ロビト理化学研究所の一件以降世間は騒がしくなった。
無論ながら孤独の儀式やACUA、メタルギアが表に出る事は一切ない。
関連しているハイジャック事件もまた嘘が混じって報道されている。
326便をハイジャックして多くの飛行機のコントロールを奪ったハイジャック犯―――
本来の黒幕であった
NEKAL社の製品であるシルクパウダーを検査してみるとACUAが含まれていたとの事で、今はBEAGLEとの関連を探っている所である。
そして何より
なにせ殺害した者の中には大物と呼ばれる権力者もおり、ほとんどが自殺や事故として処理された案件ばかり。
さらに警察と取引でもしたのか雇い主を話したものだから大騒ぎ。
依頼したのは大手企業や政治家など特権階級や富豪などが占めており、事が露見して政界や株価は大きな変動を余儀なくされる。
特にこれらの事件に関わり、ラ・クラウンにコリン・フリードマンを幹部のエミリオ達が依頼した事もあって、火消しに大忙しである。
とは言っても関わった者達は亡くなっており、BEAGLEはハイジャック事件で殺害されたエミリオもといハンス・ディヴィスであるヴィゴ・ハッチという
なんにせよ世間は大きく騒いでいる。
ただそれは見ている側の話であって当事者は騒いでいる余裕など存在しない。
蜥蜴の尻尾切りや証拠の隠滅、逃亡や資産を分散して隠したりと忙殺されそうなほどにやるべき事があるのだ。
その中には情報の発信源の消去も勿論含まれる…。
ラ・クラウンが捕まって仕事内容を語る以上、彼女を疎ましく思う権力者は数多く存在する。
ゆえに
ピンチはチャンスと言うように、ラ・クラウンをこれ以上口を開かせる前に始末してしまえば、それだけの権力者に取り入れる好機と言う訳だ。
裏社会でそれなりに組織を拡大したものの、これ以上大きくなることは牛耳っている先達に目を付けられる恐れがあり、勢力を拡大して
甘い夢を見ていた男はピシッと整えたスーツが乱れるのを一切気にすることなく、脚が縺れそうになりながらも懸命に逃げようと走り続けていた。
相手はラ・クラウンが狙われている事を熟知しており、秘匿性を重んじて少数精鋭で動いている。
与えられた情報では隠れ家として使っている地点は三つ。
男はその内の一つを任され、他二つは同じように雇われた別組織が襲撃する手筈になっていた。
万が一にも自分達が外れだったとしてもどれかのチームが目標を殺害したのならそれなりの報酬を得るし、殺害を達成した組織には後ろ盾に成ってやるとどちらに転んでも悪くない話。
最悪権力者とのパイプさえ出来れば御の字だと思っていたのに、どうしてこうなったと苦悶の表情を浮かべる。
拠点として使っている廃工場に部下を集め、各々武装させて襲撃準備を進めていた矢先に奴は現れた…。
スーツと手袋は別としてテンガロンハットにチェスターコート、ブーツと言った西部劇に登場しそうな格好で、腰のホルスターには
誰だあの馬鹿は?…と口にしたのも束の間。
奴は俺達に向かって銃をぶっ放しやがったんだ。
たった一発の銃声で六人や撃たれた光景など理解が及ぶ訳もなく、右腰のホルスターから抜いて発砲したであろうレミントンM1858を戻すと、左腰のホルスターからもう一丁のレミントンM1858抜き終えると同時に銃声が響いてまたもや六名が倒れた。
ようやく敵襲と気付いて応戦するも銃弾は避け、近づいては素手で武装した部下を気絶させていき、距離を取って機関銃をぶっ放すもレッグホルスターに収めてあった短身のレバーアクションライフル“ウィンチェスターM1873”で射手が撃ち抜かれてしまう。
文字通りのバケモノだった。
部下達に殺せと命じて自身はさっさとその場を離れた。
あんな化け物を相手にするなど冗談ではない。
例え部下が何人やられようと自分と溜め込んだ資金があればやり直しは利く。
なにより自分の命には代える事など出来ぬ。
札束が詰まったアタッシュケースを離すまいと抱え、息を切らしながら走るもスタミナが切れてその場に倒れ込むように手を付いた。
これだけ走ったのだ。
逃げ切っただろうと思うも、まだ距離があるが何者かの足音が聞こえて来る。
もしかして奴を討ち取った誰かが追い掛けて来たのかと淡い期待を抱くも、振り返った先に居たのはあの化け物であった…。
「ヒゥッ!?」
声にもならない悲鳴を漏らして慌てて走り出す。
こんなところで捕まりたくないし、何より死にたくはない。
肩を大きく揺らしながら荒い息を乱れた走り方の男に、姿勢を整えてランニングしてくる奴は無情にも距離を詰めていく。
もう駄目かと思った男に希望が映る。
出入り口にはこ廃工場に来るために止めておいた車に、護衛で残しておいた部下がそこにいた。
銃声が聞こえてかどうするどうすると不安げながら、良く逃げなかったものだと褒めてやりたい。
「ボス!先の銃声は…」
「お前ら、アイツを殺せぇ―――ッ!?」
指で指し示しながら振り返った男の左右を銃弾が通り過ぎて行った。
ランニングフォームを崩す事無く、装填を済ませたレミントンの射程に入った瞬間に抜き放ったのだ。
頼みの綱だった護衛達は一瞬で撃たれ、脱出の手段だった車はタイヤを撃ち抜かれている。
もう逃げ場はないとアタッシュケースをその場に落す。
何とかならないかと考えながら思いついたのは最後の足掻き。
ゆっくりと無抵抗を示すように両手を上げようとする素振りを見せつつ、一気に懐から拳銃を取り出して奴を狙う。
しかし事実は懐に手を突っ込んだ時点で詰んでいた。
レミントンは護衛と車のタイヤを撃ち抜いたので弾切れだったのだが、奴が懐に潜ませていた銃を抜いて撃つ方が早かった。
脳天に伝わる衝撃を受けて、意識が遠のく中で男は声を聴いた。
「あ、
モーゼルC96のつもりで
No.16――いや、アリスは変わり果てた自らの環境に未だに戸惑っていた。
孤独の儀式を経て肉体を失い、今の身体を手にしたアリスは復讐も果たすべくロビト理化学研究所の一件やハイジャックを計画して行わせた。
復讐を除いた目論見はスネークやバット、テリコ達に砕かれた上に、自身はゴーストによって射殺された筈だった…。
それが目を覚ませば異世界に居た………なんて信じられる筈がないだろう。
「けど現実は現実として受け入れないと…いけないのね」
命を狙われる事も自身を利用しようとする者の居ない世界。
起きた矢先にゴーストこと宮代 健斗から説明を受けるも、
「まだお眠かな?」
「子供扱いしないで…」
「はいはい、分かりましたよ」
小さくため息をつきながら買って貰った人形を抱き締めながら座っていると、パスから揶揄うように声を掛けられた。
ムッと頬を膨らませながら抗議するも何処行く風。
戸籍上は
しかも兄となる相手はバットだと言うから驚きだ。
ただバットは父親がゴーストだと知らないらしく、アリスという名である私を
これもゴーストからの説明であるが“こちら”から“あちら”に行くにはゲームに見立てた“ソフト【鍵】”が必要であり、
無線で会話するだけで顔を合わせる事がなかったのも要因の一つではあるだろうけど。
「何見ているの?」
「あの人の活躍。視るでしょ」
「…うん」
「なら一緒に摘まみながら…ね?」
パスが使っているパソコンのモニターは複数在り、その内の一つはゴーストを映し出している。
行くためには“
行く前にゴーストが作ったサブレを口に含みながらモニターに目を向ける。
たった一人で文字通り無双している様に若干頬が引き攣る。
こんな化け物が側に控えていたなんてあの時の自分が知ったらどう思っただろう…。
……普通に信じないわね、絶対。
想像して答えを出したアリスは隣で呆れも混じった笑みを浮かべるパスの横顔を覗く。
正直彼女は苦手だ。
人と言うのは意図して、また意図せずとも仮面を被っている。
私が知っている大人たちは人の面を被ったバケモノであった…。
対して彼女は感情を抑制する術を知り、偽りの面を被るのではなくメイクのように自然と振舞う。
ACUAでも盛らないと彼女の真意を読み取るのは難しい。
だけどゴーストの前では着飾る事無く素の状態を晒す。
無防備の彼女を眺めているとモニター内でリーダー格を撃ったゴーストは、何故か肩を落としながら帰路に就いたようだ。
消えたと思ったらすぐ側の扉よりぐったりとした様子で現れる。
「ただいまぁ…疲れたぁ」
「軽い運動程度でしょ?」
「僕、もう結構歳なんだけどなぁ…」
「あんな活躍しといてよく言うね」
馬鹿馬鹿しい程の戦いを見せて置いて何を戯言を口にするのか…。
まったく…と呟いて鼻で笑う。
帰宅してすぐに肩を軽く回して時計を見ると台所へ足を向ける。
「今日の夕食何が良い?」
「貴方
「う~ん、何にしようかなぁ」
「話してる最中悪いけど…珈琲頼んでも良い?」
「うん、勿論。ミルクと砂糖は?」
「無しで」
「ブラックか。了解」
「へぇ、苦いの大丈夫なのね」
「
返事をして珈琲を淹れに行く健斗を見送り、解答に首を傾げるパスを横目にアリスはコテンと転がる。
これほどに気を緩めても、無防備を晒そうとも問題ない。
利用する事も利用される恐れもない。
まだここでの生活には慣れないものの、気楽で命の危険とは縁遠い。
生温過ぎる日常…。
荒んでいた精神を緩く蝕んでいく…。
今はそれが心地よく感じ入る。
甘ったるい生活に溺れながらもアリスは思う。
「そう言えばザッハトルテを作り置きしていたけど食べる?」
「――食べる」
「もう、夕食前よ」
「デザートと夕食は別」
ふと思い浮かべていたアリスだったが健斗の言葉に喰い付き、パスが呆れたと言わんばかりの顔を向けられるも、美味しいものは美味しいので頂いておく。
これに対しては同意見であり、夕食前に三人は珈琲とザッハトルテを楽しみ始めた。
チョコの風味を活かした深いコクと苦味のある風味は後を引くが、余韻を味わいながら珈琲との協和を口内で奏でる。
笑みを浮かべるアリスであったが、健斗が「あぁ、そうだ」と思い出して手をぽんッと叩く。
「今度イベントのモニターがあるんだけどさ。シオンと共にやってみない?」
「話は聞いたけどそれもそれで信じられないんだけど…」
懸念は当然だとパスは当時の事を思い出す。
世界を渡った頃は何もかもが新鮮で驚いたものだが、中でも被るだけでゲームの中へと入り込むゲーム機の存在は驚愕だった。
一応アリスにも説明は行ったものの、体験はまだの為に疑いが残っている。
そもそもモニターとしてメールを送った先は総合順位上位勢。
ACUAでも盛れば別だが、素のアリスでは実力が不足過ぎる。
「参加する権利あるの?」
「そこは僕のコネがあるから」
「問題でしょソレ…」
「あの面々だからなぁ…
多少面倒臭そうにしていたアリスであるが、その言い分にピクリと反応を示す。
決して健斗は煽っている訳ではなく素でそう思っただけなのだが、パスはニヤリと嗤って納得する素振りを見せてわざと煽る。
アリスもアリスで負けん気が強い事も無いが、嘗められるというのは好ましくない。
けれど自身がスネークや
「そう…思いっきり
「ついでにあの子にゲームの中を案内して貰ったら」
「んー、ゴーストはしてくれないの?」
「今回開発者だからね。参加は出来ないかな」
「開発者云々より貴方の難易度に合わせたら誰も突破できないわよ」
「仕事も立て込んでるしね。
何処か楽し気に笑う様にアリスは首を傾げるも、パスは解っているのでクスリと微笑む
数年を経たずしてBEAGLEは消滅するだろう。
それはラ・クラウンの自白や世間からの追及によるものでも、レオーネのような武力によってでもない。
単純且つ文字通り全てを奪われてしまうからだ。
かつてソリッド・スネークやロイ・キャンベルが所属していたFOXHOUNDは、新たな人員を迎え入れて生まれ変わっていた。
所属している者達は任務を熟しつつも野望の為に行動を開始。
世間から向けられる追及から逃れようと必死になっている最中、ハンス・ディヴィスに変装したデコイ・オクトパスによって様々な情報が抜かれ、資金などは気付かれないようにダミーカンパニーを挟んで流している。
気付いた時にはもう手遅れだろう。
だが
ロビト理化学研究所での
ステルス性と高火力を持ったメタルギア・コドク。
残念な事にネオテニー搭乗時のデータが得れなかったのは痛いが、致し方なしと諦める他ない。
そもそもあのネオテニーの少女がこちらの言う事を聞くとも思えないし、個人の能力に頼り切るなど兵器として不出来であろう。
何よりメタルギアの本来の目的を考えればそれほどに操縦者の技能は重要ではない。
しかし概ね成功と言っても結果としては使い物にはならない出来である。
確かに火力は高い上にステルス性も十分すぎるが、その分機動力も防御力も圧倒的に劣っていた。
なにせ外角の装甲が狙撃銃で大きなダメージを受けるのだ。
このようなもので戦車などの戦闘車両を相手にすればただの案山子となってしまう。
それでもオーバーテクノロジーとなったサヘラントロプスを再現して得たデータを取り尽くして新たに作り出した新型機なのだ。複製品でも模造品でも改修機でも改造機でもなく紛れもない新型。
作り上げれた事実と問題点が露わになった事こそが大きな成果である。
支払った資金はかなり手痛いがBEAGLEが大半の資金を出しているので、一機作り上げるに比べれば大分安いのでそこまで思い悩んではいないが…。
カリブ海で回収した現代ではロストテクノロジーに分類される兵器は手に入った。
後は…もう一方の試験データを回収出来れば…。
局長ことドナルド・アンダーソンはほくそ笑む。