鷺沢さんがオタク化したのは俺の所為じゃない。   作:バナハロ

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お待たせしてすみません。
色々忙しくて死んでました。お陰でふみふみの誕生日も祝えなかった。
多分、また平常運転に戻ります。多分。


ダイエット(1)

 ある日の朝のことだった。いつものように俺は仕事中の文香の部屋の洗濯物を干していた。

 平日の朝は、まず俺が起きて洗濯機を回し、二人分の朝食と弁当を作ってる最中に文香が目を覚まし、支度をしてる間に飯が完成、二人で食って歯磨きして、先に文香が出掛け、残った俺が食器を洗って洗濯物を干して学校に出掛けている。

 いや、いつもの日常がこうなってるのは学生としてはおかしいが、まぁ忙しいアイドルと半同棲状態の、暇を持て余した学生が時間を好きな人のために使うのは当然といえる。

 一方、文香は早朝から仕事である。本当にご苦労様です。や、本当に。

 で、上がった洗濯物を干していれば、当然、文香の下着にも触れるわけで。しかし、それはまぁ良い。文香だって同意の上だ。

 問題は、その下着だ。

 

「……黒ってお前なぁ……」

 

 ……最近、文香の下着の色が派手になってきている気がする。ピンクやら赤やら薄い紫やら……ま、もしかしたら大学生にもなるとそういった下着をつけることは少なくないのかもしれない。

 俺としては前まで着けていた青や紺も悪くないんだが……。

 しかし、黒というのは如何なものか。それに、なんか大人っぽくなってきてる気がするし……。

 

「……」

 

 ……見なかったことにしよう。というか、今ここで俺が何か思っても仕方ないし、後で言えばそれはそれで怒られる。

 それよりも洗濯を……あっ、文香のパンツのゴムが緩んでる。また成長したのか、あの体系が。

 まぁ、その辺は文香が一番、よく分かってるだろうし、俺がわざわざ「パンツのサイズあげたら?」なんて言うべきことじゃないな。多分、割と本気で殺される。具体的には勉強10倍の刑かな。

 さて、それよりもさっさと終わらせて学校に行かないと。文香と同じ大学に行くために、キチンと勉強しなければならない。

 洗濯を終えると、歯磨きをして部屋を出た。マンションから出てしばらく歩いてると、後ろから肩を叩かれた。

 

「おはよう。鷹宮くん」

「あ、三村さん」

 

 同じクラスの巨乳、三村さんだ。多分、文香と付き合ってから一番迷惑かけてるアイドルだ。ちなみに、付き合う前に迷惑かけてるのは速水さん。

 

「また今日も文香さん家から?」

「まぁ、うん」

「……高校生が同棲してて平気なの?」

「長期お泊まり会だから」

「物は言いようだよね……」

 

 間違ってないからな。たまにうちに帰ってるし、お手伝いさんとかだって家にいる時間よりもお手伝い先の家にいる方が長いでしょ? 要はそういうこと。

 それに、ちゃんと家事だってして……あっ、家事で思い出した。家に弁当忘れた。

 

「……どうしたの?」

 

 顔に出てたのか、隣の三村さんがきょとんと首を傾げた。

 

「……や、台所に弁当置いてきた」

「あー……」

「悪い、コンビニ寄って行くから先に行ってて良いよ」

「あ、私も付き合うよ。食戟のソーマの最新巻買いたいし」

「……」

 

 これも俺の所為か? 違うよね?

 少し気まずくなりながらもコンビニに入った。陳列されている商品を眺めながら、適当に昼飯を選ぶ。

 ちなみに、学食に行くという選択肢はない。学校に友達いないのに学食にいけるメンタルは持ち合わせていない。

 鮭と明太子のおにぎりを2個ずつとジンジャーエールを購入し、レジに並ぼうとすると、単行本を持った三村さんと被ったので、一歩引いて譲った。

 

「あ、ごめんね」

「いやいや。つーか、三村さんもなんか買わんの? 飲み物とか」

「あ、う、うーん……」

 

 気まずげに目を逸らしながら頬を掻いた。どうしたんだろ、なんか悩みでもあんのかな。

 

「……何かあんの?」

「う、うーん……まぁ、鷹宮くんなら良いか」

「?」

「その……少し、太っちゃって……」

 

 ……察した。要するに、甘いものがダメだと。いや、甘いもの以外もダメなんだろうな。

 

「知ってるか? イノシシの肉って太りにくいんだぜ」

「……太りにくい?」

「えっ?」

 

 何故か脳天から冷えるレベルの冷たい声が飛んで来た。驚くほど切れ味のある声で。

 

「何言ってるの……?」

「や、だから太りにくい肉を……」

「太りにくいじゃダメなの。太りにくいものを食べるということはつまり我慢してるようでしていないの。そんなんじゃ意志が弱いの、結局食べちゃってるの。それじゃリバウンド待ったなしなの。ダイエットするには動くとか以前にまず『食べない』という鋼の決意が必須なの。じゃないと好きなものを我慢するということにならないから。痩せるためには脂肪分がどうのとか関係なく、とにかく食べ過ぎないことを意識しないといけないの。これだからダイエットしたことない人間は困るんだよね。お願いだから安易に口を挟まないで」

「あ、は、はい……。す、すみません……」

 

 み、三村さんとは思えないくらい怖かった……。もしかして、何度かリバウンドしてるのか……?

 うーむ、それはいかんな……。せっかく学校で唯一話せる人と奇跡的に同じクラスになったのに、怒らせてしまっては元も子もない。

 なんとかご機嫌を取らないと。

 

「ま、三村さんは腹だけでなくおっぱいもでかいから、あまり気に」

 

 眉間に漫画の背表紙がクリティカルヒットし、そのままダウンした。

 

 ×××

 

 時早くして夕方。学校が終わり、一人で家で勉強中、ふと時計を見上げた。

 あと2〜30分ほどで文香が帰宅するので、それに合わせて飯を作り始めた。

 土曜日にまで仕事なんて、本当に大変だな。アイドルって生き物は。文香の家の家事をする度にそんな風に思う。

 だからだろうか、毎日、晩飯は気合入れちまうんだよな。そんなわけで、今日の飯は豪快にステーキにしてみました。もちろん、焼き立てが美味いから下準備だけでまだ焼かない。

 しばらく待機してると、スマホが震えた。

 

 『今から帰ります』

 

 文香からだ。

 

 『了解。迎えに行こうか?』

 『いえ、勉強してて下さい』

 

 そう言うなら大人しくするか。

 再び勉強を再開。ちゃんと勉強すれば文香からご褒美もらえるから頑張る気になれる。え、ご褒美? そりゃほら、匂いとかイロイロだよ。

 えーっと、H2O+CO2……水と二酸化炭素足して……てか化学の足し算全然分かんない。

 分かんないとこは辞書で引いたり教科書を読んでると、玄関が開いた。

 

「……ただいま帰りました」

「あ、おかえり。今、飯作る」

 

 勉強を切り上げ、調理を始めようとした俺の手を文香が掴んだ。

 

「? どうした? 今日はステーキだよ」

「……ま、待ってください。ステーキなら尚更」

「え、なんで?」

「……一度、体じゅ……じゃない、洗面所に行きます」

「ああ、手洗いうがいな、了解」

「は、はい……」

 

 洗面所に引っ込んだ。なんだろ、手洗いうがいじゃないな、飯を作らせるの待たす理由がない。

 明らかに様子おかしいし、あとで事情を聞くとしよう。

 そんな風に思った直後だった。バタン! と勢いよく洗面所扉が開かれた。

 勢いの割にうなだれた様子で、何故かジャージを着た文香が顔を出した。

 前髪で隠れてどんな顔をしてるのか分からないが、おそらく浮かない顔をしているのだろう。

 

「……ふ、文香さん……? どうしました?」

 

 思わず敬語で聞くと、前髪の隙間からカケラの光もない眼光を覗かせた。ヤベェ、死んだ目の文香とか初めて見た。

 

「……千秋くん」

「な、何……?」

「……私、今日晩御飯いりません……」

「はぁ⁉︎ ちょっ、ステーキ焼く準備しちゃったのに⁉︎」

「……すみません、少しこれから出掛けてきます」

「待て待て待て! せめて理由を言えって!」

 

 玄関に向かおうとする文香の腕を慌てて掴んだ。

 いきなりそんなん言われて納得できるかよ。気合い入れて少し高いステーキ肉買って来たのに。

 しかし、文香はこっちに顔を向けようとしない。無理矢理にでも玄関に向かおうとしていた。

 クッ……仕方ない、こんな手段は嫌だったが、奥の手を使うしかなるめーよ!

 

「なぁ、文香。ゲームやろうぜ。文香と一緒にやろうと思って旧式のゲームを実家から送ってもらったんだよ」

「そんなのやりません!」

「なっ……!」

 

 ズギュンっ、と。ビームライフルに撃ち抜かれたように俺は膝から崩れ落ちた。

 お、俺とのゲームよりも優先するなんて……いや、それ以上に俺と遊ぶことを「そんなの」と呼ばれるなんて……。

 俺がサーヴァントならあまりのショックに消滅していたかもしれない。というか、既に黄色く体が発光してる気が……。

 するっと俺の手から力が抜けたのを不審に思ったのか、文香が振り返った。

 

「ち、千秋くん⁉︎ どうしたんですか⁉︎」

「……そんなの……俺とゲームするのが、そんなの……」

「わ、分かりました! ちゃんと事情を話すから座に還らないで下さい!」

 

 そんなわけで、一度、食卓に座った。もちろん、飯は出てないしステーキはまだ焼いていない。

 しかし、さっきのはショックがでかかったぜ……。相当、文香にとってデカいショックがあったに違いない。

 

「で、どうした?」

 

 なんとか気を強く持って聞いてみたが、文香はなかなか言わない。頬を青く染めたまま、斜め下を見ていた。一応、用意した飲み物にさえ手をつけようとしない。

 ……あの、顔色悪過ぎるし、やっぱ飯くらい食った方が……あ、もしかしてそういうことか?

 

「……太ったのか?」

 

 ピシッ、と文香の顔が石膏像のように真っ白になった。

 あ、これヤバい。

 

「ふえっ……ふええっ……!」

「ま、待て待て待て落ち着け! ストレートに聞きすぎた俺が悪かった!」

「ち、ちあきくんにもっ……ぐすっ、そう見えるんだ……!」

「ちょーっ! お、俺には分からないって! ただ、帰ってから洗面所に入った割に手が濡れてなくて、代わりにジャージに着替えてたからもしかしてっていう推理の元で聞いただけで……!」

 

 本当はパンツのゴムが緩んでるの思い出したからとは言えない。

 

「ううっ……ひぐっ、ほ、ほんとう、ですか……?」

「本当だって! ほらもー、鼻水拭いて」

 

 ティッシュを差し出すと「ありがとうございます……」と涙目で鼻をかんだ。そういう仕草は可愛らしいんだけどな……。

 まぁ、太ったとは思わないが、実際、少し丸くなったことに気付いてたのは内緒だ。一緒に寝てる時、抱き枕にされてる腕のふにふに感が徐々に増してたし。

 

「……ま、それならステーキはやめとくか。今日は何が食いたい? それともネットで調べるか?」

 

 そんな風に言った時だ。文香の眼光が鋭くなった。長い前髪の隙間から見えるから尚更だ。

 唐突に八つ当たりされた気分でひよってると、文香が怒りを表しながら聞いてきた。

 

「……何を他人事のようなことを言ってるのですか? 行っておきますが、これは千秋くんの所為でもあるのですよ?」

「え、なんで俺」

 

 反射的に漏れたその疑問に心底いらっとしたようで、力強く両手で机を叩きながら立ち上がった。

 凹んだり泣いたり怒ったり忙しい奴だ。

 

「誰が毎日、私の料理作ってるんですか⁉︎ 毎日毎日、高カロリーで高クオリティなもの作って! 美味しいから手が止まらないし、千秋くんも私もインドア派だからデートもほとんど画面の中だし、全部千秋くんの所為です!」

「ぜ、全部⁉︎」

 

 責任転嫁も良いとこだろそれ!

 

「……つーか、誰に言われたのそれ」

「……プロデューサーさんと奏さんとありすちゃんです」

「うわあ、フルメンバーじゃん」

 

 それで、これからマラソンに行こうとしてたのか……。まぁ、そういうことなら仕方ないけど……。

 でも、今の時間からマラソンは危ないだろ。それも女の子一人で。俺は俺で勉強しなきゃいけないし……。

 そういえば、今朝は三村さんが同じことで悩んでたなぁ……。あの時は安易に口を挟むな、って言われたし、今もなるべくなら口を挟むべきではないんだろう。

 ここは、俺はあまり気にしないって事をそれとなく伝えてやれば良いだろう。

 

「ま、どんな体型でも文香は文香だから。俺は気にしないよ」

「……ち、千秋くん……!」

「飯とかはしばらく文香のリクエストを受け入れるけど、それで体調崩すなよ」

 

 そんな言葉しかかけてやらないが、多分、今の文香には十分だろう。

 ダイエットするにしても、食事を減らすのも結構だが、それでまともな栄養取らない方が困る。

 幸いというかなんというか、今のだけで文香は感動しちゃってるし、後はジョークでも混ぜてやれば良いだろう。

 

「所でさ、お腹の子はいつ生まれんの?」

 

 直後、フッと、突然停電でも起こったかの如く辺りが真っ暗になったような静けさと冷たさが襲った。

 思わず肌寒さに自分の両腕を抱くと共に、立ち上がっている文香が貞子の如き眼光で俺を真っ直ぐと見下ろす。もし、霊圧が存在するのなら、間違いなくこんな圧力だろう。

 ーーーああ、これは多分、ジョークを間違えたな。

 

「……千秋くん」

「っ、な、何……?」

「……私は妊娠していると錯覚させるほどに太りましたか?」

「あ、いえ、そんなつもりは……ただぃだっ⁉︎」

 

 言い訳しようとした直後、正面から机を挟んで腕が伸びてきて、胸と腕の間に頭を絞められた。正確に言えば、こめかみを締められている。

 

「いだだだだっ⁉︎」

「……でしたら、どういうつもりで仰ったのかご教授願えませんか?」

「痛いってホントごめんなさいいいいだだだだだだ!」

「……まさか、自分にも少なからず責任があるにも関わらず、その手のブラックジョークを挟んだわけではありませんよね?」

「わ、分かった! 分かったから! 俺もダイエット手伝うからこれ以上、腕を捻るのやめろおおおおおお‼︎」

 

 その日は明日になるまで走らされた。

 

 


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