アラスカにて猫と出会う
あれから五年経ったのかとシオンは懐かしく振り返る。
ロビト島でスネークと共闘してからは義妹アリスの面倒を見ながら、ゲーム内とは言え親父相手も含んで色々やって来た。
癖の強い上位ランカー数名+アリスと組まされ、病院内の非戦闘員を護りながら武装勢力を排除するという防衛線をやらされたかと思えば、最後には
まだ未成年だった自分も気付けば23歳と年齢的には成人し、背丈も以前に比べると成長したものだ。
ただただ身長が伸びた、歳を重ねたところで意味はない。
『お久しぶりです。シオン様』
「本当に久しぶり」
本当に久しぶりだ。
顔も姿もない紫色の
五年という歳月の間、鍛えながら待ち続けた瞬間。
まだかまだかと待ち望んだ招待状が届き、この何もない空間に招かれてホッと安堵した。
もう
シオンは苦笑い一つ零すと紫に微笑みかける。
「待ち下びれたよ」
『申し訳ありません』
「で、今回はどんな内容なの?」
『――はい、今回シオン様には潜入は潜入でありますが、
紫の説明ではフォックス諸島沖の孤島“シャドー・モセス島”にある核兵器廃棄所にて演習が行われるらしく、現地には視察で国防省付属機関先進研究局“DARPA”の局長ドナルド・アンダーソンと、軍事兵器開発会社“アームズテック社”のケネス・ベイカー社長が訪れているとの事。
すでに核兵器廃棄施設に国直属の研究機関の長と兵器開発社長が自ら視察する時点で怪しいというのに、そこで演習が行われるとなると怪しさ倍増で逆に胡散臭くも思える。
しかしながら廃棄所とは言え核兵器に研究・開発機関とくれば嫌でもあの兵器が脳裏を過る。
「クリア条件は?情報収集だけで良いのか?」
『基本はそう思って頂いて構いません。しかし追加任務の可能性はあります』
「そうか…潜入経路は?」
『演習に参加する部隊に混ざって潜入します。武器は移動に使われる貨物室に入れておきますので』
「了解したよ。俺はスネークのように素手でどうこう出来ないからな」
『武器関連はいつものように
紫がそういうと銃器類を収めた棚が至るところに出現する。
されど選ぶものなど決まっている。
口頭で伝えようとした矢先、開きかけた口を閉じて考え直す。
「ステージは?」
『極寒のアラスカとなります』
寒冷地か…と思ったが別段機関銃をもって行く訳でもないシオンは、銃を選ぶ点において問題ないと判断した。
狙撃銃は北国生まれのモシン・ナガン。
拳銃はベレッタM92―――ともう一丁欲しいな。
「二丁拳銃にしようかな」
『――ッ!?』
普通に射撃する分には一丁で十分なのだが、シオンは近接戦闘においても扱う為に二丁あった方が扱い易い。
そう思って口にしたのだけど、前にオールド・バットが複数拳銃を所持した事もあり、親子揃ってと紫は思わず目を丸くしてしまった。
……紫に眼なんてないのだけど…。
そんな事を気にも止めずにシオンは続ける。
「二丁拳銃でオススメはある?」
『私的なオススメではベレッタM76、シグザウエルP210、ブローニングM1910、M1911もしくはクローンモデルなどなどですが、シオン様がお使いになっているベレッタM92を二丁でも宜しいかと』
「そっか。なら後は追加で短機関銃にスオミKP‐31を。到着後に装備する手袋に―――にが虫とトウガラシを」
『解りしました。寒冷地用の手袋とにが……にが虫?』
「うん、にが虫。知らないのか?にが虫とトウガラシでホットドリンクが出来るんだ」
『ホット…ドリンク…ですか』
「寒冷地なら必需品だろう。
『それは失礼致しました。今後気を付けます』
申し訳なさそうに頭を下げる紫にシオンはクスリと笑う。
武装面で問題はないだろう。
さて、となると後は自身の行動如何という所か。
『他に入用な物はありますか?』
「手榴弾一式とモシン・ナガンを」
『畏まりました』
用意された銃を確認して、続いて何処からか出されたにが虫とトウガラシでホットドリンクを作ってはポーチに収める。
それと兵士に扮する為の装備に身分証などを渡され目を通す。
母さんほど完璧――ではないが、一応頭には入れた。
一息ついて身分証をポッケに収める。
『準備のほどは如何でしょう』
「問題ない。行ける」
『そうですか。では、行ってらっしゃいませ』
深々と頭を下げた紫に背を向け、何もない空間に開いた穴へと向かって足を踏み入れる。
送り出されたシオン―――バットは物資運送に紛れて潜入を果たした。
運び込んだ荷物を運びながら自身の武装が入ったモノを回収。
見つからないであろう場所に隠して兵士に紛れて、早速情報収集を行おうと行動を開始した。
装備は兵士が着用している白い寒冷地仕様の服に、プルパップ方式のアサルトライフル“FA-MAS”を手にしており、フルフェイスマスクで顔を隠しているので顔バレの心配もないだろう。
この時の俺は考えが甘かった。
今までの流れを考えてスネークが来るのは確実であろうと判断し、それまでに必要な情報と物資を確保しておこうと思っていたのだ。
しかしながらこちらの思い通りに敵は動いてくれる筈もない。
演習に参加する“次世代特殊部隊”及び“FOXHOUND”―――武装蜂起すると施設を制圧。
元々研究員ばかりの施設で警備は居るには居たが、彼らに比べたら練度も装備も数でも劣勢であり、呆気ない程に抵抗虚しく排除されてしまった。
自分は親父のように出来ないし、
圧倒的多数な上に敵陣のど真ん中で大立ち回りをして、自分一人でこの状況を打破でいると思い込んでいない。
今自分が出来るのは敵に紛れてやれることをやるべきだろう。
なんて思ったのにな…。
施設の警備に紛れていると怒声が響いた。
目を向けると一人の兵士がある男性に抗議しているところであった。
抗議している側も抗議を受けている側も狐のエンブレムを付けている事から、FOXHOUNDの隊員であろう。
ただし調べたFOXHOUNDの腕利き六名とは違う事から、下っ端か来たばかりの補充要員のどちらか。
「私は反対です!こんな事…」
「命令が聞けないと言うなら仕方がない―――連れて行け!」
女性兵士は異議を唱えた。
警備をしている周囲の次世代特殊部隊も異議を受けたFOXHOUNDの隊員も銃を向けて苛立つ様子で指示を出した。
正直に凄いと思った。
これだけの事を仕掛けたという事は相手にも確固たる目的があるだろう。
兵士が集まっているこの場で異議を申し立てると言う事は、周りを味方ではなく敵にするという事。
多勢に無勢で抵抗も意味をなさず、銃を抜く動作一つで蜂の巣にされるのは目に見えている。
投降しても見せしめに処刑される可能性だってあるのだ。
彼女の行為は馬鹿げており、利口では決してないだろう。
そんな状況下でも屈することなく、自分の意思を曲げる事無く貫こうとする意志。
意思だけでどうにか出来るとは思えないが、自分が同じ状況下で貫けるかと聞かれれば否と答えよう。
ゆえに彼女の行動には眉を潜めるものの、その意思には尊敬の念を抱いた。
「自分が連行いたします!」
「くっ…」
自ら名乗り出て女性兵士に銃口を向ける形で独房へと連行する。
FOXHOUNDの隊員はその行動を認め、何事もなかったようにその場を離れて行った。
連れ出せた事に安堵しつつ、どうもこちらの隙を伺っている女性兵士に小声で話しかける。
「安心しろ。俺は敵じゃない」
「――ッ、銃を突き付けられてどう信じろと?」
「今は大人しくしていてくれ。今は…な?」
「どうせそうするしかないじゃない」
嘘ばっかり。
隙あらば銃を奪うつもりだった癖に。
内心悪態をついて居るであろう女性兵士に苦笑する。
正義感と気が強いのだけど腹芸はまだまだ難しいらしい。
父親は兎も角として母親と義妹によってそう言った事も日常的に鍛えられているシオンにしてみえば微笑ましく思えるというもの。
「―――待て。貴様、何処の部隊だ?」
そんな事を抱いていると声を掛けられ、言われるがままに足を止める。
怪しまれないように声色も呼吸も崩さぬように注意しながら振り返ると、何処か懐かしさを抱かせる面影に僅かに目を見張ってしまった。
髪は白髪で乱れぬように後ろで束ねた六十代と思われる男性。
極寒の地というのに制服の上に茶色いロングコートを着ているだけで、ボタン一つせず前は開けて防寒の類は一切見られない。
背筋も伸びて姿勢も正しく、歩いた時には体幹がブレていない事からかなり鍛えこまれている事が察せられる。
「ハッ、ここの警備を担当しております。現在、異議を唱えたこの者を独房に連行する途中で在ります」
何処かで会ったかと疑問を抱きながらも乱す事無く答えるも、彼はそれで満足しなかったようだ。
じろりと値踏みするかのように鋭い視線が向けられるも、無警戒に手はだらりと下がっている。
やり過ごせると思った矢先、彼の手はとんでもなく速くホルスターに伸びたのを
感じた通りに抜かれたリボルバーにより放たれた弾丸が先ほど居た場所に着弾する。
銃声と着弾した音を耳にしてそう思いながら、女性兵士を巻き込む形で転がって壁を遮蔽物にして身を隠す。
「ハッハッハッ、今のを避けるか!」
「いきなり何を!?」
「私を謀ろうとしても無駄だ。貴様は何処の狗か?」
「――ッ、気付かれてんのかよ…」
親父以上の早撃ちを見せる相手は上機嫌に笑う。
バケモノかよと今度は自身が内心悪態をつき、親父との特訓のおかげで避けれた事に忌々しくも感謝を覚えた。
……口にしては言わない…がな。
急な事態を呑み込めない女性兵士にFA-MASを渡し、持ち込んだ武器の中から一応潜ましていたベレッタM92を手に取る。
「悪いがあとは自力でなんとかしてくれ」
「急に……貴方を捕えて寝返るなんて考えないの?」
「したいのか?」
無防備に彼女に背を晒した事に注意も兼ねて言って来た言葉に問いで返すと、なんとも言えない表情で雄弁に否定された。
覗き込むようにして伺うと精密過ぎる射撃が飛んできて、危うく顔に風穴を空けるところであった。
「さて応えて貰おうか?軍か、それとも愛国者の手先か!」
「愛国者?そんな大層なもんじゃない。俺は―――趣味とでも言えば良いのか?」
答えようとしたシオンは一瞬自分は何なんだと首を傾げ、他に思いつかずにそう答えた。
隣で女性は呆れた顔を晒し、対峙している男は腹を抱えて笑いだした。
このままここに居ては敵に囲まれる。
しかしそう易々と突破できる相手ではない。
「退かせて貰う!」
「嘗められたものだな!」
スタングレネードを放り投げると地面に転がるより先に撃ち抜かれ、明後日の方向へと吹っ飛ばされてしまった。
クソっ、と悪態を口にして女性を急かすように走らせる。
押される形に不満はあれどこの機会を逃すまいと彼女は走り去った。
あとは彼女次第。
人の面倒をずっと見ている訳にもいかないし、ここいらで逃げさせてもらう事にしよう。
向こうとしては捕縛したい所だろうに、相手はリボルバーをホルスターにしまって告げる。
「面白い小僧だ。良いだろう、今は逃がしてやる。その方が都合が良さそうだからな」
「都合だと?」
自分を逃がす事で都合が良い?
さらなる疑問を抱きながらも折角だからとバットは走り出す。
FA-MASを渡してしまった事で敵兵に紛れるのは難しく、ここいらに敵が集中するであろうと予測される事からいったん施設から撤退する事を考えて、凹凸の激しい雪原に紛れる事にして外へと走り出す。
壁越しで見えない筈なのに、こっちの行動を呼んでいるかのように男は声を張り上げる。
「お前は俺が狩ってやる!このリボルバー・
―――オセロット。
忘れもしない懐かしい人物の名に戸惑い、吹き荒れる吹雪に紛れ込む前に足が鈍る。
微かながら狼の遠吠えがシオンの耳に届いた。
そして一発の銃声が吹雪く雪の合間を縫って響き渡った…。