日曜日、俺は駅前で待機していた。今日は文香と速水さんと待ち合わせしている。
なんか俺の服を買うとかで出掛けなきゃいけないわけだが、前の日の俺と違ってモチベーションは低かった。だって面倒臭いもん。しかも速水さんも一緒でしょ?あの他人にも自分にも厳しい人は当然、俺にも当たりが強くなるだろう。いや、当たりが強くなるというよりも厳しくビシバシと奏のパーフェクトスパルタおしゃれ教室の始まりだ。下手な事を言うと冷たい目線で冷凍されてしまうかもしれない。
あ、やばい。そう思うと緊張してきた。少しでも気を紛らわそうと、FGOのイベントを周回してると、後ろから肩をつつかれた。振り向くと、むにっと頬に人差し指が刺さった。文香の指だった。
「……引っかかった〜」
何それ可愛い求婚したい。
「引っかかってやったんだよ。文香の指に触れたくて」
「も、もう……千秋くんったら……。そ、それなら……いっそのこと、咥えてくれれば良かったのに……」
「おまっ、表にいるときにそんな……いや、文香が良いなら、良いけど……」
「……こ、これはこれで…その、良い気もするので……今度、時間があるときに…」
「そこの馬鹿二人。表でアブノーマルにイチャイチャするのやめてくれる?」
「………」
「………」
速水さんから突然、声が掛かった。駅の真ん中で恥ずかしい事抜かし過ぎた……。
「……ごめんなさい」
「次から気を付けます……」
「次、私がいる時に惚気たら帰るからね」
つまり、貴重な一回目を挨拶もする前に使ってしまったということか……。いや、まぁこっちから速水さんに頼んでるわけだし、向こうが嫌と言うなら惚気ないようにしないと。
「……すみません」
「じゃ、行くわよ。鷹宮くんの洋服を選べば良いんでしょ?」
「……はい。私じゃ、お力不足のようで……」
「大丈夫よ、文香には元々そういうの期待してないから」
「なっ……!わ、私だって少しは知識があります!この前だって……!」
「クレンジング液も知らない子は引っ込んでなさい」
容赦無く正面からたった一言で文香を完膚無きまでに叩き潰すと、速水さんは俺を見た。
「もちろん、あなたの意見も聞かないから。似合う服とか、全部私が選んであげるからね」
「そ、そうですか……」
まぁ、その方が助かる。選べと言われた方が困っただろうしなぁ。やっぱ、分かる人が選んでるのを見て、その中から系統別に頭の中でカテゴライズしていくしかない。
そんなわけで、三人でデパートに向かった。と言っても、前に入ったデパートではない。だってあそこ行きづらいし。
電車に乗って少し遠出した所にあるアウトレットにきた。アウトレットの服屋に向かう途中、ゲーセンが目に入った。
「あっ、ゲーセン!ゲーセンある!」
「本当ですね。艦これやりませんかっ?」
「バカ2人、何しに来たのか考えなさい」
冷たく速水さんに怒られたので、黙って服屋に向かった。まぁ、そこのゲーセン以外はほとんど服屋みたいなものだ。石投げれば服屋に当たるこの辺りの店ならどこでも服屋だから、テキトーな店を見つけた。
「さて、じゃあ洋服探しましょうか」
「あの……オシャレすぎて入りにくいんだけど……」
「知らないわよ」
「……そうです、千秋くん。私のためにオシャレになってくれるんでしょう」
「いやオシャレっつーか男子高校生の平均ちょい下くらいで良いんだけど……」
「……ダメです。姉弟に間違えられるくらいなんですから。せめて夫婦に見えるくらいになりたいです」
「カップルじゃねぇのかよ……。どんなにオシャレしても無理な気がするわそれ」
実際、今結婚したとしても夫婦には見えないだろうしね。
「そう言えば、前にも洋服見繕ってあげた事あったわね」
「あー……文香に告白した時か……」
あったな、そんな事。あの時は結局、俺が選んだ奴にしたんだっけ。……あれ?そう考えると、俺っておしゃれの才能が……。
「無いわよ」
「心を読むな!」
「……いつから奏さんと千秋くんは、言葉を交わさずとも思いを伝えられる関係になったんですか?」
「飲み込み方!」
面倒だな俺の彼女!大体、ある意味では俺と文香の事を一番分かってるのは速水さんだ。読まれても何ら不思議はない。読んで欲しくないけど。
そんな話をしながら店内の洋服を見回った。速水さんの後に続き、俺と文香は並んで歩く。なんというか、つくづく場違いな気がするわ。こんな所に俺がいるのは。
しかも、他の男性客からの嫉妬の視線がすごいもんだから困る。まぁ、そりゃアイドル二人連れて服選んでもらってんだから、そりゃそうよね。
「……文香、怖いオーラ出して」
「……はい?」
「ほら、怒った時に発される真夏でも真冬に感じるレベルのオーラだよ」
「あの、何を言っているのか全然分からないのですが……」
「あー……じゃあ、仮に俺がラッキースケベで三村さんにおっぱいダイブしたら……」
直後、藍染並みの霊圧を感じた、と錯覚するレベルの圧を隣から感じた。
「……じ、冗談っスよ、姉御……」
「冗談でも次にそういう事言ったら、月牙天衝ですから」
「ごめんなさい……」
ま、まぁ、お陰で他の男性客は出て行った。その事にホッと胸をなでおろしてると、前の速水さんが「鷹宮くん」と声をかけて来た。いつの間にか、何着か服を手に持っている。
「これ、着てみてくれる?」
「……こんなに?」
「そう。全部組み合わせ考えてみたから。拒否権はないわよ」
マジかー……。いや、まぁ良いけど。俺のためのもんだし。
服を預かって試着室に入った。名前がよく分からないけど、緑っぽい色のセーターっぽいの、コート、首まで襟のある白いTシャツ、黒いズボンだ。
……どの順番で着れば良いんだ?コートとズボンはわかるが、Tシャツとセーターはどっちが下なんだ?セーターなんて着たことないから分かんないんだけど……。
「……セーターだな」
このモコモコした肌触りは肌に直で着ないとダメだろう。まぁ、売り物なので直で着るのはまずい気がするから、今着てる自分のTシャツの上に着るけど。
そう決めて、とりあえず全身を装備した。
「……着替え終わりましたか……?」
試着室の外から文香の声が聞こえた。ちょうど、着替え終えたので試着室のカーテンを開けた。
「着たけど……」
「……あれ?あなたニットは?」
「は?帽子なんてあった?」
質問に答えると、速水さんは怪訝そうな表情を浮かべた。
「ニット帽じゃなくて、緑の服よ」
「え?白のTシャツの下に着てるけど」
「なんでニットを下に着るのよ!普通、逆でしょ⁉︎」
あ、そうだったのか……。ていうか、あれニットっていうのか。通りで下に着る服なんて表から見えないのに、色の付いた服を着させられたと思ったわ。
「悪い、着替えてくる」
「本当にセンス無いんだから……」
「あ、あはは……」
文香にまで乾いた笑いを出されて軽く死にたくなったが、まぁそこは良いだろう。実際、俺の方がセンスないだろうし。
改めて着替え終えて、もう一度カーテンを開けると、それでも二人は微妙な顔をした。
「……え、何?」
「なんか、あれね。オシャレ過ぎて……着てる、というより着られてるっていうか……」
「……私の知ってる千秋くんじゃない……」
「どういう意味だよオイ、特に文香の方」
「……これじゃあ、どっちかって言うと可愛い顔してる癖に少しでも彼氏らしく男らしい表情を保とうとして余計に可愛くなってる千秋くんじゃなくて、どこにでもいるただのイケメンだと言ってるんです!」
「本当にどういう意味だオイ!」
「お願いします、元の千秋くんに戻ってください!」
「文香、ヘアバンドの匂い嗅がせて」
「……ああ、良かった。いつもの千秋くんだ……」
「あんたらほんとどんな毎日を送ってるのよ……」
本当にな……。
や、まぁ、とにかく似合わないってことはわかった。それならこの服に用はないな。
「なら着替えるよ、もう」
「あ、待ってください。一応、写真撮りたいです」
「文香、あなた本当どこまでも欲望に忠実になったわね」
そんなわけで、元に戻った。
その後も、何度も何度も着せ替え人形にさせられたが、どれを着ても二人は、特に文香は微妙な表情を浮かべた。どうやら普段の私服は相当ダサく、そのダサさが身に染み込んでるようだ。
流石に軽く凹んでる俺を捨て置いて、二人は真面目な顔で会議を進める。
「どうすれば良いのかしら……」
「……そうですね。何を着ても千秋くんじゃないです……。いえ、中身は千秋くんなんですが……」
「そうね……。金銭面的に買うのは1セットだけなんだけど、考えたらそれはそれで問題あるのよね……。その服着てる時だけ別人になるっていうのも……」
「はい……。困りましたね……」
真面目な顔の会議でとても失礼なことを言われていた。今日1日で二人の無意識下による心の連続パンチは既に百発を超えている。親切に服を選んでくれてるのに、辛辣に攻め続けられてる気分だ。
まぁ、でも今の話の流れで結論は出たようなものだろう。心のダメージを抑えながら、悩んでる2人に言った。
「どれ着ても一緒なら、一番安いの買うぞ」
「だめよ、そんなの」
「……そうです。似合わない服を買っても……」
「似合わない服しか買えないんだよ。何せ、着るのは俺なんだから」
「……何、自虐ネタ?」
「……千秋くんを悪く言うのは、例え本人でも私は許しませんよ」
「いやお前らさっきから言ってたくせに……いや、まぁ良いや。自虐とかそんなんじゃないから」
そこを注意してから説明を始めた。
「何を着ても、普段のダサい俺のイメージがついてるから逆に似合わないんでしょ?なら、どれでも良いから買って、それでしばらく文香とデートするなりすれば良いんだよ。それなら、少しずつダサくない俺のイメージが出来上がっていくもんでしょ」
そう言うと、二人は顔を見合わせた。意外な物を見る目で俺を見た後、「確かに……」みたいな表情になる。
「……そうですね。そう言われれば確かに……」
「まさか、鷹宮くんにまともなこと言われると思わなかったわ」
「言ってることは自虐そのものなんだけどな……」
自分のダサいファッションの荒療治を自分で提案したんだ。こんな惨めな話あるかってんだ。
まぁ、でも今回の買い物は俺としても良い教訓になった。年齢が上がるにつれて、服装もちゃんと年相応のものにしなければならないという事だ。
それを頭の片隅に入れて、試着した服の中で一番安かった組み合わせを手に取って試着したから出た。
「……っし、じゃあ、とりあえず一番安かったのを買って帰るか」
「「待った」」
二人の間をすれ違おうとした直後、二人から手が伸び、俺の動きを見事にロックした。
「……それなら、一番オシャレな奴を吟味しましょう?」
「……そうですね。おしゃれな洋服なんて、千秋くんのお金では滅多に買いに来れませんから」
「………」
どうやら、まだまだ着せ替え人形は続くようだった。
その後は、二人が満足するまでの間、とにかく洋服を選ばされ、そこそこ高い組み合わせのものを買わされた。