鷺沢さんがオタク化したのは俺の所為じゃない。   作:バナハロ

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電話相手の友達に通話を邪魔されると腹立つ。

 えーっと、なにこれ。なんだこれ?どうすりゃ良いんだ?肩の上に頭を置いてる鷺沢さんが、静かな寝息を立てているんだが。可愛い。いや、可愛いじゃなくて。

 

「……さ、鷺沢さん?」

「…………すぴー」

 

 すぴーじゃねぇよ。てか、マジで寝てんのか。無防備過ぎんだろ。この人は男をなんだと思ってるんだ。間違い無く、俺じゃなかったら襲われてる。

 

「………マジでどうしようかな」

「……すぅ、すぅ………」

 

 困った。これじゃ、動けないんだけど……。どうしようこれ。とりあえず、写メでも撮るか。俺の人生にこんな事があるとは思わなかったわ。

 写真にこの思い出を収めると、本格的にどうするか考えた。動けないから、どうするもないんだけど。まぁ、せっかくだからこの状況を堪能しよう。しかし、女の子の身体は柔らかいなぁ。ぷにぷにというか、サラサラというか………。本当に筋肉ついてんの?みたいな。

 

「………んっ」

「っ」

 

 起きたか?いや、吐息が漏れただけか。こうして鷺沢さんの寝顔を見ていると、色々と思うことがある。

 俺は今まで、一目惚れする男はカスとか馬鹿だとか、随分とボロクソに思っていたが、横の鷺沢さんを見ていると、一目惚れの気持ちがよく分かる。いや、好きになったという意味じゃないが、去年の俺なら5回惚れてる。それくらい良い子だ。

 まぁ、向こうは俺の事をラノベ仲間程度にしか思っていないだろうけど。俺の隣で平気で寝られちゃうんだもんなぁ。寝られるということは、嫌われてるということもないと思うけど。

 

「………あ、終わった」

 

 このすばが。ディスクを入れ換えなきゃいけないんだが、隣のべっぴんさんが眠っててそれは叶わない。

 

「……………」

 

 どうしよう。暇になってしまった。いや、鷺沢さんの寝顔見てれば暇ではなくなるけど。ていうか、女の子の寝顔ってなんで唇を少し尖らせるんだろうな。夢の中でキスでもしてんの?

 しかし、寝てる女の子の寝顔見てるのは変態だよなぁ。

 

「………俺も寝ちゃおうかな(錯乱)」

 

 うん、それがベスト。意識しなくて済むし、退屈にもならない。俺は目を閉じた。さて、上手く眠れると良いな。

 この時の俺は忘れていた、俺は寝相が悪いということを。

 

 ×××

 

「んっ….………」

 

 目が覚めた。どうやら、マジで眠ってしまっていたようだ。とりあえず、俺は横になってる体を起こそうと………あれ?横になってる?

 俺は確か、座ったまま寝てたはずだ。それが何故、横になって寝ていた?それに、俺の頭の下の柔らかい感覚はなんだ………?

 

「………鷹宮、さん?」

「っ?」

 

 頭上から声をかけられた。ふと上を見ると、鷺沢さんが俺を優しい目で見下ろしていた。……なんで、鷺沢さんの顔が俺の上にあんの?なんで俺の顔と鷺沢さんの顔の間にオッパイに良く似た膨らみを持つオッパイがあんの?なんで、頭の下が柔らかいの?

 ………つーかこれ………膝枕じゃね?

 

「っ⁉︎」

 

 慌てて起き上がると、俺の頭の側面と鷺沢さんのおでこがぶつかった。俺は膝の上に頭が戻り、おでこを抑えて悶える。

 

「いっ⁉︎」

「きゃっ⁉︎」

「ぐおっ……かはっ………!」

「…だ、大丈夫ですか……?」

 

 い、痛ぇ………!頭が割れるかと思った………。てか、鷺沢さんはなんで平気そうなんだよ………。って、そうじゃねぇよ!俺は慌てて膝の上から退いた。

 

「す、すみません!俺、寝てる間に姿勢崩しちゃったみたいで……!」

「………大丈夫ですよ。私の方こそすみません。寝てしまったみたいで………」

「や、でも膝枕なんて………‼︎」

「……大丈夫です。寝顔、可愛かったですよ?」

 

 ニッコリと微笑まれ、俺は自分の頬が熱くなるのを感じた。そういう問題じゃねぇんだよ……。なんかすごい恥ずかしいぞ、なんだこれ。

 すると、鷺沢さんは両足をもじもじと動かし始めた。

 

「…………」

「……どうしました?」

「……あっ、あのっ……それより、御手洗に………」

「え?あ、ああ!どうぞどうぞ!」

 

 鷺沢さんは早足でトイレに向かった。………ふむ、大きい方だか小さい方だか知らないが、便意を我慢しながら膝枕してたと思うと少し興奮するな………。

 いやだからそうじゃなくて。ああ……ほんと、何してんだよ俺。俺ってマジの方で寝相悪かったんだな………いや、ある意味では寝相良いんだけど。

 時計を見ると、午後8時を回っていた。もう夜じゃねぇか……。随分寝てたんだな俺。

 顔を片手で覆ってショックを受けてると、鷺沢さんが戻って来た。

 

「………ふぅ」

「本当、すみません……」

「……いえいえ、大丈夫です。私の方も、せっかくBlu-rayを持って来ていただいたのに寝てしまってすみません」

「続き、いつ見ます?」

「………そうですね。今日はもう疲れましたし、明日にしましょうか」

「分かりました。あ、じゃあプレ4とか置いてっても良いですか?」

「…良いですよ」

 

 俺は伸びをしながら立ち上がり、欠伸まじりに言った。

 

「………じゃ、俺帰りますね」

「……帰る、んですか?」

「はい。もう夜遅いですし」

 

 このすばを見ないなら、ここにいる理由もないだろう。そう思って玄関に向かおうとすると、鷺沢さんは「で、でも……」と呟きながら俺の後ろを指差した。

 後ろを見ると、窓の外は超雨が降っていた。

 

「…………マジ?」

「……どうします?」

「帰りますよ。原チャリなんでそんな時間掛かりませんし」

「……え、でも危ないですよ。それに、風邪引いちゃいますし……」

「大丈夫ですよ。てか、帰る以外に他ないですし」

「…泊まって行っても、良いですよ?」

「はっ?」

「………え、ですから泊まって行っても………」

 

 この人はアホなのか?流石にそれはマズイだろ。ていうか、少し言っておいた方が良いかもしれない。

 

「あのですね、鷺沢さん」

「……は、はい」

「簡単に男を泊まらせるなんて言っちゃダメです。本来なら、男を家に入れるのも良くないのに。もう少し貞操観念を考えた方が良いですよ」

「………そ、そう、ですか……」

 

 鷺沢さんは肩を落としながらも、俺の顔を覗き込むようにして聞いて来た。

 

「でも、鷹宮さんが風邪でも引いたら……」

「大丈夫です。俺、バカなので風邪引きませんから」

「……バカは風邪引かないっていうのは、バカは風邪を引いてることに気付かないって意味ですよ?」

 

 真面目に返されてしまった……。流石、ラノベにハマる前はガチの文学少女だ。お陰で痛烈に恥ずかしい思いをしてしまったぜ……。

 俺は誤魔化すように言った。

 

「と、とにかく、俺は帰ります。鷺沢さんも、他の男の人とかをそんな風に誘っちゃダメですからね」

「………は、はい」

 

 ………なんか説教しちゃったな。俺なんかが説教なんて偉そうな真似して良かったのだろうか。逆に今度は俺が肩を落としてると、鷺沢さんは微笑みながら言った。

 

「………鷹宮さん。ありがとうございます。私を心配してくれて」

「ッ………。お、おやすみっス」

「……おやすみなさい」

 

 その顔は反則だろ……。俺は赤くなった顔を隠すように俯き、玄関を出て雨の中をバイクに跨って帰宅した。

 

 ×××

 

 翌日。風邪を引きました。

 

「……………」

 

 やらかした。プレ4どうしよう………。いや、それは後日取りに行けば良い。それより問題なのは、鷺沢さんとの約束だ。午後から鷺沢さんの家に行くと言ってしまった………。どうしようか、無理に行っても向こうに風邪を移すことになるかもしれんし……。

 ………午前中に風邪を治すしかねぇな(錯乱←2回目)。とりあえず、冷えピタでも貼るか。

 

 〜3時間後〜

 

 13時27分。待ち合わせはあと33分後で、熱は下がるどころか上がっている。これはもう無理だな……申し訳ないけど、電話して来週に変わってもらうか。

 俺はスマホを手にとって、鷺沢さんに電話を掛けた。

 

『……も、もしもし?』

「あ、鷺沢さんで」

『文香ー、誰から電話?例の彼氏かしら?』

『……ち、違います!彼氏じゃないです!』

『ということは、例の鷹宮さんなんですね⁉︎』

『……そ、それはそうですけど……!ちょっ、携帯取ろうとしないで下さい!』

 

 ………友達と一緒なのか?楽しそーだなー。で、俺はいつまで待ってれば良いの?

 耳にスマホを当てたまま、俺は待機した。ギャーギャーと騒ぎまくった挙句、ようやくハッキリした声が聞こえて来た。

 

『もしもし、鷹宮さんですか?』

『……ちょっ、奏さん離して……!ありすちゃん!携帯返してください‼︎』

 

 ………誰だか知らないけど、鷺沢さんではないようだ。

 

「鷹宮ですけど……」

『文香さんです』

 

 なりすます気なのかよ!ていうか自分の事をさん付けする奴がいるか⁉︎擬態する気ゼロだろ。

 ………ていうか、もう面倒臭いから言いたい事伝わればそれで良いや。

 

「………まぁ、誰でも良いですけど鷺沢さんに伝えてくれます?風邪引いたから今日行けないって」

『…………今日行かない?どういう意味ですか?』

「あー……」

 

 …………友達に付き合ってもないのに部屋に友達呼んでる、なんて知られたくないだろうなぁ。いや、本人は気にしないかもしれないけど、周りの友達は気にするだろうし、誤魔化すか。

 

「や、今日は鷺沢さんがラノベ欲しいって言うから買いに行く約束してるんですよ」

『……そうなんですか?』

『……いえ?そんな約束してませんよ?』

 

 ………あの馬鹿。ホンッッット馬鹿。本当にウマシカ。こんな馬鹿な女の子初めて見た。

 

『……じゃあ、何の用なのよ?』

『………何って、私の部屋でアニメを…………あっ』

『アニメ⁉︎』

『文香さんの部屋でですか⁉︎』

 

 ………あーあ、俺知らネ。

 

『あなた前に言ったでしょう?そんな簡単に男の子を自分の部屋に入れちゃダメって』

『そ、そうですよ!ていうか、プロデューサーさんに怒られますよ?』

『……わ、分かってますけど……アニメ見るのは他の場所じゃ出来ない、じゃないですか………』

『なら、アニメのDVDだけ借りれば良いじゃない』

『…た、鷹宮さんが持ってるのはBlu-rayなんです!』

『それならレンタルビデオ屋さんに行けばいいじゃないですか』

『…そ、それは………!そ、その通りなんですが……』

 

 ………なんか、マジで説教されてるし。特に、声の雰囲気的に歳下だろ?少なくとも敬語の方は。いや、歳下に説教される鷺沢さんは、それはそれで可愛いけど。

 

『……す、すみません……二人とも………。実は、昨日も鷹宮さんに怒られて………』

『鷹宮さんに、ですか?』

『なんて?』

『いえ、今と同じような内容の事を』

『……………』

『……………』

 

 ………静かになったな。つーか、早く電話切りたいんだけど。通話料バカにならんし。

 そんな事を思ってると、別の声が聞こえて来た。

 

『……もしもし?』

「あ、はい」

『文香の保護者の速水奏です。よろしくね?』

「ど、どうも。え、苗字違うのに保護者?」

『気にしないで。貞操観念ガバガバの子には、少なくとも保護者は五人は必要でしょう?』

『……奏さんっ。それどういう意味で……』

『文香さん、静かに』

『………ご、ごめんなさい……?』

 

 あ、確かに。鷺沢さん、落ち着いた人なのに色んな人に世話かけてるなぁ。

 

『まぁ、そういうわけで、プライベートでの保護者はあなたに任せるわね?』

「や、どういうわけか全然わからないんですけど」

 

 ん?プライベート?ということは、速水さんともう一人はプライベートの付き合いじゃないのか?ていうか、学生にプライベートもクソもあるのか?

 

『いいじゃない。キスしてあげるから、お願い。ね?』

 

 ………何言ってんだこいつ。

 心底、ドン引きしてると大音量が聞こえて来た。

 

『っ⁉︎ な、何言ってるんですか奏さんッッ‼︎‼︎』

『ち、ちょっと文香。落ち着きなさい、冗談よ。冗談』

 

 お、おう……なんで鷺沢さんが怒っとんの。お陰でビックリしちゃったじゃねぇか………。

 

『それで、風邪引いてるんですって?』

「あーはい。だから、今日は行けないって伝えて……」

『大丈夫よ。これから、文香があなたの看病に行くわ』

『「………はっ?」』

 

 俺と鷺沢さんの声がハモッた。

 

『………ちょっ、奏さんっ。何勝手に』

『良いでしょう鷹宮くん?』

「や、まぁ助かりますけど」

『なら、住所を教えてあげてくれる?文香に代わるから』

「了解です」

 

 電話の向こうから『はい』『ここで代わるんですかっ?』『当たり前じゃない。あなたはともかく、見ず知らずの私に住所なんて彼も知られたくないでしょう?』『…………』という、やりとりの後、鷺沢さんの声が聞こえた。

 

『………もしもし?』

「ああ、鷺沢さん?」

『……は、はい。それで、住所は………』

「や、別に速水さんに言われたからって来なくても大丈夫ですよ?風邪、移しちゃうとアレですし」

『……そ、そうですか?』

「はい。微熱ですし、大したことないですから」

『………わ、分かりました。じゃあ別に』

『文香?あなたのスマホの待ち受け、彼の寝顔にしてるこ』

『……わ、ワー!ワー!やっぱり行きます!一人じゃ鷹宮さん大変ですしね⁉︎』

「は、はぁ」

 

 彼?誰だ?男……ヒッキーかビーターかカミやんか……。……まさか、彼氏じゃねぇだろうか。彼氏ならそいつ殺す。

 

『じゃあ、住所教えて下さい』

「あ、はい。えーっと……」

 

 住所を教えながら、俺は少し複雑な感情になっていた。速水さんの言う「彼」がもしリアルの男だったら、何故か嫌な気分になる。別に鷺沢さんの事が好きというわけでもないのに。何でだろうな。リアルの男と決まったわけでもないのに、いやむしろラノベキャラの可能性の方が高いのに、何故かイライラしている。

 これはいかんな。このままだと、イライラしたまま看病してもらう事になっちゃう。俺は心を落ち着かせるために、とりあえず昨日の鷺沢さんの寝顔を眺める事にした。

 

『‥…わかりました。ありがとうございます』

「いえ、すみません。お手数をおかけして」

『………大丈夫ですよ。では、後程』

『さて、文香。何を持って行く?』

『私も買い物手伝いま』

 

 そこで通話は切れた。さて、とりあえず落ち着こう。

 

 


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