大晦日。バカップルは二人揃って文香の部屋でまったりしていた。炬燵にみかんを剥いていた。
千秋が満足そうに剥き終わったみかんを炬燵の上に置いた。
「………ふぅ」
「………わぁ、可愛いですね」
みかんの皮で作ったカタツムリだ。それを見て、文香が感嘆の声を漏らすと、千秋は少し嬉しくて胸を張った。
「ま、まぁね。俺、器用だから」
「………でも、食べ物で遊ばないでくださいね?」
「…………すみませんでした」
謝りながら、カタツムリの殻の部分になってるみかん本体を分離させて半分に割った。
「はい」
「………あー」
手渡すと、文香は頬を染めながら口を開けた。恥ずかしがるならやらなきゃ良いのに、と心底思いながら千秋はみかんを千切って口の中に入れた。
「………美味しいです」
「そうですか」
テキトーに相槌を返しながら、みかんを1つむしって空中に放って口でキャッチした。
今年もあと30分ほど。なのに、テレビでは相変わらず俺ガイルのDVDが映されていた。風情もへったくれもなかった。
「………それにしても、今年も色々ありましたね」
「それな。まさか彼女出来ると思ってなかったから」
「…………そうですね。私も、まさか歳下の恋人ができるとは思ってもいませんでした」
「えっと……なんだっけ?確か最初は不良に文香が絡まれていた時に、颯爽と俺が助け出したんだっけ?」
「………違います。千秋くんは私との思い出をそんな風に改竄するんですね」
「いや冗談だって」
「………出会ったのは、それのおかげじゃないですか」
文香の視線の先にはちょうど、一期最終回の体育祭が映されていた。
「………何故、私の店に来たんでしたっけ?」
「売ってなかったんですよ、俺ガイル6巻が。駅前の本屋だと、うちのクラスの面子とかち合う可能性もあったんで、前に見つけたこの店に来たんです」
「………なるほど」
「まさか、興味持たれると思わなかったですけど」
「………あの時は、本なら基本的になんでも興味ありましたから」
「今もでしょ。たまに図書館とかから借りてるよう分からん本読んでるじゃん」
「………本に興味がなくなったわけではありませんから」
「そういや文学少女シリーズって貸したことあったっけ?」
「何それkwsk」
その反応に「もう引き返せないかもなぁ……」と思ったのは言うまでもない。
「まぁ、今度貸すよ」
「………はい、楽しみにしてますね」
「で、それからたまに俺がこの本屋来るようになったんだよなぁ」
「………あの時はすみませんでした。本が読みたければ買えば良かったですよね……」
「いやそんな気にしなくて良いよ。俺も、その……何?文香の事美人だなーとか思ってたから」
「………そ、そうですか……」
「だ、男子高校生には色々あるんだよ。簡単に一目惚れするし可愛い人見たら取り敢えずお近づきになりたいとか思っちゃうし」
「………千秋くんは、出会った時から私の事をそのように思っていたのですか?」
「おいおい、俺とそこらの男を一緒にするなよ。美人とか可愛いとかは思っても、絶対一目惚れはしないようにしてたからな。だから、あくまでちゃんと『本を貸すだけの関係』って割り切ってたから」
「………まぁ、変にナンパされてたよりマシなので何も言わないであげます」
「ていうか、ナンパ男扱いされるの嫌だったから一線引いてたまであるよね」
「………千秋くんはもう少し、余計なこと言わない努力をしてください」
なんか怒られて、千秋は「すみません」と返した。
「いや、でもそれなら文香にももう少し気を使って欲しかったんだけど」
「?」
「平気で部屋に男を上げるし、男の部屋にも入って来るし、もう少しパーソナルエリアっつーの?そういうの考えて欲しかったよね」
「っ……あ、あの時は、その……そういうのがあまり分かっていなかったんですよ。アイドルになるまで、親しい友人とかいませんでしたから……」
「………にしてもでしょ。お陰で理性を抑えるのが大変で………。ていうか、それは今も変わってないから」
「へっ?今も、ですか……?」
「何でもない」
「むっ、なんですか?」
「……………」
目を逸らすと、文香は頬を膨らませて千秋の方に寄りかかる。腕に胸がむにっと当たった。
「そ、そういうところだよ」
「………へっ?」
「……そ、その……何?割と距離近くて、その……胸とか押し付けて来たり………人目を気にしないで噛ませたり………その辺」
「あっ………」
自覚したのか、自分の胸を抱きながら若干離れる文香。男としては残念だが、理性を保たなければならない方としては助かった感じがあった。
「………千秋くんのえっち」
「えっちなのを抑えてるから注意したんですけど………」
千秋は小さくため息をついてから言った。
「こっちは襲わないように耐えるのが必死なんだよ。ただでさえ文香って……その、何?…………大きいし」
「…………あうぅ」
頬を染めて俯く文香。その姿はいかにも可愛らしかったが、千秋も頬を赤く染めてるので人の事言えない。
「………千秋くんは、私にくっ付かれるのは嫌ですか…………?」
上目遣いで尋ねられ、千秋は「うっ……」と言葉に詰まった。どうしたものか悩んだ挙句、文香の肩に手を乗せて自分の方に寄せた。
「………嫌なわけねーだろ」
「…………前もこんなことありましたね」
「うるせ」
千秋の肩に頭を乗せたまま、ホッと一息ついて目を閉じた。
「まぁ、知り合ってからしばらく経って、俺風邪引きましたっけ」
「………はい。泊まっていけば良い、と言ったのにカッコつけて帰って風邪引いてました」
「カッコつけてない。……とは言い切れない」
「ほらやっぱり……」
「でも文香と同じ部屋で寝泊りはまずかったでしょ。当時は付き合ってもなかったし」
「………それは、そうですが……。でも、弱った千秋くん、可愛かったですよ?」
「うるせー。大体、文香あの時世話焼き過ぎだったから」
「………そう、ですか?」
「今だから言うけど、俺の体を拭いてくれた時、胸が後頭部に当たってすごかったからね?」
「…………やっぱりえっちじゃないですか」
「………男ならそんなもんでしょ」
「………まぁ、男の子ですし。………それに、私は千秋くんになら襲われても………」
「……………」
千秋は聞こえなかったことにした。机の上の紅茶を飲み、ホッと息をついた。
「………なっ、夏休みに入ってからも色々ありましたね」
「ああ。補習とか祭りとか撮影とかな」
「…………もう補習はダメですからね」
「分かってるよ……」
文香怒ると怖いし、とは思っても言わないでおいた。
「………この頃から、でしょうか。私が、千秋くんを意識し始めたのは………」
「え、なんかあったっけ?」
「………夏コミや夏祭りの時とかですね」
「あー……そういや、冬コミは行かなかったけど良かったん?」
「………はい。欲しいジャンルは、奈緒さんが持っていましたから」
「どんなの?」
「………黙秘で」
「………………」
問い詰めてもよかったが、知らない事もある方が良さそうなので黙った。
「夏コミでなんかあったっけ?」
「………自分が好かれてる所を自覚してない所も好きですよ。それは、無意識って事ですから」
よく分からなかったので、とりあえず千秋は「お、おう?」とだけ言っておいた。
「………撮影の時とかは奏さんやありすちゃんに迷惑を掛けました」
「? なんかあったん?」
「…………恥ずかしながら、他のアイドル達と仲良くしていた千秋くんに嫉妬してしまいまして………」
「あー……なるほど」
「………他人事のように言っていますが、千秋くんが一番悪いんですよ」
「えっ、なんで?」
「………弟なんて嘘をついたり、私の気持ちになんて一切気付かないんですから」
「弟の方はすみませんでした………」
まずはそこを謝ってから自分の弁護に移った。
「いや、でも気持ちの方は仕方ないでしょう。クラスに友達がいないボッチの事が好きな女性がいるとは思えなかったんだから」
「………でも、千秋くんも既に当時は私のこと好きだったんでしょう?」
言われて、奏に嵌められたことを思い出した。
「………や、でも自覚したのはあの時からなんですよ。速水さんに質問攻めされた時」
「………自分の気持ちに中々気付かないのもどうかと思いますが」
「……………」
反論出来なかった。
「実は、デ○ズニーの前に俺、速水さんと渋谷さんと北条さんと島村さんと服買いに行ったんだよね」
「………そうなんですか?」
「なんかデート用の服買うとか言って、速水さんがわざわざ面倒見てくれた」
「………今にして思えば、デ○ズニーランドの告白ってすごい出来レースですよね」
「あー確かに。速水さんとかだけが結果を分かりきってたんだろうなぁ」
「………いえ、私も分かっていましたよ?」
「あ、そっか。………緊張してたのは俺だけなのか」
「………本屋さんでの告白は、正直……その、嬉しかったです」
「………まぁ、俺と初めて会った場所ですからね」
「………告白の言葉は悪い意味で千秋くんらしかったですが」
「すみませんね、照れ屋なもんで」
少し不貞腐れたように目を逸らした。
「………それから付き合うようになったんですよね」
千秋に身を委ねる文香。頬を若干赤く染めながらも、千秋から離れようとしなかった。
千秋も千秋で心の中はすごく緊張してる癖に、平常心を装って紅茶を飲んだ。
「………千秋くんの胸、すごいバクバクいってる」
バレてた。
「………好きな女の子にくっつかれて緊張しない男はいないでしょ。特に文香は忘れてたけど歳上だし」
「…………忘れてたってなんですか」
「………いや、落ち着いてるけどとても歳上っぽくないんだよな」
「………誕生日までさん付けに敬語だった癖に」
「歳下にいつまでも敬語使ってる人に言われたくない」
「………仕方ない、じゃないですか。その……あまり、人と話してこなくて、その……敬語が口調、みたいになってしまったんですから……」
「…………もしかして気にしてた?」
「…………少し」
なんか悪いことしたかも、と思った千秋はフォローに回ることにした。
「ま、まぁ敬語なのは悪いことじゃないから。相手に丁寧な印象を与えられるし、それにー……その、何?俺の好きな絹旗だって基本、敬語だしな。あと全然関係ないけど、SOS団で一番年上の朝比奈さんだって敬語使ってるし……あー、えっと……だから……」
何とかフォローの言葉を考えるが、アニメしか出てこない。それを察してか、文香はクスッと微笑んで千秋の肩を抱いて、自分の膝の上に頭を置かせて撫でた。
「………ふふ、別に気にしてませんよ」
「………なんで膝枕させられてるんですかね」
「………語彙力の足りない歳下の彼氏くんを、お姉さんが甘えさせてあげてるんです」
「………………」
恥ずかしかったが、そのままでいたかったので千秋は文香の膝の上で落ち着いた。
俺ガイルが終わった。時計を見ると、0時ぴったりになった。
「………千秋くん、あけましておめでとうございます」
「………あけおめ」
そう言って、二人はしばらくのんびりした。
一年を、と言いましたが九月までで終わりました。すみませんでした。