グラズニィグラード 収容所
ここで警備に当たっているジョニーという兵士は監獄に居るアメリカ人を見て、久しく会えていない家族の事を思い出していた。
妻と出会えた事は自分の人生の中で一番の幸運だと言い切れる。
正直言って自分みたいな男が彼女と結婚できるとは信じられなかった。
食い意地は張っているし、抜けているところはあるし、胃腸が弱くてよく下痢になるし…。
ようやく子供も生まれて家族の幸せを謳歌しようとした矢先の冷戦…。
胸ポケットにしまってある家族の写真を眺めるとため息が漏れる。
なんでこうなってしまったのだろうかと…。
妻と付き合っていた頃は自由に行き来できたのに何故こうもいがみ合ってしまったのか。
大きなため息を吐き出しながら時刻を確認するとそろそろ彼に食事を出さねばならない時刻が迫っていた。
椅子より腰を上げて、食糧を置いてある小さな保管庫より適当な物を取り出す。
「今度はギンガメアジか。これ、あんまり美味しくないんだよなぁ」
自分が食べる訳ではないが前に食べた感想が漏れてしまう。
とは言っても食糧不足が深刻な問題になりつつあるココでは貴重な食糧だ。
何故燃料や弾薬、武器に車両にお金をかけて食糧が足りなくなっているのだろうか?
噂ではGRUの兵士に食糧調達任務を出したってのもあるぐらいだ。
「上の連中は良いよなぁ。美味しいもんばっかり食ってるんだろうな…はぁ~」
想像するだけでため息が漏れる。
前までは不味いと思っていたレーションが今では高級料理に見える。
ガチャン…。
扉が開いた音が聞こえて振り返ると扉が開いていた。
ジョニーがいるのは収容所内の兵士が詰める部屋で、周りはガラス越しに見えるようになっている。
鍵をかけていた訳ではないので開けようと思えば誰でも開けれる扉。しかし収容所には自分以外の兵士は配属されておらず、居るのは自分と収容されている男のみ。
まさかと慌ててテーブルに両手をついてガラスに顔をくっつけるように牢屋を覗き込むが、収容された男はベッドに横たわっていた。
首を傾げて開いた扉に近付いて、通路を見渡し閉めた。
収容所はそこまで重要に思われてないのか牢の電子ロック式の鍵以外は簡素で、作りが甘いところがある。
「ノブが緩んでたのか?あとで修理でもしておくか…」
「………動くな」
「―――ッひぅ!?」
背中に何かが突き当てられている。
感触から銃口だと分かると冷や汗がどっとあふれ出る。
背後を取られ銃口を向けられていいる状況に恐怖を感じながらも疑問が頭に残る。
背後に居る人物はどうやってここまで入り込み、背後に回り込んだのだろうか。
「ここにスネークと言う人物が収容されてますね」
「あ、あぁ…はい。お、居ります」
「鍵はお持ちですか?あるのなら渡して欲しいのですが」
「鍵は無いです」
「無い?」
「違ッ――鍵ではなくてですね電子ロックで…」
「あー、何と無しに理解しました。とりあえずロックの解除は出来ますか?」
「それは出来ます」
「――そう」
威圧するように言い放っていた相手の言葉が最後の一言だけとても柔らかく感じた。
銃口が離れたと同時に一時的に恐怖が和らぐ。
スッと背中側のベルトを通しているベルトループに何かを差し込まれた…。
銃口を下ろした相手は警戒せずに正面に回って立ち止まった。
まだまだ幼さの抜けないアジア系の少年。
仲間を全員把握している訳ではないが、こんな子供がGRUの隊員ではないことだけは理解できる。
無防備そうな少年は銃を持っているが下に降ろしている。
対して自分は大人で体格に力の差で勝っている。この近距離で襲い掛かれば銃よりも先に攻撃を与える事が出来るだろう。
ごくりと生唾を飲み込んでタイミングを計ろうとすると、見透かしたように微笑み腰のあたりをポンポンと叩いた。
「さっき貴方のベルトルーペに仕掛けを差し込んだのにはお気づきですか?」
「仕掛けだと?」
「そうっと。そうっとですよ。触って確認してください」
顔色ひとつ変えない少年に不気味さを感じて、言われるがままに背中側のベルトルーペを割れ物を触るように触れる。
通してあるベルト以外に何かが差し込まれている。カサカサとした触感で円柱形だろうか。それが何かは分からないが…。
「それ爆弾ですよ」
「――はい?」
「ウチで作られた最新技術の小型爆弾です」
「爆弾?嘘だろ?」
「あまり触らない方が良いですよ。そこから外れるとセンサーに引っ掛かって爆発します。あと、ボクより10メートル以上離れても爆発します」
「そ、そんな戯言信じられる訳が…」
「あ、信じないんですか?別に取っても構いませんが、それ威力は小さいので貴方の背中の肉と後ろ半分の内臓を吹き飛ばすんですよ。ボク、あんまり汚れたくないので…」
少年はそう言って部屋より出ていこうとする。
―――10メートル以上離れても爆発します。
「待って!待ってください!」
先の言葉が脳内に響いたと同時に縋りつくように少年に出て行かないように懇願する。
「お、俺にはアメリカに妻も生まれたばかりの子供も居るんだ。こんなところで死ぬわけにはいかない」
胸に入っている写真を見せて殺さないで欲しいと頼み込む。
写真を手にして眺めたバッドはにこっと微笑み、手を差し出した。
「何でも第一書記の軍隊がここに迫っているそうです。コブラ部隊はザ・ボスを除いてボクとスネークさんで片づけました。そしてヴォルギン派の内部にはヴォルギンを見限ってボク達の仲間になってくれた方が大勢います。
このまま行けばヴォルギンは負けて貴方たちは国を裏切った者として処分されてしまうでしょう。
ですがここでボクに協力してくれるのなら貴方たちは祖国を――世界をヴォルギンの脅威から救った英雄となる。
決して表に出すことは無い影の英雄ですが、ソ連が処分することは無いでしょう。
そして貴方が望むのであれば、ボクの上官に頼んでアメリカに渡れるように話もつけます。
どうしますか?」
俺は死にたくないという思いもあった。だが、それ以上に少年の言葉がスッと心の奥底に入り込み、家族に会える希望から力強く頷き、手を取った。
ジョニーがヴォルギン大佐から少年―――バットの仲間になった瞬間である。
薄暗い収容施設。
看守は人の良い兵士が一人。
牢の入り口は電子ロックで無線の周波数で開ける事が可能。
すでに電子ロックを解除する周波数は特定している。
相手との関係を和らげるために何かしら会話をした時に家族の話になったのだ。相手に同調するように受け答えし、相手を油断させるものあって話を深くして聞いた。その際に家族の写真を見せて来たのだが裏に周波数の数字が…。
多分忘れないように身近なものに書き込んだのだろうが、ばっちし俺に見せているのだから看守としてどうなんだ?
アメリカに住んでいたって話していたことからスパイかとも疑ったが無いな。こいつは天然だろう。
脱出の条件がそろっているが普段ならばまだしも現状では相手がたった一人だとしても逃げ延びるのは至極難しい。
スネークは痛む身体を休めながら、ズキズキと疼く右目を押さえる。
兵器廠西棟でバットと合流し、確保されていたライコフから制服を奪い取り、変装を終え西棟から中央棟、そして目的地となっていた東棟に潜入した。
バットは西棟で気絶したライコフを含めた兵士と眠らせた研究員の対応に残した。そもそも変装する相手もいないバットでは中央棟を渡ることは出来ない。それに何故か合流したときに何か絶望感漂う状態でいたのだ。もし連れていけたとしても置いていくだろう。
東棟ではソコロフとタチアナとして潜入していたEVAが会話していたのを目撃し、EVAはソコロフが制作に携わったシャゴホッドのデータを受け取っていた。彼女の本来の仕事なのだろうがあまり深く入り込むことは出来ないだろう。
兎も角、俺は任務の一つであるソコロフの救出を優先することにした。
ソコロフと合流してシャゴホッドの現状を聞くとすでにフェイズ2…つまり発射可能状態に達していて非常に不味い状態になっている。ただまだ試作品である一機のみで量産化はされていない。今ならばまだその試作品を破壊するだけで事は済む。
破壊する方法はEVAが盗んだという最先端の爆薬であるC3を用いた兵器廠ごとの爆破。
一度EVAと合流する必要性が出て来たが、とりあえずソコロフを安全なところに連れていかないと。ニコライ達に預けるのが一番か。
さて、行動に移ろうかとしていた時にソコロフと一緒に居た部屋にヴォルギンが入ってきて一発で変装がばれてしまった。いきなり股座を掴まれた時は何事かと驚いたが、まさかそれで偽物とばれた事の方が驚きは大きかった。
なんにしてもばれたからには対応するしかない。相手は銃を持っていたがCQCを駆使すれば一瞬で優位に立つことは出来た。ザ・ボスの登場が無ければ…。
ザ・ボスにCQCで負け、ヴォルギンに痛めつけられた俺は拷問室に運ばれ、手ひどい拷問を受けた。
反ヴォルギン派のメンバーリスト、アメリカの目的、潜入した仲間の居場所など聞かれたが一切答えることは無かった。
途中、ザ・ボスが俺に発信機を付けていた事が判明し、裏切ってない証の為にヴォルギンが弟子である俺の瞳を潰すようにザ・ボスに命じた。
躊躇ったザ・ボス。目を抉るというのは兵士にとって致命傷。今まで手塩にかけた弟子を失う事に躊躇ったのだろうか…。
多少の間を持って覚悟を決めたザ・ボスは証明するために銃口を俺の右目に向け、トリガーを引いた。
正面からではなく斜めに撃ったために弾丸は眼球を突き抜け、こめかみより飛び出して行った。
まだ聞き出す情報があるらしく生き残らされたらしい。
痛めつけられた個所と右目には包帯が巻かれて気休め程度の治療がされている。
万全に動く事叶わぬ現状では兵士一人倒せるかどうか怪しいとは…。
「おい」
「ん…飯か?」
「出ろ」
「なんだ。拷問か」
「え?拷問がお好みだったんですか?」
「――ッ!?バット」
「遅くなりました。助けに来ましたよ」
思いもしなかった助けに頬が緩む。
扉が看守であるジョニーによって開けられ、バットは中に入って傷口を見つめる。怪我を確認するとポーチより医薬品を取り出して治療を行う。
「ここで治療するのか?敵が気付いたら…」
「大丈夫ですよ。今頃ヴォルギンを含んだ大多数は西棟に殺到しているでしょうから」
「それとジョニーは…」
「もうボク達の仲間ですよ」
「急いでくれよ。もし見つかったら…」
「すぐ済みますよ。スネークさん。右目の事なんですけど…」
「あぁ、無線でパラメディックから聞いた。治療できないんだろ。分かっている」
「すみません」
「お前は何も悪くない。寧ろ感謝しているぐらいだ。助けに来てくれたし、それにお前の手当のおかげで痛みがかなり引いた。これなら戦えそうだ」
「今はとりあえずここからの脱出を優先します。良いですね?」
コクリと頷くとバットは銃を構えて先に立つ。
ジョニーが肩を貸そうと手を回して来た時に背中側のベルトルーペに葉巻が差し込まれている事に気付いた。
「おい、それってはm――」
「うぉ!?触るなよ!爆発するだろ!!」
「爆発?」
意味が分からず、首を捻ってしまった。
ソ連の葉巻は爆発するのか?
疑問符を浮かべているとジョニーは呆れたような視線を向けて来た。
「そこのバットから聞いたよ。最先端の小型爆弾なんだろ?まったく恐ろしい物を作るよな…お前たちも」
そんなものがあるのかと凝視したが、どう見ても普通の葉巻だ。
「まったく…」と呟くジョニーより視線をバットに移すと俯きながら肩を震わしていた。
笑うのを我慢している様子から、何となく察して笑みが零れる。
「そうだな。気を付けないと俺まで巻き込まれる」
「勘弁してくれよ。妻と子に会うまでは俺は死ねないんだ」
「なら早く出ましょうか」
スネークはバットとジョニーと共に収容所を後にした。
幼くも頼れる仲間の背を見つめながら…。
一方、西棟ではバットが言ったような大騒ぎが起きていた。
「――ぅん、ここは…」
短く唸り声を挙げながらライコフは目を覚ます。
眠りこけてしまったのか視界をぼやけている。あと、妙に股が痛い。
「動くんじゃない少佐!!」
頭を左右に振るい、座っている状態から立ち上がろうとした瞬間、聞き覚えのある大佐の叫び声が響き渡る
目をこすってから正面をジーと見つめる。
段々と良好になって来た視界にはヴォルギン大佐を筆頭に大勢の兵士が集まっていた。
視界がクリアになって来たのと同時に思考も働きだし、何があったかを思い出した。
確かトイレで見覚えのない少年兵と会って、行為に及ぼうとしたら股座を蹴り上げられたのだ。
少年だと油断したがあいつこそが侵入者だったか…。
「大佐。敵は――なぁあああああああ!?」
少年の事を話そうと身を乗り出した時になってようやく事態を掴んだ。
ライコフの周りには大量のクレイモアが設置してあった。センサーに入り込めば一瞬で蜂の巣になる。右も左も前も後ろも囲まれた状態に恐怖する。
「たたたたたたた、大佐!助けてください!!」
「分かっている!すぐに助けてやる。だからそこを動くんじゃないぞ。オイ!早く撤去せぬか!!」
「そんな!こんな数すぐには…」
「すぐには――なんだ?」
「ヒィイイイ!?」
電気を纏い始め、威圧するヴォルギンに悲鳴を発した兵士は震えながらも「最善を尽くします!」と答え作業を急ぎ始めた。
取り囲んでいるクレイモアはライコフにはセンサーを向けていない。まさに周囲を囲むように設置されており、外側のクレイモアが内側のクレイモアを捉えており、それが何重にもされているので解除に手間取っているのだ。
助けを懇願するライコフ、【男】の愛人であるライコフを助けようと焦りを隠せないヴォルギン。そんなヴォルギンに威圧されながら除去する兵士達。
そんな光景をオセロットはあきれ顔で眺めるのであった…。