鷺沢さんがオタク化したのは俺の所為じゃない。   作:バナハロ

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旅行(1)

 奈良、それはつまり京都に並ぶ日本人の故郷である。日本ならではのお寺やら神社やらが新世界の覇王色の覇気並みに各地に散らばった県である。特に代表的な東大寺の中には大仏が存在し、日本っぽさがなんか良い。

 ……うん、無理。知識の無さがモロにバレるわ。

 とにかく、そんなわけで奈良である。新幹線で一気に京都まで移動し、乗り換えて奈良に到着した。本当なら京都を少しくらい覗きたかったみたいだが、受験生ということで奈良一本絞りしか出来ない。

 さっきまで夜中までゲームやり過ぎた副作用で俺の膝の上で爆睡こいてた文香は、目を輝かせて奈良を見回していた。

 

「……ふわああ、すごい……奈良県ですね……」

「ん、お、おう」

 

 そんなに変わりあるか……? まだ駅なんだけど……まぁ、とりあえず一泊二日しかないんだ。さっさと目的地に行こう。

 

「じゃ、まずは奈良公園で」

「……すぅ、はぁ……」

 

 深呼吸してんなよ……。別に空気が変わるのは都道府県ごとじゃなくて山か平地かだろ。

 いや、やらずに決めつけるのは良くないな。もしかしたら、深呼吸することで本当にその土地の独特な空気を味わえるのかもしれない。

 そんなわけで、俺も深呼吸してみることにした。

 

「すぅ……っ、ェホッ! ェゲフッ! オェッ……!」

「ち、千秋くん⁉︎ どうしたんですか⁉︎」

「ェフッ……! く、口に……小蝿が……!」

「……何してるんですか」

 

 ぐっ……! やはり深呼吸なんてしないに限るぜ……!

 文香に背中をさすってもらい、無事に復活した。心を落ち着かせる方の深呼吸をして呼吸を落ち着かせた。

 

「……ふぅ、よし。文香、どうしようか」

「……はい、ではまずは東大寺に行きましょうか」

「良いね。鹿早くみたいの?」

「……そうですね。それもありますが、やはり大仏でしょうか。745年から製作が開始されたものですから、それは気になります」

「え、そんな前から作ってんの?」

「……そうですよ?」

「そっか……そんな前から日本のフィギュアブームが……」

「……絶対違うと思うのですが……」

「萌え度ゼロのフィギュア作ってなんのつもりだったんだろうな」

「……千秋くん、話聞いてますか?」

 

 冗談だからその真顔やめて。二人で駅を出て、歩いて奈良公園に向かった。

 

「そういえば、宿はどの辺の取ったんですか?」

「ふふ、お楽しみです」

 

 ……まぁ、そう言うならそれで良いけど。でも結局ずっと教えてくれなかったなぁ。なんか隠すようなことあんのか? いや、どうせ文香のことだし、サプライズとかなんとか考えてるんだろうけど。

 

「……それよりも、今年は鹿に乗るようなことはしないで下さいね」

「しないから……」

「……では、行きましょうか」

 

 そう言うと、文香は俺と腕を組んだ。うん、まぁいつものことだな。こんなことで顔を赤くしてたら、部屋だと平気でノーブラになる文香相手ではメンタルがいくつあっても足りない。

 

「そういえば、小学生の時は奈良県ってすごい好きだったんだよね」

「……そうなんですか?」

「うん。なんか、こう……奈良って名字が超クールで強そうじゃない?」

「……あー、シカマルさん的な?」

「まぁそれもあるかな。とにかく、こう……周りに大阪とか兵庫とか京都とか有名な奴とかゴリゴリの画数多い奴らが集まる中『奈良』っていうシンプルさに憧れてさぁ」

「……まぁ、言わんとすることは分かりますが……」

 

 あ、分かるんだ。生まれて初めて共感された。いや、そもそも誰にも話したことないけど。話す相手いなかったから。

 

「じゃあ文香はどの都道府県がカッコ良いと思う?」

「……そうですね。やはり京都でしょうか」

「あー分かるわ。京って文字がもうイケメンで……」

「……様々な歴史あるお寺や神社があるというのもありますが、江戸時代に入ってから東中心に政治が傾く中、京都だけは交通機関の発達などによって衰退することもありませんでしたから、そういう意味でも……」

「う、うん……そ、そうね……」

 

 ……だめだ、ついて行けない。というか、そもそもそんな京都の話し知らないし。

 なんか名前の響きで優劣をつけようとしてた自分が恥ずかしくなってきたので、俺でも話せる内容に変えた。

 

「じゃあ、京都のが良かった?」

「……いえ、そんなことありませんよ? 奈良には奈良の良さがありますから。例えば……」

「あ、うん。その辺はもういいから……」

 

 授業が始められそうで怖い。旅行中くらい勉強のこと忘れたいです……。

 そうこうしてるうちに、奈良公園に到着した。奈良公園に関しては、俺でも語れる知識はある。この公園の鹿は「御神鹿」といって全員が天然記念物らしい。

 ……ふぅ、これしか分かんねーや。しかし、それでも構わないようだ。何故なら、文香は語ろうとせずに目を輝かせて、ただ黙って鹿を眺めているからだ。

 

「っ……っ……!」

 

 ……め、目が爛々としてやがる……! こんな文香は初めてだ。もしかして、動物好きなのか?

 

「……ふ、文香? 大丈夫?」

「っ、は、はい……! すみません、没頭してしまいました……」

「ぼ、没頭……?」

 

 没頭って……。

 

「動物好きなの?」

「……いえ、その……恥ずかしながら、楽しみで奈良公園の鹿の写真を何枚も見ているうちに、その……萌えてしまいました……」

「……」

 

 動物に萌えるってなんですかね……けものフレンズ? でもけもフレは俺と文香の4時間の談義によって萌えアニメではないと判断されたし。

 いや、そんなことどうでも良くて。まぁ、文香にとって鹿は萌えキャラなんだろう。それならちょうど良い。

 

「じゃ、鹿せんべいでも……」

「買ってきました!」

「え、は、早くない……?」

 

 さっきまで目の前にいたよね……? いや、アグレッシブふみふみの素早さと行動力は通常の三倍だ。考えても無駄なのは分かりきったことだ。

 で、早速といった感じで文香が鹿の方に向かって行ったので、慌てて追いかけた。なんとなくだが、嫌な予感がした。なんだろう、俺の方に鹿が来てしまうとか? いや、それは無いな、俺は鹿せんべいすら持っていない。

 じゃあ、この嫌な緊張感は一体……そう、冷たい汗を頬から流した時だ。

 一匹の鹿の半径1メートル以内に入った直後だ。辺りにいた鹿七匹が文香の方を向いた。

 

「「えっ」」

 

 二人して声を漏らした時には遅かった。一斉に鹿が走って来た。

 

「きゃあああっ⁉︎」

 

 悲鳴を上げる文香に群がる鹿。右手の鹿せんべいに二匹、左手の鹿せんべいに一匹噛り付き、残りの四匹は席が埋まったと見ると否や、ストールに三匹、スカートに一匹噛り付いた。

 

「ひゃっ……! あっ、あのっ…! とりあえず順番にっ……引っ張るのは、どうか……!」

 

 全員が全員、ハムハムしてる中、文香は鹿を説得しようとしていたが、そんなもん成功するはずもない。だって相手は鹿だし。

 俺はといえばどうしたら良いのかわからず……というより、なんか鹿に襲われてる文香はこれはこれで可愛かったので、スマホを構えてパシャパシャと写真に収めていた。

 が、写真の枚数が増える度に、徐々に文香が涙目でこっちを見ていることに気付いた。最初は被写体になったつもりのカメラ目線かと思ったが、明らかに目尻に涙が浮かんでいて「ち、ちあきくぅん……」と名前を呼んできたので、これはSOSだと悟った。

 

「とりあえず、鹿せんべい投げ捨てろ」

「っ、い、嫌です……! 鹿さんが、離れてしまいます……!」

 

 おい、さっきの助けを求める視線はなんだったんだ。

 しかし、そうなるともう手は一つしかない。無理矢理、鹿を退かそうとすれば俺は返り討ちに遭うだろう。

 だからと言って、新たに鹿せんべいを買いに行ったり武器を調達しに行ってる暇はない。

 ……つまり、俺の取るべき選択肢は鹿に混ざってあの鹿せんべいを全て食えば良いわけだ。

 そんなわけで、俺も文香の方に突撃して鹿せんべいに特攻した。

 

「ヒヒーン!」

「ち、千秋くん⁉︎ 何してるんですか⁉︎」

「俺にも鹿せんべいを下さああああい!」

「一体どんな結論を出したのですか⁉︎」

 

 鹿に混ざって鹿せんべいに食いつこうとした直後だ。鹿の中の一匹が後ろ足で俺の鳩尾に蹴りを1発入れた。

 

「ふぉぐっ……!」

 

 き、効いた……! 見事に俺のレバーを押さえやがったな……!

 

「何してるんですか……」

 

 呆れながら文香は鹿せんべいをその辺に捨てて俺の元に歩み寄ってきた。俺のピンチのためにアレだけ執着していたせんべいを手放してくれるなんて……。

 

「……今度は私も慎重になりますから、私を守りながら鹿せんべいを渡させて下さい」

 

 ……懲りろよお前……。心の中でボヤきながらも、鹿せんべいを買い直して、今度は俺が盾になり、脇の下から鹿せんべいを渡した。何れにしてもおかしいだろこの構図……。

 

 ×××

 

 奈良公園を終えて、俺と文香は東大寺に来た。

 東大寺ってデッケーなぁ。まぁ、中に大仏がいるんだから当然といえば当然だが、それでもかなりデカイ。思わず圧倒されてしまうほどだ。

 ……まぁ、俺は東大寺がどんなとこか知らないから、そこまでなんだけどな。逆に東大寺について詳しい文香は、鹿の時の騒がしさとは一転して、静かに東大寺を眺めていた。

 何か感じるものがあるのだろうか、こういう時に知識があると本質を楽しめて少し羨ましい。

 まぁ、俺は勉強が嫌いだから調べりゃしないけど。しかし、ここは俺が話を振るべきだろう。

 

「文香、東大寺ってどんなとこなん?」

「……東大寺は、鎮護国家の思いを込めて創建されたもので、二度の戦乱や罹災などで衰退の危機に陥りながらも、王朝や幕府の力や勧進によって大伽藍を保ってきたものです」

「え、ち、ちん……」

「……ちんちんではありません、鎮護です。政府が仏教を利用して内政の安定を図ろうとした政策、または仏教には国家を守護・安定させる力があるとする思想のことです」

「え、今ちんちんって言った?」

「……ここは隣接する興福寺とともに大きな大衆の力を持ち、彼らの上洛は時の権力者の頭を悩ませ続け、それが戦争の火種となったこともあるんですよ」

「そ、そう……」

 

 この人、相変わらず集中モードになると感情が切り離されるな……。普段言わないようなことも平気で言い出すし……。

 

「あ、だから大仏置いてあるのか……」

「……そうですね。大仏を作った意味に災いを避けるため、というものがありますから」

 

 それは俺も知ってた。まぁ、修学旅行に行く前に散々習わされるからな。

 

「じゃ、中に入るか」

「……そうですね」

「鎌倉の大仏は中に入れるけど、ここは入れんのかな」

「……いえ、確か入らなかったはずです」

「マジかー」

 

 まぁ、入りたいわけでも無いけどね。

 そんなわけで、大仏を見に行こうとした時だ。文香が「あっ!」と大声を出した。

 

「え、どした?」

「自撮りしましょう!」

「はっ?」

「……いえ、カップルらしく東大寺の前で写真撮りませんか?」

「その発言がカップルらしからぬものなんだが……まぁ良いけど」

 

 そう言って、わざわざ入りかけたのに外に出て写真を撮り始めた。

 二人で並び、スマホを構えた文香の方に顔を近づける。文香が腕の位置と顔を調節し、見事に二人の顔が画面に収まった。

 

「あれ、上手くなった?」

「……はい、ありすちゃんに付き合ってもらって練習しました」

 

 何の練習に付き合わせてんだよ……。

 呆れながらもスマホの画面に目を合わせた。が、文香は写真を撮ろうとしない。指が動かない。

 

「……東大寺が入らないです」

「まぁ、自撮りだからな……」

 

 入る方が奇跡だわ。や、止めなかった俺の言えるセリフじゃないか。ラスボスの副隊長が新旧隊長格ほぼ全員にフルボッコにされてる中、トドメ刺されてから指摘したどっかの主人公と同じだ。

 すると、通りすがった人が声を掛けてくれた。

 

「よろしければお撮りしましょうか?」

「あ、すみません」

 

 そんなわけでお願いした。写真を撮ってもらい、いざ東大寺へ。

 大仏を眺め、再び文香がトランス状態に入ってしまったため、しばらく一緒になって大仏を眺めた。

 大仏の見学を終えて、最後におみくじ。100円払って購入し「せーのっ」で中身を開いた。

 

「……どうですか?」

「ん? 凶」

「そんな当然のように……」

「文香は?」

「凶です」

「同じじゃねーか……」

 

 え、どういうこと? これから事故でも起こると?

 二人して不安そうに内容を読んだ。まぁ、凶というように内容はボロクソに叩かれていた。むしろ狂だろ、と錯覚するレベルで。

 そんな中、ふと恋愛の項目が目に入った。

 

『新たな出会いアリ』

 

「……ふぅん?」

 

 ぞくっとするような冷たい声が聞こえた。ふと振り返ると、文香がジト目で俺を睨んでいた。

 

「……新しい女の子、ですか」

「いや違うから! 俺は文香一筋で……!」

「ふんっ」

 

 頬を膨らませ、ぷいっと俺から目を逸らすと共に、手元からおみくじを奪われた。

 で、サクサクと端の方のおみくじ結び所で結んでしまった。

 

「……これでチャラです」

「ああそう……」

 

 まぁ、チャラになると良いな。

 そう思いながら、二人で観光を続けた。

 

 ×××

 

 その日の帰り道、FGOの呼符単発で乳上という新たな女の子と出会った。

 

 


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