学校が終わり、俺は自宅に入った。あー、腰痛ぇー。授業中寝過ぎたわマジで。寝過ぎた所為か頭と腕と肩と腰が痛いわ。
あークソ、マジで面倒臭ぇな学校。二月のケツにはもう試験かー。まぁ、古典以外のどの教科も点数の合計150点超えてるし、古典も132点だから、あと18点取れば勝つる。だから、勉強の必要がない。
だけど、うちの彼女はそれを許さない。本人曰く「赤点ギリギリなんて許しません!ちゃんと努力すべき所は努力をしなさい!」だそうです。
二週間くらいあるから今から勉強の必要はないとはいえ、なるべく文香に学校の鞄を見せるべきではないだろう。毎回、古典の授業の頭にやる小テスト、10点満点で最高でも4点のものがバレる。とはいえ、捨てるとテスト勉強が出来なくなる。
で、このテストがバレない方法を俺は考えた。それは、俺の方から文香の家に行く事だ。それなら、俺の部屋に放置されているテストプリントは見つからない。見つからないどころか探されることもない。
そう決めて、俺は家を出た。今日は文香は授業は3限まで。つまり、もうそろそろ家に着く、あるいはもう着いてる頃だろう。
なら、こっちに来る前に行かなくてはならない。まぁ、俺の方が足早いし大丈夫だろう。
そんなわけで、文香の家に走った。途中、すれ違うことなく合鍵を使って開け、部屋に入った。
「文香、いる?」
「………あ、千秋くん。いらっしゃい」
出迎えてくれた。いやー、わざわざ申し訳ない。
「上がっても良い?」
「……どうぞ」
お邪魔しまーす、と唱えながら部屋の中に上がり込んだ。いやー、あったけぇ。暖房ついてんな。
手洗いうがいをしてから部屋の奥に歩き、2人でソファーに座った。
「もうすぐモンハン発売だな」
「……そうですね。楽しみです。ベータ版も楽しかったですから」
「文香、ゲーム上手くなったよなぁ」
「……はい。最初は右も左もわからなかったですからね」
「いやそれ本当に文字通りな。最初はプレ4の起動の仕方から……」
「ううっ……む、昔の話です………」
顔を赤くして俯く文香はとても可愛くてからかってやりたかったが、今日はやめておいた。
「さて、今日はどうする?家?出かける?」
「……どうしましょうか。私はどちらでも良いですよ?」
「あー……あのさ、どっちでも良いなら、ひとつお願いがあるんだけど……」
「? 珍しいですね。どうしたのですか?」
「いや、その……服を、見に行きたいと思って……」
「………何か変なものでも食べたのですか?」
「違うから!」
ていうか、俺が最後に食った物は文香の作ってくれた弁当だ。
まぁ、確かに自分でもらしくない事を言ったと思うが。なんかそう思うと恥ずかしくなり、顔を赤らめて目を逸らしながら呟くように言った。
「いや、その……前に自撮りの件で出かけた時から思ってたんだけど、周りのカップルの男の方の私服ってカッコ良いんだよな。顔は割とブスも多いのに、私服がカッコ良いだけでオーラもカッコ良く見えてさ」
「………千秋くんも、かっこ良くなりたいと?」
「いや、アイドルが彼女だからさ、俺もそれなりにおしゃれしないと……こう、カップルというより女王とペットに見える気がして」
「……私は気にしませんよ?千秋くんがペットでも」
「いや文香が気にしなくても……今なんて?」
「いえ、なんでも」
なんかサラッと怖いこと言った気がしたんだが……まぁ、良いか。あまり聞かない方が良さそうだし。
「けど、俺は全然オシャレとか分かんないからさ……。文香に手伝って欲しくて」
「……わかりました。千秋くんがそう仰るなら、出掛けましょう」
「なんか悪いな、俺の事情に付き合わせるみたいで」
「……いえ。それよりも、千秋くんが行きたい所を言ってくれるようになって嬉しいです」
「サンキュ」
何となく照れ臭くなり、小さくお礼を言って文香と部屋を出た。
玄関を出ると、外は馬鹿みたいに寒く、まだまだ冬は続きそうな感じだ。少し風が吹くだけで服の隙間から入ってきて、鳥肌を立たせてくるのがとても鬱陶しい。
「千秋くん」
後ろから声がかかった。振り返ると、文香が手を差し出してきていた。その手を取って、2人で手を繋いで歩き始めた。
向かう先はまだ決まってないが、まぁデパートにでも行けば大丈夫だろう。なんか服屋いっぱいあるし、飽きたらゲーセンも行ける。
マンションを出て、手を繋いだまま街を歩く。冷たい風が吹くたびに文香が身震いするのが視界に入る。やっぱり、手を繋ぐだけじゃ寒さは取れないか。
さっきは文香から手を差し出してくれたし、今回は俺から、かな。
そう思って手繋ぎを解除すると、文香の後ろに手を回して肩を抱き寄せた。
「ーっ」
顔を赤くするも文香。だが、それはおそらく羞恥ではない。むしろ歓喜だろう。ちなみに俺の顔の赤みは羞恥です。
「……千秋くん」
「こ、こうした方が、あったかいだろ?」
「……はい。とても嬉しいのですが……その、歩きにくいので腕組みに変えてもらっても良いですか?」
「…………」
自分の行動がとても恥ずかしくなって、無言で手を離した。やっぱりらしくない事はするべきじゃないって事ですね。
×××
デパートに到着し、店の中の地図を見た。店の配置を書いてあるため、やはりゲームでもデパートでもマップは重要だ。
エスカレーターで二階に上がり、一本の道を見た。この道は奥の本屋とゲーセンに着くまでの間、全部服屋である。多分。
とにかくこの通りを歩いていれば、何かしらビビッとくる店が一軒くらいあるだろう。
「………行くぞ、文香」
「はっ、はい……!」
2人して緊張気味に歩き始めた。なんか、こう……オタクがこういう通りを歩くのは勇気がいるな……。場違い感がすごい。周りのカップルはイケイケリアリアな感じがして、なんかもう宇宙に浮かぶザクと同じくらい自然と場に溶け込んでいる。
俺と文香はどうだ?いや、文香はリア充に見える。可愛いし、服装だってたまに速水さんと買い物に行くくらいだ。
だが、俺は……うっ、なんか胃が痛くなってきた……。いやいや、落ち着けよ。大丈夫、別に変な事はないさ。文香がいるんだから。彼氏には見えなくとも、まぁ弟に見られればそれで良い。
そんな事を思いながら2人で並んで歩いてると、服屋通りを抜けてゲーセンと本屋の前に来ていた。
「……あれ?もう終点?」
「……なんでお店に入らなかったんですか」
「……すまん、緊張しててそれどころじゃなかったんだ」
通り過ぎてどうすんだよ、俺。
我ながら自分に呆れたものだが、俺以上に俺に呆れた様子の文香が俺の手を引いた。
「はぁ………。こっちに来てください」
「えっ?」
「私がお店を選びます。大丈夫、こういう時のために奏さんにお店は抑えてもらっています」
おお……ちゃんと俺と服屋に行く事を想定してくれていたのか……。まぁ、自分で探したわけじゃないのが文香らしいが。
とりあえず、1軒目に来た。メンズとレディースと両方ある服屋。いかにもオシャレそうで、中に入るだけで心臓が握り潰されそうな気さえする。
「こ、ここに入るの……?」
「行きますよ」
だが、文香の俺の腕を引く力は強く、抵抗する間も無く入店した。
ヤベーな……。なんかどの服もキラキラしてて高そうだ。正直、今日は買うつもりは無く下見のつもりなのだが、どれが良いのかさっぱりわからない。
「……では、千秋くん。試着室で待っていて下さい」
「は?な、なんで?」
「……私が服を片っ端から持って行きますので、それを全て着てください。知識のない私達では、試行錯誤を繰り返して似合うものを探すしかなありません」
オイィイ!なんだその数の暴論は!ていうか、速水さんも一番重要なとこ教えてないのかよ⁉︎
「ま、待て待て待て!そんなの何時間掛かるか分からないし、何よりお店に迷惑だろ!」
「……しかし、男性服の知識をつけるにはこうするしか……」
「だからってそんなトライアンドエラーの繰り返しはないだろ!」
ダメだ。これもう帰るかゲーセン行った方が俺達のためであり、店のためだ。一回、パソコンかなんかで調べてから来るべきだったかもしれない。
そもそも、あまり焦る必要はないんだ。周りがどう見ようと、俺と文香が恋人である事には変わらないんだから。だからさっさと帰ってゲームやろう。
そんな事を考えてると「あの」と声が掛かった。2人揃って振り返ると、店員さんが立っていた。
「洋服をお買い求めですか?」
来た!これだ!服に関しては歩くGo○gleと言っても過言ではない店員さんだ。これなら何とかなる。
「は、はい。だけど、2人揃ってあんまこういう店慣れてなくて……」
とりあえず、俺の服を買いに来てるので俺が答えた。店員さんは俺と文香を見比べると、微笑みながら聞いてきた。
「えっと……お姉様の御洋服ですか?弟さんの御洋服ですか?」
「「………はい?」」
この店員、今なんて?
「いえ、ですからお姉様か弟さんの御洋服かと……」
「…………」
「…………」
まさか、本当に姉弟に見られるとは……。こいつはちょっと想定外だ。そんなに俺の服ってダサいのかな。いや、それ以前にそんなに俺と文香って顔似てるか?
まぁ、とにかく服を案内してもらわないことには何も始まらない。俺は店員さんに答えた。
「あ、俺の服です。ね?お姉ちゃん!」
小さく手を上げて答えてから文香に確認を取ると、文香はこっちを見た。その顔はやがて、プクーッと膨らみ、ジロリと俺を睨んだ後に、店員さんを睨んで俺の腕に抱き着いた。
「この人は私の彼氏です!」
「えっ」
「失礼します!」
文香さんはそう一喝、いや二喝?すると、怒って俺の腕を引いてお店を出てしまった。な、なんだ?なんなんだ一体?何を怒ってんだ?
わけがわからないまま文香に引き摺られ、人気の少ない場所、エレベーターの前に連れて来られた。
「ど、どうしたんだよ文香⁉︎」
「……千秋くん、来週の日曜は空いていますか?」
「え?そ、そりゃ空いてるけど………」
「お出掛けです。奏さんも一緒に」
「………えっ」
「同じ歳くらいの異性が並んでカップルに見えないなんて由々しき事態です。三人で千秋くんの洋服を買いに行きます!」
「え、えぇ〜……そんな、別に俺は気にしないのに……」
「私が気にするんです!私と姉弟に見られるなんて……まるで千秋くんがバカにされてる気分で許せません!」
お、おう……。俺のために怒ってくれてるのか……。ちょっと嬉しい。
「大体、千秋くんもヘラヘラと私の事を『お姉ちゃん』なんて呼ばないでください!」
「ご、ごめん……?」
「まったく……。とにかく、奏さんに連絡を取ってみるので、少し待ってて下さい」
「分かったよ……」
「それと、後でもう一回だけ『お姉ちゃん』と呼んで下さいませんか?」
「えっ?」
そんなわけで、なんか今度の日曜に服を買いに行くことになった。