スネークは大きなため息を吐き出した…。
過酷な任務で肉体的にも精神的にも疲労が溜まっているが、このため息は別の理由が元で出ていた。
――― バットがいきなりヘリで突っ込んで敵中突破しなくてはいけなくなったから。
…否、バットと合流出来たのは喜ばしい事だし、戦力的にもひとりより二人の方がありがたい。特にバットの料理は美味しいし、不思議と力が湧いてくる気もするから戦場ではありがたい事ばかりだ。
――― 全神経を集中させて罠を警戒していたのに赤外線ゴーグルでバットが呆気なく突破していったこと。
…否、確かにあっさりと罠の中を突破する姿に感心よりも気合を入れていたぶん脱力感に襲われたが、いち早く突破する事が出来たおかげで追撃隊が罠にかかって逃げ切れたのだから良しとしよう。
――― グラーニニ・ゴルキー南部の森林地帯の罠を回避しつつ食料調達の手伝いをさせられたから。
…否、拾ったロシアニセマンゴーは美味しかったし、アナウサギやキノコを使ったバットの料理も美味すぎて文句はない。
――― クレパスから飛び降りて元気な事で人外扱いされたこと。
……否…多少は傷ついたが問題ない。自分自身同じような相手を見ればそう思うのは当然だ。
――― エヴァに研究所潜入用に研究員の服装を貰っていたが持っていないバットの為にも全員眠らせなくてはならなくなった。
…否、手間は取ったが相手の大半は研究員。それほど苦労したというほどのものじゃない。
ではどうして呆れたようなため息を吐き出したかと言うと眼前の二人が原因であった。
「戦車に必要なのはロケットのブースターなどではない!どんな悪路であろうとも走破出来る足だ!そう思うだろう?」
「えぇ、ええ!勿論ですよ。二足歩行の兵器。人型のロボットの誕生ですね。これなら貴方が言ったシャゴホッドみたく速度を出すためのだだっぴろい場所は要りませんものね」
「その通りだ少年!あのただ馬鹿でかいだけの兵器などではなく私の兵器こそ評価されるべきなのだ」
「見たかったなぁ。グラーニンさんのメタルギア」
「お前さんが未成年と断りさえしなければ酒を飲みながら朝まで語り明かしたいほどだ」
目の前で熱く興奮しきったバットと年老いた男性の会話に入れずただただ見守るだけなのだが長い。
男性の名はアレクサンドル・レオノヴィッチ・グラーニン。
ここグラーニン設計局の局長であり、道路移動型弾道ミサイルシステムの基礎を作った科学者。
レーニン勲章を授与された事のある人物なのだが、ここを支配下に置いたヴォルギンがグラーニンよりもソコロフを重要視してソコロフの研究に資金を集中させた為、グラーニンは仕事を失いこうしてただただ酒を飲むしかなかったのである。
バットとスネークが現れ、自身の研究にバットが食いつくと顔を輝かせ水を得た魚のように語っているのだが、何時敵が来るかも分からない状況なので出来るなら早く進みたい。が、会話の終わりが見えない。
『スネーク。まだ進めないのか?』
あまりの長さにスネークよりもゼロ少佐のほうが痺れを切らしたようだ。
「あぁ、まだ終わりそうもないな」
『何時までもそこに留まっても任務は達成できない。バットに早く切り上げるように言うんだ』
「確かにな。待つのも退屈していた。了解した」
『急げよ』
通信が切れると持たれていた壁より離れてバットに近付き肩にぽんと手を置く。
置かれた事で気付いたバットが目を見開いて振り向く。
「そろそろ行かないと」
「あ!すみません…任務中だというのに」
「なんだ、もう行くのか?」
「はい。任務がありますので」
急かすと素直にいう事を聞き、ぺこりと頭を下げる。
去ろうとする様子に少し寂しそうな表情をしたグラーニンは何を思いつき酒瓶で埋まった机からカードのような物を取り出した。
「これを持って行け」
「これは…カードキー?」
差し出されたパンチカード式カードキーを受け取りながら首を傾げる。
「それはなポニゾヴィエ倉庫南東の赤い扉を開けることが出来るカードキーだ。その先の要塞、グロズニィグラードにソコロフは居る筈だ」
「良いんですか」
「なに構わんよ。久しぶりに楽しい時間をくれたお礼だ。あとはソコロフをとっとと連れ出していって欲しいからだがな」
「ありがとうございます」
「すべてが済んでから言いに来い。そのときは朝まで付き合ってもらうぞ」
「お酒じゃなくてジュースで良いのなら付き合います」
にっかりと笑ったグラーニンだけを残して部屋を、研究所を後にする。
研究員や護衛に当たっていた兵士達は縛っており、目が覚めて居る者には麻酔銃で再び眠らせた。その中でひとりだけ縄を解き、起きたら他の奴らの縄を解けるようにしておく。
中継基地を襲ったときの容赦ない少年はヘリで戻ってくるとがらりと変わっていた。出来るだけ人を殺さないようになったのである。なにがあったかは聞かないが殺しを楽しむ輩よりは今のほうが好みだ。
「良い人でしたね」
「そうだな。ただ話が長かったが…」
「え?アレでですか?」
「………お前ならゼロ少佐の話に付き合えそうだな」
「どんなお話ですか!?」
「今喰い付くな…ったく」
軽い会話を交えながら来た道を戻る。
あの敵中突破した倉庫まで戻るのは気が引けるが、そこを通らなければ任務を達成できないというのであれば戻るしかない。
気合を入れ直しながら目的地に向けて歩き出す。
足に矢が突き刺さるまでは…。
「ぐぅ!?」
「スネークさん!!」
「離れろ!!」
刺さった痛みにより地面に膝をつく。
突如苦しみながら膝をついたスネークを心配してバットが足を止めるが、発射音らしき音が耳に届く。叫びながらバットを突き飛ばし、その場を転がって離れる。思ったとおり、先ほどまで居たところに矢が突き刺さる。
そのまま近場の木に持たれて放ってきた相手から隠れる。振り返りバットを確認すると理解して反対方向の木を盾にして隠れていた。
「大丈夫ですか!?」
「足をやられた…」
痛みに顔を歪めながら刺さった矢を観察する。
矢の短さと発射音からクロスボウ。引き抜こうと触れると引っ掛かる痛みから矢尻には返しが施されており抜くに抜けない。無理に抜こうとすれば食い込んだ返しが傷口を大きく抉ることになるだろう。そして頭と視界がぼやける事から毒が塗られている。
苦悶の表情を浮かべながら顔を少し覗かせて辺りを見渡す。
木々の間を、枝から枝へと何者かが動き回っている。
猿や鳥などではない。
クロスボウで攻撃してきた時点で動物でないのは確かだが、だからと言ってただの人間ではない。
脳裏に過ぎるのはザ・ボスに従うコブラ部隊…。
「ふははははははは!」
不気味な笑い声が辺りに響く。
痛みに耐えながらM1911A1を構えて立ち上がる。バットもマカロフを取り出し構えていた。まるで使い捨てのように使っているマカロフだが今構えているのが最後の一丁。弾数にも余裕のあるAK-47を使えば良いのだがここは木々乱れる森の中。弾数に余裕が無かろうと取り回しのよい拳銃であるマカロフを使うことを選んだのだ。
森の中を駆ける音が続く中、「フィアー!」という叫び声と同時に空中よりひとりの男が現れた。
気付かない場所から飛び出したと表現する現れ方ではなく、何もないところから現れたのだ。まるでSF映画でも見ているように。
高所より着地した迷彩服を着た男はニヤリと笑みを浮かべながら立ち上がる。
「俺はコブラ部隊がひとり、ザ・フィアー。
お前に刺さったその矢にはクロドクシボグモの毒が塗られている。すぐに耐え難い激痛が全身を襲うだろう。
身体は麻痺し、息も出来ず、やがて心臓が止まる」
薄れ掛ける意識を顔を叩く痛みで無理矢理起こし、しっかりと睨む。
息苦しさとこれから起きるであろう事を想像して焦りが生じる。
相手はコブラ部隊…。焦りなどしていては確実にやられてしまう。
本来のスネークなら痛みや毒に耐えて戦うところだが、ここは原作のゲームと違う。
「親切なのですね」
「――ん、どういう事かな?」
「毒の持ち主に症状を教えてくれるなんて対処が出来ると言っているのです」
マカロフを構えたままのバットは木より姿を現し、ザ・フィアーを睨みつける。
「その毒なら解毒薬が効きます。今のうちに打って下さい」
「ははははは!!そんな余裕があるのか」
「ボクが稼ぎますから」
人間離れしたコブラ部隊を相手に啖呵を切ったバットに目を見張る。
正直ひとりに任せるのは気がひける。だからと言って毒に犯されつつ自分が万全に戦えない事も確か。
ここは任せるしかない。
「くぁっははははははは!!
ボスの教え子よ。お前との勝負は後にしよう。まずはそこの餓鬼からだ。ゆっくりと仲間が恐怖に慄き死に行く様を見届けるがいい」
大きく笑いながら、されど愉悦ではなく侮蔑を込めた視線でバットを見つめる。
「小僧…貴様が体験した事のない
本当の恐怖を……俺の巣の中で恐怖を感じろ…そして後悔するが良い」
肩の関節を外して背後の木に跳んだザ・フィアーはぶつかった衝撃で関節を嵌めたのか木を昇って姿を消した。
透明になった相手にどう戦うのか心配が過ぎったが、何故か大丈夫だと思えた。
何故ならバットは悪戯好きの子供のようにいろんな事を思いつき、色んな手を打って来たのだから。この森でトラップを簡単に見破ったように。
枝から枝へと跳び移るザ・フィアーは苛立ちを覚えていた。
正直楽しみで仕方がなかった。
なにせあのボスの弟子と戦えるのだから。
どれほどの男なのか。自分が与える恐怖にどう対処するのか。
楽しみで楽しみで仕方がなかった。
『ボクが稼ぎますから』
名も知らぬ兵士――それも幼さの残る小僧に啖呵を切られたのだ。ザ・ボスと共にあるコブラ部隊の自分が…。
屈辱とは思わない。
相手は子供。まだ何も知らない幼子と何ら変わりない。勇気と無謀を履き違える無知な赤子…。誰もが抱く覚えのある感情に懐かしさすら覚える。
だからと言って自分の楽しみを邪魔された事は不愉快極まりない。
「どうだ?目で見えない恐怖は?」
枝から枝へと跳び移り側面より矢を放つ。
発射音に気付いて発砲…。
―― 一発…二発。
位置を変えながら弾数を数える。
マカロフの装弾数は八発。焦りと恐怖を与え、最後に大きな隙を見せ希望を与え、残弾ゼロの事実と最大の恐怖を与えて殺してやろう。
頬を弛ませながら跳躍する。
跳び移りながら着地地点から視線を小僧に向ける。
そこにはマカロフをこちらに向けている様子が窺えた。
慌てて着地地点を変えて飛び退く。
(ッチ…跳び移る音で場所を推測されたか?意外と耳が良い)
予想外の出来事に驚きはしたものの、これは嬉しい誤算だ。
これは小僧が縋る希望。それゆえに打ち砕かれた時には恐怖を覚える。
先ほど二発に合わせて合計で四発も使わせた。残り四発…さてどうしたものか…。
歪んだ笑みを浮かべ、人より長い舌で唇を舐める。
わざと音を立てつつ跳び、さらに弾を使わせる。
焦らす為にさらに矢を放つ。顔をはっきりと窺えないがその表情は恐怖に歪み始めているだろう。
合計八発撃ったのを数えたザ・フィアーは背後に回り、枝より跳び下りる。
背後より声をかけ、振り向いて一発撃たせる。しかし残弾ゼロの小僧の顔は歪み、笑みを浮かべて足に一発…いや、両足に一発ずつ撃ち込んでやろう。
そう思っていた。
跳び下りている最中に振り向いたバットは透明化しているザ・フィアーをしっかりと捉え、引き金を引いたのだ。
腹部に激痛を感じながらフィアーは着地と同時に顔を上げた。
今まではっきりと見えなかったバットの顔には赤外線ゴーグルがかけられていた。
やられた…そう思ったときにはすでに詰んでいた。
弾切れになったマカロフを投げ捨てAK-47を構える様子に痛みを堪えながら背後の木へと飛び退く。
透明化の意味も熱探知されて見られれば意味はない。跳んだフィアーに銃口を向けてトリガーを引き続けた。
連射された弾丸が身体を貫き、迷彩は血で染まり、口からは這い上がってきた血で溢れ漏れ出した。
手からワイヤーを木々に引っ掛けその場で制止する。
「っかは…赤外線ゴーグルか。なるほど…よく思いついたものだ…」
「透明化したのは驚きましたけど、熱源はどうなんだろうと思って着けてみたのですが、上手く行って良かったです」
「最後の一発…あれは最初から入れていたのか…」
「オートマチックは最初の一発を先に入れておけば装弾数を増やせると知ったもので」
「なるほど…俺は貴様を侮っていたようだ…」
乾いた笑みを浮かべ、心の奥底からある感情が湧き上がって来た。
ああ、そうだ…これだ。これこそが…。
「
そう叫んだザ・フィアーは最後の力を振り絞って自爆し、何百という矢を周囲に放つのであった…。