side 霊夢
正面に展開した札による結界も、そろそろ悲鳴をあげ始めた。
多少の弾幕でもビクともしないだけの強度を誇る私の結界だけれども、幽々子の弾幕はその上をいくらしい。
次々に舞う蝶を正面から受け止め続けながら、私は次の手を打つ。
あの亡霊には、生半可な弾幕では躱されてしまう。ならば、躱しきれない速度と範囲を用意すればいい。
博麗の巫女が、弾幕だけの戦闘狂だと思ったら大間違いだ。
普段の弾幕用の札とは違う、特殊な梵字の書かれた物。
何時もならばこの札を使わずに事は済むのだが、今回ばかりはそうも言っていられない。
早く終わらせなければ、嫌な予感がする。
私は札に残りの霊力を込める。込めた量によって効果の強度も違うからだ。ならば出し惜しみなんてしていられない。
私の霊力によって淡く輝き出した札を、幽々子に投げる。八枚の札は真っ直ぐに幽々子へと向かうが、余裕の表情を崩さず避けられた。
いや、避けてくれた。
もしこれが勘のいい相手ならば、札を弾幕で相殺したり、若しくはかなりの距離を取ろうとする。
それでも幽々子は必要最低限の動きだけで避けた。それは私を侮っているのか。
何にせよ、これで勝負は決まりだ。
私は札の効果を発動させる。弾幕でも結界でもない。
博麗の巫女の取っておき。
「夢想封印!!」
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side 霞
霊夢が普段とは違う、特殊な札を投げたのは分かった。
言うなれば気配が違う。いつもの弾幕ならば『攻撃』、結界ならば『拒絶』といった具合に、それぞれの含まれた意思が感じられるのだが、今回は違った。
その気配は『
その気配を感じ取ったのと同時に、霊夢は札を発動させたようで。
周囲に投げられた札がそれぞれ霊力によって繋がり合い、西行寺を囲うように立方体を作った。
なるほど。これが当代の博麗の巫女が使う封印術か。相手の力を跳ね返すのでもなく、打ち消すのでもない。吸収して外に逃がす。これならば幾ら強力な霊力や妖力を持っていたとしても、生半可な事では脱出出来ないだろう。
俺との遊びの中でも使わなかった、恐らく霊夢の切り札であろう術に、素直に感心しながらも、俺は西行寺の動きを注視した。恐らく、動くならばこのタイミングだろう。そして、ここからは霊夢では荷が重い。
封印によって霊力を吸い取られたのだろう、西行寺はゆっくりと落ちていき、地面へと膝をついた。
その表情は披露を隠せず、俺の後ろで寝ている魔理沙と同じような状態だった。
「し、師匠」
「あぁ、弾幕ごっこはこれでお終いだ」
そう。弾幕ごっこは。
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side 霊夢
幽々子の霊力を粗方吸い取ると、私は術を解いた。もう幽々子には霊力によって気弾を打つことも出来ないだろうと思ったからだ。これでこの異変も終わり。後は集められた『春』を返してもらうだけ。
だけど、幽々子程の力を封印するためとは言え、私も霊力を使いすぎたようで、空を飛ぶことも億劫になるほど疲れ果てていた。これでまだ勝負は終わっていないとか言い出したら、今度こそ霞さんに代わってもらおう。そう思い紫の隣にいるはずの霞さんへと視線を移した。
「余所見とは余裕だな、博麗の巫女」
初めて聞く、嗄れた声が響いた。この場にいる誰のものでもない、老人のような男の声。それは幽々子の方から聞こえてきた。
「しかし、幽々子をも倒すとは、なるほど侮れんのも事実」
霊力を吸い取られ動けないはずの幽々子が、ゆっくりと立ち上がる。その表情はさっきまでの女性らしさが消え去り、悪意に満ちた下卑た笑みを浮かべていた。
「……あんた、誰」
「くっくっく。よもや同じ日に同じ問をされるとは思わなんだ」
そう答えると、幽々子だったものは右手を振るう。それと同時に庭の大きな木が揺れ動いた。
「我が名は西行妖。死の怨念を募らせ、全ての生命に死を与えるもの」
「……なんか中二くさいわね」
以前、霞さんに教えて貰った痛々しいセリフの数々。あのかりちゅま吸血鬼ならば喜びそうとしか思わなかったけれど、こんな所でその知識が出てくるとは。決して役に立っているわけでは無いけれど。
「さて、完全体に成るまでにはまだ幾ばくか力が足りぬ。それ迄の依代を変えさせて貰うとしよう」
そう言って西行妖は妖力を纏う。それは今までに知る下級妖怪とは比べ物にならないほどの濃さと圧力で。私に向けて放たれた。
霊力を使いすぎた私は、咄嗟に動くことが出来ず、妖力に絡め取られる。
「な、なにすんのよ!!」
「知れたこと。貴様の身体と力、その両方を貰い受けるだけよ」
何を言っているのか分からないけれど、このままでは良くないことはハッキリ分かる。無理矢理にでも振り解こうとするけれど、私の身体を縛る妖力はビクともしない。
「それでは、その身体開け渡せ」
そう言って、幽々子の口から黒い靄のような塊が出てきた。恐らく、アレが西行妖なのだろう。靄は私の目前まで迫った。
「はい、捕まえた」
あと数センチで私の口の中へと入り込もうとした靄が動きを止めた。見ればいつの間にか霞さんが靄を片手で捕まえている。……明らかに素手で触っていいものではないと思うのだけれど、そこは霞さんだから大丈夫なのだろうと納得する。
「邪魔をするか、創造神」
「そりゃするでしょ。つーか途中から俺の事忘れてなかった?」
霞さんはそのまま靄を投げ飛ばす。スポンっと小気味よい音をさせながら、靄が完全に幽々子の身体から出てきた。
「俺、そこまで影が薄いかなぁ」
なんかよく分からない理由で霞さんは落ち込んでいるけれど。
「ちぃっ!ならば再び幽々子の身体に……」
「いや、させるわけないでしょーが」
そう言うと、霞さんの掌に青い球体が造られた。それを握りつぶすと、辺りに霧となって広がり、空間を埋めつくす。
「久しぶりの、『掌握』」
私が使うものなんかとは比べ物にならない、任意の対象以外への干渉不可な結界。今までに何度か見たことはあるけれど、やはり創造神は桁が違う。
「お前が幽々子の身体から出てくるのを待ってたんだわ。流石に俺が相手すると幽々子自体も無事じゃ済まないし」
と、言っているが、恐らくは面倒くさかっただけだと思う。
だって私だってそうするし。
「邪魔をするな!!創造神!!」
「俺から言わせりゃ、幽々子の邪魔をしてんのはお前だよ。西行妖」
霞さんは両手を合わせる。まるで神であるにも関わらず、神に祈るように。
「神力一割解放。神様モード」
その瞬間、神々しいまでの神力が霞さんを包み込んだ。普段は周囲に影響を与えないためか、神力を隠し霊力を扱う霞さん。その霊力ですら、普通の人間の何倍もの量を誇るのだけど、『神様』になった時のその力は他を寄せ付けない。一割の力ですら、私でも慣れなければ立っていることもままならないほどだもの。
「そんじゃ、斬らせてもらうぞ」
腰に差す一振の刀。霞さんの力の影響か、抜かれた刀身はうっすらと青く輝いている。聞けば遥か昔から愛用するという。名を『夜月』。『森羅万象を断ち切る程度の能力』を付加された、所謂神器の一つだ。
『断ち切れ、夜月』
そう言って振り抜かれた刃は、青い軌跡を残して靄を真一文字に切り裂いた。
霊「なんか後半、私解説しかしてなくない?」
霞「文句は作者に言ってくれ」
作「今作初の霞さん戦闘シーンをあっさり終わらせたかったので……」
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