鷺沢さんがオタク化したのは俺の所為じゃない。   作:バナハロ

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ワンピース。

 ある日、夏の暑い日、私は洋服屋さんに来ていました。今日は何となく女子大学生っぽいものを見に来たわけではなく、キチンと目的があります。

 購入する予定の洋服は花柄のワンピースです。この前、撮影で着てみたのですが、これがなかなか着心地が良かったのです。それに、花柄は気持ちを華やかにしてくれるような気がして、着ているだけでも気が晴れてしまいます。

 なので、あの日に着たワンピースを買いに来たのですけど……中々、見つかりません。確か池袋にあるという話だったはずなのですが……。

 というか……そもそも、池袋の空気が合いません。今まではメイトや奈緒さんに連行されてコスプレショップに行ったりしていましたが、サン○ャインのような、リアルが充実している方達が来るような場所ではどうにもひよってしまいます。せめて、奏さんがいらっしゃれば良かったのに……。

 

「……はぁ」

 

 息苦しいですし、帰りましょうか……。小さくため息をついて引き返そうとした時でした。「あれー?」と聞き覚えのある声が耳に届きました。

 

「文香さん?」

「……あ、美波さんとアーニャさん」

「フミカ? こんにちは!」

「……はい、こんにちは」

 

 美波さんとアーニャさんと遭遇しました。お二方もオフのようで、今日も仲良く買い物のようです。

 クールな顔立ちなのに無邪気な満面の笑みで手を大きく振るアーニャさんと、同い年とは思えないくらい落ち着いた笑みで、胸前で小さく手を振る美波さん。

 考えてみれば、高校生と大学生で歳も離れているのに、こうして仲良く出来るのはアイドルならではなのかもしれません。

 

「……お二人でお買い物ですか?」

「うん。文香ちゃんも?」

「……はい。千秋くんは今日もお勉強しているので」

「私とアーニャちゃんもだよ。アーニャちゃんの彼氏が私の彼氏を監禁してくれてるから、暇になっちゃって」

「か、監禁……?」

 

 ……うろたえてしまったけど、私にも覚えがあります。勉強嫌いの受験生は、椅子に縛り付けてでも勉強させなければならないんですよね……。まぁ、私の千秋くんはその部分は治りつつありますが。

 

「フミカは何を買いに来ましたか?」

「……あ、はい。この前、撮影で着させていただいた花柄のワンピースを買いに来たのですが、恥ずかしながら、どのお店であったかを忘れてしまいまして……」

「花柄、ですか? 珍しいですね?」

「……はい。私には、分不相応かもしれませんが……」

「そ、そんな事ないよ。文香ちゃんなら似合うって!」

 

 いえ、良いんですよ、美波さん……。私のような本ばかり読んで来て、アニメや漫画の話になったら急に明るくなるような女に花柄なんて似合わないのは分かっていますから……。

 目に見えてショボくれてるのが分かったのか、アーニャさんも一緒に胸前で両手の握り拳を作って熱弁してくれました。

 

「そ、そうです! それに、フミカはとても綺麗でお花似合います!」

「そうそう! スタイル良いからワンピースも似合うし!」

「それに、アニメの……特に最近ではトウケンランブのお話をしている時のフミカの笑顔は、とても素敵ですよ!」

「グハッ……!」

 

 ……あ、相変わらず的確に地雷だけを狙撃して来ますね……アーニャさんは……。

 APEXで味方が狙撃している間にショットガンを持って裏を取りに行っていたら、敵も裏取りに来ていて遭遇戦になって殺されたような感覚に陥っていると、美波さんが微笑みながらこんな提案してくれました。

 

「じ、じゃあ、私達と一緒にそのワンピース探してみよっか!」

「……え? 良いのですか?」

「勿論。だって、そのワンピースも彼氏くんに見せたいんでしょ?」

「っ……は、はい……」

 

 流石、美波さん。キチンと私の事情を理解している。千秋くんは「いずれTwitterとかで出回るモデルの文香より、普段着の文香の方がレアだ」とか言って私の載っている雑誌は買いませんし……。

 

「アーニャちゃんも、それで良い?」

「ハイ♪」

「アーニャさん……ありがとうございます。私なんかのために……」

「ううん。じゃ、探そっか。最近、文香ちゃんが載った雑誌だよね……ググれば出るかな?」

 

 早速、スマホを取り出す美波さん。なんだか二人のお邪魔をして申し訳ない……と思う反面、このまま諦めてメイトに逃げ込むハメにならなくて安心もしていた。

 

「……いえ、まだその雑誌は出ていないんです。来週、発売ですので」

「なるほど。つまり、気に入ったから一番に千秋くんに見せたいのね?」

「ーっ……! も、もうっ、美波さん!」

「あはは、ごめんごめん」

 

 ぷくーっと頬を膨らませる私の頭を撫でてあげながら謝る美波さん。この方のお姉さん力は異常な威力で、これだけで許してあげる気になってしまうのがずるい。

 しかし、グーグル先生でもダメとなるとノーヒントになってしまう。私も美波さんもアーニャさんも、手当たり次第で洋服屋さんにお邪魔した。

 

 ×××

 

「……あ、これも似合うのではないですか?」

 

 私が差し出したチョーカーをアーニャさんが受け取り、試着してみる。濃い青一色で、正面に金色の雫がついたもの。共通認識だと思いますが、やはりアーニャさんには青がお似合いです。

 想像通り、とてもお似合いでした。鏡を見るアーニャさんはとても嬉しそうににこにこ微笑んでいます。

 

「わぁ……! どうですか? ミナミ!」

「うん、とても似合ってるよ」

「ふふ……♪」

 

 美波さんにも褒められて、さらにご満悦な様子のアーニャさんは、やはりとても可愛らしかった。外見が大人びていても歳相応でいられるのは、少し羨ましいです。私はとても子供っぽいとよく言われるので。正確には、千秋くん曰く子供っぽくなったそうですが。

 

「でも、文香さんもオシャレに興味出てきたんだね。昔はあまり、こういうのに興味無かったみたいだったから」

「……そう、ですか?」

「うん。奏さんも言ってたよ。最近は事務所に来る時も少しお化粧してるでしょ?」

 

 ……言われてみればそうかもしれません。まずお化粧道具の種類すら覚えていませんでしたし。今だって詳しいわけではないけれど、少なくとも最低限のものは覚えられました。

 でも、そういうのを覚えようと思えたのは、私一人の力ではありません。

 

「……私一人では、興味は持てませんでした。オシャレも、お化粧も、そういう女性としての嗜みに触れてみようと思えたのは、そう言うきっかけをくれた方達がいたからです」

 

 例えば、プロデューサー。アイドルの世界に誘ってくれた方。そしてその事務所で出会えた、奏さん、ありすちゃん、美波さん、アーニャさんのような方々……そして、何より一番大きな影響を与えてくれたのは……。

 

「……ふーん? なんか、幸せそうだね。文香ちゃんは」

「っ、な、何がですか……?」

「何でもないよ。さ、その鷹宮くんに見せるワンピースを探しに行かないとね」

「はい……って、『その』ってなんですかっ⁉︎」

「文香ちゃんは鷹宮くんのことを考えてる時の顔が分かりやすすぎるんだよー」

「う〜……自分だって一緒の癖に……」

 

 なんだか、今日は美波さんにいいようにいじられている気がします……。

 それに、オシャレやお化粧のことまで千秋くんのお陰だと思うのは少し癪です。元々、あの子から直接、影響されたものはゲームや漫画、アニメだけですから。まぁ、確かにあの子に少しでも綺麗に見られるためにお化粧の勉強をした節はありますが……。

 ……あれ? それって結局、千秋くんに影響されてるんじゃ……。

 

「……ハァ、認めるしかないですね」

 

 私をこんな風にした責任は取ってもらいますからね、千秋くん。

 そんな事を考えながらお店を出ると、次のお店で目に入ったのはトイ○ラスだった。

 

「み、美波さん! 行きましょう!」

「ん? 何か気になるお店が……え、そこ?」

「私、新発売のシルヴァ・バレト・サプレッサーのプラモが欲しいんです! ビームマグナムを撃つ度に腕を付け替えるのがカッコ良くて……! それに何より、パイロットがあの……! あ、これは言わない方が良いですね。見たときの感動が減ってしまいます。とにかく行きましょう!」

「……」

「どうしたんですか美波さん? みな……あっ」

 

 ……私をこんな風にした責任は取ってもらいますからね、千秋くん……。

 すっごい呆れられた目で見られ、すこし傷ついてると、さっきまでいたお店から遅れてアーニャさんが出てきた。

 

「お待たせしました」

「あ、アーニャちゃん。何か買ったの?」

「ハイ♪ チョーカーを」

 

 あ、アレ買ったんですカ……。そんなに気に入ったんでしょうか? 確かにグラブルの346事務所コラボのアーニャさんは水属性ですが……。

 

「それと、ついでに花柄のワンピースのお店の場所を聞いてきました」

「本当に?」

「ハイ♪ 行きましょう」

 

 まさか、そのために買い物をして下さったのでしょうか? だとしたら、少し申し訳ない気もしますが……。

 

「フミカ? 行かないですか?」

 

 ニコリと微笑んで私の手を取るアーニャさんを見て、考え過ぎだったと打ち消し、三人でそのお店に向かった。

 しばらく歩いてから到着し、新発売だからか、すぐにワンピース自体は発見出来ました。発見出来たのですが……。

 

「……あ、あれ? こんなに露出多かった、でしたっけ……?」

 

 ノースリーブ、その上、色も明るめで且つ花の部分以外は薄め。何より、胸が強調されやすい作りになっている。これを仕事はともかく普段着として着用するのはちょっと……何というか、常日頃の至福とはかけ離れ過ぎてて恥ずかしいと言いますか……。

 

「わぁ、これを着るんですか? 絶対に綺麗です、フミカ!」

「え?」

「見てみたいです!」

 

 目を輝かせるアーニャさん。うっ……断れない、この笑顔……光属性の方はこれだから……。

 でも、こんなの着て大丈夫でしょうか……。特に、千秋くんの場合は「え? どうしたの? 年甲斐もなく?」なんて失礼極まりないことを言ってきそうで……。

 

「大丈夫だよ、文香さん」

 

 怖気ついてると、隣の美波さんが優しく微笑んでくれた。

 

「プロの方が『これを着るのは鷺沢文香がベスト』って思ってお仕事をくれて、雑誌に載るんだもん。鷹宮くんだって、絶対に褒めてくれると思うよ?」

「……そ、そうでしょうか……」

「そうだよ。だから自信持って」

 

 にっこりとお姉さんの笑みを浮かべる美波さん。不思議です、この方に「大丈夫」と言われると、何故だかとても勇気が湧いてきます。

 ……そうです、大丈夫です。それに、千秋くんが失礼な感想を言う時は、大抵が照れ隠しなんですから、カワイイもんです。それでも癪に触ることを言われたらビンタすれば良いんです。

 

「……試着してきます!」

「うん。頑張れ!」

「頑張って下さい、フミカ!」

 

 二人の後押しを受けながら、私は試着室に入った。

 

 ×××

 

 無事に購入を終えた私は、早速ワンピースを着て帰宅した。改めて着てみると、やはり胸は強調されるし色はそれなりに派手だしで、やはり少し恥ずかしかった。

 でも、千秋くんに見ていただくためです。この程度で恥ずかしがってはいられません。

 マンションに無事に到着し、深呼吸して部屋のドアノブに手をかけました。

 

「……ただいま」

「あ、おかえり」

 

 中に入ると、千秋くんがエプロンを装備していました。かわいい。いやそうではなく。今日は私が「かわいい」と言ってもらわないといけないのに。

 

「アレ、どうしたのそれ」

「……は、はい。その……この前、撮影で使ったお洋服なのですが……気に入ってしまったので、買ってしまったのですが……」

「ふーん……」

 

 ……あまり、興味無いのでしょうか。少し素っ気ないような……。

 

「悪い、ちょっと揚げ物やってるから。手を洗ってきな」

「あ……は、はい……」

 

 ……千秋くん的には、あまり良くなかったのでしょうか。それとも、あまり似合っていないのでしょうか……。

 もしかしたら、よく見えていないのかも……と、希望を持って洗面所ではなく流しで手を洗う事にした。

 なんだか初デートのような気分で胸をドキドキさせながら、千秋くんの隣に立って手を洗ってみました。

 ……やっぱり、反応ないですね。明日からこれは倉庫番でしょうか……。

 ちらっと隣の千秋くんを見ると、私の方をチラ見していました。主にワンピースによって強調された胸の辺りを。

 その度に頬を赤らめて「……核兵器かよ……」などと呟いています。

 

「……」

 

 ……もしかして、照れているのでしょうか? 割と照れ屋さんなとこあるのは知っていましたが……わざわざ冷たい態度を取るのは珍しいですね……いえ、もしかしたら冷たくなってしまったのでしょうか? 

 ふふ、だとしたら可愛らしいです。もう付き合って半年以上経つのに、未だにこういうのには慣れないみたいです。冷たくされた分、少し意地悪してみたくなってしまうほど。

 

「……ふぅ、それにしても、少し暑くなって来ましたね……」

 

 隣で胸の辺りの襟をパタパタとさせてみました。六月にもなって暑くなってきましたし、嘘ではありません。

 その直後でした。鍋の中の天ぷらに赤い液体がぽたっと垂れたのは。

 

「え?」

「……このどすけべめ……」

「ち、千秋くん⁉︎ 鼻血の量が普通じゃ……ち、千秋くーん⁉︎」

 

 大ダメージを与え過ぎてしまいました。

 幸いにも天ぷらは完成しつつあったので、火を止めてソファーの上で寝かせてあげて鼻にティッシュを詰めてあげた。本当に手のかかる子ですね。

 

「大丈夫ですか?」

「あ、ああ……悪い」

「……いえ、その……すみません……らしくない真似を、しました……」

 

 正直、後悔しています……。さっきのは明らかにビッチと呼ばれる方の行為ですから……。それに、そもそも料理中に刺激するようなことをすべきではありませんでしたね……。

 肩を落としてため息をついていると、下から伸びてきた手が、私の頭の上にポンっと乗っかり、ふにふにと撫でてくれました。

 

「あー……悪い、本当はもっと早く言うべきだと思ったんだけど……」

「……?」

「悪魔的にまで似合ってる、そのワンピース」

「ふえ……?」

 

 ……あ、ダメですね。思いのほか、嬉し過ぎます……。ニヤニヤしてしまうのを全力で抑えながら、誤魔化すように膝の上の千秋くんに唇を重ねた。

 

「んっ……」

「っ……はぁ、ど、どしたの急に」

「……なんでもないです。さ、ご飯にしましょうか」

「俺が作ったんだけどね」

 

 いつのまにか褒めてくれたことに少し舞い上がっていた私は、千秋くんと一緒に夕食を食べた。

 

 


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