内容重いです
8月13日。
昨日はあいにくの雨で、俺は結局美鶴に留守番をさせて一人で墓参りに行った。ごねられたが、美鶴に風邪をひかせるわけにもいかない。看病するのも面倒だし、俺様は保護者でもある。
既に亡き母と、父方の祖母の墓参りだった。
まあ、いくら俺様といえど人の子だ。恩を感じる相手には相応の礼儀をわきまえるし、あの二人には感謝している。俺様が曲がりなりにもここまでやってこれたのは、母と祖母のおかげという部分もある…。
剛健?あいつはちょっとな…。助かってはいるが、いかんせん口うるさいのが玉に瑕だ。玉というか石だが。
さて、しかし昨日とはうってかわって今日は晴天。外に出るには絶好、いや少し暑すぎるくらいの快晴だ。
時刻は午前10時。
白色のワンピースにこれまた白い足首を固定するタイプのサンダルを履いた美鶴を助手席に乗せ、俺は愛車のポルシェを走らせていた。
ナビを頼りに市街地から離れて郊外へ。
背の高いビルの群れを通りすぎ、住宅地を抜けて、鉄道の線路と田んぼに囲まれた道路を駆け抜ける。ちらほらと点在する建物の他には、一面に田んぼの稲が青々と見渡せる。
そんな中を、俺と美鶴は無言で過ぎ去ってゆく。ただのドライブではないからだ。
「…めいせい」
「…あん?」
信号から信号までの距離が長い。そのため、快調にポルシェを走らせながら美鶴の横顔を見ないで返事をする。
どうせ横を見たところで、いつもの無表情と眠たいような半開きの目なのは想像がつく。
もはや美鶴の顔を見ることもなく、美鶴の顔がイメージできるようになっていた。
「私の誕生日は9月19日」
「…ああ」
それが?
なんだ、誕生日プレゼントでも寄越せってか?
「めいせいは?」
「7月8日」
「…ごめん」
「…フン」
何を謝ってやがる。
俺様の誕生日を祝わなかったことか。多分、いや。おそらくほぼ間違いなく俺様の誕生日を祝えなかったことだろうが。
最近はなんとなく、こいつが無表情の裏で考えていることが分かるようになってきた。
こいつは表情には乏しいが、人一倍感情豊かなところがある。甘ちゃんなところも。
たとえ、本当にこいつが悪い訳じゃなくても。こいつは、自分なりに出来るだけのことをしたいんだろう。
「…それで?」
「うん…」
そう言って、しばらくの沈黙。
こいつの場合、元々口数が多い訳じゃないので、沈黙も苦にならない。むしろ、今こいつの頭の中では、どうやって言えば良いのか考えている最中だろう。
結局、美鶴が再び口を開いたのは5分以上後だった。
「…めいせいには、私の誕生日を知っておいて欲しかったから…」
「…」
無言で続きを促す。
「…覚えている時にはもう、お父さんなんていなかった。
お母さんは、私が小学生の頃に死んだ。
おじいちゃんやおばあちゃんなんて知らなかった。
叔父さんや伯母さんは、私を居ないものとして扱ってた。
伯母さんたちは、私のことを迷惑だと思ってたし。
叔父さんたちは、私のことを遠ざけていたから。
だから、私の誕生日は私以外に、きっともう誰も知らないの」
だから…。
そう口の中で言葉をもごもごさせたまま、美鶴はそれっきり黙った。
…ふん。
正直こいつの誕生日なんてどうでもいい。
むしろ、こいつの親類が片親のこいつを、義務教育の間だけとはいえ家に置いてくれていただけでも充分なものだろう。
覚えている限りで片親、しかもその親も小学生の時には死んだというのなら。
おそらく、こいつに残された資産なんてほとんど無かったことだろう。
それを突然預かることになったなら、大変なことは間違いない。
そんなことを頭の片隅で考えながら、親はポルシェを走らせた。
その後、俺達の間に会話は無かった。
少し後に、役所なら生年月日が分かるのでは?と気付いたのは秘密だ。
道が広くなってきたと思ったら、田舎道から市街に近づいてきたらしい。
ここらの細い道を少し行ったところに、こいつの行きたい墓があるという。
市街の整備された道路を右折。
住宅や公園のある細い狭い道を通る。
しばらくすると、右手に石の道が見えた。
そこだけがアスファルトでなく、ざらざらのコンクリートで舗装されていた。これか…?
「美鶴」
「うん。ここ」
中に入ると、3台程度しか停められない駐車場。
車は1台もない。それをいいことに、真ん中にポルシェを停める。
美鶴に墓参りセット(ろうそく、線香、マッチ)を持たせ、中に進む。駐車場から出ると、どことなく寂れた雰囲気の寺と、その隣に墓地が目に入った。
俺たち以外に人の気配は無い。...夏の日差しが暑い。
美鶴が慣れた様子で水をヤカンに入れている。
その間に、周りをぐるっと見渡す。
…空気が歪むくらいの暑さで、今も汗がにじみ出ているというのに。
何故かここは、陰気な感じがした。
元々墓地が明るいということはない。が、それを差し引いても陰湿な印象を受ける。
日当たりが悪い訳じゃない。むしろ、日は容赦なく俺たちを熱してくる。暑い。
なのに。
ここは、ひどく胸騒ぎがするような。
とても、長居などしたくないような。
そんな場所だと思った。
「…ん」
キュッ、キュッ。と、蛇口が閉まる音。
美鶴が準備出来たようなので、俺はこいつの背中に付いていく。
雑草は生い茂り、折れた木の枝が生け垣に刺さっている。
あまり管理されていないのか…?
美鶴の後を追い、一つの墓石の前に着く。
…ちっ。いくら俺様でも、さすがにこれは胸くそ悪い。
その墓石は、荒れ果てていた。
ろうそく立ては一つも無く、蜘蛛の巣と苔に覆われ、コップは割れているのが少し離れたところに目に入った。コップは踏みつけられたように割れている。これはもう使い物にならんだろう。
花は無い。花の代わりに、よくわからない草が我が物顔で生えていた。
…まるで、何年も前から放置されていたような。
俺に背を向けて立っている美鶴の背中を見る。
美鶴は、何も言わずに立っていた。
今、こいつは何を考えているのだろう…。
「…美鶴」
「…うん」
じっとしていても仕方がない。
美鶴に声をかけると、美鶴はのろのろと動き出した。
無理もない。俺様とて、花を持っている以外に、これからどうすればいいのかわからない。
まあ、なんにせよ、だ。
「…お前、こいつを綺麗にするつもりはあるか」
「……………うん」
先ほどよりも元気がない。
何を見ているのか、美鶴の視線を追った。
美鶴の視線の先には、砕け散ったろうそく立てらしき何かが乱雑に端に寄せられていた。雑草に覆われた中に、わずかに曲面を描くガラス片が散見出来た。むしろ、見なかった方がましだったかもしれない。
そう感じるほどに、ここの空気と光景は、俺の胸を締め付けた。
「…さっき、雑貨屋があっただろ。
おそらく、墓参りに来た客相手にするもんもある。
ろうそく立てはわからんが、コップや雑巾くらいはあるだろ」
「………うん」
「俺は、ある程度は手伝う。どうする」
「………」
美鶴は、地面をじっと見つめたまま、何も言わなかった。
おかしい。こんなシリアスになる予定ではなかった。うごごごごご