オタコンは死ななかった。
メタルギアの開発者であったオタコンことハル・エメリッヒ博士を助けた後、スネークが抱いた一番の感想であった。
アームズテック社ケネス・ベイカー社長。
DARPA局長ドナルド・アンダーソン。
両名はスネークが救出した矢先に苦しみ、心臓発作を起こしたかのように死んだ。
ゆえに別れる際にはオタコンに体調面でおかしなところはないかと気に掛けたりもしていたが、局長や社長の様に苦しみだす様子も一切なかった。
ないならないで良しとして先に進む………前に一旦メリルが化粧室に寄りたいとの事で足を止めた。
今までゲノム兵に変装していたメリルであったが、出て来た時には上の服を脱いで薄着姿。
「そんな恰好よりかはゲノム兵に変装していた方が良かったんじゃないか?」
「自分を偽るのを止めたの。いいえ、服に血の臭いが付いている気がして…」
表情は重たかった。
メリルは自分の意志で軍に志願した。
だけど軍人になったのはそれが夢だったからではない。
戦死した父親と同じ軍人になれば気持ちが解かるのかと思って入隊した。
しかし現実と実戦は彼女が思い描いていた物ではなく残酷さと無常さを突き付ける。
現実に打ちのめされ戦意喪失したかに思えた彼女の瞳は決意を宿していた。
「ごめんなさい。私の事で時間を取らせたわね」
「いや、構わない。俺ももうおいて行こうとは思わん」
「あら?それって一人前と認めてくれたって事?」
「生き残る事が出来たら認めてやろう。だが今は足手纏いの半人前ではなく一人の兵士として見よう」
「そう、一歩前進ね」
クスリと笑い合う二人を眺めるバットも釣られて微笑んでしまう。
蹶起したテロリストに抵抗するはたかが三人。
スネークとキャンベルの古巣である精鋭部隊フォックスハウンドの精鋭四名にリーダーであるリキッド・スネーク。
彼らと戦いつつ核を発射される前に阻止するか、メタルギアを破壊しなければならない。
何とも多い仕事量だろうか。
だけど嘆くよりも仲間と共に前に進むしかない。
『スネーク、聞こえる?』
「どうしたメイ・リン。
『貴方達の記録はしっかりと付けているわ。メリルさんの事じゃなくてね―――中国のことわざには“学者は之を行うを貴び、之を知るを貴ばず”ってのがあるの』
「あぁ、それで?」
『学問をする人はただただ知識を得るだけではなくて、学んだ事を実行するのが大事って意味なの。私も理論や研究ばかりなのじゃなくて実施工学出来るCMUを選んだの。皆の役に立つ物を創りたかったから………だからその、エメリッヒ博士もそうだと思うの』
科学の道を歩む者としてメイ・リンはオタコンの気持ちを理解したのだろう。
壁を一つ越えたメリルとまではいかなくとも、少しは解ってあげて欲しいとの願い。
研究所では胸倉を掴むほど責めてしまったからなと思い返してばつが悪そうな顔をする。
「分かった善処しよう。ところでバットの無線の方なのだが…」
『まだそっちの方は解らないの。機器に問題があるのかも知れないれど』
「そうか。なら今度オタコンに会う事があったら見て貰うとしよう」
現在バットの無線が不調なのだ。
キャンベル大佐やメイ・リン、ナオミ・ハンター達とは繋がるのだが、昔からの知り合いなので積もる話もあるというのにマスター・ミラーとは繋がらないらしい。
マスターは大佐と違って別の場所からの無線なのでマスター側の機器に問題があるのか、バットの無線の受信状況が悪いのか。
原因が不明な為に一度機械に詳しい誰かに見て貰う必要はある。
無線でメイ・リンと会話しながら所長室を目指す。
北のフロアへ行きたいのだが地上は氷河で埋まっており、抜ける為に所長室に行く必要があるらしい。
元々フォックスハウンドの補充隊員として訪れたメリルからの情報だ。
所長室に入るにはオタコンが別れる際に渡してくれたセキュリティカードより高位のものが必要だったのだが、メリルが奪った
「ここが所長室ね―――ウッ…」
「メリル、どうした?」
所長室前の通路に入ったところで突然メリルが苦しみだした。
社長や局長のように心臓発作というよりは頭を押さえて頭痛に苦しんでいるようだった。
蹲るほど苦しむメリルだったが、突然立ち上がると感情もなく淡々と「こっちよ」とだけ呟いて進んでいく。
「スネーク…」
「あぁ、解っている」
何かがおかしい。
不気味としか言いようのないメリルを見つめながら、案内されるがままに所長室前に辿り着く。
「所長がお待ちです。フォックスハウンドの旦那。それと小さな蝙蝠」
メリルの格好でメリルの声であるが別物。
外見はそのままで中身が変わった様な印象。
何が起きているのか解らないまま、所長室へ足を踏み込んだ。
中は調度品だろうか壺やら石像やら絵が飾られ、装飾の入ったソファやデスクが置かれているだけで、他には誰もいなかった。
「――ッ、伏せろ!」
「何をっ!?」
急にバットがスネークを伏せさせる。
一体何がと理解する間もなく倒れ込んだスネークは響き渡る銃声を耳にした。
視線を向ければ何処か遠い眼をしたメリルが銃をこちらに向けて構えている。
その後ろにはガスマスクを付けた細身の男が浮いていた。
あの時見た幻―――サイコ・マンティス。
『サイコ・マンティスよ!彼がメリルさんを操っているんだと思うわ。歌が聞こえるでしょう?彼が洗脳する際に使う曲なの』
『スネーク、頼む。メリルは正気じゃないんだ』
「分かってる!バット!」
「なに?」
「お前は物影に隠れて居ろ!」
「遠まわしに役に立たんって言うの止めろ」
「近接戦闘において雑魚なんだから引っ込んでいろ」
「言い方に気を付けろよ。背後にも銃口が向く事になるぞ?」
バットと言葉を交わした後、スネークは銃を向けるメリルに対してCQCで挑む。
朦朧とした意識でおぼつかない動きのメリルでは、スネークの相手には成りえない。
確かにナオミが言うように歌は聞こえる。
だがそんな事に気を留める余裕もないのでメリルを抑え込む。
「しっかりしろメリル!」
「フンッ、役に立たん女だ」
「お前もステルス迷彩か。手品のタネも明かして見れば大したことではないな」
「……人が浮いている証明は出来てませんよ」
姿を消しているサイコ・マンティスに告げて鼻で嗤うも、バットの横やりで逆にこっちが嗤われた。
さっきの仕返しかバットめと内心悪態を付きながら睨みを利かせる。
「貴様は俺の力を信じてないな?世界最高峰の
姿を見せたサイコ・マンティスは浮遊したままで手を動かし、スネークに対し手を翳すと力みだした。
だがすぐに首を傾げて不思議そうにする。
「ん、記憶―――
語り出したサイコ・マンティスに二つの視線が向けられる。
スネークからは疑心暗鬼な眼差し。
バットからはトラップ云々は俺に任せっきりだからという抗議の視線。
「まだ信じていないようだな?ならばこれなたばどうだ!フンッ―――ッ、
「何を言ってるんだ?」
困惑するサイコ・マンティスに困惑するスネーク。
一体何をやっているのやら。
ふぅ…と息ついたサイコ・マンティスは纏っている空気を変え、全身に力を籠め始めた。
「さぁ、デモンストレーションはここまでだ!―――ブラックアウト!!」
部屋に合った置物が浮き上がり、勢いを付けて襲い掛かって来る。
これがサイコ・マンティスの念力かとバットは避けながら銃を構える。
しかしスネークはというと見えてないのかよたよたと地面に膝をついた。
「どうしたんだスネーク!?」
「前が見えない。急に暗がりに…停電か?」
「何を言っている?電気は付いたままだぞ!」
「分からない。目の前が真っ暗に。ただ右上に“ヒデオ1”という文字が…」
「何を馬鹿なことを」
「ならば今度はお前だ!ブラックアウト!!」
バットの視界が暗くなった。
目の前どころか自身の手さえ見えやしない。
唯一見えるのは右上の“ヒデオ2”という文字だけ。
サイコ・マンティスは念力や読心能力だけでなく、相手の視界すら
今度はバットが膝をつき、スネークの視界が元に戻った。
「厄介なことを!」
「二対一とは厄介だな!」
椅子や壺、ソファが次々武器として浮遊しては襲い掛かる中を果敢に攻めていく。
サイコ・マンティスは確かに強力な能力者である。
しかし一対一なら兎も角二対一では不利は否めない。
そしてこの戦闘においてサイコ・マンティスの敗因の一つは速攻でバットを殺さなかったことだ。
ブラックアウトは相手の視界を奪うだけで動く事は出来る。
襲い掛かっては危ないと思ってどちらかの視界を奪う度に、慣れたバットは耳を頼りに攻撃や回避を行うように成る。
こうなってしまえばバットに対してブラックアウトは通じない。
「これならどうだ!」
「――クッ、動けん!」
念力で動きを封じる。
これを脱する方法は確かにあるのだが、
ソリッド・スネークを操っているもののコントローラーの差込口を変えるなど、
片手でバットの動きを止めて、もう片手で物を操る。
さすがに動きを止めるのと物を操るので精一杯で、ブラックアウトなど三つ同時行使は無理はある。
自身を護るために盾にした椅子が撃ち壊され、ぶつけようとした壺は避けられた挙句に壁にぶつかって割れてしまった。
次々と盾を壊しては襲い掛からせている物を突破してくるスネークに危機感を感じ、今度はスネークの動きを止めてバットに物による攻撃を行う。
持ち上げたソファがバットに向かって行くも、バットは咄嗟に這いつくばって回避。
ソファが頭上を通り過ぎた後にバットを視界に収めたサイコ・マンティスは驚きで目を見開いた。
一瞬ソファで視界が切れたとはいえ、ほんの僅かな間に這いつくばっただけでなく、その状態でモシン・ナガンを構えて銃口を向けて来ていたのだから。
急ぎ動きを止めようとするもその前に弾丸が放たれる。
間一髪と言えば良いのか止めるのが若干間に合って、狙いは頭から右肩に逸れた。
右肩を撃ち抜かれた痛みと衝撃で宙を舞ったサイコ・マンティスは、すぐに戦闘態勢を取ろうと振り向いた所で数発の弾丸を受けて吹っ飛んだ。
倒れる瞬間に見たのはバットの動きを止める為に、解いたスネークがソーコムピストルを向けていた姿だった。
瀕死状態のサイコ・マンティスを確認したスネークはバットとメリルに駆け寄る。
「大丈夫か二人共」
「俺は大丈夫だけどメリルは…」
「勝手に殺さないでくれる。軽い頭痛はするし
「それだけ軽口が叩けるなら大丈夫だな」
ふら付くメリルと立たしてやると、三人で警戒しながらサイコ・マンティスに近づく。
最早虫の息である彼はもう助からないであろう事は明らかだった。
撃たれたところが焼けるように痛い。
体中が重くて鈍痛が響き渡る。
能力を使わなくたって自分が助からないであろうことは解かる。
「俺には人の心は読めても……予知能力はなかった……」
「予知能力なんていらない。未来を変えようとする勇気されあれば十分だ」
「くっ、くくく……そう言う所は
懐かしいなと思い出しては乾いた笑みを浮かべる。
笑う度に振動が身体に悲鳴を挙げさせるが、痛みの割に気分は良い。
ただ単に脳内で分泌されたアドレナリンでハイになっているだけかもしれぬが…。
大の字に横たわったまま、動く事も出来ないし動く事もしないで天井を見上げる。
「俺は今まで多くの心を読んで来た。どれもこれも醜く汚かった」
ポツリと漏らす。
俺の命がもうすぐ終わりを迎えると理解しているからかスネーク達は口を挟むことなく、黙って次の言葉に耳を傾けている。
「最初に読んだのは俺の親だ。この能力を気味悪がり恐れていたよ。我が子を疎ましく思う程に……な。次に世界の為、人々の為と嘯いては利己的な私利私欲で俺を利用しようとした研究者達。ありとあらゆる者の心を読んで来て解かった。人間はこうも残酷で残忍で自分勝手な生き物なのだろうか……と」
「だから今回のテロに加担した?」
「それもある。だがそれだけではない。俺とボス―――リキッドは昔からの仲でな。放ってはおけなかった」
本当に懐かしい。
思い起こせばあの時期は不自由こそあれど中々に楽しい日々であった。
走馬灯という奴なのだろうな。
最期の最後に良い思い出が見れた。
「スネーク……お前はボスと同等…いや、それ以上だった。お前は今まで読んで来た連中とは異なる。寧ろ俺達の同類……戦場で生を謳歌するタイプだ」
…ただビッグボスともヴェノムとも違う存在。
あの二人は戦場でしか生を謳歌出来ない上に、戦場でしか生きて行く術を知らなかった。
だが
登山や犬ぞりなんかの趣味を持っているのが良い証拠だ。
死にかけだった事でバットが治療しようとするも力を振り絞って払う。
「いらん世話だ。止めてくれ…」
「このままだと死ぬぞ」
「それで良い…もう人の心を読むのにも疲れた…」
敵である俺に対してそんな悲しそうな眼を向けるな。
こちらは余裕があればお前達の目の前でメリルに自身で頭を撃てと自殺の暗示を掛けようかとも思っていたんだぞ。
いつの世も蝙蝠は人が良過ぎるようだ。
…口は悪いがアイツよりかは
「お前達とのこの一時。俺は十分に楽しめた。感謝こそすれど恨みはしない」
そう、俺は全てを出し切って敗けた。
敗北への悔しさはあるが、それでも何故か清々しい気持ちなのだ。
ビッグボスに惹かれた兵士達もこんな感覚だったのだろうか。
さすがビッグボスの―――…。
「これでようやくあの人の下に行ける……」
思い起こすは俺を人として扱ってくれた女性。
リキッドと共にビッグボスの下に訪れた際には、ビッグボスの要望でヴェノムの所から派遣された彼女。
「彼女だけだった。俺と同じ力を持ち、様々な実験台や利用されてきたあの人だけが俺を解ってくれた。理解してくれた。俺は唯一あの人にだけ安らぎを感じる事が出来たんだ……」
もう喋り疲れた。
こんなに自分の事を語ったのも久しぶり―――いや、もしかしたら初めてだったかもしれん。
不思議な魅力のある奴らだ…。
「地下整備基地に行くには本棚の裏にある隠し扉を抜けろ。通信棟から渡り廊下を越えて…」
「どうして俺に…敵である俺達に教える?」
「なぁに……ただの礼だよ。早く行け。時間がないのだろう……俺はもう少し浸ってから……逝く…」
無言で頷いたスネークとバット、それと
これで良い。
これで良いのだ。
助かろうと思えば俺は助かったのかも知れない。
あの“蝙蝠”のコードネームを使う青年からは奴同様の気配を感じた。
触れてはいけない類のナニカ。
奴にはその加護………いいや、違うな。
“眼”が付いている。
ナニカとやらが何者なのかは知らん。
だがソレラは奴を護ろうとするのではなく眺めるだけ。
異次元からの観察者。
いや、ナニカ
今も感じる無数の視線。
時間も場所も異なる者達が俺達の行く末を眺めているのを感じる。
俺の力をもってしても
彼女も知っていたのだろうか?
もしかしたら彼女は知らなくとも彼女に残っていた残滓の方は知っていたかもしれない。
あの人の能力の元であるもう一人の彼女ならひょっとして…。
今となっては詮無き事か。
「あぁ……何故俺はこうも無力なのだろうか……俺に予知能力や蝙蝠のような医療系の力があったら……」
あの人を見送るなんて事しなくて済んだのに。
力があろうとも人である。
当然のようにいつかは死が訪れる。
意識が薄れてきた。
出来る事ならもう一度だけでも、一言だけ、ひと目でも良いから彼女に会いたかった…。
ふわりと風が吹く。
弱々しく温かみのある風に包まれたような気がした…。
閉じた瞼をゆるりと開けると足が見えた。
ただ生きた人間ではない。
なにせ透けて壁が見えているのだから、そんな半透明な人間など居る筈もない。
いや、半透明ではないが透明になれる奴がいたのだから可笑しくはいないか。
視線を上に向けると見慣れた白衣が映る。
女性だ。
それも二人。
まるで双子のように同じ見た目の。
それが誰なのか認識した瞬間、涙が零れ落ちて行く。
「そうか……そうだったのか………貴方は…貴方達はいつまでも俺を……見守っていてくれたのだな…」
能力者失格だな。
俺が求めていた存在がすぐ側に居たというのに、観ようとせずに今の今まで見つけられなかったとは…。
「俺の、願いは………叶っ――――…」
かすれて行く意識の中で、微かに小さな声で呟いたサイコ・マンティスは、穏やかな微笑を浮かべて息を引き取った。