鷺沢さんがオタク化したのは俺の所為じゃない。   作:バナハロ

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どんなに気を付けていても、事前に蒔いた種はどうしようもない。

 文香に言われて、俺は部屋の掃除をしていた。すぐに飽きた。

 まぁ、さっきよりは綺麗になったし、大丈夫だよね!という楽観的思考で俺は逃げ出した。

 財布とスマホとスマホの充電器と交通ICを持って家を出た。これだけあれば十分暇を潰しに行ける。とりあえず、どっか暇潰し出来る所を探さなければ。まぁ、そんな場所は限られてるわけだが。

 電車に乗って5分ほどで降りた。文香の事務所の最寄り駅な訳だが、この辺にはカラオケがある。平日だし安く暇潰しに出来る。

 一人カラオケは良いよ?誰も気にする事なく歌えるし。どんな歌を歌ってもドン引きされない。て言うか俺の知り合いアイドルだけだから一緒に行きたくない。

 そんな事を考えながら歩いてると、なんかすごい派手な格好した女の子とドンっとぶつかった。

 

「あ、すみません」

「い、否。問題ない」

 

 い、否………?いや、聞き違いかもしれないし……。

 その女の子はもう一人友達がいたようで、二人揃って顔を隠すようにさっさと歩いて行ってしまった。何なの?アイドルなの?

 まぁ、とにかく気にせずにカラオケ行こうと思って歩き出そうとすると、足元に何かが落ちてるのに気づいた。

 

「………なんだこれ」

 

 なんかアニメとかでよく見るような表紙の本なのに薄っぺらい。ノートの表紙に書いたが、紙で書いたのを表紙に書いたか……ていうか、これ俺見ちゃいけない奴なのでは………。

 よく言うところの魔導書かグリモアールか神界日記がデスノートか……いや、デスノートはないな。

 とにかく、見られたら一番恥ずかしい、ある意味パンツを見られるより恥ずかしいものだろう。

 

「……………」

 

 どうしよう、間違いなくあの女の子のだよなぁ。警察に届けるのも可哀想だし……。

 でも、俺が保管していたところであの子とこれから会う事なんてあるのか?しかし、ここに放置したら周りに見られ、Twitterとかで拡散されそうだし………。

 

「俺が預かってた方が良いか……」

 

 持って帰ろう。そう思って、とりあえずながらスマホをしながらカラオケに向かった。

 だが、想像以上に早く再開する事になった。カラオケにさっきゴスロリの女の子とそのあとをついて行っていた子がいた。ちょうど良かった、ノート返そう。

 

「あの、すみません」

「っ⁉︎」

 

 声をかけると、ビクッと肩を震わせる二人。俺を怪しい人を見る目で見て来た。おい、なんでだよ。変質者に見える?嘘だよね。

 

「あ、いや……これ」

「へっ?」

 

 ノートを差し出した直後、ゴスロリの方が1発で顔を真っ赤に染め上げた。

 

「あー大丈夫ですよ。これ中見てないで」

「す、すみません!この人も私達と同じ部屋で!」

「えっ」

「えっ」

「へっ?か、畏まりました?」

「えっ、いやなんで……」

「お客様、学生証はお持ちでしょうか?」

「え?は、はい」

 

 学生証を見せ、なんかいつの間にか流れで一緒の部屋に行く事になってしまった。

 で、部屋に入り、俺はホッと息を吐きながら椅子に座った。直後、ゴスロリの方が壁ドンするかの如く、俺の真後ろの背もたれに手をついて迫って来た。すごい迫力だが、顔が真っ赤なので全然怖くない。

 

「あ、あのっ!」

「えっ、何」

「………貴様は我が禁じられた魔導書を開いたか⁉︎」

「おい、普通に喋れ。わけわかんねーよ」

 

 なんで人を巻き込んで置いて自分の世界の言葉を使ってんだよ。ていうか、口調まで厨二病真っしぐらか。

 

「………その、このノートの中、見ました……?」

「見てないですよ。………見なくても大体察したんで」

 

 ううっ、と顔を赤くして俯くゴスロリ少女。すると、隣の茶髪さんがようやく口を開いた。

 

「ま、まぁまぁ蘭子。見られていないなら良いじゃないか。君も悪かったね、蘭子が勝手な事を」

 

 僕?って、こいつ何処かで……。

 

「………ああ、二宮飛鳥か」

「! 僕を知ってるのかい⁉︎」

「まぁ、一応」

 

 文香とユニット組んだことある人は基本的に覚えてるし。ていうか、お前ボクっ娘かよ。

 

「って事は何?こっちのゴスロリもアイドルなんですか?」

「………僕は知ってて蘭子は知らないのかい?」

「え、なんで?」

「……今年の夏にユニット組んでるんだけどな」

 

 今年の夏の大半は文香と付き合ってなかったからなぁ。しかし、アイドルでも厨二病になるのか。本当、アイドルと知り合うたびに後悔するシステムなんとかなりませんかね。

 

「彼女は神崎蘭子。で、僕は二宮飛鳥」

「ふーん………」

 

 俺も名乗った方が良いのかな。でも、相手はアイドルだしこれから会う事も………いや、逆だ。アイドルだからこそこれから会う事があるかもしれねーわ。

 

「君の名は?」

「タキくん?」

「いやそうじゃなくて。セカイに定められし君の真名だよ」

 

 ………二宮さんもそっち側でしたか……。いや、もう良いや。

 

「鷹宮千秋だよ。アイドルなら『セルスリット』って言った方が分かりやすいかも」

「「あの有名な⁉︎」」

 

 ほら見たことか。

 

「男の人だったんだ………」

「おお……あの伝説の………!」

 

 とうとう伝説にまでされちまったか俺は。

 しかし、この二人は分かりやすいぞ。俺のぷそのフレンドはほとんどがアイドルな訳だが、その中でも黒主体のゴスロリで翼が六枚くらい生えてて、堕剣グラムの武器迷彩を厨二臭いこと言いながら振り回してる女の子だろ。名前は確か………。

 

「ブリュンヒルデさん?」

「! うむ、我こそが破壊と」

「普通に話せ」

「………はい。私がブリュンヒルデです」

「やっぱり」

 

 分かりやす過ぎるんだよなぁ。もう、そのノートからして分かるから。多分、あのクオリティの高いノートにはぷそとかで使ってる台詞も書かれてたりするんだろうなぁ。

 

「しかし、よく作ったなそんなノート……」

「ひうっ……」

 

 神崎さんがノートを大事そうに抱き締めてる姿を見て、ボソッと呟いた。だって、すごくない?あのクオリティ。なんでそんなもん描けるんだよ。

 

「それ、全部ペンだけで描いたんですか?」

「ああ、アレは全部蘭子の自作だよ」

 

 マジか。Twitterとかで拾って来た画像を印刷して貼っ付けたわけでもないのか。スゲェな。

 

「ふーん……。俺も中二の時にそういうノート作ろうと思った時があったよ。………絵が描けなくて完成前に捨てたけど」

「ああ、蘭子は絵を描くのも上手いんだ」

「カッコ良い能力とかは考えた事あるんだけどな」

 

 ほとんどパクリだったが………。それもほとんどBLEACHとナルトを混ぜたようなパクリ。

 

「どんな能力を考えたんだい?」

「あ?えーっと……オリジナルの斬魄刀の能力とか。なんだっけな……欺け『水月鏡像』だったっけ」

「「おおっ⁉︎」」

 

 うおお、なんかウケたみたいだ。二人とも興味津々。けど、もうやめてね。トラウマがドンドン掘り返されて来てるから。名前は鏡花水月のパクリだし、能力は確かイザナミを無理矢理斬魄刀用に合わせたような奴だし。

 問い詰められる前に帰ろう。

 

「まぁ、とにかく用事も済んだし俺帰りますね。金は置いて行きますから」

 

 無駄金だった。そう思って財布を開けると、「あっ、あのっ……」と神崎さんの方が口を開いた。

 

「………わ、我が魔道書を手にした愚者よ。これも何かの縁と言えよう。共に鎮魂歌を」

「普通に話せ。誰が愚者だコラ」

「………あ、あのっ……せっかくですので、一緒に歌いませんか?」

「……………」

 

 まずい、気に入られてしまったみたいだ。何が悲しくて厨二アイドルとカラオケなんてしなきゃいけないのか。

 

「や、いいです」

「良いってよ、蘭子!」

「えっ?いやそうじゃなくて……」

「うむっ!では、参ろうか!」

 

 完全に同族扱いですか………。いや、まぁ良いや。元々、俺も時間潰しのつもりで来てるし。

 

「二人とも歌ってどうぞ。俺は聞いてるからさ」

「? 良いのか?」

「ああ。アイドルの歌が間近で聴けるだけで金払った価値はあるし」

 

 まぁ、アイドルに興味ないんだけどな。ただ、プロを目の前に歌う勇気がないだけです。

 で、採点を入れて先に歌い始めたのは神崎さん。歌ってる最中に二宮さんの耳元で聞いた。

 

「………流石、アイドルなだけあって歌上手ですね」

「まぁね。レッスンでも歌ってるし」

 

 歌ってる曲はグラブルのop。メチャクチャ美味い。ていうか、グラブルのフレンドにもブリュンヒルデさんいるけどもしかして本人ですか?

 ………あれ?つーか、今日はアイドル達って事務所の大掃除じゃなかった?

 

「ていうか、今日ってアイドル達、事務所の大掃除じゃないんですか?」

 

 聞いた直後、二宮さんの視線が攻撃的な視線に変わった。ジロリとジト目で睨みつつ、一人分くらいスペースを空けた。え?俺なんかまずいこと言った?

 

「………なんでそれを知ってるんだ?事務所の人間でもないのに」

 

 あっ、やばっ。アイドル相手で気が抜けた。どうしよう、文香の事は言わない方が良いし………。

 

「三村さんから聞いたんですよ。あの人、同じクラスなんですよね」

 

 一番リアリティあるのはこれだろう。本当に同じ学校だし、後でケーキ奢って口裏合わせてもらえば済む。

 

「………三村さんって、三村かな子さん?」

「そう。修学旅行同じ班だったし、その先でトライアドプリムスと多田さんと会った」

「へ、へぇー……。ていうか、歳上の人だったのか」

「タメ口で構わないですよ」

 

 歳下だろうとは思ってたけど、本当に歳下か。いや、まぁ気にしないけど。

 

「事務所の掃除は僕らが担当の所は手早く終わらせたからね。それまで自由時間をもらったから、その間にノートをまとめておこうと思って」

「ノート?学校の宿題?」

「いや、蘭子の持ってた」

「把握」

「さっき、更衣室で文香さんからカッコ良いフレーズを教えてもらったからね」

「文香って、鷺沢文香?」

「知ってるんだ?」

 

 彼女だからな……。ていうか、何を教わったんだ?とても気になるが見ちゃいけないような気もするし聞くのはやめよう。本人に聞こう。

 そんな話をしてると、神崎さんが歌い終わり、次は二宮さんの番。二宮さんはやはりというか何というか、ボカロ曲を入れていた。そういうの好きそうだもんな。

 

「鷹宮さん、我が鎮魂歌は」

「普通に話せ」

 

 鎮魂歌なんて歌ってねーだろ、縁起でもねーこと抜かすな。

 

「………わ、私の歌はどうでしたか?」

「上手かったですよ。目の前にグランとルリアが見えました」

「そ、そうですか………」

「シルヴァ姐さんが出たのに一言も喋らなかったからなぁ………」

「祈る暇は与えん!」

「ヒューネラルブリット!」

「………うるさいよ二人とも」

 

 怒られたので黙りました。

 二宮さんも歌い終わり、次は神崎さん……かと思ったら二人は俺にデンモクを渡して来た。

 

「はい、鷹宮さんの番」

「………えっ、俺?俺はいいよ」

「ダメだよ、せっかくお金払ってるんだし」

 

 さっき納得したんじゃねえのかよ……。だが、こうなると女性は面倒な事を俺は知っている。絶対、引き下がらないからな。

 仕方なくデンモクを受け取り、曲を選んだ。………他人とカラオケ来たの初めてなんだよなぁ。他の人が知ってる曲を選ばないと……。

 

「………これで」

 

 入れたのは、レアドロ K○I 恋。超盛り上がった。やっぱpso2は偉大ですわ。

 

 ×××

 

 あっという間に時間は過ぎ去り、退室した。途中で三村さんにも「後でケーキ奢るから口裏合わせて」と言っておいたし、問題ないだろう。

 

「あー……疲れたぁ」

「鷹宮さん、そこそこ歌上手いね」

「そこそこな」

 

 曲によっては超下手だし、人に誇れるほどでは無いが。しかし、誰かとカラオケ行くのは割と悪く無いな。今度、文香でも誘ってみるか。

 とりあえず、二人を事務所まで送ろうと思って三人で事務所に向かった。

 神崎さんもノートのこともすっかり忘れたみたいだし、二人も楽しんでいたみたいだし何よりだ。今年の終わりにトラウマなんて作りたく無いだろうし。

 ………そういえば、もうすぐ今年も終わりか。今年は随分と濃い一年だったなぁ。アイドルと知り合って、アイドルに勉強を教えてもらって、アイドルと付き合って………。まぁ、どれも楽しい思い出だったし良いんだけどね。

 何より、文香と付き合えたのが一番大きいかな。喧嘩したりもしたけど、文香のお陰で久々に楽しい時間を過ごして来れたと思う。この文香と付き合っていられる時間が、永遠に続いてくれれば嬉しい。

 いや、気を抜くわけにはいかない。結構、喧嘩もしてるし、今年の終わりまでは俺も文香を怒らせないようにしないと。

 そう決心した時だ。

 

「………千秋、くん?」

 

 事務所の近くまで来た時、コンビニの袋を持った文香が声をかけて来た。

 

「………ああ、文……鷺沢さん。お久しぶりです」

 

 脳内電源を切り替えて声をかけた。直後、文香の表情か変わった。俺の両サイドに二宮さんと神崎さんがいたからだ。

 

「………鷹宮くん?今度はハーレム計画ですか?」

「ひえっ」

 

 だが、これで終わらなかった。

 

「あっ、鷹宮くん!ケーキ、奢ってくれるんだよね⁉︎」

 

 三村さんが駆け寄って来た。

 今年最後の修羅場が幕を開けたので、とにかく謝り倒した。

 

 


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