鷺沢さんがオタク化したのは俺の所為じゃない。   作:バナハロ

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シーズンになったのでやらざるを得なかったので許して下さい。
メンズ服(2)はバレンタインが終わってからやると思います。


バレンタイン(1)

 2月12日。レッスンが終わり、文香は更衣室で奏とありすと着替えをしていた。今日のレッスンも一段とハードだったけど、文香もそれなりについていけるようになっていた。

 そうなって来たのは、レッスンや仕事が終わり帰ってからに楽しみが出来たからだと考えるべきだろう。

 

「……♪」

「あら、ご機嫌ね。文香」

 

 鼻歌なんて歌ってると、奏が口を挟んで来た。

 

「……そうですか?そんな事ないですよ」

「何か良いことでもあったの?」

「……いえ、帰ったら千秋くんが温かいご飯を作って待っててくれてると思うと楽しみで……♪」

「新婚さんの夫?」

「夫⁉︎それは千秋くんの方です!」

「いや、どう考えても今のセリフは逆だったわよ。あなた達、この前のデートから何も変わってないじゃない」

 

 言われて、反論出来なくなる文香。深刻な顔で俯くしかなかった。

 

「うう……やはり千秋くんと半同棲状態になってるとそういう事に……でも、一時も離れたくないし……一体、どうしたら……」

「文香さん、鷹宮さんと一緒に住んでるのですか?」

「……いっ、いえいえ!ほとんど同棲なだけで、別に夫婦なわけでは……!……えへへ」

「夫婦とは一言も言ってませんが……」

 

 ありすでさえ呆れた表情を浮かべた。奏はどうしようか悩んだが、とりあえず幸せそうなので指摘しておいた。

 

「まぁ、もうすぐ嫌でも女子力が試される日が来るから、あまり気にしなくても良さそうだけどね」

「? どういう意味、ですか?」

「あら、女の子なら誰だって分かるでしょ?」

「……?」

「へっ?あなた本気で分かってないの?」

 

 その確認にもキョトンと首を捻ったその反応を見て、奏もありすも驚いた表情を見せた。

 それに文香も思わず驚き、聞き返してしまった。

 

「えっ、なんですか?二人して……」

「あなたねぇ、二月と言ったらバレンタインデーじゃない」

「……あっ」

「い、今思い出したんですか……?」

 

 さぁーっと文香の顔色が青くなった。

 

「文香、あなたまさか……」

「ま、全く準備してないんですか……?」

「……で、でも、千秋くんだってこの手のイベントには疎いですし、案外忘れてるんじゃ……」

「そんなわけないじゃない。男の子にとってもバレンタインは特別な日なのよ?そんな日を意識しない子がいるわけないでしょ?」

「………」

 

 さらに冷や汗を増す文香。すると、ありすがスマホを取り出し、耳に当てた。

 

「もしもし、鷹宮さんのお電話ですか?」

『橘さん?どしたの?」

「あの、おかしなことを聞くようですが、バレンタインが近づいてますけど、覚えてます?」

『うえっ⁉︎ばっ、ババババレンタイン⁉︎そ、そっかそっかー。そういやもうそんな時期かー!いやー、全然気づかなかったわー!』

「……そうですか」

 

 ありすも奏も呆れ顔を浮かべる中、文香は助かったーみたいな表情をした。結果、奏にギロリと睨まれたので無理矢理、真顔に戻した。

 

『いやー、去年までは一切、もらった事ないけどさー。今年はもらえるかもなーなんて思ってんだよねー。ほら、女の子の知り合い増えたじゃん?いや、全然期待なんてしてないけど』

 

 そのセリフに、文香がピクッと反応した。奏とありすの脳裏に嫌な予感がよぎるが、文香がいると思ってない電話の向こうの千秋はペラペラと続けた。

 

『特にあれな。速水さんとか。あの人って料理とかしなさそうじゃん?そんなクールぶってる子が作った不器用なチョコとかスゲェ気にならない?』

 

 自分のチョコよりも奏のチョコを気にした事に気にした文香と同時に、今度は褒められたかと思ったら変に貶された奏も反応した。

 が、テンションが高いのか珍しく饒舌な千秋は止まらない。

 

『それとさぁ、三村さんのチョコも楽しみなんだよね。いや、もらえるとは限らないけど。でも、あの人確かお菓子作りが趣味なんでそ?いやホント楽しみだわ』

「あ、あの、鷹宮さん……」

『あーあとアレ。多田さんからももらえたり……』

「鷹宮さん!」

『うおっ、な、何?』

 

 黙らせたものの、ありすはどうしようか悩んだ。どうやら、この後に文香は千秋の待つ家に帰宅するらしいし、このまま帰せば喧嘩になるのは目に見えていた。

 何とかそれを回避するために何か良い手はないか考えた結果、こう言ってみた。

 

「その、今日はお暇ですか?」

『え?うん。あーでも、もう文香の晩御飯作り始めちゃってるんだよな。今日は文香の好きなマグロのカツだよ』

「では、私もお邪魔しても?」

『了解。でも、珍しいな。なんか用あったの?』

「はい。実は、私も鷹宮さんにチョコを渡したいと思いまして」

『えっ、ほんとに?』

「ホントです。そこで、せっかく渡すなら喜んでもらいたいので、鷹宮さんのチョコレートの好みを教えていただきたいので、詳しく話を聞きたいのです」

 

 その説明に、文香が「なっ……⁉︎」と声を漏らすが、ありすは構わずに続けた。

 

『いやーそんな気を使わないで良いのに。その辺で買ったもんでも全然喜んじゃうよ?』

「いえ、それでは私の気がすみませんので。では、後ほど文香さんと一緒に伺わせていただきます」

『はいはい。メチャクチャ美味いマグロカツ食わせてやるから楽しみにしてろよ』

「はい」

 

 そこで、電話を切った。直後、文香が慌てた様子でありすに駆け寄った。

 

「あっ、あのっ……ありすちゃんっ?どういうつもりですか……?ち、千秋くんを取るのは例えありすちゃんでも……!」

「いえいえ、そんな気はありません。ただ、私がいれば文香さんは鷹宮さんと喧嘩にはならないでしょうし、それに文香さんは私を通して鷹宮さんの好みのチョコを知れるのではと思いまして」

「な、なるほど……」

「でも、それじゃあ文香とありすのチョコは同じ味になっちゃうんじゃないかしら?」

 

 奏の確認に、ありすは首を横に振った。

 

「大丈夫です。私は鷹宮さんのアドバイスを全く無視しますから」

「そ、そう……」

 

 サラリと切り返され、奏は引き気味に相槌を返した。

 

「せっかくですし、奏さんもご一緒に行きませんか?今日の晩ご飯はマグロカツだそうですよ?」

「いえ、私は遠慮しておくわ。……鷹宮くんへのチョコレートに入れるハバネロ買いに行かないといけないから」

「………」

 

 奏の怒りを抑えることを忘れてた、と思ったありすだが、目の前の奏は笑顔ではあるが、額に青筋が浮かんでいるため、もう自分では止めることはできないと思うことにした。

 

 ×××

 

 奏と別れて、ありすと文香は二人で鷺沢家のマンションに向かった。電車に乗り、二人で座ってる間は文香は少し不機嫌そうだった。やはり、さっきの千秋の浮かれようが面白くないのだろう。

 だが、それでもありすは物怖じする事なく声を掛けた。

 

「怒らないで下さい、文香さん」

「いえ……分かっています。千秋くんは過去に友達がいた事ないそうですから、今年に友達が増えてバレンタインにチョコを貰えるのは初めてみたいですので、はしゃぐ気持ちも分かるんです」

「文香さん……」

「……でも、腹立たしいです。私以外の人からチョコを欲しがるなんて」

 

ショボンとしてたのに、急にキリッとして怒ったような表情への切り替わりに、ありすは引き気味な笑顔を浮かべて言った。

 

「ま、まぁまぁ、世の中には『友チョコ』というものもあるみたいですから。アイドルの方達もそういうイベントは好きですし、チョコを貰うのは仕方ないと思いますよ」

「……いえ、自分からもらおうとしてるのが腹立たしくて……」

 

その返答に、今度は顎に手を当てて聞き返した。

 

「……そういうものですか?私には、恋人というのがあまりよくわかりませんが……」

「……はい。でも、私や千秋くんは割と特殊な恋愛だと思うので、参考にしない方が良いと思いますよ」

「なるほど……?」

 

 言われたが、イマイチよく分からないありすは適当な相槌で返し、話を元に戻した。

 

「でも、鷹宮さんが色んな人からチョコをもらいたがっているのなら、文香さんが一番印象に残るチョコを作れば良いのではないですか?」

「……そうですね。一番美味しくて、私の事を忘れられなくなるようなチョコを作ってみせます」

 

 この時、文香の妙な言い回しにありすが気付かなかったのは言うまでもない。ただ、文香の頭に一番に浮かんだ食材は自分の唾液だった。

 駅に到着し、文香の家に向かった。その途中、何かを思い出した文香はありすに声を掛けた。

 

「……ありすちゃん、少しコンビニに寄ってもよろしいですか?」

「良いですよ」

 

 文香に言われて、二人はコンビニに向かった。

 理由を聞かなかったのは、何となく文香が買うつもりのものが理解出来たからだ。なんだかんだ彼氏思いな文香だから、お土産を買うつもりなのだろう。

 その予想通り、文香はスイーツの並べられている冷ケースに向かった。

 

「……ありました。これです」

 

 そう言って文香が手に取ったのは、艦これとのコラボ商品だった。おそらくエクレアだろう。

 それを見てありすは若干固まったが、今更ながら自分の事務所のアイドルの間で流行っているものを思い出し、何も考えないことにした。

 文香はそれを二つ購入し、コンビニを後にした。

 

「ふ、文香さん。それのためだけに寄ったんですか?」

「……はい。やはり、コラボ商品は一度は食べておきたいですから」

 

 言いながら、文香は袋の中を漁り「はい」とありすにエクレアを差し出した。

 

「……へっ?」

「……ありすちゃんにです。先程は、気を使わせてしまいましたから、お詫びという事で」

「……ふ、文香さん……!文香さぁん!」

「ふふ……よしよし。食べるのはご飯の後にしましょうね」

 

 ガバッと文香に抱きつき、ありすの頭を優しく撫でた所で「あれっ?」とありすは声を漏らした。

 

「へっ?でも、二つしか買ってないんじゃ……。鷹宮さんの分は…」

「……千秋くんにはデザートは抜きです。」

 

 そんな事をしてるうちに文香の家に到着した。

 玄関から既に良い香りが二人の鼻腔を刺激し、二人とも思わず頬を緩ませた。

 

「……文香さん、いつも夜はこんな匂いを漂わせてくるのですか?」

「……夜ご飯のメニューによります……」

 

 ただ、今日のは格別だった。揚げ物のお腹が空いて喉の乾く香りがとても香ばしかった。

 だが、いつまでも部屋の前でニヤニヤしていたら変質者なので、文香が鍵を開けて入室した。

 

「……ただいま〜」

「お邪魔します」

 

 挨拶すると、キッチンから主夫が走って来た。

 

 


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