鷺沢さんがオタク化したのは俺の所為じゃない。   作:バナハロ

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スキーの時は人の言う事は聞きましょう。

 クリスマスイブ。今日から泊りがけのバイトである。俺はプロデューサーさんに言われた予定表と必要なものリストにある準備を済ませて事務所の前まで来た。バイト内容は搬入・軽作業の皮を被った雑用だ。まぁ、別に構わないけど。

 今回もバイトはアイドルよりも早く集合になっているため、俺は朝早く事務所にやって来た。

 

「おはようございます」

「ああ、おはよう。ガルパンのBlu-ray持って来た?」

「はい、持って来ました」

「よし、じゃあバスに荷物詰めるから運んじゃって」

「はーい」

 

 言われるがまま、俺は荷物を運び始めた。

 

「トランザム」

「……………」

 

 前と全く同じ感じで運び始めた。俺もプロデューサーも全く成長していないようだ。

 そんな一幕はともかく、バスに乗って出発。前と違ってそんなに人数が多いわけでもないのに前と同じくらいの大きさのバスだった。それは荷物がアホみたいに多いからだ。つまり、俺は既に虫の息である。

 

「おーい、みんなちょっと良いか?」

 

 そんな中でも、俺に自己紹介させようとするのだからプロデューサーさんすごいや。

 

「文香とありすは知ってると思うけど、今回、雑用としてバイトで雇った鷹宮千秋くんだ。よろしく頼む」

「………鷹宮千秋です」

「………なんでその人虫の息なんですか?」

 

 誰だか知らないけど茶髪の人が聞いてきたが、お前らの荷物だよコノヤロー。

 俺は黙って椅子に座った。よくよく考えれば、これからやるのは前のような写真撮影ではなくクリスマススキーイベントだ。まぁ、向こうのスキー場に依頼されたものなんだろうが、おそらくライブもやる。ライブもやるということは、間違いなくステージの設営もしなくてはならない。忙しくなりそうだ。

 ………今の内に寝ておこう。そう思って目を閉じた、のだが。

 

「ね、隣良い?」

 

 知らない女の人が声をかけて来た。いや、良くないんだが……。

 

「あ、私は相葉夕美……って、知ってるかな?」

「名前だけ」

 

 文香とユニット組んでる子だからな。知らないわけにはいかない。

 そして、このまま話しているわけにもいかない。文香の怒りのボルテージが雲の上まで駆け上がっている。僕は何もしてないのに。

 

「ね、好きなお花は何?」

「え?ゼフィランサス」

「ゼフィランサス⁉︎なんで?」

「そりゃカッコ良いからですけど」

「え?か、カッコ良い?」

「はい。地上用と宇宙用で換装出来るんですよ。宇宙用になるとフルバーニアンって言うんですけど。これがまたカッコいいんですよ。見ます?」

「待って。何の話してるの?」

「何のって、決まってますよ」

 

 俺はスマホの写真を探し、ガンダム試作1号機を見せた。

 

「………え、何これ」

「ゼフィランサス」

「そうじゃないよ‼︎花だよ!ロボットじゃないよ!」

「ロボットじゃないです!モビルスーツです!」

「知らないよ!」

 

 ふっ、嫌われたぜ。女の子に嫌われるにはオタクの気持ち悪い部分を見せれば一発だ。

 と、思ったら相葉さんはスマホの画面を覗き込んで来た。

 

「でも、たしかにカッコ良いね。なんだっけ、ゼフィランサス?」

「え?あ、うん」

「ガンダムかー。そういえば、事務所で流行ってるなー。これガンダムに出るんだよね?」

「は、はい。0083に」

「ぜ、ゼロゼロ……?」

「あー、スターダストメモリーって言った方が分かりやすいかも」

「ふーん……面白い?」

「あ、はい。面白」

 

 直後、ゾッと後ろからドス黒いオーラを感じた。確認するまでもない、文香からだ。怒りが雲の上どころか無限パンチの最大射程距離まで伸びてる。

 何か手を打って離れないと、と思ったが俺は窓際の席だからどうしようもない。

 

「ふーん……。それにしても君、随分アイドルと話すの慣れてるね」

「そうですか?」

「うん。普通、こんな風に話せないでしょ。ていうか、文香さんとありすちゃんと知り合いなの?」

「あー……前のクローネの撮影の時にちょっと色々……」

「ふーん?なーんかつまんないなー」

 

 ズイッと下から顔を覗き込んで来た。ちょっ、近いっつーの。最近のアイドルは距離感ってものがねーのか。

 

「ふ、文香さん?手が痛いです……」

「あらごめんなさいありすちゃん(棒読み)」

「ひいっ⁉︎」

 

 聞こえない聞こえない!何も聞こえない!

 ていうか、なんかものっそいデジャヴってるんだけど⁉︎

 

「………怖い」

「? 何が?」

「………色々ですよ」

 

 俺は遠い目をして窓の外を見た。さて、なんて言い訳しようか考えないとな。

 

 ×××

 

 スキー場に到着した。雑用と言い切られた俺は、早速フロントと受付をし、プロデューサーさんがスタッフと打ち合わせをしてる間に、バスの中の荷物を運び、アイドル達にスキーウェアを渡し、着替えてる間にイベントで使う機材とかをスタッフと一緒に運び、頃合いを見てアイドル達と合流して個人の荷物を預かり、アイドル達の泊まる部屋に荷物を置くと、スキー板とストックを担いでゲレンデに出た。

 ゲレンデではアイドル達が既に待機していた。

 

「お、お待たせ、しました………」

 

 ………なんか前より一段とハードだぜ……。まぁ、今回はライブだから仕方ねぇっちゃ仕方ねぇが。

 

「ありがとうございます、鷹宮くん」

 

 前に会った新田さんの前にスキー板を置いた。続いて文香、相葉さん、高森さん、橘さんの前にスキー板とストックを置いて行く。

 

「聞いてると思いますが、ミニライブは20時からです。その2時間前までは自由に遊んでていいそうです。それから、昼飯は13:30から、晩飯は18時からだそうですので、時間厳守でお願いします」

 

 そう言うと「はーい」と返事をしてみんなはスキーをしに行った。

 

「あ、あのっ、ちあ……鷹宮くんっ」

 

 文香から声を掛けられた。

 

「なんですか?鷺沢さん」

「わ、私……その、スキーやったこと無くて、それで……滑り方を、教えて欲しいのですが………」

 

 あー……教えられるものなら俺も教えてやりたいんだがな………。

 

「すみません、仕事がありますから」

「………そう、ですか」

「まぁ、仕事が早く終われば、その分だけ早く遊べるかもしれませんから、その時に」

「! は、はい………!」

 

 そんな嬉しそうな顔を……!ああ、俺の彼女可愛い………‼︎

 そうと決まれば、俺は早速次の仕事をしに行った。

 その後もライブステージの設営、客席の配置などの資料を預かった。よし、足を引っ張らないようにこれを頭に入れよう……と、思ったらプロデューサーさんが声をかけて来た。

 

「鷹宮くん」

「はい?」

「君はスキーしながらで良いからアイドル達に何もないように見ててもらえるかな」

「え、それだけでいいんですか?」

「いや、むしろこれは大変な事だよ。怪我でもされたらライブは中止になってしまうからね。もちろん、何人かにここからでも見守らせはするけど」

「………なるほど。一人でですか?」

「ボッチの君には分からないかもしれないけど、普通に仲良い友達同士で五人くらいなら同じコースで滑るものだよ」

「一言余計なんですが……まぁ、分かりました」

 

 確かに大変だ。五人とはいえ、それぞれを見てなくちゃいけないんだから。

 とりあえず、俺はスキー板を借りてゲレンデに出た。さて、まずはアイドル探しからだな。文香との約束もあるけど、バイトとして来てる以上、それは二の次だ。

 まずはアイドル達の位置を確認しないと。ゲレンデに出て文香の匂いを探した。ふむ、少し遠いな。香りが薄い。リフトの乗り口付近まで滑ってもう一度嗅いだ。

 ………雪上だから嗅覚が鈍感になってるのか?上手く嗅ぎとれない。あ、いや近くなってる近くなってる。

 

「………あ、おーい!鷹宮くん」

 

 相葉さんの声だ。そっちに顔を向けるとザザァッと目の前まで滑って来た。

 

「あ、どうも」

「うん。何してるの?」

「アイドル達の見守りを頼まれまして。他の方達はどこですか?」

「みんなすぐ来るよ。最後尾の美波さんが一応、見てくれてるけど……」

 

 そう言う通り、橘さんが次に来て、その後に高森さん、文香、新田さんがやって来た。意外と橘さん上手いんだな……。滑れないのは文香だけのようた。

 

「新田さん、先に行って下さい。俺が最後になって皆さんを見るので」

「分かりました。面倒見が良いんですね」

「いえ、別にそんなことは………」

 

 ………新田さんの大人の雰囲気はなんとなく良いな……。ついうっかり惚れそうになりそうだぜ。………いや、やめておこう。文香がすごい睨んでる。

 滑れる四人がリフトに乗り、最後に俺と文香が乗った。よし、計画通り。良かったよ、文香が滑れなくて。

 

「………鷹宮くん、ありがとうございます。わざわざ、私のために時間を作ってくれて」

 

 文香が唐突にお礼を言って来た。

 

「いえいえ、プロデューサーさんが面倒見てこいって言うから来れただけですよ」

「………それでも、嬉しいです。私と、こうしてリフトにも乗っていただけて……」

「っ………」

 

 やめろよ。恥ずかしいだろ。俺は赤くなった顔を隠すように目を逸らした。

 

「………でも、バスの中では少し嫉妬してしまいました」

「……あれはすみません。普通の女子ならオタクにしか理解できない所で拘れば引くと思ったんですけど………。引かずにこっちの話に乗ってくれる辺り、相葉さん良い人ですね」

「…………今も嫉妬しそうなんですけど」

 

 うん、ごめん。ミスった。

 

「でも、鷺沢さんには悪いけど、鷺沢さんだけ特別仲良くは出来ないから。その理由は言わなくても分かると思うけど」

「………はい。頭では理解しています。………それでも、何となく嫌なのですが」

「それは仕方のないことですよ。まぁ、不愉快にさせてしまった分、東京に戻ったら相手しますから」

「………まるで、私が相手して欲しくて仕方ないみたいな言い方ですね」

「………すみません。俺が構って欲しいだけなんです」

 

 なんとなく照れくさくて誤魔化すような言い方をした事を素直に白状すると、文香は俺の頭を撫でた。

 

「………ふふ、そういう所、可愛いです」

「………あの、会話だけならともかく頭撫でると周りに見られますから………」

「あっ、す、すみません………」

 

 いや、いいんだけどさ。

 すると、リフトの出口が見えて来たので、俺は安全バーを上げた。

 

「降りれます?」

「………さっきは、美波さんのお陰で何とか降りれましたが」

「なら大丈夫でしょう。さ、行きますよ」

 

 念の為、文香の手を握ってリフトを降りた。

 

「よーっし、じゃあ行こうか!」

 

 相葉さんの号令で、みんな滑り始めた。

 一度は降って来てる文香だが、一応滑り方を教えておくことにした。

 

「文香、滑る時は足をハの字にして、この斜面を広く使ってクネクネと滑るんだ」

「………なるほど?」

「こんな感じ」

 

 俺は先に滑り始めた。ここは俺が先に滑らなければ、下で支える相手がいなくなってしまう。

 俺はゆっくりと降り始めた。スーッと降りながら端から端を往復しながら下り、途中で止まった。ここまで来い、という意味で手を振ると文香は深呼吸して降り始めた。………足をまっすぐ揃えて真下に。

 

「きゃあああああああああああああ‼︎」

「言う事を聞けえええええええええ‼︎」

 

 真っ直ぐ俺に突進して来る文香。俺は避けようかと思ったがこのまま降ったら危ない。何とか止めようと受け止めようとした結果、衝突して文香は止まり、俺は3メートルほど転がって、スキー板が外れてなんとか止まった。

 ……………痛ぇ。左腕ぶつけたかも。

 

「だ、大丈夫ですか⁉︎」

 

 近くを滑ってた新田さんが慌てて駆け寄ってくれた。

 

「あ、ああ。平気です。それより、鷺沢さんは平気ですか?」

「は、はい。ありすちゃんが見てくれてますけど……」

 

 そう言う通り、橘さんが文香の元で何か話していた。

 その様子を何となく眺めてると、新田さんが「もしかして」という感じで聞いて来た。

 

「滑れないんですか?」

「いや、滑れますよ。ちょっとトラブルがあって」

「………怪我はなさらないようにして下さいね?」

「ええ、分かってます」

「…………あっ」

「? 何ですか?」

「頬、血が出てますよ?」

「えっ?」

 

 触ると、指に血がついた。本当だ……。全然気づかなかった。

 すると、新田さんは俺の頬をティッシュで拭くと絆創膏を貼ってくれた。

 

「これで良しっ。念の為、後で洗ってくださいね」

「え?あ、すみません。わざわざ……」

「いえいえ」

 

 新田さんは先に降りて行った。………あーどきっとした。心臓に悪いなあの人。

 ふと上を見ると、文香が不愉快そうな顔をしていた。あの顔はヤキモチを妬いてるけど、自分の所為なので怒れない、という顔だ。

 

「さ、文香さん。一緒に降りてみましょう」

 

 橘さんの助言で、二人はゆっくりと降り始めた。なるほど、一緒に降りた方が良かったのか………。

 二人仲良く降りて来る様子を眺めながら、俺ものんびりと降り始めた。

 

 




全然関係ありませんが、このホテルには露天風呂があります。全然関係ありませんが。

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