バレンタインも無事終わり、しばらく平和に過ごせそうな時期がきた。俺も文香も、夕食後を文香の部屋でのんびりと過ごしていた。文香は本を読み、俺はゲームをする。いつも通りの日常だ。
すると、文香が俺の肩に頭を置いた。もうこの程度でドギマギする事もなくなった俺は、慣れた様子で文香の頭を撫でた。
文香も撫でられるのには慣れたのか……いやこれ本に集中してるだけだなこれ。
すると、本を読み終えたのか、本を閉じた。辺りを見回すと、コタツの上のみかんが目に入ったようで、手に取って剥き始めた。どうやら、小腹が減ったようだ。
剥いたみかんを一つむしると俺の口元に運んで来た。
「……どうぞ、千秋くん」
「どうも」
一口いただいた。わざわざ自分よりも俺を優先して……酸っぺぇな。彼女に食べさせてもらっても、味自体は変わらないことが証明された。
「そのみかん酸っぱいから食べない方が良いよ」
「……そうですか。すみません、なんか毒味させたみたいで……」
「文香のための毒味なら進んでやるよ。例え毒が入ってたとしても」
「……私より先に死んだら呪い殺します」
「そいつは怖いな……」
最近、そういうちょっと重たい愛にも慣れてきた。勿体無いので酸っぱいみかんをもう一度食べると、文香も同じように酸っぱいみかんを食べた。
「おい」
「……千秋くんにだけ酸っぱい思いはさせません」
「……あそう」
しかし、こう言うのんびりした時間も悪くない。
コントローラをコタツにおいて後ろに伸びをした。合わせて文香も後ろに倒れ込みながら、俺の腕に頭を置いた。
「……ふふ、千秋くんの香り……」
「……そう言うの口に出すなよ……」
「……照れちゃうからですか?」
「……」
「……可愛いです」
……昔は手を繋ぐだけでも照れたのになぁ……。最近、妙にからかってくるんだよなぁ……。少し、仕返しがしたいかもしれない。
まぁ、それは後で考えるとして……なんか小腹が空いたな。
「少し出掛けよう」
「……怒ってしまいましたか?」
「いやいや、コンビニでなんか買ってこようと思って。一緒に行かない?」
「……でも、外は雪ですし……」
最近、引き篭もり根性が強くなってんなこの子。まぁ、こうなったのも正直半分くらい俺の責任なわけだが……。
「じゃ、一人で行ってくるわ」
「うっ……ま、待ってください。私も行きます……!」
やはり来るよね、こう言うと。
俺がコタツから出ると、文香も渋々コタツから出てスイッチを切った。
俺は基本的にコートは着ない。厚着が嫌いだから、大きくても少し厚いパーカーくらいで止めている。ほら、関節曲げると布が重なるの嫌じゃん。
そんな俺の服装を見て、ガッツリコートを着込み、手袋とマフラーを装備した文香が引き気味に聞いてきた。
「……相変わらず寒そうな格好ですね」
「いやいや、なんのこれしきだから」
「……そうですか、まぁ風邪引かなければ何でも良いですが」
文香の部屋を出て、エレベーターに乗って降り、マンションの自動ドアを出ると雪はやはり積もっていた。道路は所々凍っていて、小学生ならトリプルアクセルごっこが始まりそうな勢いだ。
文香と手を繋いで、コンビニに向かう途中、俺は思い出したように言った。
「……そういや、ワールド大したことなかったなぁ……」
「……あー、はい……」
面白かったには面白かったよ?スリンガーとか滝落としとかディアブロスの巣とか縄張り争いとか。
「でも、その……ちょっと自然の武器が強すぎるよなぁ……」
「……はい。千秋くん、鉄刀の最終武器とレイギエナ装備で全部倒しちゃいましたからね……」
「文香だってラスボス初見で倒せてたじゃん」
「まぁ、はい……。だって飛んでる時にスリンガー2〜3回当てれば高確率で落ちて来るじゃないですか」
「それな。あともう少しモンスター強くしても良かったと思う」
強くて詰まったのはネルギガンテとテオだけだったから。テオは火耐性付ければ余裕だったし……。
中ボス扱いのゾグ・マダラオスなんてFGOやりながら倒せちゃったから。
「……で、でもっ、ワールドのお陰で面白い動画見つけましたよっ」
「? 何?」
「…山手線っていうゲーム実況者です。部屋に戻ったら見ませんか?」
「ゲーム実況かぁ、俺は興味ねぇわ。なんだかゲーム上手い自慢されてる気がして」
「……いえ、それが山手線はですね、下手なんです」
「はっ?」
つーか、山手線っていうネーミングセンス。そう言うのは割と好きです。
「……私も最近になって山手線を知ったんですけど、上野さんと渋谷さんってお二方が実況してるんですよ」
「へぇー。真逆じゃん」
「……はい。コンセプトは、山手線で真逆の二駅が少しでも交流するためにゲームをやる、って事みたいなんですけど……」
駅にそんなことで動かれたら駅員が迷惑だろ……。
「……それで、上野さんはゲームが上手いんです。ですが、渋谷さんの方がとても下手で、ネルギガンテ討伐の生放送では渋谷さん3乙、合計23回してました」
「おい、それ何時間放送したの?」
「……休憩挟んで四時間半ですね」
……3乙23回とか、ネルギガンテがハンターの装備を作れちゃうだろ……。
しかし、それはそれで面白そうだ。下手くそのゲーム実況、つまり失敗する様を見せて笑わせる、いや笑われてる?わけか。
「でも、4時間半も見る勇気はないんだけど」
「……大丈夫ですよ。生放送を終えてから、その動画を編集して投稿してるので、大体1時間分になってます」
「それでも1時間あんのね……」
まぁ、そのくらいなら見ても良いかな。
「じゃ、後で見るか」
「……はい!」
そういや、イビルが三月に来るんだっけ。強くなってると良いなぁ。もう理不尽なくらい化け物にして欲しい。
「しかし、その間どうするか……。やるゲームないよな」
「……そろそろ千秋くん、期末テストでしょう?勉強の方はどうなんですか?」
「うっ、頭が……!」
「明日、学校が終わったら勉強ですね」
「………」
「……試験が終わったら、フォ○トナイト付き合ってあげますから」
「! いいね!」
確かに、あれの日本版サービス開始が上手く重なってたな!
あまりの楽しみさにウキウキしてて油断していた。首筋に水滴が垂れてきた。
「ひゃわっ⁉︎(すごい裏声)」
男とは思えない声が俺から出て、隣の文香の方がビクッとして足を滑らせた。その結果、俺の腕にしがみついて来た。ふわお!おっぱい柔らかい!
「っ、ふ、文香っ?」
「すっ、すみません……!」
「いや、いいけど……。大丈夫?」
「……は、はい……」
そこまで話して、ハッとする文香。で、俺をキッと睨んだ。
「ていうか、変な声をいきなり上げないで下さい!」
「わ、悪い……。首筋に水滴が垂れてきて……」
「……ま、まったくもう……!そんな防御力の薄そうなもので来るからです……!」
言いながら、文香は体勢を正すと、自分の巻いてるマフラーを取った。
「……屈んで下さい」
「は、はあ」
言われて、文香の前に前のめりに屈むと、外したマフラーの端を使って俺の首に巻き、反対側を自分に巻いた。
「……これで、首筋には当たりません」
「……どうも」
で、さっきと同じように俺の腕にしがみ付いた。ああ……少し姉っぽく振る舞う文香マジで可愛い……尊い……。今更だけど、本当に俺には過ぎた彼女だよなぁ。
「へくちっ。……マフラー外したから寒いです……」
「文香、ティッシュ」
「……う、ありがとうございます……」
まぁ、女子力も嫁力も俺の方が高いらしいが。
そんな話をしてると、コンビニに到着した。買う物はとりあえず飲み物とお菓子。ジンジャーエールとポテチを購入してお店を出た。
「……買うのってそれだけですか?」
「あ、なんか食べる?」
「……いえ、ただそのくらいなら明日でも良かった気がして……」
「ちょっと文香と表歩きたかっただけだから。じゃ、帰るか」
「あっ……」
「?」
切なそうな声を漏らす文香。
「? どうかした?」
「い、いえ……その……名残、惜しくて……。せっかくだから、もう少し歩いて帰りませんか……?」
「……さっきまで寒いから嫌ってゴネてた癖に」
「うー……ちゃんと寂しく一人で行くと言いだしたときは乗ってあげたじゃないですか……」
「冗談だよ、行こう」
超可愛い理由だったので、少しいじってからオーケーするともっと可愛かった。
ま、どんなに可愛かろうと、オタクの寄る道なんて大抵決まってる。どんなに意識しなくても必ず吸い込まれるように指定の店に行くように出来てるのだ。
「……つい来ちゃいましたね……」
「……そうね」
そう、古本屋だ。ゲームもディスクもトレカも売ってる店に来ない理由がなかった。用がなくても一日潰せるのだ、この店は。デートらしさ皆無だなこれ。
「……あ、あはは」
文香も俺と同じようなことを思ったのか、乾いた笑いを漏らした。まぁ、別に来ちまったもんは仕方ない。
「……寄っていくか」
「……はい」
中に入って色々と見回った。最近は漫画とかは新品で買うようにしてるからそっちは用はない。
ゲームの方を見に行った。ここで暇潰ししてる人達は大抵非リアなので、マフラーの共有は解除した。だってほら、爆発しろとか言われたく無いじゃん?
お互い、別でゲームやディスクを見回ってると、面白いゲームを見掛けた。そういやこの手のジャンルは買ったことないと思い、それに手を伸ばした。文香にバレないようにレジで購入を済ませると、文香の事を探しに行った。
所が、ディスクコーナーにもゲームコーナーにもトレカコーナーにもいない。
漫画の方を覗きに行くと、黒バスの温泉のシーンを見ながらニヤニヤしていた。
「……」
あれ声かけて良いのかな。それとも先に帰ろうかな。
迷ってると、ふとこっちを見た文香と目が合い、慌てて本をしまって駆け寄ってきた。
「す、すみません……!お待たせしました……」
「それは良いけど、漫画読むときはなるべく顔に出さないようにな」
「へっ?」
「ニヤニヤしてるの見えたから」
「……い、以後気をつけます……」
顔を赤くして俯いてしまった。
帰りも二人でマフラーを巻き、腕を組んで帰宅した。
文香マンションに到着し、手洗いうがいをしてから文香はお風呂を沸かしに行き、俺は早速買ったゲームの準備を始めた。
「そういえば千秋くん、何を買ったのですか……?」
「ん?フォ○トナイトが日本で出るまでの暇つぶし」
「?」
パッケージを見せた。バ○オハザードのパッケージ。文香の顔が外にいた時より真っ青になるのが見えた。
「私、お先に寝ますね」
「ダメ」
涙目の文香の手を掴んだ。
「お願いします!酷いですよ⁉︎」
「いやいや、考えてみろって。これはゾンビやお化けを撃つゲームだ。文香、お化けやゾンビは倒せるんだ。つまり、弱点克服になるんじゃ無いか?」
「……確かに」
やったぜ。もちろん、さっきのは口実である。ただ、さっきからかわれたのが悔しかっただけである。
「じゃ、やりますか」
「っ、は、はいぃ……」
怯えてるふみふみマジかわいい。でもちょっと罪悪感が芽生えるのは俺が真人間だからでしょうか。
ドギマギしてる文香と協力プレイでやり始めた。
×××
……めっっっちゃ怖いな、バイオ。とりあえず途中のキリが良いとこで切り上げておいたけど、ちょっと舐めてたわ。これは俺も文香と一緒じゃないと眠れないかも……。
しかし、そんな俺よりも尚更怖がってる文香が、俺の胸に抱き付いてプルプル震えていた。
「……」
「ご、ごめん、文香……。まさか、こんなに怖いとは……」
「っ……ぃ、ぃえっ、わっ、わたたっ、わたしにはホラーはっ、その……こっ、ここっ、克服できないとっ……分かっただけでもっ……」
「……や、本当ごめん。聞ける範囲なら何でも言うこと聞くから、だから怖がらないで……」
「……っ……」
やばい、本当にやり過ぎた……。とにかく、何とか気を紛らわさないと。
「も、もう寝ようか!あ、その前に歯磨きと風呂だな!俺、文香の分の歯磨き持ってくるから!」
ソファーから立ち上がった直後、俺の袖を引っ張った。
「待って!」
「何?」
「ひ、ひとりにしないで……」
涙目の上目遣いで俺を見上げる文香はかなり可愛らしかったが、その事でキュンとしてる場合では無い。
「じ、じゃあ、一緒に行くか……」
「……は、はいぃ……」
そのままへっぴり腰で俺の腕にしがみつきながら、付いてきた。罪悪感が……明日、絶対にバイオ売ろう。
歯磨きを準備し、鏡の前で磨き……始めようとしたら文香が俺の手を引いた。
「? ど、どうした?」
「あの……か、鏡は……後ろに、誰か映ったら怖いので……」
「映らないから……」
「いいからリビングで!」
「あ、うん」
仕方なくリビングに向かった。二人でソファーに座るまでの間も、文香は俺から手を離さない。
シャコシャコとで動かしながら、ふと文香の方を見ると手がすごい震えていて、口の中で歯磨きが頬をボコボコにしていた。
「ちょっ、文香!落ち着いて!」
「へっ?あ、あ……」
「お、俺が磨いてやるから落ち着け!」
「っ……す、すみません……」
口の中で歯磨きを咥えたまま、文香の口の中を歯磨きで磨き始めた。
火憐ちゃんよろしく、とてもエロい反応をされてこちらが反応に困ったため、さっさと終わらせて、俺の分も済ませて洗面所で口をゆすいだ。
「じゃ、お風呂入って来るね」
「えっ……」
「大丈夫、シャワーだけで済ませるから。10……いや、8分で出てきてやる」
「……わかり、ました……」
良かった。こればっかりは一緒に入るわけにもいかんし。
お風呂場に入り、全裸になって髪を洗い始めた。文香のためにもさっさと髪を洗い流し、続いて体を洗おうとした時だ。お風呂場の扉が開いた。タオルを巻いた文香が立っていた。
「ふ、文香⁉︎何してんの⁉︎」
「だ、ダメです……!や、やっぱり怖くて……!」
「や、でもだからって一緒に……!」
「お願いします!一緒に入れば、千秋くんも無理して早く上がる必要ありませんし、湯船にも浸かれますから!」
……はぁ、仕方ない……。てか、どんだけ怖かったんだよ……。
「……分かったよ」
「……あ、ありがとうございます……」
ホッと安心するようにため息をつき、にゅーっとシャンプーをプッシュして頭を洗い始めた。
なるべく文香の顔を見ないように身体を洗ったが、やはり俺も男だ。視線が吸い込まれる。勃起を収めるので精一杯です。
俺も文香も身体や頭を洗い終えると、二人で湯船に浸かった。俺の脚の間に文香の体が来て、なんかもう性欲を抑えるのでいっぱいいっぱいになっていた。
落ち着け、俺……煩悩を消せ。今は文香に頼られてるんだ……。今襲えば、文香はさらに俺を怖がってしまう。煩悩退散煩悩退散……。
そんなことを考えてると、湯船の中にいるはずの文香が小刻みに震えてるのが見えた。
「………」
それを見て、俺はハッとした。温かいお湯の中にいるのに震えてるなんて、さっきの恐怖が相当なもんだったに違いない。
今更になって深く反省し、後ろからキュッと文香を抱き締めた。
「っ……ち、千秋くん……?」
「……ごめん、文香」
「へっ……?」
「本当は、少しからかうつもりだったんだよ、あのゲーム買ったの」
「……」
「…まさか、こんな怖がるとは思わなくて……」
これは、嫌われたかもなぁ……。こんだけビビらせたらな……。
しゅんっとしてると、文香は俺の腕をキュッと掴んだ。
「……大丈夫です、怒ってませんよ」
「……文香」
「……それより、素直に謝ってくれたので、嬉しかったです」
「……」
この子、良い子だなぁ。ほんと、俺にはもったいない子だ。
なんだかこっちまで泣きそうになってると「そういえば」と文香が続けた。
「……可能な限り言う事を聞いて下さるんですよね?」
ビクッと俺の肩が震え上がった。
「それはー……文香の恐怖が消えるまでね?」
「……しばらくは怖くて夜も眠れそうにないなーこれは」
グッ、こ、この子は……!
「……わかったよ。しばらく、俺は文香の言うこと聞く」
「……はい、約束ですよ」
そう答えた文香は、とても良い笑顔を浮かべていた。