豊かになれば、その豊かさにあずかろうとする者が必ず出てくる。この場合、まっとうに仕事を求めてやって来た者ではなく、不当な手段で富を得んとする者ども。詐欺を働こうというのではなく、もっと単純。つまりは盗賊の類である。およそ文化的な生活が始められて以来、為政者や民草を悩ませ続けてきた問題である。里の自衛のため、朱纏は軍事力の強化を余儀なくされるのであった。未来より得た情報により、ただの農民がたやすく兵を屠るてつはう?てっぽう?なる武器、一撃で町すら焼き払うばくだん、果ては空飛ぶ鉄の蜻蛉など。千里眼は次々とアイデアを見せてくれるが、しかしどれほど強力な武器も今この時代で作れぬのならば意味がない。それに無用の破壊と虐殺をばらまくことになる。自分が発展させたこの里の工業力で製造でき、維持し、賊を退けるだけの兵器。とりあえずバリスタやカタパルトなどを試作することとした。
かつては世界を滅亡させる兵器と本気で憂慮されたカタパルトであったが、遙か未来の超兵器を垣間見た身では乾いた笑いが漏れるばかりである。吹っ飛ぶ盗賊を見て朱纏は茶を啜った。賊の中にはしばしば妖魔の類と思しき者どもが混じっていたが、防衛兵器にはそういった連中への備えもしてある。もっとも、里は結界で覆われているため神魔の類は里に踏みいることかなわず、もたもたしていればまじないを施された石と矢が雨あられと降り注いでくる。まれに大物が攻めてくることもあったが、すでに大魔縁と化した朱纏の敵ではなかった。つまり、大江山のふもと村は、全くの安泰であったのだ。
ところで、なぜ望まずして鬼となった少年が朱纏と地の文に呼ばれているのか、説明せねばなるまい。この心優しき鬼は自らを救済の鬼と定め、人としての幸福と縁切ったけじめとして伊吹と名乗ることを戒めたのだ。まあ、つまりある種の自分ルール、決意表明であるが、ともかく彼はよくやっていた。そんな朱纏の元に、天からの救いであろうか、同じ時を歩める者がやって来た。
里の近くをうろついていた少女に気付き、あまりに貧相な体を一瞥してすわ欠食児童かと疑ったのである。しかし同時にそれなりの妖気を放っていることはよく注意せねば気付かなんだ。人をやる前で良かったと独りごち、朱纏は彼女に話しかけるべく近づいていった。突然現れた同族に少女はびびりまくり、しかし明らかに虚勢と分かる態度で威嚇する。その初々しさにかつての自分を思い出し、つい意地悪する朱纏。紆余曲折あり、二人は打ち解け、少女は少年の根城たる大江山へと案内されるのであった。この少女こそ、かの茨木童子である。
酒金村、竜宮の里、
意を決して頼んだが思いの外あっさりと受諾され、拍子抜けしつつ大江山山中を進む茨木。と、先導する朱纏。美しき鬼の少年を茨木はじっと見つめていた。朱纏が振り返れば慌てて目をそらす。ただの鬼にあるまじき不可思議な雰囲気を漂わす美鬼を、入念に観察しているのだ。吾とこやつ、なにゆえ、かくも異なるのか……。考え込んでいると朱纏が歩みを止める。ここが
時の流れは速いもので、はじめは戸惑っていた茨木もすっかり里の暮らしに慣れていた。破壊の大王も微笑む文明的な生活はまさしく当時最先端のそれであり、自ら何かを生み出せない鬼に里を抜けるという発想が出るはずもない。茨木は朱纏の指導の下、確実に以前よりも強大な鬼に成長しているのだが、それを感じられないほど快適な暮らしに慣れきっていた。しかし腑抜けるということもなく、ときどき攻めてくる妖魔どもを蹴散らしているので、やはり恐るべき鬼として朱纏同様その勇名は轟いていた。
そんな茨木に対する領民たちの認識は領主の妻というものである。謎多き領主が見初めた鬼の娘、その力は夫に勝るとも劣らぬ、また組織の頭として夫をよく支えている、ということになっていることをこのときの彼女はまだ知らない。
所変わってここは都。ねえ晴明最近人口流出止まらないんだけどどうなってるの?ははーっ大江山の鬼が原因っぽいです、じゃあ討伐しようね。こうして時の帝の命により、大臣から指名されたのが源頼光。あやかしの力を持つ鬼相手に大群で向かっても仕方がないと考え、腕利きの四人を選ぶのであった。即ち渡辺綱、坂田金時、以下略。本当はもう一人、知恵ある友として平井保昌なる者がいたのだが、いてもいなくても変わらないので、ここでも省略される。
大江山といえばいまや知らぬ者のいないほど栄えた里、同時に鬼の里としても知られていた。底を守る者は強靱にして勇猛。領主にあやかり角の生えた鉢巻き、兜を身につけ、鎧を砕く鉄の棍棒を振るう。血のように赤い酒を飲み、肉を喰らって精を付ける。もはや住人らは、どこまでが人で、どこからが鬼かわからない。妖魔が白昼堂々と闊歩するこの世の異界だとか。
覚悟を決めて里を目指す一行、たどり着いたはいいが不可思議な力に阻まれ進めない。妖魔除けの結界である。正確には神魔の血を引く頼光、金時が入れないのである。どうした者かと困り果てていると、突如三人の老人が出現し何やら話しかけてきた。実はこの三人、神である。八岐大蛇の血を引く朱纏を疎み、討伐隊の派遣に乗じて謀殺せんとしているのだ。さも好々爺といった風で兜と酒を差し出し、自分たちは手を汚さないのだから器が小さい。
ともあれ、三老人の助言は修験者を装えば怪しまれず通過できるというものであった。
この時代旅をしていても何ら不思議はない職業である。が、読者はご存じ、この変装をされては朱纏は……!!
かくて里に侵入した一行。あまりの発展ぶりに我が目を疑うのであった。これが本当に鬼の里か……!?伝え聞いた悪評とのギャップに戸惑うことしきり、それとなく聞き込みをしても帰ってくる言葉は領主をたたえる声ばかり。それも、本当に心の底から感謝していることが分かる。
ともあれ、観光もそこそこにして任務に戻る。我らは見ての通り旅の山伏なのですが、噂の里を一目見たく、こうしてやって参りました。領主様に謁見願いたいのですがどこへうかがえば……?と尋ねたところ、そんなものは特になく、用があるなら山に入ってかまわないという。不用心というか、剛毅というか。まあ、そういうわけで山道へ進みゆく一行であった。
山も深く、清水が流れる川でいったん休憩しようかという頃、一行は洗濯する老婆に出会う。不審に思っていると友好的な態度で話しかけられた。何でも彼女は近くの村で姥捨てにあい、途方に暮れていたところ朱纏の屋敷で使用人として雇われているのだとか。飢え死にを免れたどころか、近頃は体の調子もよくて全く領主様様でございます、と満面の笑みを浮かべる老婆。いよいよ返答に困る頼光一行である。はたしてこのまま攻め入ってよいものか……。心なし重くなった足取りで進めば、立派な門が見えてきた。
門番を務めるのは二体の鬼である。里へ来てようやく目にしたいかにもな人外を相手に闘志を取り戻し、意気込む一行。領主様に謁見願いたいのですが……と、献上品の酒もちらつかせ、門番鬼にうかがってみる。実はこの鬼たち、本物の鬼ではなく朱纏の手による式神である。何かと問題を起こす鬼を従えるべきでないと学んだ朱纏にとって、人件費ただ同然の労働力は当然の選択であった。逆に言えば鬼にあるまじき聞き分けの良さを持つ茨木であるからこそ、朱纏の作り出す快適生活を満喫できるのだ。
さて式神とはあまり上等でない魔物が使役されるものであり、しかし主が桁違いに強力な故、必然彼らのレベルもきわめて高いものであった。だから頼光らはこの先に待ち受ける館の主、その恐ろしさを嫌が応にも悟り、その脳裏にて討伐のシミュレートを行いつつ返答を待つ。
ええよ、通したって。主人からの許可は、あまりにあっけなく下りたのだった。