とある真夏の日、相変わらず太陽が地上を蒸し焼きにする季節。表ではセミの音楽隊が不協和音を大合唱。この世にクーラーが存在しなければ人間は生き延びることも出来そうにない、そんな天気の中、俺と文香は節電の中、生きていた。つまり、クーラー縛りである。
「ふみふみ……暑い……」
「……がまんです。地球温暖化の手助けは出来ません……」
このバカ、昨日の温暖化対策番組にゲスト出演してあっさりと影響されて、突然の節電キャンペーンである。お前すぐにニュースやバラエティに騙されるなって……や、勿論、嘘を言ってるとは思わんけど、決して事実とも限らんぞ。
「……勉強の手が止まっていますよ?」
「そりゃ止まるだろ……こんな暑い中、どう集中しろっての?」
「……気持ちが負け犬にならなければ何でもできます」
「松○修造かよ」
「……昨日、共演させていただきました。ふふ、あの方は素敵な人ですね」
「……」
まぁ、さすがに恋愛的な意味で言ってるとは思えないので嫉妬とかはしないけど……でも嫉妬させようとして言っているのはよく分かる。
こうなると、何か仕返し的なことをしてやりたくなるんだけど……今は暑くてそれどころじゃない。
「……せめて扇風機つけない?」
「……節電です」
「冷蔵庫開けっぱなしとか」
「オゾン層の破壊なんてもっての外です!」
……こいつめ。でか、文香だって暑そうにしているくせになぁ……顔真っ赤だけど大丈夫なのそれ?
仕方ない。ここは俺の話術でなんとかするしかない。
「……なぁ、文香。確かに地球温暖化は危惧すべき問題だ。人類全員が意識して正面から向き合わなければならない事だろう」
「……はい」
「しかし、だからと言って無理して暑い思いをするのは、ただ単に俺達の体調を崩すだけだと思うんだ」
「……それは、そうですけど……」
「だから、無理することなんかないんだ。気合で何とかなるのは松○さんやら日野茜さんみたいな平熱40度の人たちだけ」
「分かりました、分かりましたから……」
仕方なさそうにため息をついた文香は、一度、席を外した。クーラーを付けてくれるのかな? と思ったのも束の間、突然、首筋にヒヤリと冷たい何かが当てられた。
「ふぁひょっ⁉︎」
「ふふ、可愛い声が出ましたね」
俺の首を掴んでいるのは、文香だった。え、なんでこの子そんな手冷たいの? 心が暖かいから?
「ど、どうしたん?」
「……冷凍庫の保冷剤を鷲掴みにしていました。これでしばらく涼しいでしょう?」
……そこまでするのか……いや、ていうか逆にそこまでされたらもう何も言いづらいな……。
それに、これはこれで悪くない。具体的には、文香に身体の一部を触られながらって辺りが少し興奮する。いや変な意味じゃ無くて。
「ふふ、これでお勉強できますね?」
「はいはい……」
うん、別の意味で集中出来ないんだけど……まぁ良いか。
しばらくカリカリと手を動かしていると、徐々に首元が暖かくなっていく。うん、やっぱ暑いわ。まぁ、文香に触られてると思うと悪い気はしないんだけどね。
そんな俺の気を知ってか、文香はすぐに手を離した。
「……また冷やしてきますね」
「あ、次脇腹とか冷やしてくれない?」
「……良いですよ」
そう言いつつ、冷蔵庫に向かう文香をふと眺めた。……そういや、あいつって下半身はあんまり短いの履かないよな。長いスカートかたまーにズボン履くくらいで。
俺の記憶に残ってるのは、この前のテレビ番組でブルマ履いていた時だけだ。あ、いやあと水着とかバスケのユニフォームとかあったか。
でも、私服ではあんまりない。
「ふーむ……」
しかし、俺に女性の服の良し悪しは分からない。「履いて?」とお願いしても、多分、文香も困ってしまうだろう。あいつも女性のファッションとか分かってないし。
……でも、ダメ元で聞いてみようかな。
「……おまたせしました、千秋くん」
「あ、ねえ文香」
「……なんですか?」
「文香さ、そんな長いスカート履いて暑くないの?」
「…………えっ?」
「たまには短いスカートとか短パンとか履いたりしないの?」
スカートは衣装とかで履くけど、短パンはマジでない。レア過ぎる。
「……え、えっと……私、あまり足を出すのは……」
「見たい」
「え?」
「短パンのふみふみ見たい」
「……」
カァッと頬を赤く染める文香。あ、久々に見た、そういう顔。
「てか暑くない? この季節に長いー……裾?」
「……あ、えっと……スカートなら、あまり気になりませんが……」
「そりゃほら、スースーするからでしょ? でも座ってる時はスカートと皮膚がくっつくじゃない。やっぱ暑くない?」
「……そ、そう仰られても……」
いや、別に薄着が見たいとか、そういう変態的な意味ではない。それなら風呂の時に覗けばパンツもその下も見えるし。
そういうんじゃ無くて、こう……何? たまには違う服装している文香、みたいな。
「……わかりましたよ。考えておきますね」
「いや、考えておくんじゃ無くて確定して」
「……では、こうしましょう。一週間、クーラーを入れずに生活出来たら、考えて差し上げます」
「言ったな?」
「はい」
よっしゃ、上等だコラ。
×××
「う、うそ……」
「たえたよ」
驚愕の表情を見せる文香。甘いね。俺は元々は剣道部だぜ? 暑さには弱くはないんだよ、好んで暑い場所にいたがるわけではないってだけ。
「よし、じゃあ早速行こうか」
「……え、ど、何処へ、ですか……?」
「文香に似合う短パンを探す旅に」
「か、勘弁して下さい……! 私にショートパンツなんて、絶対に似合わないです……!」
「似合うよ、絶対」
「……え?」
「そんな良い太ももしてるんだから間違いない」
「っ……そ、そんな風に誤魔化したって……!」
「良いから、行こう」
約束したじゃん。ここでごねるのは大人じゃないぞ、文香。近くに用意しておいた鞄と、文香の手を引いて部屋を出た。
そんなわけで、早速アウトレットに顔を出した。二人で手を繋いで店内を歩く。
最近はもう周りの目なんて一切、気にしていない。文香も今ではむしろ他人に見せつけるようにしている。
しかし、今日の文香は以前までの初々しさを取り戻したように恥ずかしそうにしていた。
「……今更ですけど、千秋くんに女性のファッションが理解できるのですか?」
「安心して良いよ。女性モノのファッション誌買い漁ったから」
持ってきた鞄の中には、雑誌が十八冊入っている。重いが、それは可愛い文香への思いと同量である。やべ、今のは何言ってるかわかんねえ。
「……め、珍しく手ぶらじゃないと思ったら……」
「あと俺の部屋にあったもうやらなさそうなゲームと読まなさそうな漫画、全部売っ払ったから、金もあるよ」
「買うんですか⁉︎」
「買うよ。この日のために速水さんとかからファッションのことも勉強させてもらった」
「なぜ、その情熱を少しでも勉強に移せないんですか……?」
「文香のためか否か」
それだけだよな、実際。自分の事よりも文香の事の方がやる気が出るってもんよ。
すると、文香は何かに気付いたような顔を浮かべた後、頬を赤く染めながらポツリポツリと呟くように言った。
「……べ、勉強も……将来、私との家庭を築くためと思えば…………が、頑張れま、せんか……?」
「……」
……さ、先のこと考えすぎよあなた……。やだ、ちょっともう……なんで俺の彼女こんな可愛いの……。
「……が、がんばれる……」
「……」
……あれ、こんな感じの空気になると思わなかったな……。どうしよ、なんかすごく気恥ずかしいというか……。
「……では、今から帰って勉強を」
「だが断る!」
「意地悪……」
それはそれ、これはこれだから。そんな涙目になるほどかよ。
とりあえず、ファッション誌をパラパラとめくり、近くの店にありそうな服を選ぶ。この季節だからな。短パンに、ノースリーブのシャツ、その上にカーディガンを羽織らせて活発な子を作ってみようや。文香に似合うかは置いといて。
「……あの、ちなみに千秋くんの中では……どんな服を考案されるおつもりなんですか?」
「モーさん」
「ふぁっ⁉︎ む、むむ無理です! いくら革ジャン着てても、あんな下着姿みたいな服は……!」
「じゃあアストルフォ」
「お、おへそも出せません! ていうか、あの子は短パンではなくスカートです!」
「じゃあジャンヌ」
「っ、あ、あれくらいでしたら……まぁ。もう少しズボンが長めの方が……」
「あれの、ネクタイ外して、第二ボタンまで開ける感じで」
「そ、そんなのは無理です! だ、第二ボタンまで開けたら……む、胸元が……」
……今日は一段とからかい甲斐があるな。本当にこんな可愛い子が彼女とかマジで最高だな……。俺ももう少し良い彼氏にならんと……。
「……あの、本当に嫌だったらやめとくけど……どうする?」
「……え?」
「や、ほら。どうしても嫌だって言うならアレだし……そんな無理してお願いするようなことじゃないから」
「……」
まぁ、うん。なんかここまで文香がごねるのも珍しいし。てか、文香ってそもそもあんまり、俺の言うことに「嫌だ」とは言わないからなぁ。
「…………す」
「え?」
今なんか言った?
「……その……千秋くんに見られる分には……気持ち良いので、良いです……」
「……」
気持ち良いって何? 誰だよ、うちの彼女こんなんにした奴。
「じゃ、遠慮無くモーさん並みに短い短パン探してやるよ」
「え、いやあの限度は持ち合わせてもらえると嬉しいのですが……」
「よっしゃ。パンツが見えるくらいまで短いのにしような」
「……殴ってでも止めた方が良いのかしら」
なんか怖いこと聞こえた気がしたが、とりあえず試着室ファッションショーを始めた。
×××
結局、購入したのは5着の短パンである。マジでお尻の下の辺りは見えるんじゃないの? ってほど短い。
でも、その……なんだろう。それ文香が選んだんだよな……。大丈夫かな、あいつ。俺にしか見えないって話で落ち着いた途端、異様に色んな服を選び始めたんだけど……。
そんな俺の不安を他所に、今、文香の部屋では早速、着替えを始めている。
「……千秋くん」
「っ」
出て来たのは、もうなんて言うか……別人のようなふみふみだった。着ているのは胸元を第二どころか半分くらいまで開けた青いブラウス。その時点で胸の谷間がガッツリ見えてる。
その下に履いているジーンズ生地の黒いズボンが、ムッチムチの太ももを強調していた。
「うお、ふ、ふみふみ……?」
「……や、やっぱり少し……恥ずかしい、ですね……」
「……」
……うーん、これは予想以上の破壊力。しかし、これなら是非ともお願いしたい事をお願い出来る。うん、結婚したい。
文香の前に跪くと、太ももを撫でながら懇願してみた。
「文香……このおみ足の匂いを嗅いでも良いで」
「死んで下さい」
顔面に蹴りが飛んできた。