ちょっと気を抜くと雰囲気がぶちこわしになってしまう恐怖がこの作品を書く手を止めさせている……!
「付き合っていただけませんか?私の、復讐に」
下手なことを言えば即座に殺されてしまう。そう思わせるような殺気を纏って、少女は悪魔のように笑う。
「……復讐?」
彼女はなにをしたいのか?彼女を奴隷としていた男はもう死んでいる。今更何を復讐する?
今更何に、復讐するのか。
「ええ、復讐です。私の運命を狂わせた、
「私の運命を狂わせた人たち?お前を奴隷として扱っていたのは、俺が殺したあの男だろう?」
「はい?」
俺がそう言うと、少女の鋭い眼光が俺を射貫いた。
どこまでも冷たい瞳。それまで緩んでいた空気が一気に引き締まる。
「あなたは知りませんよね?私が今までどういう運命を歩いてきたのか」
先程までの甘い声とは違う。深い深い憎しみのこもった声が響く。今まで聞いたどんな声よりも恐ろしく、おぞましい声。
「父を殺して私と母を攫い、奴隷商に売った人。家畜の餌にも劣る食事で私達を酷使し、挙げ句『使えない』と言って別の家へ売った人。そして、私と母を性のはけ口にした人。私はこの全員に復讐します。まあ、最後の人はあなたが殺してしまったのですけど、分家の人たちがいるみたいなので……そっちを皆殺しにすれば問題ないでしょう?」
淡々と、まるでそれが日常のように少女は語る。……まあ、日常的に人を殺している俺が言えたことではないと思うのだが……こいつは狂ってる。
「……お前、どうしてそこまで歪んだ?あの時からそうだったのか?」
「歪んだ?私がですか?私は普通ですよ。ねぇ?」
自分が狂っているのを自覚していない、か。
いよいよもって重症だ。関わるべきではないと本能が警報を鳴らす。
「ねぇ、モルテ。あなたならつきあってくれますよね。ねぇ?」
少女は笑う。だが、その目は笑っていない。5年前のあの時と同じく、輝いていて死んでいる。
こういう場合、関わりたくなくてもすぐに断るのはよくない。自分に退路があるのか、それを確認してからでなければ危険だ。特にこんな、狂ってるやつを相手にしているのなら。
「……断ったらどうする?」
「殺します」
即答。簡単には逃げられない。
ならば、目の前の相手を打倒して逃げることができるか。
先の攻防。彼女のあのスピードでは、目くらましをしようが追いつかれる。
煙玉の混乱に乗じて、一撃で殺すか足の健を切る。それで離脱するのが1番か。
ではどちらが現実的か。敵が真正面に居る以上、足の健を切るのは難しい。
また、足の健を切る場合、足を切る→逃げると言う2つのアクションが必要だ。殺すならワンアクションでいい。
ならば、取るべき行動は殺害。
「……どうするんですか?」
少女は焦れたように、もう一度俺に尋ねる。
答えはノーだ。俺は彼女の復讐には付き合わない。
だが……それを口にすることは、ない。
俺は素早く起き上がると、隠し持っていた煙玉を使う。
左腰の鞘から短剣を抜き、少女の首を目がけて振り抜く……!
が。その刃が喉を切り裂くことはなかった。
少女は俺の短剣を掴み、指圧のみで刃を砕いてしまったのだ。
「なんだそりゃ……っ!」
武器を失った俺は咄嗟に大きくバックステップをして距離をとろうとする。
が。少女はそれを読んでいたかのように、俺のバックステップに着いてきた。距離をとったはずなのに、目の前には変わらず少女の姿があったのだ。
「がっ!?」
少女は俺の首を掴み、ぐっと持ち上げる。
俺が掴まれる側となったことで、少女の筋力が異常だということがよりはっきりとわかった。
なんという馬鹿力。俺の目にはさほど力を入れているようには見えないのに、少女の手は、俺の首をぎりぎりと締め上げる。
「……モルテ。私の復讐、手伝っていただけないということでよろしいですか?」
その声は俺への明確な殺意を纏って放たれる。
他者へ向ける殺意や憎しみでさえ寒気がするほどなのに、それが自分に向けられたときの恐怖感は尋常ではない。
普通なら、体は硬直し、声も出ず、そのまま。
自分が死ぬのを自覚しながら、死の瞬間を待つことになるのだろう。
「……ああ。今日は」
俺を掴む手の力が一層強くなる。
「本当に。月が、綺麗ですね」
その一言と共に。彼女は俺の首を折るべく一気に力を込める。
「……ッハ、ハハ」
だが。
「ハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!」
俺の高笑いが屋敷の廊下に響き渡る。それに驚いたのか、少女は手の力を緩めた。
「いいぜ。付き合ってやるよ。お前の復讐とやらにさ」
俺は惨めにも少女に持ち上げられたまま、かっこつけて言う。
「……今更信用できません。あなたは1度私の誘いを断っている。そう言って、逃げるつもりですか?」
「いやいや、そんなことはないさ。というか、俺がいつ断った?俺は断るといった覚えは一度も無いがな」
俺がノーと口にしなかった理由。それがこれだ。
言葉に出さなければ、後でどうとでも言える。最終的に逃げられなかった時の生き残りのための策。
まだ死ぬわけにはいかないんだ。俺は。
「じゃあ、なんで私を殺そうとしたんですか!断るつもりが、逃げるつもりがなければ、あんなことをする必要も無かったでしょう!」
「お前を試したんだよ。俺にも殺されるようじゃ復讐なんて夢のまた夢だからな」
嘘。だが無理やりでも筋は通っている。実力は彼女の方が確実に上。だが、こうして無茶苦茶な理論でも自信満々で言えば説得力が生まれる。
「……なる、ほど。じゃあ、本当に……?」
少女の顔が殺気全開の顔から、年相応の明るい顔に変わる。それと同時に手の力が緩み、俺は床に落ちる。
「ってて……ああ。俺はお前の復讐に付き合う。だがまあ、一つだけ条件があるけどな」
俺はゆっくりと立ち上がりながら言う。それを聞いた少女の顔は、明るい顔からむすっとした顔に変わる。
「……条件?」
「これは依頼、だということにしてくれ。お前の話を聞く限り、ずいぶん長い旅になるんだろ?なら報酬金はきっちりいただかないとな?」
この依頼は失敗した。俺の名前にも傷がつくし、今回報酬もないだろう。
少女からきっちり金を取らないと、採算が取れないのだ?
「……わかりました。それで付き合ってくれるのなら」
少女はほっぺたを膨らませながら言う。ころころと表情が変わる様は普通の女の子のようで、ここが異常な空間だと言うことを忘れてしまいそうになる。
「契約完了だな。じゃあ、お前の名前を教えてくれ」
俺は彼女の頭にぽんと手を乗っけて言う。ずっと彼女の名前がわからなかったので、少女だの彼女だのと言うしかなかったのだが、これでやっと名前が呼べる。
「……無いです」
「は?」
今、この子は何て言った。
「名前、無いのか……!?」
「正確に言うと、覚えてないです。奴隷になってから名前は無くなっちゃって。母からも呼ばれることがなかったので、忘れちゃいました」
頭から俺の手を剥がしつつ、少女は言った。
名前を忘れた、なんて。聞いたことが無い。というより……『名前がない』なんて自己が不確定な状態で、こいつはずっと生きていたのか……?
「まあ、そんなわけですので。名前は聞くだけ無駄ですよ?」
「……名前がないのは不便だろ。と言うか俺が呼びづらい。俺が付けてやるよ」
どこか寂しそうに言う少女に、俺は言う。すると、彼女は驚いたように目を丸くした。
「いい、の?」
「当たり前だ。……いいか?今日からお前の名は……『ガーネット』」
そうして。俺は彼女に名前を付け、彼女と正式に『契約』を結んだ。
俺は彼女の復讐に付き合う。
彼女は俺に金を払う。
そんな契約。いつも通りの依頼。
それでどんな目に遭うかまでは流石に想像できないが……まあ、程々であることを祈ろう。
「私の、名前……!」
「ガーネット、状況を説明するぞ」
「あなたが駆けつけたときには全てが終わっていた」
「屋敷に入ったら……や、屋敷の中がっ、血塗れ、で……」
「ところで……ガーネットちゃんは、この後どうするんですか?」
「モルテと一緒が良い」
「モルテ!……説明してください。あなたは、これを知っていたのですか!?」
次回。『俺の嘘。彼女の嘘。』