟きながら、その場でゴロンと寝転がった。
すると、また電話がかかって来た。
「………プロデューサーさん?」
珍しいな。もしかして、また貸して欲しいBlu-rayでもあったのかな。
「もしもし?」
『ああ、鷹宮くん?君、24と25暇かな?』
「暇ですけど」
『良かった、バイトしないかい?時給弾むから……』
「やりましょう」
来たあああああああああ⁉︎正直、面接とか応募とか面倒だったから助かるわ!
「今回も泊まりですか?」
『ああ。新潟までね』
「新潟?寒そうですね〜。緒花とかいるんですか?」
『いやいや、スキー場だから』
「…………はっ?スキー場?」
待って。スキー場ってどこかで聞いたんだけど。
『いやー、奏の言う通り鷹宮くん誘ってよかったわー。面倒な面接とか必要無いし、二つ返事でOKしてくれるし、周りの子達とそこそこ面識あるし』
………は?速水さんの差し金?なんか、嫌な予感が………。
『それにほら、鷹宮くんってスキー超上手いんでしょ?ジャンプして空中で四回転くらいできるんでしょ?』
「いや出来るか!何言ってんだよあの人!」
ていうか、スキーってまさかさ………!
「あの、今回俺が同行する企画のタイトル教えてもらえます?」
『ああ、言ってなかったね。クリスマススキーライブだよ』
「………参加メンバーは?」
『えーっとね……美波……新田美波と橘ありすと相葉夕美と高森藍子と、後は……』
あ、そのメンバー知ってる気がする。いや、諦めるな。奇跡的にメンバーが変わってる可能性も微レ存………‼︎
『鷺沢文香だよ』
ハメラレタ………。
俺はキラだとバレた時の夜神月並みに膝をついて絶叫しそうになったが、プロデューサーさんにバレるとマズイので口を塞いだ。
×××
と、いうわけで、事情が変わった。早急に文香と仲直りしないといけない。クリスマスの時で良いって?そんなわけあるか。
当日は文香との関係を知られるわけにはいかないし、話す時間なんかない。今のうちに謝らないと気まずい事になる。
そんなわけで、俺は文香のマンションの前で待機していた。既に季節は冬、正直かなり寒いけど泣き言は言っていられない。
…………息が白い。体が震える。耳が痛い。
………ていうか、何してんだろうな、俺は。いや、別に現状の事を言ってるわけではない。別にバイトがあるから、とかそういう事ではなく、文香を怒らせたと分かった時点でこうして謝ると考えるべきだった。
そんな考えが浮かべずに、クリスマスが終わり、話す機会が来るまで待とうとしていたのだ、俺は。冷静に考えれば、どうせ文香のいない生活に耐えられるわけがないので、何れにしても自分からこうしていたかもしれない。だが、それは結局は機会を待っていたに過ぎない。
「………情けない」
そんな呟きが漏れた。すると、空から白い埃のようなものが落ちて来た。雪だ。
………寒い。風邪引きそう……あ、鼻水垂れてきた。ポケットからティッシュを取り出して鼻をかんだ。
いや、これは洗礼だ。この洗礼を受けて少しでも反省しろ。それが俺に出来る事だ。それに、時間はもう9時を回ってる。もうすぐ帰って来るだろ。我慢しろ。
〜1時間後〜
………あの、まだ帰って来ないの………?頭に雪積もってるんだけど……。ていうか、もう10時過ぎてんぞ……。未成年が起きてて良い時間じゃな……あ、ハタチでしたね。
「……………」
ヤベェ、眠くなって来た………。あーダメだダメだ。気をしっかり持て。謝らなきゃいけねーんだから。
「ふえっくち‼︎」
うー、さびー。鼻水拭かなきゃ。
再びティッシュで鼻をかんでると、「……千秋くん………?」と控えめな声が聞こえた。
「………あ、文香。やっと帰って来た」
「な、何してるんですか⁉︎こんな時間にこんな所でそんな格好で⁉︎」
そんな格好、とはどの事だろうか。と、思ったが俺の頭と肩には雪が積もってるし、多分その事だろう。
「………や、文香に謝ろうと思って」
「そんなのどうでも良いから来なさい!」
言われて、俺は立ち上がった。雪を振り払うと、文香が慌てた様子で俺の手を取った。
「つ、冷たい……。いつからここにいたんですか?」
「………多分、1時間くらい前?」
「っ!も、もうバカ!」
俺の手を引いて文香はマンションの中に入ろうとした。それを俺は止めた。
「いやいや、俺謝りに来ただけだから。てか、この格好でマンションに入ると雪とかで落ちて汚れるし」
「聞こえなかったんですかっ?そんなのどうでも良いから大人しく付いて来なさい‼︎」
「はい」
余りの怖さに自分でも驚くほどに素直な返事が出た。
文香に半ば引き摺られる形で部屋に入った。
「パーカー脱いでください。外でハタいておきますから」
との事で、パーカーを脱ごうとした。だが、手が上手く動かない。
「………どうしたんですか?」
「………ごめん。なんか、手がかじかんじゃって………」
「………仕方ないですね……」
文香にパーカーを脱がしてもらった。で、洗面所に放り込まれた。指は使わずに何とか体の動きだけで服を脱ぎ捨てると、バスルームに入ってシャワーを浴びた。
………あったけぇ。いや、そんな場合じゃない。なんて文香に謝ろうかをすぐに考えないと。いや、考える事自体おかしい。自分が申し訳ないと思った事を素直に話せば良いんだ。
そんなことを考えてると、ガチャっと後ろから扉の開く音がした。
「失礼します」
タオル一枚の文香が入って来た。
「っ⁉︎ふ、ふーみかちゃあん⁉︎」
「………手がかじかんでるんですよね?私に洗わせていただきます」
「ええっ⁉︎い、いや何もそこまで………‼︎」
「ダメです!」
あ、真面目モードだ。文香の顔すごい真剣だもん。これは聞いてもらえないぞ。
俺は文香の前に座り、頭を洗ってくれた。わしゃわしゃとシャンプーを流してくれた。続いて、身体も洗ってくれるのか、背中をスポンジで擦り始めた。
「……………」
「……………」
かなりの好シチュエーションのはずなのに、文香が怒っているからか全然興奮しない。というか、文香が怖くて直視出来ない。
「………さっ、こっちを向いてください」
「へっ……?」
「………前も洗います」
「え?いやそれはおかし」
「いいから向きなさい!」
「はい」
仕方ないので、振り向いた。訂正、すごく興奮します。女の人に正面を拭いてもらうとか半端じゃない。しかも目の前の人はタオル一枚。恥ずかしくて死にそう。
やがて、体を洗い終えてシャワーで体を流すと、文香は俺に怒った表情のまま言った。
「………先に上がってて下さい」
「へっ?」
「お話があります。帰っちゃダメですからね」
「………は、はぁ」
言われて、俺は先に上がった。着替えは用意されていて、ジャージとパンツが置いてあった。勿論、俺のである。よく泊まるからお互いの家にお互いの下着が置いてあるのだ。
しばらくソファーで座って待ってると、文香が戻って来た。相変わらず、不機嫌そうな表情である。
俺の隣に座ると、厳しい顔でと集めて来た。
「………それで、何していたんですか?」
「あーいや、だから文香に謝ろうと思って……」
「風邪引くかもしれないのに雪の中を外でですか?」
「そ、そうだけど………」
「このっ……!バカ!アホ!マヌケ!風邪引くかもしれないのにそこまでする必要あるんですか⁉︎」
「あるよ」
「は、はぁ⁉︎」
「俺は、1日でも早く文香と仲直りしたかったんだ。確かに風邪を引いていたかもしれない。だけど、それ以上に文香を傷つけたままじゃ嫌だったんだ」
「ち、千秋くん………」
「ごめん。俺は別に、クリスマスに特別な思いなんてなかったから、正月に会えるなら無理して会うことは無いと思ってたんだ。だけど、文香がそこまでクリスマスに会いたがってると思ってなかった。……だから、ごめん」
とりあえず、誠心誠意謝った。すると、文香はしばらく俯いた後、ギュッと俺を抱き締めた。
「………いえ、クリスマスに関してはいいです。でも、風邪を引くかもしれないような真似はもうしないで下さい。私も、心配になりますから」
「…………ああ、分かった」
「……では、もう寝ましょうか。今日は泊まっていきますか?」
「そうする」
そう言って、二人で布団の中に入った。丁度、雪も降って来ていたし、二人で布団に入るとさらに暖かい。
すると、文香は布団の中で俺に抱きついた。
「…………文香?」
「……こうすれば、暖かいですよね」
「………そうな」
………か、可愛い。何だこの可愛い生き物。ヤバイ、なんか照れ臭くなってきた。
この恥ずかしい感じを何とか誤魔化そうと思い、頬をかきながら言った。
「いやー、それにしてもビックリしたわ。まさか風呂に入って来て体洗ってくれるとは思わなかったからさー」
「……………あっ」
………あっ、やばい。地雷踏み抜いたかも。
すると、文香の俺の身体を締め上げる力が強くなった。ていうか、苦しくなって来た。
「…………ふ、文香?」
「忘れて下さい」
「い、いやそれは無」
「忘れなさい」
「はい」
会話はそれで止まり、文香は俺を締め上げたまま眠ってしまい、俺は中々寝付けなかった。