正月、千秋は文香の部屋のリビングで待機していた。文香は寝室で着替えをしている。
とりあえず、うちの親戚の実家の家の方にある山○観音とやらに行く。ここは去年までは家族と一緒に行ってたけど、広いし出店もあるしで良い感じだと千秋は思っていた。というか、リア充を始めてそろそろ半年になるのに、まともなデートをしてないから不安だった。
まぁ、文香ならどんな場所に連れて行っても喜んでくれそうだけど。そんな事を思ってると、寝室の扉が開いた。
「………お待たせしました」
振り返ると、着物の文香が立っていた。赤と白の着物に、真っ白なファーを首に巻いている。着物なのに大きい胸はしっかりと強調されていて、なんつーか鼻血出そう。控えめに言ってメチャクチャ可愛い。
そんな控えめに言ってメチャクチャ可愛い(二回目)文香は、そんな千秋の視線に反応してか、頬を赤く染めて聞いて来た。
「…………あっ、あのっ……どうでしょう、か……」
はっとして、千秋はとりあえず感想を言うことにした。
浮かんだ感想は、浴衣の時は「笑いませんか?」「ほんとに?」を連呼した挙句、ジロジロ見られただけで顔を赤らめていたのに、今は自分から感想を求めるようになって来るとは成長したなぁ、とすごい上から目線の感想が浮かんだ。
外見的感想ではないため、考え直した。どんなことを言えば良いか考えた挙句、千秋は目を逸らしながらボソッと呟いた。
「ずっ………」
「ず?」
「………ずっ、瑞鳳の新春グラより可愛くて似合ってますよ………」
千秋の方は全然成長していなかった。ガッカリした目で文香は千秋を見ると、ため息をつきながら言った。
「………実際、私より千秋くんの方が照れ屋さんですよね」
「……………」
今回ばかりは反論の手立てを失った。
二人して部屋を出て、電車に乗った。埼玉の西○球場までなので電車賃はそこそこ掛かるが、バイトしたので問題ない。
家を出て、二人で腕を組んで駅に向かった。いや、イチャイチャしてるわけでなく、文香が歩きづらいと思って腕を組んでいた。流石に人前で文香にもらったマフラーを二人で巻くことはしなかったが、それをしなくても十分恥ずかしかった。
椅子に座り、ホッと一息ついて文香が呟いた。
「………山○観音、でしたっけ?どんな所なのですか?」
「広い所だよ。俺の知ってる限りだと、でっかいメインの建物以外にも七福神が並んでる所とか、階段あがれば五重の塔とかあるし」
「……なるほど。つまり、千秋くんはこれから行く場所の外観しか知らないということですね?」
「………悪かったな。興味ないもんでね」
「………なんてね。別に、私もそれほどお寺に興味があるわけでもありませんから」
「……………」
「………拗ねてる千秋くんも可愛らしいですよ?」
「………うるせーです」
えへへー、と勝ち誇った笑みを浮かべて千秋の頬をツンツンと突く。心なしか、最近はボディタッチも増えた気がする。
「………そういえば、付き合いたての時もこんな感じで、やけに俺にくっ付いてきたよね、文香」
「………そう、でしたか?」
「そうだよ。色々とくっ付いてたから性欲我慢するのに必死だった」
「……うう……今度から自重します………」
「………いえ、別に嫌ってわけじゃないから……」
「知ってます」
さらに肩にまで頭を置いて来る文香。照れ隠しするように千秋は呟いた。
「文香とは家デートが多いからなぁ」
「………まぁ、仕方ありませんよ」
今は、文香は髪を下ろして眼鏡をかけてるので、一応変装にはなっているはずだ。
「なんかちょうど、文香と付き合い始めた時だよね。……お互いの性癖がバレたの」
「………そ、そうですね」
匂いフェチと噛まれフェチという、お互いに恋人がいた過去なんてないのに特殊過ぎる。
こんな性癖の話は外でする話じゃないので切り上げた。
「学校始まってからも色々あったよなぁ」
「………はい。私の文化祭に千秋くんが来てたことは驚きました」
「速水さんに連行されてな……。そういえば、その時か。俺が高垣さんと知り合ったの」
「………彼女といるのに別の女性の話ですか?」
「いや、割と他の人の助けなしじゃ付き合えてなかったし、仕方なくね?」
「………まぁ、そうですね。……特に、奏さんには」
ほんと、二人は奏に頭が上がらなかった。
「そういえば、この頃にも一回喧嘩したっけ?」
「………はい。しました」
「確か、俺と三村さんが知り合った時の奴だよね。嫉妬して」
「………申し訳ありません、あの時は……」
「いやいや、俺も悪かったよ。俺だって文香が知らない男と飯食ってたら嫉妬してそいつの頭カチ割っちゃいそうだし」
「………それはそれで問題な気がするのですが」
考えて見れば、当時既に文香はかな子の正体を知っていたことになる。まぁ、その話を蒸し返すと嫉妬が再臨しそうなので千秋は黙っていたが。
「その後もいきなり手錠したいとか将棋で女装させられたりお姉ちゃんと呼ばされたりポッキーゲームしたり……」
「………あの時はとにかく千秋くんと一緒に居たかったんですから、仕方ないじゃないですか……」
「………いえ、その……俺も悪い気はしなかったから……。まぁ、手錠でトイレ行きそうになった時は」
「その話はしないでください」
キッと睨まれたので話をそらすことにした。
「その後は文香の文化祭に行ったっけ」
「………はい。お恥ずかしい限りです」
「あのクソパクリの奴な」
「………あの時の話も、あまり……」
「はい……。俺もあのSAOもどきはあまり思い出したくないです……」
文化祭のことも色んな意味で話を逸らした。
「その後もいろいろあったよなぁ」
「………はい。お誕生日、祝っていただきました」
「当日は風邪引いて1日遅れになったけどね」
「………申し訳ありません」
「考えてみれば、風邪ひいて当然なんだよな。ずぶ濡れになってお風呂はいってからタオル一枚で人のことを押し倒し、夜になっても浮かれてていつまでも寝ようとしないんだから」
「ううっ……意地悪なこと言わないで下さい………」
「いえいえ。むしろ、傷付いたのはその後だから……」
「うっ……お酒、ですか………?」
「まさか、場所を弁えずに速水さんの前で噛んだりするとはなぁ……」
「あっ、そっちですか?」
「え?他に何が?」
「…………その、ケーキを台無しにしたりしてしまったし……」
「それは気にしてないよ」
正直、少し気にして欲しかった文香だが、千秋はそれ以上その話はするつもりないのか、誕生日当日の話をした。
「そういえば、誕生日もあまり何か特別なことした覚えないよね」
「………はい。でも、プレゼントいただきました」
「………何あげたっけ?」
「………照れ隠しで惚けなくて良いです」
「……………」
「……ふふ、そういうところ、可愛らしくて好きですよ?」
微笑みながらそう言われ、千秋は顔を赤くして目を逸らした。
「………千秋くんにいただいたストール、毎日使わせていただいてますよ」
「……そうですか」
電車を降りて乗り換えた。乗り換え時間は2分程だった。
別の電車に乗り、また座れた。
「修学旅行でも色々あったよなぁ」
「………まさか、付いて来ると思わなかったでしょう?」
「そりゃそうでしょ」
「……いつから気付いてました?私がいるの」
「那覇空港」
「へっ………?」
「那覇空港で文香の匂いが香ったから……」
「………千秋くん、それちょっと気持ち悪いです」
「部屋にいたのに食堂の俺の声が聞こえる文香に言われたくない」
「……………」
「……………」
お互いの気持ち悪さが露出することになった。
「修学旅行先でも冷やっとしたよ。まさか、コンビニで噛まれるとは………」
「………あれは千秋くんが悪いです」
「……悪かったよ。一応、弁明しても良いか?」
「結構です」
だよね、と千秋はため息をついた。
「………プロデューサーさんとエッチな話を公共施設でするし……」
「あれはほんとごめん。マジで」
「………もう謝っていただいたので結構です」
「そういえば、キーホルダー喜んでもらえたの?」
「………はい。奏さんもありすちゃんも喜んでくれました」
「なら良かった」
海ぶどうのキーホルダーを二人で買ったことを思い出していた。
修学旅行が終わってからの話に移った。
「修学旅行が終わってからも大変だったよね。また喧嘩しちゃうし」
「………はい。まさか、千秋くんがあそこまで女心を理解してないと思っていませんでした」
「……悪かったですよ。文香が疲れてると思ってたから……」
「………いいんです。気持ちはありがたいですから。ただ……私は、千秋くんといれば、疲れなんて感じないことを忘れないで欲しいです………」
顔を赤く染め、俯きながらそう言う文香をからかいたい千秋だったが、自分もなんか恥ずかしくなって顔を赤くしたので。何も言えなかった。
「………でも、それ以上にあの時は驚きました。笠地蔵みたいになってる千秋くんが私のマンションの前で座っていたのですから……」
「アレは、本当に一刻も早く謝りたかったからな……。今にして思えば苦行だった………」
「……もう二度と、ああいったことはしないで下さいね」
「はいはい……」
「はいは一回」
「………はい」
あの後、体を洗ってくれたのを思い出したが、文香が「その事を話したら殺す」みたいな目で見られたので、黙った。
「そのあとは……スキーだっけ?」
「………はい」
「今だから言うけど、新田さんに俺と文香の関係バレたよ」
「へっ………?」
「なんか普通に見抜かれた。あの人察しが良すぎて怖いわ」
「あらー……千秋くんにしては珍しいですね、そういうところでバレるなんて」
「……いや、どちらかというと文香がたくさん転びやがったからバレたんだけどな………」
「………すみません」
「けど、今度からはバレないようにもう少し上手くやるよ」
「………バレないようにするなら、嘘ももう少し上手くついて欲しいです」
「………へっ?」
「……蘭子ちゃんや飛鳥ちゃんとカラオケに行ったり、かな子さんに裏を合わせてもらおうと迷惑かけたり……」
「うっ………」
「………掃除もしないで」
「………悪かったよ」
「………楽しかったですか?カラオケは」
「………正直に言うと楽しかったです」
「………では、今度は私と行きましょうか」
「良いけど……アイドルとカラオケ行くのはちょっと……。ほら、アイドルってみんな歌上手いし………」
「…………蘭子ちゃんと飛鳥ちゃんとは行けるのに、私とはいけないんですか……?」
「………今度、行きましょうか」
「………楽しみにしてますね」
そう言って、電車を降りた。もう一度乗り換えで、これが最後の乗り換えである。
今度は席は一つしかなかった。
「座って」
「………え?でも……」
「着物だし、歩きにくいでしょ?」
「………では、失礼します……」
文香は椅子に座った。
「………で、いつ行く?」
「………そう、ですね」
「8日は?成人の日」
「………あっ、その日は……」
「? なんかあるの?」
「…………申し訳ありません。その日は……大学の方達と、飲みに行く約束をしていまして………」
「えっ………飲む気?」
「………いえ、飲まないようにはするつもりです。……千秋くんとの、約束ですから……」
「ならいいけど………」
その返事に、ホッと胸を撫で下ろした。
「………ちなみに、さ」
「? なんですか……?」
「その飲みって、男も来るの?」
「来ますけど………」
「……………」
「…………あっ、ヤキモチですか?」
「………そんなんじゃないよ」
「………大丈夫ですよ。私、浮気は絶対ありません」
「……本当にそんなんじゃないです」
ただ、千秋の心配は別のところにあった。飲み会の席で酒は絶対飲むことになるだろう。周りに煽られて文香が仮に飲んだとすると、最悪のケースとして男に何処かに連れて行かれる可能性もある。
その場合を想定しておかなければならないのは必須だ。千秋は顎に手を当てて少し考え事をした。
「……………」
「………千秋くん?」
声を掛けられて、ハッとした。
「まぁ、分かったよ。取り敢えず、別の日にしようか」
「………はい」
二人でそう決めながら、とりあえず西○球場に向かった。