翌日、スキー旅行も今日で終わり。まぁ一泊二日だしそんな感慨深くはないが。
なんだかんだあったが、前回に比べりゃ全然楽な仕事だった。今は、朝飯の席。アイドル達と朝飯を食うなんて、それはもう贅沢の一言に尽きるのだろうけど、アイドルが身近になり過ぎて何も感じない。こんなこと言ったら周りの男共に八つ裂きにされるんだろうが……。
そんな話はともかく、今日は午前中だけ遊びたい人だけスキーをして、遊ばない人は部屋で待機とか、とにかくそんな感じだ。
で、俺は遊ばないグループに行った。何故なら、今晩はクリスマスであり、文香と過ごす日だからだ。こんな日に今遊んで疲れ果てて夜爆睡とか笑えないし。
一方の文香は、そんな事は全然考えてないのか、橘さんに誘われるがままスキーをしに行った。カメラマンさんはスキー中のアイドルの写真を撮りに行ったりしている。
そんな中、俺と同じ待機組がもう一人いる。
「新田さん、コーヒーです」
「あら、ありがとう。鷹宮くん」
セルフサービスの珈琲を持ってきた。
「ブラックで良かったですか?」
「うん」
ちなみに俺はブラックは飲めない。甘党なんです。
「鷹宮くんは滑らなくても良いの?」
「はい。疲れましたから……。新田さんは良いんですか?」
「ええ。藍子ちゃんが疲れてしまったそうで」
「高森さんもいるんですか?」
「はい。今、お手洗いの方に」
あーじゃあ高森さんのコーヒーもいるかな。
「高森さんって砂糖いります?」
「ええ。確か必要だと思うよ」
よし、じゃあ今のうちに取りに行くか。座ってた机の上にに自分のカフェオレを置くと、コーヒー入れ機に向かった。高森さんの分のコーヒーをいれて戻って、机の上に高森さんのコーヒーを置いた。
戻って来て椅子に座ると、新田さんがコーヒーを飲みながら言った。
「で、文香ちゃんとのお付き合いは順調なの?」
「ブフォッ⁉︎」
な、なんだいきなり⁉︎なんで⁉︎どういうつもり⁉︎てかなんでバレた⁉︎
いや、待て落ち着け。カマをかけてるだけかもしれない。惚けるべきだ。
「な、何の話………?」
「惚けなくても結構です。夏休みの終盤から……いや、夏休みの頭からかな?文香ちゃん、恋する乙女みたいに奏さんに相談してたし、オシャレとかにも気を使うようになってたから、誰かに恋してるんだろうなーって」
「い、いやでも俺とは限らな」
「いやいや、今回のスキーの様子とか見てたらすぐに分かったから。あ、この子が文香ちゃんの彼氏だなって」
「……………」
おおう文香ぁ、分かりやす過ぎるぜ………。
「………あの、このことはくれぐれも内密に」
「はい、わかっています。で、どんな感じなの?文香ちゃんと」
ああ、やっぱ、普通の大学生なんだなその辺は。知り合いの恋とか気になるみたいだ。その前に、一つ確認しないと。
「あの、その辺にプロデューサーさんいたりしませんよね?」
「いないよー。そんな罠にはめようとしてるんじゃないから。私だって文香ちゃんの邪魔はしたくないもの」
「なら良いですけど……」
しかし、どんな感じと聞かれてもなぁ。
「まぁ、そんな特別な事は無いですよ。割と喧嘩するし、修学旅行には付いて来るし、撮影にはついて行くし」
「そ、それは特別まみれだと思うんだけど………し、修学旅行?」
「はい。俺が修学旅行で五日間いないって時に、トライアドプリムスの三人の撮影について来たんですよ、あいつ。まぁ、嬉しかったですけどね」
「ふ、文香ちゃんも中々やるなぁ……」
引き気味に言われてもなぁ。
「けど、文香ちゃん大変なんだろうなぁ」
「大変なのはこっちですよ。あいつ、割とむっつりだから」
×××
「へっくち!」
「文香さん、風邪ですか?」
×××
「いやいや、そう言うことじゃなくて」
? どういうこと?
新田さんはコーヒーを飲みながら続けた。
「そうじゃなくてさ、鷹宮くん。アイドルの知り合い多いでしょ?」
「なんで知ってるんですか?」
「事務所でよく鷹宮くんっぽい男の子の話は聞いてたし、今日だって随分とアイドルと話すの慣れてるみたいだったし」
………この人、よく見てるなー人の事。この人の前ではあまり弱み見せないようにしないと。
「まぁ、そうですね。知り合いのアイドルは多いです」
「ああ、やっぱり」
「この前またアイドルリストに三人追加されましたし」
「この前?」
「アーニャさんと新田さんとラウ1であった日ですよ。あの日、ボーリング場で島村さんと小日向さんと五十嵐さんとも会ったんですよ。あの時に新田さんと小日向さんと五十嵐さんが追加されました」
「卯月ちゃんとは知り合いだったんだね……。1日でそれだけ知り合いになるって事は、修学旅行なんかかなり多くと知り合えたんじゃない?」
「いえ、そうでもないですよ?多田さんとだけですね」
「だけって………そもそも知り合いになれるのがおかしいんだけどね……」
それな。俺もそう思うわ。
「や、あとクラスメートの三村さんもアイドルだったから二人かな?」
「………クラスにもアイドルがいるんだ」
すると、新田さんは「あっ」と声を漏らした。
「話が逸れてたね。つまり、鷹宮くんの周りには可愛い女の子がたくさんいるって事」
「それで?」
「だから、気が気でないだろうなーって」
ああ、そういうことか。
「まぁ、俺は浮気なんてしませんから。そんな甲斐性ないし」
「友達いないの?」
「アイドルしか」
「す、すごい返しだなー」
そんな話をしてると、高森さんがトイレから帰ってきた。長かったな、うんこか?いやそんな事聞かないけど。
「ふう………」
「あ、高森さん。コーヒーです。どうぞ」
「あら、ありがとうございます。鷹宮さん」
「砂糖とミルク入れましたけど、良いですか?」
「ええ、ありがとうございます」
机の上のコーヒーを手に取り、一口飲んで息をついた。
「……はふぅ〜………」
………な、なんだ?この感じ……。高森さんの周りだけ、なんかやけにほんわかしてるような………。心なしか、高森さんの空間だけ緑色のオーラが見えるような……。
「………新田さん?」
「………ふぅ」
「新田さんっ?」
な、なんだ?新田さんまでのんびりし始めたぞ……?どういうことなんだこれは………?ていうか、俺まで変な空気になってきたような………。
「そういえば、鷹宮さん」
「っ?は、はいっ」
「ちゃんとお話しするの初めてでしたね。高森藍子です」
「あ、ど、どうも」
「そうは言っても、今日でお別れですけどね」
「そ、そうですね」
なんか俺まで頭の中がぼーっとしてきたような………。はっ、いかんいかんいかん。アイドルの相手をするのも俺の役目だ、多分。
すると、隣の新田さんが声をかけてきた。
「大丈夫?」
「こっちの台詞なんですが……なんですかこれ。なんか高森さんの周りに緑色のファンシーなオーラが見える気が……」
「それが藍子ちゃんの能力だね」
「能力⁉︎」
「いや、少し大げさに言ったけど。藍子ちゃんが話すと、『ゆるふわ空間』っていう謎のゾーンが生まれるの」
「何それカッコいいけどカッコよくない」
何その中途半端な能力。
「………前々から思ってましたけど、アイドルって割とおかしい奴多いですよね」
「藍子ちゃんはまだ可愛い方よ?他にも、霊が見える子とか、サンタクロースな子とか、ブリュンヒルデな子とか、キノコとかいるし」
「……………」
ファンの人達はそんな現状を知ってどう思うのだろうか。いろんな意味で闇の深いアイドルの深淵を聞いて、俺は黙って何も考えないことにした。
×××
スキーが終わり、帰宅。新潟からバスで帰宅する事になった。ここからも俺の仕事はある。アイドル達への差し入れの配布、サービスエリアでの面倒、全部俺の役割だ。ま、今回は新田さんと言うスーパー常識人がいるので問題ない。ほんとこの人神だわ。女神かな?
あっという間に事務所に到着し、アイドル達は先に解散した。俺は機材の片付けがあるため残った。
しばらく片付けをして、給料をもらってようやく帰宅の時間になった。文香にもらったマフラーを巻いて駅に向かって歩いていた。
駅前のスタバを通り掛かった所で、スマホが震えた。
ふみふみ『横を見て下さい』
との事で左を見たが、何もない。逆かと思って右を見ると、文香が手を振っていた。
こっちこっち、と手招きされ、一度店に入った。
「何してんの?」
「……待っていたんです。さ、帰りましょう」
すぐに帰るなら店の中に入れた意味ないだろ………。そう思いながらも口には出さずに電車に乗った。
最寄駅に到着し、スーパーで今日の晩飯を買うと、文香に声をかけた。
「ごめん、クリスマスプレゼント取りに行くから一旦家帰るわ」
「………あ、でしたら、私も一緒に伺います」
「へっ?」
「……マフラー、失礼しますね」
俺の首元のマフラーを外し、二人で巻けるように巻き直してくれた。
「……人前でこれやるの?」
「………嫌ですか?」
「嫌ではないですが………」
は、恥ずかしい………。ていうか、周りの目とか……。
自宅に到着し、プレゼントの袋を持って鞄に入れて家を出て、文香の家に向かった。
今更だが、東京も雪は降っていなかったものの積もっていた。
「うー、さむさむ。暖房つけようぜ」
「………そうですね」
文香は暖房をつけ、マフラーを外し、上着を脱ぐとハンガーにかけて干し、お風呂を沸かした。
それを見ながら、俺もマフラーと上着を脱いでハンガーにかけた。
「晩飯にするか」
「……は、はい」
二人でキッチンに立った。やはり、クリスマスといえばチキンだろう、という事になり、鶏肉である。
なんかこうして二人でキッチンで料理してると、新婚みたいな感じで何となく楽しい。なんて少し妄想しながら調理していた。
「あ、文香。ごめん、醤油取って」
「……は、はい。………どうぞ」
醤油を取ってくれて、ありがたく受け取った。だが、その俺の動きが止まった。
「………文香、それ新しいエプロン?」
「……は、はい。この前、買いに行きまして………。どうですか?」
「あ、ああ。似合ってるよ」
「………ありがとうございます」
青いジーンズ生地のエプロンだ。似合ってはいるが、それ以上に新妻っぽいな………。ホント、結婚したいわ。まぁ、俺が就職するまで待機だが。
「…………高卒で就職しようかな」
「………大学には行かれないのですか?」
あっ、やべっ。声に出てた。
「いや、冗談ですよ」
言いながら調理に戻った。
実際、マジで結婚するつもりなら、やはり将来の事を考えて大学は出るべきだろう。それまでは我慢するしかない。
文香も調理に戻り、世間話のように聞いてきた。
「………そ、そうですか。ちなみに、千秋くんは文系と理系、どちらなんですか?」
「理系です」
マスター器用貧乏とも言える俺なら、なるべく楽できる道を選んだ方が良いだろう。
「………将来は、何になりたいんですか?」
「んー、まだ決まってないけど……考えてるのはアイドル事務所のプロデューサーですかね」
「………何故、ですか?」
「まぁ、二回もバイトしてるから就職しやすそうってのもあるけど、文香の担当になりたいってのもあるかな。なれば、人目を気にせずに二人で出かけられるじゃん」
その時は、着るものはスーツになりそうだけど。
「………そう、ですね。そうなれば素敵です」
「まぁ、迷ってるんだけどな。俺が就職する時は文香は26だし、いつまで一緒に仕事できるかわからないから。俺が他の子の担当になって一緒に出掛けるような事があったら、文香も嫌でしょ?」
「……それはそうですが、千秋くんの進路ですから、千秋くんが決めたら良いと思いますよ」
「だな」
そんな話をしてたら、料理が完成したので食卓に運んだ。