鷺沢さんがオタク化したのは俺の所為じゃない。   作:バナハロ

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クリスマスの特別性はカップルになれば理解できる。

 見張り役、とは聞こえは良い。おそらく、ほとんどの人が「あ、この人は仕事を回すように見えて遊ぶ時間を提供してくれてるんだな」と思うはずだ。実際、俺のその可能性は考慮した。

 だが、人生はそんな甘くなかった。

 

「きゃー!転ぶー!」

 

 と、転びそうになる相葉さんの元へ向かい、

 

「きゃっ!ここのコース難しいよー!」

 

 高森さんの元へ向かい、

 

「わー転んでしまいますー(棒読み)」

 

 文香の元へ向かいと………何というかもう……大忙しだ。ていうか、文香絶対何回かわざとだし。

 とにかく、すごい疲れるんだよ。まぁ、相葉さんも高森さんもスキー超上手いってわけじゃないから、ちょくちょく転ぶのは仕方ないんだけどさ。

 

「お疲れ様、鷹宮くん………」

 

 昼食時、文香と高森さんがトイレに行ってる間、俺は新田さんと橘さんと相葉さんと一緒に話していた。

 午前中の段階で既に疲弊しきっている俺に新田さんが声を掛けてくれた。

 

「い、いえっ……そんな………まだまだ、これからですから……!」

「いやそんな無理しなくても………」

「ご、ごめんね?なんか……」

 

 いやいや、無理しなきゃダメなんだよ。俺の所為でライブ中止にさせるわけにはいかない。一時も気が抜けねぇんだよ。

 しかし、思ったよりキツイミッションだぜ………。

 

「にしても、鷹宮くんはスキー上手だね」

 

 新田さんが話題を変えた。

 

「そうですか?」

「うん。だって、文香ちゃんとかが転んでも絶対に助けに行けてたでしょ?」

「いや、まぁ、何となく感覚で」

 

 というか、身体を動かす事なんて大体は感覚でイケるでしょ。感覚でどうにもならないのは勉強だけだ。感覚で挑んだら文香に超怒られた一学期の期末を思い出すぜ。あの時は付き合ってもないのに怒られたんだよなぁ。

 …………考えたら、あの時から俺の事好きだったのか?今度、文香に聞いてみよう。

 

「………美波ちゃん、どうしよう。今少しムカッとした」

「大丈夫、私もだから」

「いやなんでだよ⁉︎」

 

 そんな悪いこと言ったのか俺⁉︎

 

「て、ていうか、橘さんだって上手いじゃん。今日一回も転んでないでしょ?」

「そ、そうですか?」

「確かに、ありすちゃんも上手いよね。前にやった事とかあるの?」

「いえ、私も何となく感覚で………」

 

 だよな。それに、新田さんだって上手いじゃん。何食わぬ顔でパラレルターンとかやってたじゃん。相葉さんはともかく、新田さんにジト目で見られる謂れはないと思うんだが………。

 そんな話をしてると、文香と高森さんが戻って来た。さて、じゃあ飯にするか。

 

 ×××

 

 昼飯が終わり、午後もスキー開始。相葉さんは午後と比べて上手く滑ってくれていて、午前よりは仕事は減った。まぁ、それでも忙しいんだが。

 俺は文香と一緒に滑っていた。スーッと文香のペースに合わせて、いつでも支えられるように緩やかな坂道を下って行く。

 

「大分、慣れて来たんじゃないですか?」

「………は、はい。鷹宮くんの、お陰です」

 

 まぁ、そうだな。俺のお陰だな。ていうか、他の人ももう少し面倒見てやれよ。

 で、リフトの隣まで移動できた。アイドル達と合流して、リフトに乗った。すると、前を滑っていた相葉さんが言った。

 

「ねぇ、たまにはリフト乗るメンバー変えない?」

 

 何?喧嘩でもしたの?と思ったが、俺もそうしたかった。文香と別れたいわけではないが、いつまでも同じ人と乗ってると怪しまれるからな。

 

「良いですよ」

 

 新田さんもOKしてくれて、グーチョキパーで別れた。

 その結果、俺の隣には橘さんがいた。

 

「…………」

「…………」

 

 あっ、あれっ?なんか気まずいゾっ⁉︎考えたら、橘さんと二人きりなんて初めてじゃね?

 どうしよう、ていうか小学生を相手に何で気まずくなってんだよ。とりあえず、何か言え。情けないぞ、俺。

 

「た、橘さん。楽しい?」

「はい。スキーというのは数える程度しか行った事しかないのですが、想像以上に楽しいです」

「そっか。なら良かった」

「それよりも鷹宮さん」

 

 俺が一生懸命考えた話題を「それより」と一蹴されました。相変わらずなんかズレてるぜ、この子。

 

「文香さんともっとイチャ付かなくて良いのですか?」

「ブフッ」

 

 いきなり何言い出すんだよこいつ⁉︎なんか普通に吹き出しちゃったじゃねぇか‼︎

 

「なっ、何だよ急に!」

「いえ、奏さんにお願いされたものでして。『あいつらが人目を気にせずに、というか人目を気にしててもイチャつき始めたら容赦無くぶっ飛ばして良い』と」

 

 あいつは小学生に何を頼んでんだ。東京戻ったら覚えてろよ畜生めが。

 

「ですが、私としてはもう少しイチャついて欲しいと思います」

「遠回しに俺を殴りたいって言ってる?」

「いえ、そういう事ではなく、世間では今はクリスマスイブなのですから、恋人同士なのでしたら少しはイチャついても良いと思います」

「……………」

 

 おお……橘さんってそういう融通は利く人なのか。割と良い子なんだな。迷惑電話して来たときはイラっとしたが、もう少し仲良くした方が良いかもしれないな。

 

「………ま、今日の夜にでもな」

「あ、でも噛んだりするようでしたら見過ごせません。私はあくまで二人が一線を越えないように見張る役目ですから」

「…………ああ、肝に銘じるよ」

 

 しっかりしてるなこの子。そんな話をしながら、リフトから降りた。

 みんなで集まってから、また順番に降り始めた。高森さんと新田さんが降りて、その後を相葉さんと文香が降りた。おい、あの二人大丈夫か?

 少し心配になりながらも、俺も橘さんと一緒に降り始めた。しかし、本当に器用に降りるものだなー、橘さん。割と上手いわマジで。ボーゲンとはいえ、転ぶ気配がまるでない。

 

「上手いじゃん」

「ありがとうございます」

「パラレルってのもやってみたら?」

「なんですか?それ」

「ハの字じゃなくて、足を揃えて降るんだよ」

「………なるほど」

 

 言われるがまま、橘さんは両足を揃えて滑り始めた。だが、思った以上の加速だったのか、すぐにバランスを崩した。

 

「っ、やべっ………!」

 

 俺は慌てて橘さんの救援に向かった。が、俺も万能ではない。つまり、バランスを崩しました。

 結果、橘さんと仲良く転び、盛大に尻餅をついた。

 

「ってぇ……!」

 

 っ、最初に転んだ時にぶつけた左腕に響くな……。助ける時は気を付けないと。

 とりあえず、橘さんの安否を確認しようとしたら、橘さんは俺の膝の上に上半身を乗せて倒れていた。怪我はなさそうだ。

 

「大丈夫か?」

「……………」

「………橘さん?」

「っ!は、はい。問題ありません」

 

 答えながら、橘さんは俺の膝の上から動いた。で、何故か太ももを突いて来た。

 

「………何してんの?」

「………いえ。うちの座布団に似ていまして」

「はっ?」

「堅過ぎずに柔らか過ぎずの良い感じですね、鷹宮さんの膝」

「え?あ、そ、そう?」

「はい………」

 

 えっと………褒められてるのかな?いや、まぁ何でも良いが。

 その直後、下から冷たい視線を感じた。言うまでもなく、文香からだ。俺を微笑みながら睨んでいる。あ、ヤバイ、消される。

 

「さ、さぁ、橘さん。早く降りちゃおう」

「え?は、はい。そうですね」

 

 てなわけで、一緒に降り始めた。ああ、文香の目線が怖い………。後でまた怒られるんだろうなぁ。

 

 ×××

 

 スキーが終わると、軽く風呂に入ってから晩飯である。ちなみに、俺は風呂に入る時間などなく、アイドル達が風呂に入ってる間に晩飯を食って、そこからすぐにライブステージの設営だった。

 俺は大忙しでステージを作ったり椅子を並べたりして、気が付けばライブの時間だった。クリスマス、つまりサンタの衣装を着たアインフェリアが歌って踊っていた。

 スキー場のホテルに泊まってる客全員が来て、超盛り上がってる。俺も警備の仕事をしながらチラッとステージを見た。今思えば、文香のライブを見るのはこれが初めてだ。

 

「………………」

 

 文香って、ライブの時だとあんな顔するのか………。いや、ようつべとかで動画は散々見た。だけど、生だとやはり違う。俺の知らない文香が、すごく輝いて見えた。

 そして、改めて思った。俺はあの人とお付き合いしてるんだな、と。普通の学生なら絶対ありえない、友達のいない俺には普通よりワンランク下の学生だ。そんな奴がアイドルであり、俺とは全く別のステージに立っている女性と付き合っているんだ。

 

「…………奇跡も魔法も、あるんだなぁ」

 

 そんな呟きを漏らしながら、俺は絶対に周りの人にバレずに文香との交際を続ける事を誓った。

 どうでも良いけど、サンタのライブ衣装はとてもエロくて素敵だったと思います。

 

 ×××

 

 ライブが終わり、俺はライブステージの片付けだ。明日とかビニールシートとか全部片付けて、ようやく休めるとなった頃には10時半を回っていた。あと1時間で温泉終了である。

 当然、年功序列的に他のスタッフさん達が先に温泉に入った。まぁ、知らないオッサン達と風呂に入るのは苦手だし、仕方ないんだけどね。

 入浴時間残り30分になり、俺はようやく温泉に向かった。体を流したから湯船に浸かった。男は長風呂とかする奴が少ないからか、俺が身体や頭を洗い終わった頃には誰もいなかった。

 これで風呂独り占めである。………まぁ、別に誰かいても良いんだが。ボンヤリしてると、露天風呂があることに気付いた。正直、露天風呂には興味がない。ただ、もし女子風呂に文香がいるとしたら?いや、覗きとかじゃなくて、壁越しの会話って少し憧れてたんだよね。

 

「………よし行こう」

 

 そう決めて、俺は露天風呂に向かった。腰にタオルを巻いて扉を開けて竹垣の向こうに行くと文香がいた。声じゃなくて本人が。

 

「「…………はっ?」」

 

 顔を合わせるなり間抜けな声が漏れた。

 

「………ちっ、ちあきっ……くんっ?」

「ふ、ふみか………?」

 

 え、なんで?ふみふみなんでここにいるの?ちょっと理解が追っつかない。俺、ちゃんと男風呂に入ったよな?俺が身体を洗ってる頃にはまだオッサン達いたんだから。

 …………と、なると、導かれる答えはただ一つしかない。

 

「…………混浴か」

 

 そう言った直後、文香は顔を赤くして立ち上がった。あ、バカ。立ち上がったら………!

 

「ちょー!バッカお前全部見え……!」

「っ!」

 

 慌てて文香は胸と股間を隠して温泉に戻った。俺は両手で顔を覆いながら後ろを見た。

 

「あの、俺戻りますね………」

「………あっ、ま、待ってください!」

 

 帰ろうとすると止められてしまった。で、文香からポツリポツリと声が聞こえて来た。

 

「………あっ、あにょっ……女湯には誰もいません、でしたし……その、一緒に…………」

 

 本気で言ってんのかこいつ。と、普段の俺ならそう思ったが、今日は疲れでイカれているのかもしれない。まぁ、ここにはもう誰も来ないだろうしな。

 そう思うと、俺は湯船に足をつけた。で、岩を一枚挟んで背中越しで文香と温泉を堪能した。

 

「…………ふぅ」

 

 本当に思う。前に一緒にお風呂入って良かった、と。前の経験が無ければ俺は今頃死んでた。

 

「………お疲れですか?」

 

 ため息をついたのを察したのか、文香は質問して来た。

 

「まぁ、それなりに。ていうか、他のメンバーはどうしたんですか?」

「………他の方々は、先に入りました。私は、千秋くんならこの時間に入って来ると思いまして、少し遅れて入浴したのです」

 

 読まれてるよ……。俺について詳し過ぎだろ。

 

「………あ、いえっ。別に一緒にお風呂に入ろうとか思ってたわけじゃないんですよっ?私も、混浴だなんて知りませんでしたからっ」

 

 誰も何も言ってねーよ。

 

「…………た、ただ、その……壁越しにお話できたら、良いなぁと思いまして………」

「………全く同じこと考えてたのかよ……」

 

 いや経緯は若干違うが。すると、文香はクスッと微笑んだ。

 

「………なんだか、嬉しいですね。想い人と同じ事を考えて、それを実行出来るなんて………」

「ーっ!」

 

 こ、こいつはいつもいつも恥ずかしいことを………!

 これ以上、この話題に付き合っていたら俺の命が保たない。話を逸らそう。

 

「そ、そういえば!ライブ、見てたよ」

「………見て、いらしたのですか?」

「はい。俺はアイドルのライブとか、そういうのは素人だから完成度とかはよく分かんねーけど、かなり感動はした」

「……そう、ですか?」

「ああ。文香っていつもあんな感じなんだな」

「………あんな感じ、と言うのは……?」

「なんか、こう……ノリノリっていうの?普段、本とかアニメ見てる文香からはちょっと想像できなかったから。ようつべとかで動画は見てたけど、やっぱ生は違うわ」

「………そうですね。普段は少し暗いかもしれません」

「あ、いや別にそういう意味じゃなくて。ていうか、俺は大人しい子の方が好きだから。ワーワーキャーキャー電車の中だろうと平然と騒ぐ学生とか嫌いだし」

「………たまに、千秋くんって闇が深いこと言いますよね」

「ごめん」

 

 申し訳ない。闇が深いものでね。

 

「………でも、千秋くんに感動してもらえたなら、嬉しいです。ありがとうございます」

「まぁ、俺素人だけどね」

「………素人かどうかなんて関係ありません。千秋くんだから、嬉しいんです」

「…………そうですか」

「……今、照れました?」

「うるせぇ」

 

 一々、人をからかうな。

 

「…………千秋くん」

「? 何ですか?」

「………お風呂から上がったら、時間ありますか?」

「あるよ、全然」

 

 ガルパンBlu-rayはもうプロデューサーさんに貸しておいたし。

 

「………でしたら、屋上に来ていただけませんか?」

「屋上?なんでまた」

「………お願いします」

「まぁ良いけど」

「………では、私は屋上で待っていますので」

 

 ザバッと文香が立ち上がった音がした。おそらく、上がったのだろう。

 俺も一人で残ってても仕方ないので、さっさと上がることにした。

 文香に言われるがまま屋上に来た。文香はまだ来てないようで、俺は浴衣姿でベンチに座った。うー寒ぃ。風邪引きそう。

 しかし、星が綺麗だ。星が降るようで、とはこの事か。東京じゃこういうの見れそうにないからな。

 

「………お待たせしました」

 

 文香がやって来た。走って来たのか、少し顔が赤い。俺の隣に座りながら謝った。

 

「………すみません、髪を乾かすのに手間取ってしまって……」

「あ、全然。凍てつきそうだっただけなんで」

「……むぅ、意地悪なんですから」

 

 実際、寒かったからな。

 

「それで、何?」

「………いえ、その……」

「?」

「………メリークリスマスです」

 

 文香はそう言いながら、プレゼントを俺に手渡した。………ああ、そういやクリスマスだったな。

 それと同時に、俺はプレゼントは家に置いて来たことを思い出した。

 

「あ、ああ、悪い。わざわざ」

「………いえいえ」

「あの……俺のプレゼント、家にあるんだけど………」

「………はい。楽しみにしてますね」

「開けて良いか?」

「……どうぞ」

 

 開けると、中にはマフラーが入っていた。

 

「………おお、マジか」

「………喜んで、いただけましたか?」

「ああ。あ、ちょっと待って」

 

 俺はマフラーを巻くと、文香にも巻いた。

 

「………わぁ」

「………どう?」

「………実は、こうなると良いなって、思ってました」

「………そうですか」

 

 ………にしても、俺だけもらって何も渡せないってのはなぁ。何か渡せるものないか考えるが、一つしか思い浮かばなかった。

 

「あー……文香」

「………なんですか?」

「ありきたりだけど、目を閉じて」

「………はい」

 

 目を閉じてもらって、文香の口に俺の口を近付けた。

 まぁ、その、何だ。とりあえず、クリスマスが聖夜扱いされてる理由は何となく分かるわ。

 

 


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