異論は認める。
………突然だが。
俺の交通ICカードは“神さま”だ。
とは言っても、生れたばかりの“ちっぽけな神さま”なんだけどな。
………なあ、知ってるか?
神さまにだって“願い事”があるんだってよ。
明日晴れますようにとか、お賽銭増えないかなとか、自分の好きなものを理解してほしいとか。
俺は、神さまってもっと凄い存在で、そんなこと思ってるなんて欠片も考えたことが無かったよ。でも、よく考えてみれば古事記とかで神さまの失敗談や情けない話が伝わっているわけで。
神さまって言っても、その心は人間と変わらないんだな。
で、だ。
何でこんな話をしたかというと。
今、車窓に手を付けて流れる景色を見ている“ちっぽけな神さま”にも願い事があるんだってさ。
本人、いや本神? 本柱? はちっぽけな願いなんて言うけど。
俺にとっては、とっても大きく思える願い事。
誰かを明るく照らせるような。
キラキラ輝く“お日様”みたいな。
そんな“立派な神さま”に、なれますように。
そんな眩しい願いを持つ“ちっぽけな神さま”との旅を忘れたくなくて。
こうして手帳に記録することにした。
…………目下の悩みは、記録がグルメレポートと化していることだ。
ガタン、ガタンとレールの繋ぎ目で音を立てる電車。
その中程の車両、ボックス席に俺は座っている。
………い……。
一定のリズムを刻む振動が心地よい子守唄になり、車窓から差し込む小春かな日差しを布団にして、俺は目を瞑った。
日頃の仕事疲れももちろんあるが、それ以上に前の二つが余りにも魅力的だった。
こっくりこっくりと漕いでいた舟は、ついに沈んでしまった。
……おい……。
電車は都市部を離れ、今はのどかな町並みを進む。
これが、もう少しすれば今度は建物よりも緑が多くなるのだろう。
……目を覚まさんか……。
けれど、目的の駅はその手前。
だから、彼女が俺を起こそうとするのも当然である。あるのだが、
「……あと五分………」
「……たわけッ! 乗り過ごすぞ!」
お叱りの声と共にガツンという衝撃が頭に落ちる。
同時に聞こえた、ガアンッという音。
「ぬおおおおぉぉぉぉッ!!」
あまりの痛みに、頭を抱えて蹲る。痛みの原因を涙でにじむ視界で探せば、金タライが目に入った。あれが降ってきたのか………。
その金タライも役目を終えて、すーと姿が薄れて、ついには消えてしまった。
「も、もう少し丁寧に起こしてくれよ、アマテラス様」
「たわけ! 三度も声をかけたのに起きないヌシ殿が悪い」
じんわりと涙で歪む視界の中に、ふわふわと浮かぶ、二つ結いのおさげをしたテルテル坊主を見る。
顔を怒りで赤らめて、ぷんぷんと湯気を出している。
因みにサイズは小指の爪くらい。何ともコミカルでファンタジーだ。
だが、このお方こそ、天界のトップ。
ヒトの世をあまねく照らす、めがみの中の大めがみ。
導きのめがみ、アマテラスオオミカミ様だ。
天から見下ろす太陽は彼女のお陰で輝いており、縁側で日向ぼっこ出来るのも彼女のおかげである。
「つまり、俺が居眠り漕いたのは小春かな日差しのせいで、巡ってアマテラス様のせいだな」
「ワシのせいにするでない! どう考えてもヌシ殿が悪いじゃろ!」
「ですよねー」
ともかく、アマテラス様はその絶大な神通力を以てして、世を照らしているというわけである。
だが、残念ながら拝んでもご利益はない。少なくとも俺は無かった。
あれか、化身のテルテル坊主モードだったからか?
めがみモードだったら御利益あるかもしれんな。今度アマテラス様がめがみモードになったときに拝んでみるか。
しかし、化身とは言え、何でこんな姿にしたんだろう?
まあ、てるてる坊主って晴天を願う人形だし、『お日様』の女神であるアマテラス様とは関連はあるけどさ。
けど、てるてる坊主って首吊り人形だし、雨降ったら首チョンパだしで何か扱い酷いじゃん。
何より坊主って男じゃね?
アマテラス様はてるてる尼か?
「なんじゃ、そんなに見つめて。ワシの顔に何か付いておるのか?」
「いや、何も」
むしろ、無いんじゃない?
威厳とかさ。
だって『アマテラス』がてるてる坊主だぞ?
とてもじゃないが伊勢神宮には教えられん。
せめて、大神のアマテラスなら少しは威厳あったのに………あっちはあっちでモフモフしてて威厳薄いけど。
あるいは、普段からめがみモードなら、解決するんだけどなぁ。
なにせ可憐な美少女だし。調子に乗るから本人には絶対言わないけど。
「いいから降りる準備をせい。もうホームに入ったぞ」
「っと、いっけね」
アマテラス様に急かされて、俺は網棚からリュックサックを下ろして背負う。
そして窓枠に置いてあったハッピーコーヒーのカップと、ICカードを手に取り………
「あれ?」
「なんじゃ、はようせい」
「いや……ツクモが居ないんだけど」
そう、俺のICカードに宿った『ちっぽけな神さま』の姿が見えないのだ。
いつもは駅を降りる時は、肩に乗ったり、胸ポケットに入ったりする準備をしているのに。
もしかして着替えのために、ICカードに入っているのかと思って声をかけてみるも、反応はない。
試しにICカードを逆さにして振ってみても、ツクモが出てくることはなかった。
おみくじじゃないんだから、当たり前か。
「アマテラス様、ツクモがどこ行ったか知りません?」
「たしか……ヌシ殿が渡したガラス玉を眺めておって……列車のブレーキのせいで座席の下にガラス玉が転がっていって……それを追いかけ」
アマテラス様の言葉を最後まで聞かず、俺はバッと座席の下を覗く。
ジュースの空き缶が立っていた。
「……は?」
いや、違う。
缶が立っているのではなく、上半身が空き缶の中に入った少女が立っていた。
しかも、それがフラフラと歩き回るという斬新な機能付き。
『ヌシさま、助けてくださーい!』
「ツクモか!?」
発見と同時に、発車を知らせるベルが鳴り始める。
取り敢えず考えるのは後回しにして、俺はその前衛的な缶ジュースを掴むと、発車のベルに焦りながら降車ドアへ走るのであった。
「それで、一体全体どうしたら缶ジュースに頭を突っ込むことになるんだよ?」
駆け込み乗車ならぬ駆け降り降車をやらかした俺は、駅員さんに白い目で見られた。
ホント、すみませんでした……みんなはやらないようにね。
それから駅を出て、近くにあった公園のベンチに座りこんで、手に持った缶ジュースに話しかける。
何を隠そう、この缶ジュースに身体を突っ込んでいる体長十五センチほどの少女こそ、俺のICカードに宿った『ちっぽけな神さま』こと、ツクモだ。
因みに、名前は九十九神から来ている。
『えっと、ヌシさまがくれたビー玉を眺めてい』
「その辺はアマテラス様に聞いたからカットで」
ツクモの言葉は、缶のせいでくぐもっていて聞き取りづらい。
手のひらに乗った彼女を、耳のそばに近づけて会話する。
『落っこちたビー玉が、缶の中に入っちゃったんです』
「まさか、取り出すために身体突っ込んで、抜けなくなったのか?」
『………はい』
なんでや、缶をひっくり返せば取れるやろ。
と思ったが、ツクモの身長は十五センチあまり。缶ですら自分の身長を超えることが侭ある。
それをひっくり返すのは、ツクモにはだいぶ手間なことだ。
そう考えれば、缶の口に身体を突っ込むのも分かる気がする。
「取り敢えずヌシ殿、引っこ抜けんかの?」
『お願いします、ヌシ様』
アマテラス様の提案に、ツクモが頷く。
もう一度言うが、今のツクモは缶に身体を突っ込んでいるせいで、彼女の言葉がひどく聞きづらい。
だから、ツクモを手のひらに乗せて耳元まで持ってきていた。
そんな彼女がぺこぺこと頭を下げるものだから、缶が俺の頭にガンガンとぶつかるわけだ。
たいして痛くもないけど。
俺はツクモを一旦膝に乗せた後、右手で缶を掴む。
そして左手でツクモの細い両足をつまむと、ぐっと引っ張ってみる。
だが、しっかりとハマってしまったのか、簡単に抜けそうにない。
『イタタタタ! 痛いです、ヌシさま!』
「あ、すまん」
慌ててツクモを引っ張るのを止める。
残念ながら、一センチも抜け出せていない。もう少し頑張れば多少は抜けたかもしれないが、ツクモが痛がるので無理はできない。
「もういっそ服ってことにするかの?」
『なるほど、ツクモ缶ですね!』
「いや、無理だろ」
というか、俺は嫌だよ。
何が悲しくて空き缶に足が生えたのと旅しなきゃならないんだ。
だいたいツクモ缶って何だよ。金の天使なら1枚、銀の天使なら5枚で交換出来るのか?
因みに、あれ、銀の天使は意外と当たる。俺は銀の天使で缶を3缶貰った。
金? 都市伝説だろ。
「しっかし、どうすっかな……」
「缶を切れんかの?」
「切ろうにもハサミとか持ってないし」
たとえ持っていても、口の部分は硬いから切れない。
あー、でも今の状態よりはマシか。前が見えるようになるし。
「アマテラス様、なんかこう、ちょちょいのチョイで何とかならない?」
さっきタライ出してたじゃん。
あんな感じにハサミ出してくれればいいんだけど。
「む、そうじゃな」
「お、出来るの?」
「任せておけ、むむむ……ほい!」
パアァとアマテラス様から光が発せられ、それに合わせて俺の頭上にも光が集まって……ん? タライと同じ?
「あっぶねえ!」
光が集まって形成されたのは、間違いなくハサミだ。
そしてタライと同じように俺の頭に落ちてきて、俺は慌ててその場から飛び退く。
ハサミは俺の髪を数本散らした後、地面に突き刺さり、すぅっと消えていった。
「すまんすまん、ヌシ殿の頭上に形成するようセットしておったのを忘れておった」
「勘弁してくれよ、ヒヤリハット事例だよ、ハインリッヒの法則だよ」
マジでヒヤリとした。背中が冷や汗で冷てえ。
ちらりとツクモを見れば、ベンチの上でオロオロしていた。
周りが見えない中、俺たちの会話で何かが起こったことはわかったのだろう。
しかし、何が起きたのかがわからないし、俺たちが何処にいるのかも分からない。
そんな中でも、こちらを心配して座っていられなかったのだろう。
「あー、ツクモ、取り敢えず怪我とかは何もしてないから安心しろ」
『本当ですか?』
「ホントだ。だから落ち着いてその場に座れ。あと二、三歩歩いたらベンチから落っこちるぞ」
取り敢えず、その場にツクモを座らせ………あれだな、座ると空き缶が逆さに置いてあるようにしか見えないな。
このまま置いていったら、間違いなくゴミ箱にシュートされるわ。
「気を取り直して、もう一度じゃ」
「今度は大丈夫だろうな?」
「うむ、任せておけ」
さっきと同じようにアマテラス様が光りだした。
だが、今度は俺の頭上ではなく、丁度胸の高さで光が集まっている。
その光が何やら形作り、光が収まった時には、目の前には断ちバサミが浮いていた。
「断ちバサミかよ、缶を切るにはデカくね?」
「大は小をかねると言うじゃろ」
いや、モノには適正と適切というのがあるんだが。
正直、こんなの逆に切りにくいわ。間違ってツクモまで切りそうだし。
「慎重に切れば大丈夫じゃ」
『私、ヌシさまを信じてます!』
「プレッシャーかけんじゃねえよ!」
とにかく、慎重に行わねばなるまい。
目の前でふよふよと浮いている断ちハサミを手に取り、ツクモを再び膝に乗せる。
それから、缶の底を切るためツクモを押さえつけて、断ちバサミの刃をあてがう。
そして、ゆっくりと断ちバサミに力を入れ………たところで時間切れ。
断ちバサミはすーと消えていった。
「………」
「い、いやいや、今のは早く切らないヌシ殿が悪いじゃろ!」
そりゃ、一理あるけどさ。
それよりもアマテラス様がハサミの顕現時間を伸ばすのを忘れたのが原因だろ。
「はあ、いいからもう一回出してくれ。今度はすぐに切るから」
「あー、それが、じゃな」
いつもはきはきしているアマテラス様が、珍しく言葉を濁す。
「なんだよ?」
「……すまぬ、神通力が切れた」
…………絶大な神通力()
「し、仕方ないじゃろ! この化身は御霊分けした分体、それほど多くの神通力は持てんのじゃ!」
「じゃあ、めがみモードになればいいじゃん!」
「簡単に言うでない! どれだけ願い事のスケジュールが埋まっておると思っておる。そう簡単に本体になどなれんわ!」
神格試験の時はいつも本体じゃん。
それ以外にも、他の女神に会うときは大体めがみモードだし。
「あれは神格試験に合わせて必死で仕事を終わらせておるのじゃ! それに、他の女神に会うのに分体とか、失礼じゃろ。じゃから仕事より優先して本体になっておるのじゃ!」
やだ、女神業界、思ったより会社っぽい。
女神が社長で、眷属や分体は社員。
他の女神(社長)に会うのに、分体(社員)を出すわけには行かないってか?
しかも、相当ブラック企業。
そう言えば、人々の願いに目を通すだけでも一苦労とか言ってた。
そりゃ、自分の仕事を押し付けられる新しい女神が欲しくなるわけですわ。
「結局、アマテラス様には頼れないわけか」
どうすっかなぁ。
リュックサックの中になんかないかな?
えーと、タオル、手帳、筆記用具、財布に携帯、それと……
「携帯用シャンプー? こんなの買ったけ?」
「この間、草津の温泉に行った時に買ったではないか」
「ああ、そうだそうだ。確かに買ったわ」
草津は良かったなぁ。
もともとはツクモのもののけ退治で草津に行ったのだが、草津に行く道中の電車で、温泉まんじゅうや温泉たまごの話をツクモにしたら、ツクモの目がシイタケになってね。
もののけ退治がスムーズに行ったら、温泉入って、まんじゅうとか食べようかなんて言ったら、ツクモの奴、銀のもののけを神通銭も使わずに瞬殺しおった。
げに恐ろしきはツクモの食い意地。
温泉? よかったよ。
思わず、あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ~、って言っちゃうくらいには。
ツクモとアマテラス様?
アマテラス様がちゃっかりめがみモードになって、二人で女湯ですが何か?
「そう言えば、昔、俺がおもちゃに指を突っ込んで抜けなくなったとき、母さんが石鹸を使って抜いてくれたっけ」
石鹸でヌルヌルになって、すぽんと抜けたんだよな。
ふむ………同じ要領で行けるか?
「ツクモ、服が濡れるけど大丈夫か?」
『大丈夫です、ヌシさま。ICカードの中で着替えをすれば、すぐに綺麗になりますから!』
わー、うらやましー。
洗濯いらずじゃん。
「よし、かけるぞー」
パカリという音と共にシャンプーの蓋が空き、膝の上でうつぶせにしたツクモの上で傾ける。
とろりとしたシャンプーが容器から垂れ、ツクモの腰からお尻の部分を白濁した液t
「どあほう! それは描写してはダメなやつじゃ!」
ガアアンッという音がしたかと思えば、俺は激しい頭痛(物理)に襲われた。
ま、またタライか。
「ぬおおおぉぉぉっ!!」
「まったく………」
だ、だが、ナイスだアマテラス様。
俺も、「あ、これ、やばくね?」って思ってたところだ。
『ぬ、ヌシさま?』
「大丈夫、大丈夫だから」
だから、立ち上がらないでくれ、ツクモ。
立ち上がると、お前にかけたシャンプーが背中から太ももの内側の方へ伝わって、まるでs
「そい!!」
ガアアアアンッ!
「ぬおおおおおおぉぉぉぉ!!」
割れる、脳が二つに割れるッ!
だが、ナイスだアマテラス様!!
「まったく、ヌシ殿のせいで緊急用の神通力まで使ってしまったではないか」
これで本当にすっからかんだと、アマテラス様は言う。
痛みの涙でにじむ眼でアマテラス様を見れば、背中にある日輪をデフォルメした赤い紋章が無くなっている。
あれ、神通力のタンクだったんか。
「もうよいから、はようツクモを引っこ抜けい」
「………はい」
描写はしない、描写はしない、描写はしない。
よし!
「そい!」
すぽんとツクモが抜けた。
ちょうど万歳をするような形で、その上げた両の手でビー玉を掲げ持っていた。
「やーっと抜けた……」
まったく、ビー玉のせいでとんだことになったものだ。
誰だ、ツクモにビー玉あげたの。
俺か。
「はよ、着替えて来い」
俺はツクモに、彼女の宿ったICカードを差し出す。
すぐにツクモはICカードに潜っていき、戻ってきた時には着ていた紺のワンピースは新品同様になっていた。
「ありがとうございます、ヌシさま!」
ああ、ツクモの純粋な笑顔が俺には眩しい。
お前はお日様みたいな女神になれるよ、俺が保証する。
「ヌシ殿の心が汚れきっとるだけじゃろ」
「言っとくけど、俺の考えが分かるアマテラス様も汚れきってるからな」
それを言うと、ついっとアマテラス様は目をそらした。
「………人々の願い事にはな、たまに欲望が交じるんじゃ。無論、見つけ次第除くがの」
「………ツクモの仕事は、そういうの除いたものだけを回してくれな」
「もちろんじゃとも」
ツクモは俺たちの会話についてこれず、頭にハテナマークを浮かべていた。
うん、わからなくていいんだよ。
「ヌシさま、アマテラスさま、そろそろ行きましょう」
ふよふよと浮いたツクモが俺の手を取って、引っ張っていく。
とはいっても、サイズが違うせいで人差し指を抱くような形になるのだが。
「おいおい、行くって何処にだよ?」
「もう、忘れたんですか? もののけ退治です!」
あー、すっかり忘れてたわ。
そう言えば、この駅で降りたのも、それが目的だっけ。
もうすっかりクタクタだけどな。
「終わったら、美味しいものを食べましょう!」
「お前、それが主目的になってないだろうな?」
「ギクッ。そ、そんなことないですヨ」
「いや、口でギクッて言うなよ」
バレバレやん。
ホント、嘘が付けないんだから、この子は。
「………ま、いいか」
「ヌシ殿は甘いのう」
「自覚してるよ」
けどさ、ちょっと前までは想像も出来なかった、こうやってドタバタしながらも楽しい旅が出来るのはツクモのおかげなんだから。
少しぐらい甘くてもいいだろ?
感想、評価、お待ちしております。