窓から朝日が覗き込み、今や希少種になりつつある自然界で生きる鳥の鳴き声が耳に届く。
日差しを浴びて顔を顰めながらゆっくりと瞼を持ち上げ、ぼやける視界を頼りに時刻を確認する。
朝の5時43分。小さく唸り声を漏らしつつ、背筋や腕を伸ばして身体を楽にする。意識が徐々に覚醒し始めた事で今日もあの『メタルギア』というゲームをプレイしようとベッドから立ち上がる。出来るならずっとプレイしたいのだが規則が邪魔をしてそれをさせてくれない。例えば一日12時間しかプレイ出来ないとか、三時間プレイしたら最低でも一時間の休憩を取ることなどである。ゲーム機のルールもあるが人間としてちゃんとした食事もとらなければならない。
しかめっ面で冷蔵庫を開けて桃色のパックを取り出す。パックには【たらこのスパゲッティ味】と書かれ、中身は桃色の粘土のようなものが収まっている。フォークを手に取り一口含むと重く、粘り気の強い感触が口内に伝わり、微妙に書かれた料理の味らしきものが広がる。
正直言ってあのゲームで味わったらこれまで普通だったご飯が美味しく感じない。
大きく息を吐き出して、一気にかき込んで無理やり飲み込む。栄養摂取という食事を済ませた宮代 健斗は片付けることもせずにゲーム用のヘッドギアと被り、ゲームを起動した。
どうもあのゲームはリアルタイムゲームらしく、リアルの時間とゲームの時間進行が同じでこちらが朝なら向こうも朝だろう。日時と時間指定のイベントがあるならいくらか見逃しているかもしれない。やりこみ要素と考えれば悪くも無いが…。
ゆっくりと目を開けるとブロンドの美女が着替え中だった。
いきなり自分が覗き行為しているような事実を告げたくないが事実なのでしょうがない。イベントを見逃すかも知れないとは言ったけどまさか急にこんなイベントに当たるなんて。本当にどういう状況だよ!?
黒い下着姿の女性に釘付けになっていたがいけないと自分を律して横を向く。すると無精ひげを生やしたバンダナを巻いたおじさんがガン見していた。もはや隠す気がないのだろう。振り向かれたら一発アウトなぐらい目を見開いて見つめている。さすがに駄目だろう。
「そんなにガン見してたらばれますよ」
「――ッ!?」
女性に対して失礼だし、ばれたときの事を考えたら彼も不味いことになる。一番にここに黙っているのも辛いのでおじさんにぼそりと呟く。
おじさんはベッドの上に無防備に座っていたが素早く腰を上げながら、銃とナイフへと手を伸ばした。
【CQCモードを起動します】
脳内に機械音声が流れると同時に目の前の景色が静止した。
いや、静止したというのは違った。静止に近いぐらい世界の時間が遅延したのだ。素早く伸びていた手が急にゆっくりとなって握るまで数十秒かかりそうだ。そして視界には矢印と自分の身体から影のものが点々と浮かび上がっていた。
よく分からないがとりあえず浮かび上がる影に重なるように身体を動かしていく。世界がスローモーションになったからといって自分が素早く動ける訳でなく、10秒かけて動くのが6秒に変化した感じであった。
「ぬおっ!?」
「ビックリしたなぁ…もう」
「誰ッ!?」
「撃つな!!」
影の通りに動いたらあっという間におじさんを取り押さえていた。大きく安堵の息は吐き出しながら言葉を漏らすと、着替え途中だった女性が気付いて近くに置いてあったモーゼルを構えられる。さすがに距離があり過ぎてCQCモードというのは発動しないらしい。
動けずにただ見つめているとおじさんのほうが制止してくれたので撃たれずに済んだ。
今更だがこのおじさん…この前ボロボロだったおじさんじゃないか?
こんなジャングルの真ん中にあるような廃墟のほうが、最新の集中治療室よりゆっくり休めたとは皮肉だな。軽く肩をまわしたりと筋肉を解して上半身をゆっくりと起こすと目の前で女性が着替えていた。
彼女は『EVA』。元NSAの暗号解読員で1960年に『ADAM』と共にソ連に亡命し、書記よりスネークイーター作戦の協力として遣わされた。本当なら『ADAM』が来る予定だったり、亡命した二人は両者男だとブリーフィングを受けていたりと伝えられた事が大分変わっている。
それよりも目の前のことのほうが大事か。
EVAは背を向けている為にまだこちらに気付いてない。寝たふりをしてではなく上半身を起こした状態で見つめる。本人的にはばれないように視線を多少は逸らしているようだがほとんど見入っている。
「そんなにガン見してたらばれますよ」
「――ッ!?―ぬおっ!?」
起きたばかりと言っても周辺の注意は怠っていなかった。なのに唐突に声をかけられた事に驚き、腰のホルスターに収めてあるM1911A1カスタムとナイフに手を伸ばすが、それよりも早く腕を取られて抵抗する間もなく組み伏せられた。ザ・ボスには至らないとしてもかなりの腕前を持っていることが理解出来た。
痛む関節部分に無理をいわせて相手の顔へと顔を向ける。すると戦場には似つかわしくないアジア系の童顔の少年が大きく息を吐きながら笑みを向けていた。見覚えのある顔に敵でなかったことに安堵する。
「ビックリしたなぁ…もう」
「誰ッ!?」
「撃つな!!」
こちらに気付いたEVAが警戒しつつモーゼルを構えてトリガーを引こうとする。大慌てで叫ぶと顔を顰めながらトリガーから人差し指を離して待機した。銃を降ろされた事でさきとは違って安堵感から息を吐き拘束を解いた。
「すみません驚かして」
「ああ、確かに驚いたがこちらの油断もあった」
「ちょっと、私にも紹介してくださる?二人は知り合いみたいだけど」
「えっと、初めまして。ボクはバット。上よりスネークさんの手伝いをしろって言われてます。宜しくお願いします」
「俺はもう知っているだろうが改めてスネークだ。宜しく頼む」
「私はEVAよ。よろしく」
「でだ、君は何が出来るんだ?」
先ほどのCQCの実力からかなりの実力者だという事は分かった。が、戦闘能力が高いからとすべての作戦で有能であるかは判断できない。特に潜入任務では戦闘行為を行う事よりも避けるようにしなければならない。それに協力と言っても潜入ではなく、物資の提供や別働隊として別任務の事かも知れない。これから任務を行なうにあたって役割は確めておかなければならない。
スネークの言葉に小首を傾げるバットにEVAは顔を顰める。まぁ、気持ちは分かるが…。
「そうですねー。戦闘行為から潜入……後は武器弾薬の提供など如何でしょう?」
「武器弾薬なんて何処にあるのよ」
「まさかその小さなポーチに入っているなんて言う訳ではないよな」
「ええ、まぁ。ポーチに入っているのは僕が使う弾薬や医薬品、まだ吸わないけど葉巻が数本入っているだけなので」
「葉巻を持っているのか?何処のだ?」
「えぇと、キューバでしたかね。どうです一本?」
「頂こう」
渡された葉巻を手に取り香りを確める。確めると慣れた手付きで先端を切り、火をつけながら咥える。その間にバットがジェスチャーでベッドから降りてくれと伝えてきたから避けて、煙を蒸かしながら見つめていると退かしたベッドの下はちょっとした空間が空いており多数の武器が収納されていた。
「どうです?それなりには品揃えは良いと思いますよ」
「よくこれだけ持ち込めたものだ」
「全部現地調達ですけどね」
「現地調達?それはそれは」
予想以上の能力に驚きながら渡されたSVDの感触を確めながら各部に異常が無いかを確認する。少し土で汚れていたものの多少整備すれば問題はなかった。スコープを覗き込み構えるとがたつきもなく、安定もして中々の一品と大きく頷く。
満足気に銃を降ろしたスネークにホッと胸を撫で下ろしたバットは何かに気付いて窓へと視線を向ける。それでという訳ではないがスネークも窓の外の異変に気付いた。
「どうしたの二人して?」
「いえ、外に誰か居るような気がして」
「当たりだ。外に複数人居るな」
外を覗くと迷彩服ではなく制服を着こなしている事からエリート兵なのだろう。完全ではないが足音や気配を最小に押さえながらこちらへと向かって来ている。顔は他の兵士と同じで覆面で隠しているが他と違って赤いベレー帽をかぶっていた。
見えないように相手を探っているとEVAも相手を見て眉を潜めた。
「不味いわ。山猫部隊よ」
「山猫部隊?」
「GRUの特殊部隊スペツナズから選ばれたオセロットのエリート部隊よ」
「武装はショットガンに…なにあれ?」
「M63軽機関銃だな。見たのは初めてか?」
「えっと、まぁ…そうですね。で、どうします?撃退しますか?」
「逃げたほうが良いわね。GRUの兵士も複数連れて来ているし」
言われた通り山猫部隊の周りに迷彩服の兵士たちが集まってきた。数にしたら合計で20ほど。相手にするよりは逃げたほうが良い。特に敵内部で情報収集しているEVAは即刻離脱したほういいだろう。
「バット。銃の扱いは?」
「出来ますけど……殿ですか?」
「お前だけじゃなくて俺もだ」
「二人で相手をする気なの?」
「君が離脱するまで引き付けるだけだ。隙さえあればバイクで突破出来るだろう」
「ええ、問題はないわ」
「こっちも問題はないだろう。武器もこれだけあるし、バットの実力を見るにはちょうど良い機会だ」
「実力テストですね。了解です。ちなみに派手にやってもいいんでしょうか?」
「ここらは放射能の事もあって彼らみたいに目的が無い限り近付かないわ」
「つまり今なら問題ないということですね」
バットはAK-47を二丁取り出し床に置き、ユニフォームを手に取った。
「スネークさんは―」
「さんは付けなくていい。スネークで十分だ」
「ではスネーク。何が要ります?」
「そうだな。赤外線ゴーグルにSVD……あとはMk22サプレッサー、XM16E1とMk22弾薬か」
「ユニフォームは要らないですね」
「要るなら好きにしてくれ」
「了解です。なら行きますか」
ニコリと笑うバットと視線が合う。その瞳には恐れの感情はまったく窺えず、力強く感じた。妙な安心感を覚えつつ二人は入り口に向かって行くのであった。