それは、愛徒と出会う前の物語。
「居候?」
「ああ。冥聖、お前は覚えていないかも知れんが…」
場所は打ち合わせのためのブース。
俺様は兎美都冥聖。漫画家だ。
俺は今日、俺の担当編集者で俺の兄である富都
その打ち合わせも先ほど終わり、打ち合わせブースから出ていこうとした俺に剛健が声をかけてきた。
内容は、
俺達の母親、美奈子の親友、海野美琴。その娘の美鶴が、昨日剛健の元を訪ねて来た。
美奈子と海野美琴は、お互い困った時には助け合って来たらしく、海野美琴の娘、海野美鶴も困った時には美奈子を頼るように言われたらしい。
海野美鶴は16歳の女子高生で、これまで親戚中をたらい回しにされてきた。しかし、一昨日帰って来た時には家が違う人のものになっていて、いつも合鍵が置いてある鉢植えの下に合鍵が無くなっていた。
そして昨日、剛健の元を訪ねたーーーーー
「…ふむ。それで?」
「何とか力になってあげたいのはやまやまなんだが、俺は普段仕事だ。家には居ない。
だが、お前なら基本ずっと仕事場に居るだろ」
「確かに俺様は基本マンションにいるが…」
「まあ、無理にとは言わないが。
出来ればお前に頼みたい。頼めるか?」
ふむ…。
兄さんが俺様を頼ることは基本的にめったにない。そして、これまでクソアシ共がさっさと辞めていった関係で俺様は何度か兄さんに助けてもらっている。
…気に入らなければ兄さんの元に送り返せば良し。
一度預かって、ここらで借りを返しておくか…。
「ふん。良いだろう。だが、一つ条件がある」
「ああ」
「俺様が気に入らなかったら即刻退去させる。その後の事は俺様は関与しない。
これが条件だ」
「ああ、構わない」
「なら、これでこれまでの借りはチャラだ。
それで、いつ来るんだ」
「そうだな。とりあえず今日話をする。明日から頼む」
「俺様の部屋を教えておけ」
そう言い残し、ブースを出る。
さて、どんな奴が来るか…。
まあ、どんな奴が来ようとどうだって良い。どうせ俺様について来られる奴など居ない…。
これまでのクソアシ共と同じようにな。
翌日。
ピンポーン。
インターホンから、フロントの声を聞いた。
『海野美鶴さんがお見えです。お通ししてよろしいですか』
「ああ」
来たようだ。
さて。どれだけもつか、楽しみだ。
しばらくして、ドアの向こうに来たようだ。
備え付けのカメラから送られてくる映像を見る。
髪はショートでぼさぼさ。
気だるげな半開きの目。かたい表情。緊張しているようだな。
服装はカッターシャツにリボン、その上にセーターを着ている。下は紺のプリーツスカート。
学校の制服で来たようだ。
『海野美鶴…です』
「待っていろ」
液晶のマイクに向かってそう言って、玄関の鍵を開ける。
ドアの向こうに、海野美鶴が立っていた。
「………」
「とりあえず上がれ」
そう言って踵を返す。
後ろから慌てて俺様に着いてくる気配がするが、努めて無視する。
「座ってろ」
「………」
ちょこん。とリビングのテーブルの前に正座している。
「飲み物は」
「え、あと…」
「…オレンジジュースでいいか」
「あ、はい…」
一つ嘆息。こいつはどうも、無口なようだ。
やりにくい。まったく。
オレンジジュースの入ったグラスと自分用のコーヒーをトレイに載せてテーブルに運ぶ。
女…海野美鶴の前にグラスを置き、自分のコーヒーを持って真正面に胡座をかく。
さて。
軽く観察してみると、目の前に置かれたグラスには目もくれず、かちこちに固まった様子で俺様の顔を見ている。
膝の上の手は肘まで真っ直ぐで、まるで面接にでも来たような緊張である。
「…とりあえず、名前」
「はい…。海野美鶴、です…」
まだまだ緊張している。
が、こいつはともかく俺はまだマンガを描くという仕事がある。
必要事項だけ簡素に伝えることにした。
「ふん…。
貴様の衣食住をしばらく俺様が面倒を見る。だが、貴様と違って俺様は忙しい。
後で当面の生活費をやる。それで服やら化粧品やら、必要なものは買ってこい。
フロントには俺様から話をしておく。ここはオートロックで、フロントに言えば鍵は開く。つまり、貴様に渡す鍵は無い。
また、衣食住その他諸々を面倒見る以上、貴様には家事をしてもらう。
掃除炊飯洗濯…いや、洗濯はいい。掃除炊飯だ。
貴様、料理は」
「一応…」
「まあ、必要であればパソコンを貸してやる。好きに使え。
質問はあるか」
「ない…」
ふむ。
一気に言ったが、理解しているようだ。
どうやら阿呆ではないのかも知れん。
…まあ、どうでもいいことだ。
こうして、髪の毛ぼさぼさの野良猫少女との奇妙な共同生活が始まった。