鷺沢さんがオタク化したのは俺の所為じゃない。   作:バナハロ

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ご褒美

 期末試験が終わった。文香に隠していた小テストが見つかった俺は見事に監禁されて勉強していた。

 まぁ、そんな地獄のような時間も今日で終わりだ。小さく伸びをしながら文香の家に帰宅した。

 

「ただいまー」

 

 声を掛けると、文香がひょこっと顔を出した。俺の顔を見るなりぱあっと嬉しそうな表情を浮かべて、駆け寄って来た。何故かエプロンを装備している。

 

「……おかえりなさい」

「なんか作ってんの?」

「……はい。たまには私がお昼を作ろうかと……」

 

 今の時期大学生は暇なんだよな……。羨ましい限りだが、俺もこれから春休みだし、この際何も言わない。

 

「……それより、どうでしたか? テストは」

「余裕だよ。元々やればできる子だからな」

「……なら、いちいち私に説教させないで下さい」

「ごめん……」

「……では、手を洗って食卓で待っていてください。もう直ぐご飯ができますから」

 

 言われて、洗面所で手を洗ってから合流した。

 昼食を終えて、俺と文香は立ち上がった。今日は二人で出かける約束をしている。

 

「文香、もう行ける?」

「……はい。行きましょうか」

 

 私服姿の文香が顔を出した。いつの間にか着替えていたようだ。

 ……相変わらず胸が強調されるような服ばかり着るな……。まぁ、服屋の店員さんに勧められるがままなんだろうけど。

 

「……? 何ですか?」

 

 ジッと見ていた所為か、文香はキョトンとした顔で聞いてきた。

 

「文香ってさ、本当におっぱい84なの?」

「……私と喧嘩したいんですか?」

「ち、違くて! 文香、最近胸を強調するような私服ばかり着るからさ……」

「っ、そ、そう、ですね……。いつものように…店員さんに、勧められるがままですので……」

 

 だよなぁ。まぁ何でも良いけど。

 

「まぁ、よく似合ってるよ。揉みしだきたくなるくらい」

「……何で途中でやめておかないんですか」

「冗談だよ。行こう」

「……もうっ、そういう意地悪言う千秋くんには……!」

 

 頬を膨らませながら俺の腕に飛びついて来た。

 

「……出掛け先に着くまで、今日はこのままです」

「……ご褒美?」

「……いまだにくっつかれた時に心臓がドギマギしてること、隠せていませんよ」

 

 ……もしかしたら俺はとんでもない女を彼女にしてしまったのかもしれない。

 二人で腕を組んだまま部屋を出た。エレベーターで一階に降りて、マンションから出た。今日は普通にショッピングの予定だ。

 とりあえず電車に乗って隣の駅のショッピングモールまで直行した。何度かオシャレについて学ぶために、この手のお店の中を廻ったりはしたので、前みたいに入るだけでも勇気がいるなんてことはなくなった。買うことに勇気は必要だが。

 まぁ、今日はどちらかというと文香の買い物だ。着せ替えた文香が見たかったり、文香の普段行くお店が知りたかったりと。

 すると、文香が掴んでる俺の腕をくいっと引っ張った。

 

「ここ……入りたいです」

「良いよ。いつも来てるん?」

「……はい。たまに……」

 

 ふーん、こういう店に来るのか。レディース専用って感じのお店だ。文香が入るには少しアダルトな雰囲気があると思うんだが……。

 

「あ、いらっしゃいませ」

 

 店員さんがトコトコ歩いて来たため、俺は慌てて目を逸らした。まさか、入店直後に声をかけられるとは……!

 これは文香もキョドるんじゃ……と、思ったら意外な言葉が飛んで来た。

 

「いつもありがとうございます」

「……いえ、いつも色んなお洋服をご紹介していただき、ありがとうございます」

「いえいえ、アイドルの鷺沢文香さんのお力になれて私共も嬉しい限りですよ」

 

 ……もしかして、店員さんと仲良くなったのか? 文香にそんなコミュ力があるとは……。

 まぁ、それなら俺も挨拶しておいた方が良いかもな。そう思ってとりあえず深呼吸をしてから挨拶しようとした時だ。

 

「今日もあれですか? 彼氏さんのために胸を強調するような洋服ですか?」

「ちょっ……店員さ……!」

「へっ?」

「えっ?」

 

 俺と店員さんが間抜けな声を漏らして顔を見合わせた。

 しばらく瞬きをして目を合わせてる間、文香は頬を赤く染めて俯いた。

 その様子を見て、ようやく察した店員さんが俺に声をかけて来た。

 

「……あの、もしかして……彼氏さん、ですか……?」

「あ、はい。文香の彼氏です」

「……てっ、店員さん……!」

 

 はわわわっ、と声を漏らしそうなほどにテンパった文香が、あわあわしながら店員さんに何か伝えようとするが、なかなか言葉が見つからないご様子。

 ……え、店員さんに勧められるがままっていうか……店員さんにリクエストしてたの……? それも、わざわざ俺のために……?

 

「あ、あー……」

 

 なんだか気恥ずかしくなって……というより気まずくなって俺も目を逸らしてしまった。

 ど、どうしようかな……。この空気……。店員さんがそれを察してか、慌てた様子で文香に声を掛けた。

 

「っ、も、申し訳ありません……! て、てっきり弟さんか何かかと……!」

「……いえ、大丈夫です……」

「あの……なんか俺もすみません……」

 

 ……そんなに弟に見えるかな、俺……。

 

「そうでしたか……。あ、じゃあもしかして以前仰られていた、彼氏さんの洋服を見に来られたんですか?」

「……は、はい。一応……」

「え、そうなの?」

 

 それは初耳なんだが……。

 キョトンとしてると、店員さんが「そうなんです」と俺に向かって言った。

 

「先週くらいでしたでしょうか……。勉強嫌いの彼氏が勉強頑張ってるから、ご褒美に洋服を見繕いに来てあげたいと仰られていて……」

「っ、て、店員さん……!」

 

 さらに顔を赤くして叫ぶ文香を見て、俺は少し感動してしまった。普段の俺ならからかっていたかもしれないが、まさか文香がそんなサプライズを考えてくれてるとは……。

 ……っと、ダメだ。落ち着け。嬉しくても抱き締めるな。今は店員さんの前だ。

 

「文香、ありがとう」

「っ、えへっ…えへへっ……」

 

 頭を撫でるだけにとどめておいて、店員さんにお願いした。

 

「じゃあ、お願いします」

「はい。ご案内いたします」

 

 今更だが、ここメンズ服もあったのか……。レディース服だけだと思ってたわ。

 

 ×××

 

 見繕ってもらった服をプレゼントしてもらい、お店を出た。嬉しさもあるが、それ以上に恥ずかしかった。

 

「……まさか、店員さんにめちゃくちゃ褒められるとは……」

「……」

 

 すごいよ、あそこの店員。「わ、お客様足長いですね」「お客様、スタイル良いのでこちらもお似合いだと思いますよ」「お客様、童顔なのでこちらの色も良いと思いますよ」とすごい褒められながら服を勧められた。

 お陰で、たくさんそれなりに買ってしまった。その所為か、文香の機嫌が少し悪い。

 

「……文香? 怒ってる……?」

「……」

「ふ、文香ー……?」

 

 ……返事がない……。やっぱり怒ってるのかな……。流石に買いすぎたか……。

 

「わ、悪かったよ文香。けど、あれだけ熱心に勧められたら流石に断りづらいって……!」

「……っ」

 

 すると、文香が足を止めて振り返った。

 

「……別に、そんなことで怒っていません」

「え?」

「……買うと言ったのは私ですから」

「じゃあ、なんで……」

「……千秋くん、あの女性店員の方に褒められてる時、とても嬉しそうな顔をしていました」

「えっ、そ、そう?」

「そうです。私以外の女の人に、あんな顔するなんて……」

 

 え、マジ? あんま意識してなかったんだけど……。

 

「わ、悪い……。あまり容姿について褒められた事……というか文香以外に褒められた事なかったから……」

「……」

 

 ……マジか。反省しないとな……。しかし、文香にはどう言えば良いのか……。

 

「わ、悪かったよ文香……」

「……別に、褒められて嬉しい気持ちは分かるので謝っていただかなくても結構です」

 

 口調とセリフが合ってねえよ……。何とかして機嫌直さないと……!

 

「ほ、ほらっ、俺は文香に俺のためにエ……俺の好みの服選んでくれてるの嬉しかったからさ、多分その事でずっと嬉しそうな顔してただけだって」

「……」

「それに、俺は文香に褒められた時が一番嬉しいから! それからー……なんだ? 文香の今日の昼飯も嬉しかったし……!」

「……」

「……だから、その……そろそろ、機嫌なおしてくれると……」

 

 ……俺のバカ、ご褒美くれるのにまさかこんな事になってるなんて……。

 しゅんと肩を落としてると、文香は俺の両頬に両手をあてて、口を近づけてきた。

 うそっ……こんな所で⁉︎ と、思ったら頬にキスされた。

 

「……本当に怒ってませんよ。少し面白くない気分だっただけです」

「っ……」

「……さ、他のお店も見て回りましょう」

「お、おう……」

 

 そんなわけで、他のお店も回り始めた。

 他にも色々、服屋以外にも靴、小物、帽子、メイトなどを見て回り、気が付けば夕方になっていた。

 

「……や、悪いな本当に。試験終わっただけなのにこんなに……」

「……別に、試験が終わったからってだけではありませんよ」

「へ?」

「……これから、千秋くんは受験ですから。それに向けて頑張ってもらうためのものでもありますから」

「……」

 

 そっか。俺これから受験、か……。

 

「……文系科目は私が面倒見てあげますから。頑張りましょうね、千秋くん」

 

 ……絶望しかねぇんだが……。まぁ、この際仕方ないか……。

 文香と同じ大学に行きたいし、ここは気合いを入れるべきだろうと頑張って思い込んでると、隣の文香が「あっ……」と声を漏らした。

 そっちを見ると、店頭のショウケースの中にワンピースが飾ってあった。

 

「文香?」

 

 声を掛けるとハッとしたのか、文香は焦った様子で本屋を指差した。

 

「……あっ、本屋さんがありますね。見に行きませんか?」

「良いけど……」

「……劣等生の最新刊、千秋くんがお勉強中だったから買うの我慢してたんです」

 

 それはわざわざありがたい。俺も読みたくなっちまうしな……。

 

「じゃ、先に行ってて。俺ちょっとウンコしたいから」

「……せめてトイレに行きたいと言えませんか?」

「じゃ」

 

 一旦、文香と別れた。

 

 ×××

 

 本屋で本を購入し、文香の部屋に帰って来た。

 晩飯は外食で済ませて、とりあえずお風呂を沸かして文香はラノベを読み始めた。

 その間に俺は袋の中からさっき買った服を、洗面所の扉の横の壁掛けに下げてからフォ○トナイトを始めた。

 お互い、だんまりと作業をしてると、湯張り完了のチャイムが鳴った。それに気付き、さっさとフォ○トナイトを終わらせようと建築しながら目に付いた敵に突っ込んでショットガンを構え……ようとしたところで両サイドから挟撃を喰らって死んだ。

 ……まぁ良いか。風呂入ってこよう。文香は集中しちゃってるし。

 シャワーを浴びてさっさと湯船に浸かった。

 

「……ふぅ」

 

 しかし、今日はまさかのサプライズだったなぁ……。これは俺も文香に何かあった時はお祝いしてやらんとなぁ……。

 ……まぁ、何か近いうちにあれば良いんだけど……。その辺は速水さんに聞いておこうかな。

 そんなことを考えながら風呂から上がり、体を拭いて寝間着に着替えた。

 

「文香ー、洗面所空いたぞー」

「……あ、はい」

 

 俺が声をかければ文香は読書に集中していても顔を上げてくれるのは本当に嬉しいです。

 本を閉じて洗面所の方に歩いて来る文香。

 

「悪い、先に入っちまった」

「……いえ、気にしないで下さい。私も本を……」

 

 と、言いかけた所で文香は壁掛けをふと見上げた。文香がさっき見ていたワンピースが下がっていた。

 

「あ、あれっ⁉︎ こ、これ……!」

「ああ、なんか見てたの見てたから買っておいた」

「買っ……いつ⁉︎」

「トイレタイムの時」

「小五郎さんですか⁉︎」

 

 ツッコミながら「もー!」と、俺の胸をぽかぽかと叩く文香を受け止めながら言った。

 

「まぁ、今日のお礼って事で……」

「……もー、ほんとにずるいんですから……!」

 

 そう言いながらも嬉しそうな顔を隠しきれてない文香に心底可愛さを感じながら、しばらくそのまま二人でじゃれ合った。

 

 


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