8月10日。
2日程前に兄の剛健に今年の盆休みをどうするか聞いた。その時に兄が副編集長に昇進することを知ったので、ポスターイラストを届けるついでに編集長に一言挨拶をしに行くことにした。
あのロリこと皆野編集長は、ビールやらお歳暮なんぞよりもお菓子詰め合わせの方が喜ぶだろう。小学生みたいなやつなのだ。
そんな訳で、出来上がったポスターイラストの原画とお菓子詰め合わせの袋を手に、家を出る。
「じゃあ、行ってくる」
「ん」
パタン。
以前なら行ってきますのような挨拶なぞなかったが、最近は俺様も言うようになった。美鶴が学校から帰ってきた時に『ただいま…』といったのがきっかけだ。まあ、俺様が『おかえり』と言ったことはないのだが。いつも、『おう』とか『ああ』といった返事だ。それでも美鶴もこくりと頷いてくれるので、それでいいのだろう。
最近はポスターイラストのような仕事もポツポツ増えてきて、少しずつ忙しくなって外へ行くことが増えてきたのも理由の一つだ。
「…行くか」
俺様は愛用のポルシェに乗り込み、ゴンゴン編集部へ向かった。
「邪魔するぞ」
「あー!冥聖じゃん!」
編集部についてそうそうにこちらを指差してきた礼儀知らずな女は今野一華。月刊少年ゴンゴンの人気No.1作家、『アドベンチャーワールド』の作者である。こいつどこにでも居るな。
ちなみに俺様より一つ歳上で、今年24歳になる。来年にはアラサーのBBAと化す。ハッ。
「何の用だ」
俺様は貴様に用は無い。
「およ?何持ってんの?」
俺様の言うことを無視してそう言う視線の先にはポスターイラスト…とお菓子詰め合わせ。まあ、確かに何持ってんだって話になるか。
「ポスターイラストとお菓子詰め合わせ」
「は?何でお菓子詰め合わせ?」
「貴様に言う義理は無い」
そう言って、今野一華の脇を通り抜ける。こいつはあくまでも俺様の超えるべき壁でしかないのだ。そして剛健のデカイ背広姿を探すも、どうも見当たらない。
仕方がないので編集長に一言言って、机の上にでも置いておくことにする。
「おい編集長」
「ほい?」
相変わらずのロリっこぶりである。椅子に座っているのに足をプラプラさせているのか、前後に揺れている。
「ポスターイラストを持って来てやった。剛健の机に置いておく。無くしてもこれ以後は俺様は知らんぞ」
「はいなー」
まあ、こいつはこれでマンガには厳格だ。紛失したりということもないだろう。
「あと、これを貴様に渡しておこう」
「ふんふむ?」
ポスターイラストを剛健の書類だらけの山の間に置き、お菓子詰め合わせを片手に皆野編集長の元に歩を進める。賄賂だ。
「これだ」
「おお!」
お菓子詰め合わせに目を輝かせるその姿は、まるで幼女の如し。しかして実態は、既に25歳のアラサーである。まるでそうは見えないが。
「剛健が今度、副編になると聞いてな。まあ、あんなのでも一応兄だからな。
よろしく頼む」
「ほいほい頼まれたー」
「邪魔したな」
「あ、待って冥聖」
「あん?」
立ち去ろうとしたところで皆野編集長に呼び止められる。何だ。
「美鶴ちゃんとキスはした?」
「はぁ?」
いたずらっ子のような表情である。
「ちょっと何よ冥聖、あんたやっぱりあの子彼女なの!?」
「すっこんでろババア」
皆野編集長が突然変なことを言い出したと思ったら、今野まで来やがった。つか、今野はともかく皆野編集長はどこで美鶴のこと知りやがった。
「まだちゅーしてないの?」
「してねえ。ってか、まだって何だ」
「ちょっと冥聖聞いてんの!?」
「黙ってろババア」
「ふーん。じゃあ冥聖は美鶴ちゃんとちゅーしたくないの?」
「あいつはただの居候だ」
「あたしに対して辛辣過ぎじゃない!?」
どうもうるさいのがいるようだ。
「黙れババア」
「一華うるさい」
「編集長まで!?」
「用件はそれだけか」
「うん」
「ちょっと編集長!」
「じゃあな」
「うん」
「あ、ちょっと冥聖待ちなさいってばー!」
うるさいババアと皆野編集長に背を向けて、編集部を後にする。
やれやれまったく、周りの迷惑を考えろババア。...あいついくつだっけ?