Fate/Over Night Sinuous 作:ただのGM
ーーーーーside、黒木
「ーーーーいや、まあ安心しろよ。俺だって無傷じゃないし、令呪だってアサシンを避けさすのに二画も消費しちまった」
全身火傷だらけの神沢は、何事も無かったかのように話しかけてきた。
ーーーー信じられない。
そんな私の動揺は、隣に佇むランサーの怒気によってかき消された。
そんな苛立ちを抱くのは私だけではないのだ。
むしろ、自慢の宝具で仕留めきれなかったランサーの方が顕著なはずだ。
そのランサーが耐えているのだから、私がこの現実を認めないわけにもいかない。
ーーーー神沢はその軽口を、叩き続ける。
「ーーーーなあ、黒木。一つ取り引きをしようぜ」
途端、神沢は私に凍えるような視線を向けた。
ーーーー首筋が汗で濡れて、酷い吐き気が襲いかかってくる。
まるで、異物を喉に通したときみたいに私の本能が警鐘を鳴らしている。
これ以上、この男とは関わってはいけない。
そんな妙な確信に襲われる。
それでも、会話は続けなければならない。
ーーー時間を、稼がなければいけないから。
「ーーーーどんな……?」
私は不気味な違和感を跳ね除けて、なんとか返答する。
それを受けた、神沢は笑って言った。
「決まってるだろ?林田を殺してくれ。それで聖杯を分けてやるよ」
そんな馬鹿げた提案を聞いた私は、思わず思考停止に陥ってしまった。
そんな考えは、してはいけない。
それなのに、この男の提案は果実のように魅力的で、私は目を逸らすこともできないでいる。
「世界の半分なんて大きいことじゃないんだ、さっさと決めてくれよ?」
ーーーーどちらにせよ、時間が無い。
私は、速やかに
あくまで現実的に、冷静に、全ての意見を統括して、全ての状況を整理して、自分の目的だけを優先させる。
そして、判断はあまりにあっけなく下された。
「まあ、この状況だと殺せるかもしれない」
そうだ、確かに殺せる。
林田は完全に神沢を敵と認識しているし、私を味方とも思っている様だった。
ーーーそれに。
聖杯が欲しいのなら、この提案は魅力的だ。
なにせ神沢の言葉が真実なら、今回の聖杯は例年以上の魔力を溜め込んでいることになる。
それなら、神沢のおこぼれだろうと私には十分な魔力を貰えるはずだ。
ーーーーそんな考えに、吐き気がした。
お零れに預かる?
気に入らない奴の言いなり?
そんなの御免だ。気色悪いにも程がある。
ーーーなにより、こんな奴に従うなんてことがベオとランサーと、私が求めた『
私は、はっきりと自分の意思を告げる。
「ーーーでも、誰がまだ信用できるかと考えたら答えは決まってる。断る」
ーーーーーーーーside、神沢
ーーーー間違いなくこいつは成長している、と思う。
それを好ましい、と思う気持ち。
それを妬ましい、と思う気持ち。
そんな大切な気持ち。
ーーーそれらはまとめて、崩れ落ちていく。
「だと思ったよ。そもそもお前に大した目的がないのは調べがついていたしなあ。そりゃ、信頼に偏るよなあ。
ーーそれじゃいいや、死ね」
適当な御託を並べて、俺は殺人を予告する。
適当に剣を振り、己の意思を表示する。
既にそれが、俺にとって余分なことだ。頭痛は激しく、矛盾は速やかに俺に訂正を求めた。
それでも、振る舞うことをやめたりはしない。
人間である快楽を知った俺が、今更やめられるはずがない。
ーーーーそれなのに。
もう何年も人間ではないのだから、気が狂いそうになる。
心は、その記憶を再生する。
ーーー道路のコンクリートは冷たく。
ーーーガードレールは僅かに錆びている。
ーーー顔を上げると。
ーーー◾◾◾◾が居た。
ーーー◾◾は◾に◾◾え◾だ。
その度に、自分の意識が欠けていく。
視界はブレずとも。
神沢悠里を、カンザワユウリ足らしめている◾◾が曖昧になっていく。
「ーーーーチッ」
それを、強引に繋ぎとめる。
例え、ブリキな頭脳だとしても目的のためには必要だ。
境界線上の綱渡り。
思考が、矛盾を問い質すまでのバグのような悪足掻き。
それは、そう遠くない未来に破綻する。
ーーーー早く、しなければ。
人格も、景色も、人物も、関係も、誇りも、◾◾も、壊れていく。
何もかもが、今この瞬間にも零れ落ちていく。
それが、怖い。
知覚できないことが、恐い。
ーーー恐い恐い恐い恐い恐い。こんなの、とても、耐えられない。
それなのに。
恐いと自覚する
自意識さえない肉体に、◾の景色を与えて強引に稼働させる。
時間は、もうあまり残されてはいなかった。
そして、
◾◾◾◾◾な◾◾◾◾◾◾◾◾◾◾◾◾◾◾◾◾◾◾◾っ◾た◾◾◾◾◾◾◾◾ーー!!!
ーーーー俺は強く、頭を振り払った。
早く、聖杯を。そしてなにより、根源をこの手に。
その一念のために、この手の剣に魔力を通して赤い焔を捻出する。
もう既に、聖杯に溜まる魔力はあと一歩だ。ランサーが消滅すればこの手に聖杯が現れる。
それで、ようやく俺はーーーー。
俺は、ランサーを斬る為に地面を軽く踏み込んだ。
ーーーー次の瞬間。
足場の地面が大きく唸った。
明らかにただの地崩れではない。
足下を見れば、さっきまで規則正しく流れていた魔力が、放電しているかのような振る舞いを見せていた。
これは、まさかこの辺りの霊脈が暴走しているのか?
ただの自然災害では有り得ない。
先ほどの激闘の余波で起こる範疇を大幅に超えている。
つまり、これは人為的なものということで。
こんな大それた真似をできるのは、一人しか思い浮かばなかった。
「ーーーーまさか、あのセカンドオーナー!霊脈を暴発させる気かッッ!?」
間違いない。
あのセカンドマスターは、日本有数の霊地を犠牲にして、オレを殺す気だ。
ーーー俺は、暴走したような振る舞いで言葉を並べ立てる。
「馬鹿かッ!この山は冬木全域を覆う地脈の終着点、聖杯戦争を実現させるほどの魔力の渦の塊だぞ!?こんな魔力貯まりを暴発させたら、この町に住む人間の魂なんて容易く蒸発するぞ!」
そして、黒木に向かってあえて乱暴な口調で言い放った。
「俺がここから逃げた所で肝心の聖杯戦争が砕ければ何もかもお終いだ!テメェッ!俺が止めに行くからスグにそこを退け!」
俺は、山頂から降りる為に走りだす。
ーーーー黒木は大人しく道を開けた。
当たり前だ。俺の過激な説明は一部事実で、こいつはその犠牲を容認できないのだから。
ーーーーそして、俺は黒木を追い抜く直前に静かに囁いた。
「
ーーーーランサーを、殺せ」
ーーーーーーーーside、黒木
神沢が何かを口にした。
次の瞬間。突如として神沢の後方についていたアサシンが消え去って。
ーーー呆気なくランサーの背後を取った。
「なっ、テメェーーー!!!」
ランサーが槍の矛先をアサシンに向けようとするが、それはどう見ても手遅れだった。
ランサーでさえ感知できない程の移動速度。
それは、紛れもなく令呪の力によるものだ。
「……ランサー!」
咄嗟にランサーへと手を伸ばすが、遠すぎて届かない。
アサシンは、ランサーの喉めがけて異形の脚を振り抜いた。
ーーー不吉な呪文を口ずさみながら。
「【
ーー今のは、アサシンの宝具…?
途端に、タダでさえ人間離れしたアサシンの蹴りがさらに加速した。
もはや、その脚は実像すら置き去りにして「概念上の神秘」として具現化する。
悪魔の右脚は容赦なく、ランサーの喉を喰らおうとしている。
回避は不可能。迎撃すら困難で、ベオの防御も射程範囲外。
ーーそんな、絶望的な状況でなおランサーは獰猛に笑っている。
そんなの、当たり前のこと。
ランサーはそれくらいで死ぬような潔い人間ではないことを、私は知っている。
こいつは、女々しいくらいに大切なものを諦め切れない槍兵の騎士。
そんな男が、私を残して逝くなど絶対に許されないのだから。
「っのーーーおおおおー!!!」
ランサーが、吼える。
間に合わない距離、刹那の瞬間に銀の槍に魔力を叩き込む。
途端に赤熱する銀の槍は、その先端から蒼い魔力を放出した。
「ーーーー何を無駄な…!!」
アサシンの言葉通りに、その蹴りが鈍ることは有り得ない。
それにも関わらず、槍から放たれた蒼い魔力は荒れ狂う渦となり爆発的に膨張していった。
「ーーーーシッ」
ランサーは、一際大きく息を吐く。
ーーー次の瞬間、渦は一気に凝縮を始めた。
銀の槍を包む渦は、物質レベルまで一気に密度を高めていく。
ランサーの精密な魔力操作によって、蒼い魔力は先端が鋭い
「ーーーーっっっLAAAAA!!!」
即興で造り上げられた蒼い槍は、瞬く間に槍の先端から飛び出していき、
届くはずのない距離を、いとも容易く埋め尽くしていく。
ーーーーそして。
蒼い槍と、悪魔の脚が激突する。
「ーーーーヅ!?」
アサシンの呻き声が鼓膜に響く。
鋭利な魔力は、はたして悪魔の脚に拮抗した。
莫大な魔力放出は、高密度な先端の魔力を後押ししている。
ーーーー刹那の交差の後に。
遂に、ランサーはアサシンの必殺の蹴りの軌跡を捻じ曲げた。
悪魔の脚は、誰もいない空を裂くーーーー。
「ーーーー恐れ入ったぞ、ランサー」
それは、まさに偉業だった。
視覚外から、音速以上の速度で迫るソレをただの魔力塊で弾き返すという常識外の絶技だった。
ーーーー直後。
ランサーの左肩が、骨を残して爆散した。
その逞しい筋肉が、肉片となって飛び散っていく。
まるで、目に見えない脚で抉られたように。
血は噴水みたいに溢れ出て、まるで赤いスプリンクラーみたいに私の瞳を彩った。
「ーーーーは、ぐっ、ーーッッ!!?」
「ーーー見事だ。ここまでお膳立てされたオレの暗殺を防ぐとは……だが、勝負ありだな。生憎、オレの技は概念主体でね。まあ、運が悪かったと諦めてくれ」
「ふざっけんじゃ……ねえよッッ!!!」
続けざまに振るわれるアサシンのナイフは、ランサーの心臓を狙っていた。
ランサーはその痛みに耐えながらも、銀の槍をもって対応しようとしている。
ーーーームリだ。
いくらランサーでも、あの状態じゃ魔力放出すら使えない。
「ーーーーっ、ダメ!ランサー!」
私は、ランサーに強制送還の意思を込めて命令する。
この手のアザにできる限りの魔力を込める。
「ーーーーえ?」
それでも、奇跡は起こらない。
魔力量が足りなかった…?
違う。私のアザは……既にただの痣だった。
令呪なんて、とうの昔に使い切っている。
それでも、諦めきれない。諦められるわけがない。
残滓でもなんでもいい。
もう一度、この手に奇跡をー!
ーーーーそれでも、奇跡は起こらない。
「ッッッらぁぁぁぁ!!!」
だから、そう。
そのナイフを受け止めたのは奇跡なんて儚いものではなく、忠義の信念と培った技量にほかならなかった。
ガキン、と耳を
ーーーナイフは、銀の槍にしっかりと受け止められていた。
「ーーーーこの、化け物め」
「はっ!悪いな、騎士ってのはそう簡単に死んで成り立つモノでもねえんだよ!」
ランサーは左手を自在に操り、槍で持ってアサシンの手からナイフを絡めとる妙技を魅せる。
そして、鋭利なナイフはそのまま槍に弾き飛ばされて。
空を裂く音とともに、あれだけ猛威を奮った黒の短刀は遠く離れたクレーターに落ちていく。
「ーーーーッッッッッッ!!!!」
途端、アサシンは姿を消した。
ーーーー縮地のスキルで、間合いを取ったのか。
こうなっては、どうしようもーーー
「遅ぇよ、アサシン」
それを、ランサーは、容易く追いついた。
予兆も、硬直すら見えないアサシンのワープじみた歩法にランサーはしっかりと肉薄している。
それを理解したアサシンは、自らその足を止めた。
自嘲気味に笑いながら、彼はランサーに言葉を投げかけていた。
「ーーーー潮時、か」
「ああ、くたばれよ。まあ、アサシンにしちゃ良くやったと思うぜ?」
「ふっ、円卓の騎士に認められるなんぞいったいどれほどの英雄が羨むことか」
「ーーーそう大層なモンでもねえよ、我が王やガウェイン卿ならともかく」
「謙遜を……さあ、そろそろ終いにしよう」
「ーーーーああ、それじゃあな」
ランサーは、その槍をアサシンに突き立てる。
それは、慈悲なのか一撃で脳を破壊する一刺しだった。
ーーーーその直前。
「
小さな呟きとともに、神沢がランサーの背後に蜃気楼のように出現した。
それはまるで、アサシンの縮地のように唐突だった。
私の喉は、動揺して満足に声を出すこともできないでいる。
ーーーーランサーも直ぐに気づく。
だけど、致命的に遅すぎる。
何もかもだ。
何もかもが、防ぎようのなかった。
「ーーー
彼の存在は、安定する。
ーーーーまさか、『時間操作』の魔術にあんな使い方があったなんて。
それは、多分彼が最後まで隠し持っていた切り札だったのだろう。
私の知る限り、時間操作はそう便利な魔術ではない。
一流の使い手だとしても操れる時空はほんの一瞬、それも自分に対してのみだ。
世界の方の時間を操るなんて、範囲をどれだけ区切っても大魔術扱い。
それは、そんなおいそれと使えるモノではない。
ーーーーそんな認識が、私を油断させていた。
彼の時間操作は、そもそも彼に対して発動したものじゃなかったのだ。
よく考えれば、当たり前のことだ。
どんな魔術だって、過去に戻ってやり直すなんてことはできるはずがない。
できるとしたら、それは空間そのものがあやふやになっているか、それこそ
ーーーー彼は、神沢は『加速させた世界を元に戻していただけだった』。
範囲をどれだけ区切っても大魔術。
それに間違いなんてないけれど、その大魔術をゴリ押しで発動できる方法を神沢が有していただけのこと。
それは入念な下準備によるものか、発想さえできない魔術の裏技か、或いはーーーー歴代重ねた魔術刻印の力なのか。
なんにせよ、
神沢は、一言呟いた。
「【
直後、剣先から放たれた翠の閃光が束ねられる。
それは皮肉か、先ほどのランサーの芸当を真似たものだった。
ただでさえ、あらゆるものを分解する攻略宝具だ。
もはや、ああなってはなんであれ止めようもなかった。
翠の剣はランサー目掛けて振るわれる。
何もかもが手遅れなのに。
私の声は出ないままだーーーー。
私たちは、結局なにもできなかった。
ーーーーーーーーside、林田
「ーーーーもうすぐだ」
俺は、キャスターを置いて気絶した士郎さんを背負いながら山頂へと向かっていた。
俺の脚には早駆けのルーンを刻んでいる。
ーーーーキャスターでは、着いてこれない。
その意思を踏まえて、俺は走った。
胸に鋭く痛みが走る。
ーーーー泣くな。
これは、俺が選んだ道だ。
大丈夫だ。黒木さえ守れば、あとは彼女にキャスターを頼もう。
ーーーーもう、俺には生きる資格さえないのだから。
せいぜい、神沢に一泡吹かせてやろう。
そんな一方で、士郎さんを背負っている。
ーーーー紛れもない死地へと誘っている。
この手で、琴音を守るはずだったのに。
ーーーー俺はいったいなにをしたいのだろう。
「ーーーー泣くな」
被害者にだけは、なってはいけない。
俺は許されない罪を犯したのだから、最後まで加害者のままで死ななきゃならない。
ーーーせめて、彼女の未来のために。
「は、ーーーー着いた」
そして、俺は石段を登りきった。
そこは、乱戦状態となっているはずだ。
神沢達は強力で、黒木達は決定力にかけていた。
だけど、あのランサーがそう簡単にくたばるはずがない。
だから、一刻も早く助太刀に行かないと。
俺は、顔を上げた。
「ーーーーは?」
俺の瞳に、その光景が映った。
信じられなかった。
例え、それが現実だとしてもそう簡単に受け入れられるものでも無かった。
ーーーそこには、アサシンの心臓を貫く神沢の姿があったのだ。
ーーーーto be continued.