「夏祭り?」
「うん」
美鶴の墓に蝋燭立てを買ってしばらく。原稿のため仕事場でコーヒーを片手に休憩していると、美鶴が夏祭りに行きたいと言い出した。
夏祭りか。ふむ…。
既に今の原稿は山場を越え、あとは細かいスクリーントーンを進めたりするくらいだ。仕事に差し障りは無い。背景は面倒だが。美鶴にやらせるか。
まあ、たまには外に出て行くのも刺激に、あわよくば漫画のネタが思い浮かぶかもしれん。
そして何より、美鶴のいつもの無表情な眠たげな瞳に、わずかに不安そうな感情が見える…。正直面倒だが、仕方ない。
行かねば。男として。
行かねば!男として!
「行くか」
「うんっ…!」
くそ、なんて嬉しそうな顔しやがる。心なしか、目もキラキラさせやがって…。
まあいい。行くと決めたからにはさっさと行くぞ。ついて来い。
車を走らせること10分。
短優川についた。時刻はまだ3時半頃だというのに、堤防には既にレジャーシートを敷いている大人達の姿がちらほらと見える。早いな。
「めいせい…。花火は7時からだから、まだ…」
「あん?花火までやんのか」
「うん」
ほう…。なら、この辺りで適当なホテルの部屋を取るか。
河川の堤で立って見るなど論外。座るにしても、こんなクソ暑い快晴の日に席取りなどしない。面倒だ。故に、ホテルの部屋で屋台の買ってきたものをつまみに酒を好きなように飲みながら花火を楽しむことにする。そう決めた。
「よし」
少し車を転がすと、短優グランドホテルというなかなかに良さげなホテルが見つかった。ここにしよう。
「いらっしゃいませ」
「今日一泊したい。花火の見える部屋は空いているか」
「確認致しますのでしばらくお待ちください」
フロントに尋ねると、一部屋なら空いているとのこと。よし、決まりだな。
「一部屋で構わない」
「では、此方をどうぞ。
部屋の番号は506です」
「美鶴、先に行っていろ」
「ん」
受け取った鍵を美鶴に渡す。美鶴はとことことエレベーターに向かって歩いて行った。
「ところで、このあたりで浴衣のレンタルをしている所はあるか知らないか」
「それでしたら、川を渡って右手にブライダル神野というお店がございます」
「ありがとう」
よし。
どうせなら美鶴の奴に浴衣を着せて楽しむことにする。
あいつは髪はボサボサのもこもこだが、顔の造形は悪くない。むしろ整っている方だ。是非とも飾り付けてやろう。けっして原稿のストレスを美鶴で発散するわけではない。ないったらない。
美鶴に遅れて部屋に向かうと、短優川が一望出来る間取りになっていた。部屋に入って正面に広々とした窓から川と街並みが見える。よし、なかなか良い部屋だ。眼下には屋台の準備をしているハチマキをしたガタイの良いオヤジさんや、カップルの姿が人々の中にちらほらと散見している。衛生管理については考えないことにしよう。
さて、美鶴も荷物を置いて窓からの景色をこころもちキラキラした眼で眺めている。が、まあ早めに行動して余裕を持っていることは大切だ。つまり。
「美鶴、行くぞ」
「…?…うん」
どこ行くの?と言いたげな表情をしながらも、おとなしく俺の後ろについて歩く姿は、贔屓目に見ると愛くるしいアヒルの雛のようだ。なお、贔屓目に見ないとぼさぼさの猫である。噛み付かない程度の可愛げはあるが。
車に乗り込み、こちらの顔を伺ってくる美鶴に、行けば分かるとだけ言って車を走らせること5分。
店の前にたどり着いて店内を見た美鶴はーーーーー
固まった。
着物レンタル店の前で固まった美鶴の首根っこを引っ付かんで中に入る。
店内はウェディングやブライダルのドレスやタキシード、浴衣や振り袖が展示され、レンタルの浴衣は入ってすぐのところに固められていた。
愛想の良い女店員が近づき、俺達に向かって尋ねてきた。
「いらっしゃいませ!本日はどのようなご用件でしょうか?」
「こいつに合う浴衣を見繕ってやってくれ」
「かしこまりました」
そう言ってニコッと笑うと、店員は未だに固まったままの美鶴を奥に連れて行った。
しばらくすると、紺地に淡い桜色の華柄の美鶴が、何やら照れたようにしてこちらに歩いてきた。
りんごのように紅く染まった頬、ちっちゃな足に履く下駄のカラコロという音が素晴らしい。普段よりもしおらしい様子の美鶴はまさしく美少女というべきか。何にせよ、美鶴の後ろでニコニコしている女店員グッジョブ。
レンタル代は浴衣を返す時に支払えば良いらしく、美鶴の着ていた服の入った紙袋を受け取り車に戻る。
時刻は4時を回り、ちらほらと既に商売を始めている屋台もあるようだ。
今のうちに酒を買いに行くか。
車をホテルの駐車場に停め、普段以上にちょこちょこと歩く美鶴のペースに合わせる。
「大丈夫か」
「ん」
そう言ってこちらの顔を見る美鶴の表情はいつにも増して浮わついているようだ。こいつなりに楽しんでいるようだ。
だからだろう、普段ならまず聞くことのない台詞に俺の心はひそかにドキッとした。
「…冥聖がいてくれるから、へいき」
「...」
一瞬、微笑んだ美鶴が可愛く見えてドキッとした。
…いや、気のせいだ。きっと今俺様がこいつのことを不覚にも可愛いとか思ったのはそう久しぶりに来た夏祭りで知らず知らずのうちに俺様も気分が浮わついていて開放的な気分になっていたからであって別にこいつのわずかに赤面した笑顔に当てられたとかそんなことはないはずというかああええとなんだったか何か言おうとしてたことが喉につかえて出てこないというか何だこいつこんなに可愛かったっけかというかほらーーー
そう思っていると、不意にこちらの表情に気付いた美鶴がふふっと笑った。
「めいせい、かわいい」
「んなっ…!」
俺様がかわいいだと?貴様、誰にものを言っている…!何だその態度は。絶対に許さんぞ!
決めた。もはやこいつに遠慮はしない。歩きにくい下駄を履いていようが動きにくい浴衣を着ていようが知ったことか。つれ回してやる。
「さっさと行くぞ」
「うん…!」
俺達は、人混みの中に紛れていった。
「うん?」
「どうしたの?愛徒君」
僕は愛徒勇気。高校二年生。
今日はクラスメイトの音砂さんとデートで花火大会に着てる。音砂さんはAAAカップの胸がすごくちっさな美少女で、僕が漫画を描いていることをきっかけに仲良くなった。僕は音砂さんは胸も含めてすごく魅力的だと思うんだけど、本人は胸が小さいことを気にしていて、胸の話題が出ると笑顔で怒る。そんな音砂さんも可愛いんだけど…。
「いや、今海野さんがいたような気がして」
「ほんと?」
「うん」
海野美鶴さん。
海野さんは髪の毛がぼさぼさの、いつも眠たげな半眼のクラスメイトの女の子。
あんまりおしゃべりをする方じゃなくて、普段から無口で無表情なんだけど、それがいいっていう人もけっこういる。僕のクラスで密かに人気な美少女の一人だ。
胸はおそらくBからCカップ。
そんなクラスメイトの海野さんが、今彼氏さんみたいな人と腕を組んで歩いていたように見えたんだけど…。
「海野さんってあれでしょ?あの、あんまり目立たない感じの」
「まあね」
ちなみに音砂さんは海野さんとは比較的仲が良いらしく、たまに話をしてる姿を見かける。海野さんが寡黙なこともあって、海野さんと会話できる人は片手で数えるくらいしかいない。
だからそんな海野さんに彼氏がいるとは思ってなかったんだけど…。
「海野さんに彼氏がいるとか、聞いたことある?」
「んー、ないかな。ただ、あの子目立つことを避けたがるし…。
好きな人の話とかしても何も言わないし、いないんじゃない?どうして?」
どうなんだろう。目立ちたがらないなら、大人の彼氏っぽい人がいるとか言わない方が良いのかな。
うん。黙っておこう。
「いや、何でもないよ」