愛(あい)が感じた小さな疑問の答えは、とても大切な意味をもったものだった。
短く短く、と意識して書いたので、話が繋がってないように感じるかもしれません。
もしかしたら男性の方で、無意識にこの話をやっている方がいらっしゃるかもしれませんね。
「ねぇ、佳人」
「どうしたの?」
「なんとなく思ったんだけどさ、佳人っていつも私の右側にいない?」
「よく気が付いたね、愛。でも、それがどうかしたの?」
「いや、純粋になんでかなぁ……ってちょっと気になってさ」
「そっか……知りたい?」
「意味があるの?」
「ちゃんと意味があるよ」
「知りたい!」
「じゃあ、教えてあげるよ。それはね……」
私の彼氏の佳人は、いつも私の右側を歩く。無意識なのか、何か意図があるのかは分からないけど、気付いてからは気になって仕方がない。何か私を左側に居させたい理由があるんだろうか?
佳人とは、付き合ってもう6年になるけれど、気が付けばいつからか彼の左側しか歩いていない。ベットの上で寝そべりながら、そんな事ばかり考えていると、時計の針はもう日付の変わり目を指していた。
「とりあえず、明日のデートの時にでも聞いてみよっかな……」
誰にも届かない言葉を1人で呟くと、少しずつ感じ始めていた眠気に身を委ねた。
「あっ、愛!」
「今日も先にまってるんだね、佳人」
先に待っていた佳人にそう話し掛けると、彼ははにかみながらこう答える。
「愛を待たせたくないんだよ。それに、早く来て待ってた方が一緒にいられる時間長いじゃん?」
「もう……」
彼は本当にこう言うところがかっこいいのだ。これに限らず色々な面で、私を「女の子」でいさせてくれる。
「じゃあ行こっか」
と言いつつ、私はわざと彼の右側を歩こうとする。すると佳人は一歩ひいて、私を左側にした。
……こいつ、確信犯だっ!
そう感じ、勢いで質問してしまいそうになるものの、今日は前から私が行きたがっていたカフェに連れていって貰えるので、目的地に着くまでは、手だけが触れ合うこの距離で歩いていくことにしよう。
ずっと行きたがっていたこのお店は、紅茶を専門的に扱うお店で、私はこのお店のミルクティーがどうしても飲みたかった。案の定、お店に入った瞬間の茶葉の香りは、今までに嗅いだことのないものだった。優しい香り、甘い香り、柔らかな香り。口にしなくとも私たちの心を落ち着かせ、癒してくれた。
席につくと、佳人がさっとミルクティーとアールグレイを注文する。紅茶の香りとお店の雰囲気に、完全に癒されきっていた私は、聞こうと思ってたことを忘れかけていた。もちろんすぐに思い出したけど。
「ここのお店、すごいいいとこだね~。私気に入っちゃった! 絶対また来よう!」
「愛ってば、雰囲気にのまれすぎだよ。本格的なところだから信用できるけど、まずは頼んだものを飲んでみてから、ね?」
「えへへ、そうだね」
……あぁ、大人だ。子供っぽい私に対し、彼は本当に大人っぽい。……だから私達が成り立っている部分もあるのだろうけど。佳人はこれだけ大人なのだから、あの行動にも何か理由があるのだろう。
そんなこんなで雑談していると、注文したものが運ばれてきた。待ちきれずにミルクティーを口に運ぶ。紅茶のコクがしっかりと残っていて、普通に飲むのなら少し重く感じられる風味を、ミルクがまろやかに解きほぐしている。たった一口に浸っていると、
「幸せそうだね、愛?」
「……え? あ! ご、ごめんっ」
完全に佳人の存在を忘れてしまっていた。でも、それほどまでに美味しかったのだ。
「いいよ? 別に。そんなに美味しかったならまた来ようね」
「うん、約束ね!」
次の約束を交わしたところで、私はずっと気になっていた事を佳人に訪ねる。
「ねぇ、佳人」
「どうしたの?」
「なんとなく思ったんだけどさ、佳人っていつも私の右側にいない?」
「よく気が付いたね、愛。でも、それがどうかしたの?」
やっぱり意図的だったようだ。しかも、どうかしたのなんて聞き返されてしまった。
「いや、純粋になんでかなぁ…ってちょっと気になってさ」
「そっか…知りたい?」
「意味があるの?」
「ちゃんと意味があるよ」
「知りたい!」
「じゃあ、教えてあげるよ。それはね……」
そこで彼の言葉がつまる。なんとなく言いにくいことを聞いてしまったのかも知れないと少し後悔しかけたとき、佳人が口を開く。
「付き合い始めたくらいの時にさ、愛のお母さんから聞いた話なんだ」
「あ……」
佳人が躊躇っていた理由。私の母についての話だったから。
私の母は、4年前に、佳人と付き合い始めて2年たった頃に、心疾患でこの世を去った。そんな母が、私には話していない話。佳人だけに話したこと。初めて佳人が家に遊びに来たときから、母と佳人はなぜか仲が良くて、私の知らない話もきっとたくさんしていたのだろう。
「……聞かせて? その話」
「分かった」
私が落ち着いたのを確認した佳人は、柔らかな表現で、普段より優しい声で話始める。
「愛、人間の心臓って、どっち側にある?」
「え? ……左側?」
「そう、左側。これでなんとなく分かるかな?」
「……全く」
人間の心臓が左側にあるのは知っている。だからって、どうして私を左側に置く理由に繋がるのだろうか。
「愛の家に何回かいってるうちに、お母さんと仲良くなったじゃん? それで、ある時言われたんだ。『貴方はいつも愛の右側にいるのね』って。俺も最初はなんのことか分からなかったよ。それで、何でそんな事聞くのかって俺が聞いたら、お母さん言ってたんだ」
「……なんて?」
「『男は、本能的に心臓を守ろうとして、左側のパーソナルスペースを開けたがらないの。空いた右手で戦ったり、作業したりっていうのが好きなのよ。ただ、一つだけ大切に左側に囲っておきたいものがあってね、それは弱くて守りたいと思うもの。つまり恋人や妻。無意識に愛の事を左側に置いているなら、佳人君は本当に愛の事を大切に思ってるのね。』って」
「……そんな話してたの?」
「うん。あ、もちろん、意識的にしてる訳じゃないし、愛がそれに気が付いたってことは、俺は今までずっと愛に左側にいてほしかったんだね」
はにかみながら佳人はそう言った。私の知らない母の言葉は、何処までも私の幸せを祈ってくれていた。彼の言葉一つ一つが悲しくて、嬉しくて、いちいち視界がぼやけて、佳人の顔が見えない。今、私が彼に伝えたい言葉はたった一つだけ。
「佳……人っ」
「何?」
「あの、ね……、あのね? ……ありがとう」
「俺は何もしてないよ?」
「でも」と言おうとした私の言葉を遮るように彼は続ける。
「俺は、ただ、愛と出会って、愛のこと好きになって、無意識に守りたいと思えるくらい大切な存在になってもらっただけ。本当にありがとうを言わなきゃいけないのは、俺の方」
ああ、私はこの人には一生叶わないのだろう。何度も頷く私に、彼はいつもと変わらない笑顔で答え、少しアールグレイを口に運ぶ。
涙で滲む視界の端に、さっきまで湯気が香りを運んできていたはずのミルクティーが映る。慌てて口に運ぶが、少し冷めてしまったにも関わらず、味と香りと優しさは変わらない。きっと、今こんなにも甘くて幸せな気持ちなのがこのミルクティーのせいだけじゃないという事は、少し顔をあげれば、馬鹿な私でも分かることだ。
少しゆっくりしてから、私達はお店を出た。今度は意識的に私が彼の左側へと向かった。さりげなさを装ったつもりだったのに佳人には分かってしまったみたいで、嬉しそうに笑った。
君の隣は左側で。私の隣は右側で。
私が繋ぐのは右の手で、君が繋ぐのは左の手。
これからも、ずっとが叶うのなら、君の左側を歩いていこう。
長い長い道のりを、君と2人で。時には3人で。もしかしたら4人かもしれない。時間がたってまた2人になってもずっと。
君の左側を歩いていく。
読んでいただき、ありがとうございました。
もしよかったら、街を歩いている熟年の夫婦や、自分の両親を見てみてください。意識的にではなく、自然と男性が右側、女性が左側になっていることがあるので、面白いですよ。