銃声が鳴り響く。
たった一発の銃弾なんて生易しい音色ではない。
数十、数百、数千と続くオーケストラともヘビーメタルとも感じられる銃声の螺旋。
そこに罵声に悲鳴に爆発音が混ざり合い銃弾による演奏会はますます盛り上がる。
ジーンに賛同して反乱に加担しているサンヒエロニモ半島のソ連兵と、スネークとバットに希望を見出したソ連兵とが激しい銃撃戦を繰り広げていた。
場所は西部と東部を繋ぐ鉄橋。
ジーン側は裏切者を通すまいと必死の防衛線を展開するも、もはや突破は時間の問題となっている。
スネークとバットが暴れ回ったせいでかなりの被害が出ており、補充もままならない状態で計画を遂行しようとしているのだから人手が足りず困っている。
鉄橋に兵を回したくても重要拠点から部隊を裂く訳にもいかず、結局付近の兵士で何とか対応するしかないのだ。
「死守せよ!ここから先に進ませる訳には行かんのだ!!」
守備を任されている将校が叫び、それぞれが自身に活を入れてほんの少しでも抵抗を試みている。
手負いの獅子ほど怖い者は居ない。
ロイ・キャンベルは後方より最前線を眺めながら苦々しい表情を晒す。
すでにかなりの被害も出ているが、これ以上時間をかけるようなら撤退を視野に行動をしなければならなくなる。どれだけ疲弊したと言ってもここは敵地で戦力差はジーン側の方があるのだ。
あの二人を警戒して重要拠点の兵士は動かせなくても時間が経てば、念のために配置しているような予備の警備隊も距離があってもやって来れる。それに弾薬は無限ではない。
時間が経てば経つほど不利になる。
「くそッ…スネーク達がいれば…」
別件で動いているスネーク達を思い浮かべてもここに居ない者に頼る事は不可能だ。
苦々しく睨みつけると鉄橋を塞いでいたトラックがあっと言う間に穴だらけになって爆散した。
何事かと理解が及ばないロイは、遠目ながら随分とご機嫌そうな老人らしき人物を見つけた。
「どうだ!思い知ったか!俺を見限りジーンなんぞに付くからこうなるのだ!!」
見張り小屋の上に陣取ったその人物は高らかに叫びながら、M63軽機関銃をひたすらに撃ち続ける。
集弾性の悪いM63は命中率に難があるが、それでも殺傷力の高い重火器である事に変わりなく、掠めたり直撃した兵士は一発で行動不能なほどの怪我を負ってのた打ち回る。
敵か味方かと悩むとその老人の横に見覚えのある青年が立つ。
「すぐ弾が切れちゃいますよ」
「フハハハハハ、構わん!」
「ここにAK置いときますからね」
武器も持たずに青年は困ったような笑みを浮かべて、小屋より飛び降り戦場に舞い降りる。
ロイだけでなくその場に居たすべての味方がその光景に高揚する。
銃弾飛び交う中をたった一人の青年が駆け抜け、次々と敵を投げ飛ばして気絶させてゆく。
アニメや漫画のような光景に気分が高まる。
「バットだ!バットが来たぞ!」
「敵は総崩れだ!突っ込めぇえええ!!」
たった二人とは言え後方を完全に崩されたジーン側の兵士は混乱に陥る。
そこを見逃すほど甘い者は敵味方どちらにも存在せず、混乱に漬け込むように突き進む味方、理解した敵兵は撤退を開始。
追撃する事も可能だが今は止めておこう。
それより先に行う事がある。
乗っていたジープを前進させてバットに合流する。
「どうしてここに?スネークは?」
「ボクは皆さんの援護に。スネークさんは予定通り貯蔵庫へ潜入していますよ」
「そうか…なら俺らは俺らのやるべき事をするか」
「長話していたら来てしまいそうですね」
「俺にとっては有難い援軍。君にとっては懐かしい顔ぶれとの同窓会と言ったところか」
「出来れば戦場でなく、何処か食事が食べれるところなら文句無しなんですがね」
「提供する側だからなバットは。ところであの爺さんは?」
「味方ですよ。ここの基地司令で戦闘機パイロットのスコウロンスキー大佐です」
「おう!よろしくな若造。ところで俺の戦闘機はないか?」
「…善処しましょう」
空になった弾倉を投げ捨て、弾無しのAK-47を担ぎながら煙草を吹かすスコウロンスキー大佐にロイは苦笑いととりあえずの解答しか返せなかった。
どうして潜入で手一杯である筈なのにこうも仲間を増やせるのだろうか。
今後の事も考えて一度きちんと聞いてみるのも良いかと考えていると、怪我人を見たバットは指示を飛ばす。
「怪我人はトラックへ!移動しながら治療しますので」
「すまないな。お前だって疲れているだろうに」
「大丈夫ですよ。キュアーを使えばあっと言う間ですから」
たまに意味の解らない事を言ってる気がするが、それでより多くの味方の怪我が短期間で治るのだから良いか。
半分思考停止したような考えを抱きながら、ロイは部隊を再編成を開始して進軍を続ける。
目標は空港。
彼ら―――ニコライ達が着陸できるように空港を占拠する!
バットがロイと合流していた頃、スネークはバットが現地調達した新たな兵士三名と共に核弾頭貯蔵施設に潜入していた。
メタルギアとの正面衝突は難しいだろう。
以前のシャゴホットがいい例だ。
アレに似たような物に歩兵で挑み、核の発射を阻止するなど至難の業だ。
なので考えを変えて、核弾頭を撃てなくしてやろうとの考えに至った。
核弾頭さえ使えなくしてしまえば核の発射に怯える事はない。
ゆえに核弾頭貯蔵施設への潜入作戦が実行に移された。ただ出来る事ならバットと潜入するほうが成功率が上がるのだが、輸送部隊が確認された事で一刻の猶予もなくなり、スネーク達だけでの潜入作戦へとなったのだ。
作戦内容は核弾頭貯蔵施設に潜入し、かなりの重量がある核弾頭を運び出すエレベーター、もしくは貯蔵庫の全てを管理している機械室の破壊。後に無事に撤退することが主なものだ。
核弾頭を貯蔵している施設だけに各々警戒は厳にし、気を敷きしめて任務にあたっていた。
そう…当たっていたのだ…。
「ボス。機械室を発見しました」
「分かった今行く」
呆れを通り越してもはや笑うしかないスネークは、機械室発見の報を聞いてそちらへと足を動かす。
兵士三名。
これは味方の数でもあるが、今口にしたのは仲間の事ではない。
核弾頭貯蔵施設の警備にあたっていた敵陣営の兵士の数である。
長い通路に広い部屋を二つほど通ったのに兵士はたったの三人で、匍匐前進すれば掻い潜れるようなお粗末な警報装置が置いてあるだけ。
本当にここに置いてあるのか怪しくなってきた。
なんにしてもやる事はやり通す。
無ければまた探すし、あったなら運搬手段を失ってメタルギアへの搭載は難しくなる。
後者の場合を考えればありがたいがさてさてどうなる事やら…。
最奥にあった機械室に爆弾を仕掛けたスネーク達は来た道を戻り、広い部屋へと出た。
十字路のような通路の先はシャッターが下ろされ、警報装置が一応置かれている。
周囲には小さい小箱が並び、熱を発している機械が端で動いている。
ここまで来れば問題ないだろうと起爆スイッチを押す。
カチリと音がするだけで爆発音も振動も一切感じない。おかしいと思いつつボタンを押すが変化なし。
不可解な出来事に銃を取り出して戻ろうかとしたスネークの足元に設置した筈の爆弾が転がり込んだ。それも霜が降りるほどに凍らされて。
「この貯蔵庫の壁は脆い。危なく自身の退路まで潰す所だったぞ」
「―――ッ!?」
聞き覚えのある声に驚きつつ、銃を向けながら振り返る。
その声はザ・ボスが急に姿を消して途方に暮れていた俺を助けてくれた人物で、信頼できる数少ない戦友。
あり得ないと思いつつも期待と事実が噛みあい、自然と目が見開いた。
「パイソン…本当にお前なのか?」
「久しいなスネーク。最後にお前と一緒に任務を行ったのは十年も前だったか。お互い老けたなぁ…」
そこに居たのは昔の面影を残しながらも、どこか変わってしまった戦友の姿だった…。
仲間が一斉に銃口を向けるがスネークはそれを止める。
スニーキングスーツをベースに改良が加えられているらしきスーツに、頭には幾本もの針が刺さった男性。
手にはM203グレネードランチャーが取り付けられたM16A1。
かつての戦友に会えて嬉しさもあるがそれ以上に驚愕が先に出る。
「自らの危険を顧みず任務の達成を行う。昔からの悪い癖だ。何時までも私に世話を焼かせるなスネーク」
「爆弾を解体したのか…そんな時間は無かったはずだが」
「いんや、ゆっくり探させてもらった。それに一瞬で発火装置を凍らせれば爆発に怯えることはない」
確かにそうだ。
凍り付かす手段があるならば爆発に怖がることも解体することも容易い。いや、凍り付かせておくのなら解体すら不必要。あとは探すだけだがパイソンなら俺が何処に仕掛けるなど分かっていて当然。だからゆっくり探せたのか。
爆弾の件は理解したが、他で理解できない事がある。
「何故アンタがここに…ジーンに加担する!?いや、それよりもどうして生きている?確かアンタは死んだはずだ。ベトナムでの極秘任務で」
「そうだ。あの時俺は限りなく死に近づいた。体温調節機能が狂った俺の身体は自身を燃やすほどに際限なく温度が上がり続ける。この液体窒素の詰まったスーツを着て居なければ半日と持たない程にな―――だが、それこそが俺を最強の兵士に変えたのだ!!」
周りに冷気を放つ。
辺りに霜が降り、構えた銃は凍り付く。
それだけでは終わらずに冷気は次第に濃くなり霧のように辺りを覆って視界を悪くする。
「見ろスネーク。私が支配した戦場ではお得意のCQCも通用しない」
勝ち誇った言葉に嘘偽りはないのを理解した。
確かにこの状況にあの装備はこちらを圧倒的に不利にしている。
「先ほど何故俺がジーンに従うかと聞いたなスネーク―――それは救いだよ」
「救いだと?」
「勘違いするなよ。ジーンに救われた訳ではない。これから救われるのだ」
にやりとほくそ笑みながら呟かれた言葉はまるで他に救いがあるかの言い方だ。
そもそも何に対しての救いなのか…。
スネークはパイソンの言葉を待つ。
決してその隙に攻撃する様子も気も無く待つ。
「ベトナムより生還した俺はなスネーク。お前に対する切り札として再教育されたのだ。
CIAはお前を恐れていた。ザ・ボスを殺したお前が裏切らないかと不安で仕方がなかった。もしも裏切った時にお前を止める手段を求め、お前を暗殺できる兵士が必要になったのだ」
「まさかそれであんたが選ばれたのか!?」
「そうだ!勘が鈍らない為に俺は
悲痛な声が室内を木霊する。
パイソンという男を知っているだけにその声色は彼がどんな悲惨な事をやらされてきたかを忠実に物語っていた。
「戦場で何人殺したか覚えているか?俺は覚えている!!」
「止めるんだパイソン!俺はアンタと戦いたくない」
「無理だな。止まるにしても俺はあまりに多くの者を殺し過ぎた!もう止まる事も引き返す事も出来ない!!」
殺意と銃口を向けられスネークも戦闘態勢を取ろうとするが、どうしてもこの男とは戦いたくない。
だからこそ一瞬戸惑った。
「その悪夢も今日で終わる。
救いというのはジーンの反乱では無く、この俺…。
奴は自身からの解放を願っているのか…。
歯を食いしばり、スネークは凍り付かされているM1911A1を仕舞いAK-47を構える。
トリガーを引き絞って弾丸をパイソンに撃ち込むが、弾丸はスーツに直撃したところで止まり、貫通するどころか肉体を損傷させることは出来なかった。ぽろぽろと弾丸が落ちる様子を眺めたパイソンはM16A1による銃撃を行ってくる。
「ボス!援護します!!」
「止めろ!お前らは手を出すな」
「賢明な判断だ。この冷気の霧の中では間違ってスネークを撃つかも知れないしな」
スコウロンスキー大佐を思い出す。
同じように銃弾を防いだだけでなく、触ったものを凍らせることが出来た。
下手に接近戦を挑めば銃や手が凍り付かされる可能性が高い。かと言って銃撃戦を仕掛けても肉体にダメージは見受けれない。
まさに不死身かとも思うその様子に苦虫を噛み締める顔をする。
柱に身を隠しながら時たま牽制射を行いながら必死に考えを巡らせる。
が、パイソンがそんなに悠長に待ってくれる筈もなかった。
グレネードの発射音が聞こえ身構えると、周囲の冷気の濃さが上がって身体が一気に冷える。
普通のグレネードではない。
液体窒素が含まれた特殊なグレネード。
もう少し近ければ凍り付いていたところだったろう。
安堵するには早すぎる。
濃い冷気の中からパイソンが飛び出し、スネークを掴もうと手を伸ばしてくる。
咄嗟にAK-47でガードするもみるみるうちに凍り付き、手まで凍る前に手放した。凍り付いたAKを投げ捨てるとM16A1を構えて来る。大慌てでジグザグに距離を取って柱の裏へと跳び込む。
柱に銃弾が直撃して甲高い音を立てる。
接近戦を挑めば触れた瞬間に手が凍り、銃弾は液体窒素で満たされたスーツにより防がれ、離れればM16A1による銃撃、またはM203グレネードランチャーからの液体窒素入りのグレネードによる武器の冷却。
「何か手はないか…」
悶々と考えるも思い浮かばない。
こういう時はアイツが変な事をするだろう。
けど今は自分しかいない。
妙に狡いバットはロイといるんだから…。
「殴り合えばいいんじゃないかな?」
脳裏にサムズアップしたバットが妙な事を口走っている光景が流れる。
アイツならやりそうだ。
しかもやった後に「冷たッ!?」とか言って凍った手を温めようと必死になる様子まで……。
スネークはふとある事を思いついた。
馬鹿馬鹿しいが普通に考えてそれなら勝機はあるし、上手くいけば戦友を殺さなくて済むかも知れない。
「おい!グレネードは持っているか!?」
そこに居るであろう仲間に叫ぶ。
勿論パイソンにも聞こえているだろうが関係ない。
寧ろ止めることは不可能だと確信している。
「持ってます!!」
「なら投げろ!破片手榴弾でも
「無駄だスネーク!この霧の中では俺は何処に居るかも分かるまい!!」
パイソンの言葉は正解である。
この白い霧の中では位置が解らず投げたところで有効打になるか不明。
だが、スネークにとってはパイソンの位置など知らなくても良かった。何故なら――。
「俺が居る所以外に撒き散らせ!!」
意図を理解してない仲間はとりあえず指示通り投げる。
理解したパイソンは阻止しようと冷気を放出しようとするがさせまいとトリガーを引いて妨害する。
辺りで爆発が起き、冷気の霧は吹き飛ばされる。
同時に白燐による燃焼で室内の温度が上がり、小箱などが燃えて一部では小さな火災が発生している。
やられたと言わんばかりにパイソンが苦い顔をする。
「くっ…小癪な真似を…」
「冷却スーツと言っても無尽蔵ではない。ここを冷やした分量に加えて今の熱を消すためにどれだけ消費する!」
額より流れ出た汗を拭いながらパイソンはスネークを睨みつける。
スネークが言ったように冷却スーツの冷気で冷やすにも限度がある。
窮地へと追いやられどうするかと悩むパイソンの前でスネークは持っていたMk22とM1911A1を地面に置いて対峙する。
「拳だ…」
「なに!?」
「俺はアンタを殴って止める!」
銃を構えている相手に肩を回して解しながら歩み寄って来るという行動に、先ほどの言動。さらには戦士としての強い光を持った瞳。
意図を察したパイソンは笑みを漏らしてM16A1を同じように置いて指をぽきぽきと鳴らして解す。
お互いに近づいて手を伸ばせば触れれる距離まで近づき立ち止まる。
拳を握り締めた二人はファイティングポーズを取る。
タイミングを示し合わせも無しにお互いの拳が相手に向かって突き出される。
殴る。
躱す。
蹴る。
受け流す。
関節を決める。
突き飛ばす。
頭突きを喰らわせる。
肘打ち……etc.etc.
そこには軍隊格闘戦は存在せず、自身の身に沁み込んだ技術を用いておきながらの単なる殴り合い。
大の大人が繰り広げた大喧嘩だった。
顔面を殴りつけられようとも、胸部を強く蹴られようとも二人共一歩も退かない。
雄たけびを挙げながらの猛攻に外野になってしまった兵士はただただ眺めるばかり。
酷い喧嘩だ。
でもどうしようもなく魅入ってしまう。
ちょっと前まで殺し合いをしていた男達が楽し気に笑顔を浮かべているのだから。
身体中に痣が出来ているだろう。
何発も殴り、蹴り、どつき合った両者には徐々に疲労が見え始め、パイソンが勝敗を決めようと先に動いた。
勢いのついた渾身の一撃。
昔からそうだった。
パイソンは昔から熱中したり負けが込むと熱くなりやすい質で、感情が高鳴るにつれて隙が生まれる。
大振りの一撃を頬を掠めながらも躱し、逆にスネークが放った一撃がパイソンの顎を打ち抜いた。
もろに決まった衝撃に脳が揺れ、ぐらりと身体が傾いた。
何発も打ち合った身体には相当堪えており、限界に達したパイソンは耐え切れずに倒れ込む。
その様子に満足げに笑ったスネークも仰向けに転がった。
荒い呼吸を繰り返し、お互いに倒れた現状に次第に笑みが漏れ、二人して馬鹿みたいに笑いだす。
「昔から熱くなり易いのは変わらないな。だから賭けでの負けが込むんだ」
「十年も前の事を持ち出すな。あの頃とは違う」
「どうだかな。現にそうだっただろうが」
「アレは違う。寄る年波に負けたんだ」
「そうか…ならそう言う事にしておいてやろう」
清々しい気分で以前のような話す二人は次第に笑みを抑えていく。
天井を見上げたまま深い息を吐く。
「もう止まれないなんて言うなよ。それは止まろうとしない奴の言い分だ」
「スネーク…俺は多くの――」
「俺も殺した。今までの任務で多くの奴を殺して来た。恋人が居ただろう。家族が居ただろう。成し遂げたい事もあったろう。そんな奴らを俺も殺して来た」
悲しみを纏った言葉にパイソンは耳を傾ける。
「今でも夢に見ることがある。死んだ奴らの顔が浮かび上がってくるんだ」
「…スネーク」
「これは俺の罪だ。国の為、任務の為と言いつつも俺が犯して来た罪だ。だから俺はこの罪を背負って行く。パイソン、罪から逃げるな。それこそ俺達が戦わなければならないモノだ」
最後の一言を聞いたパイソンは安らかに笑う。
コイツは昔のスネークでは無いと悟ったのだ。
「変わったなスネーク」
「――そうか?」
「以前と一皮剥けた気がする」
そう言われて妙にくすぐったい気持ちになる。
小恥ずかしく頬を掻きながら、そうだと話題を変えようと口を開く。
「会わせたい奴がいるんだ。俺やお前とは違った意味で異質な奴を。アイツに会えば考え方も変わるだろう」
「そう言うからには相当変わった奴なんだろうな」
「ああ、非常識の塊みたいな奴だ。知ってるか?蜂の巣から軟膏のチューブが採れるのを」
「なんだそれは?」
二人してまた笑い合っているとガヤガヤと声と足音が遠くから聞こえてくる。
どうやらここを襲撃した事がバレたらしい。
音からして結構な数だろうと予測できる。
スネークは痛む身体に鞭打って立ち上がり、パイソンへと向き直る。
「騒がしくなってきたな」
「結構な数が居るが俺達二人がいれば問題はない。そうだろ?」
手を差し伸べて、パイソンが立ち上がり易いように手伝ってやる。
すでに満身創痍の状態だが、俺とパイソンが手を組めばどんな敵だって勝てる。
確証もないが今はそんな気がするんだ。
「あぁ、確かに―――な!!」
差し出した手を握り、引っ張り起こす。
すると引っ張った勢いに合わせて一歩踏み込んだパイソンは鳩尾に拳を叩き込んで来た。
まさかの攻撃に防ぐことも構えることも出来なかったスネークは痛みに耐えきれず膝をつく。
慌てた兵士が駆け寄って支えながらパイソンを警戒するが、こちらに対して闘う気はないようにみられる。
「おい、これを渡しておく。別ルートで脱出できるはずだ」
「パイソン…なにを…」
支えた兵士に地図を渡し、床に置いていたM16A1を担いで背を向ける。
パイソンが何をしようとしているのか?
聞かなくとも分かってしまったスネークは、必死に止めようと届かない手を伸ばす。
「そう言えばポーカーでのツケを払ってなかったな」
仰ぐように天井を見つめながら呟いた。
それ以上は言わないでほしい。言うんじゃない。
何故俺の足は動かない?何故俺の手は奴の背に届かない?何故…何故…。
「また会った時はツケを返させて貰おう。なぁに、今度は俺がお前に勝ちまくってやるさ」
「…止めろ…待つんだパイソン…」
出入り口へ進んでいたパイソンは立ち止まり、ゆっくりと振り返った。
「だからそれまで無事で居るんだぞ、スネーク」
俺は忘れないだろう。
あんな爽やかな死と生が入り混じった微笑を。
馬鹿みたいに格好をつけて行こうとする
俺は絶対に忘れはしない。
スネークは涙を流し、銃声を背で感じ、核弾頭貯蔵施設から脱出するのであった……。