ユクモノ狩人   作:馬崎

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 初執筆です。モンハンの話ですが、今回狩りはしません。それでもよろしければ、ご閲覧ください。


二人の日常

 鳥居の先に立ちのぼる湯煙が、一瞬だけ俺の視界を曇らせる。狩りから戻って疲れた体が、無意識のうちに足を早めた。だが、背中に担いだ剣斧越しに、小さな咳払いが俺を振り向かせた。仕方なく、声をかける。

「おーい、早く来いよ。俺は疲れてんだぜ」

 しかし咳払いの主は俺を焦らすようにゆっくりと石段を登る。

「私も疲れてるし、温泉は逃げないわ。報告が先」

 アシラシリーズに身を包み、黒い髪を揺らす彼女が口を開いた。その背中には彼女の背丈程もある太刀が収まっている。

「わかったよ。そんなに怖い顔するなって」

 素直に受け入れるのも癪なので茶化してやる。案の定彼女は眉を顰めた。

「別に、怖い顔なんて…」

「今した」

 彼女はようやく俺に並んで、と、一瞥もくれないのか?そのまま追い越してしまった。

 さっきと逆だな。ユクモシリーズの防具を風に遊ばせ、軽く駆ける。彼女はといえば狩りの報告のために受付嬢に話かけている。

「アキナ=ユイマとセキハ=ショウ、アオアシラ2頭の狩猟、達成したわ」

「お疲れ様です!怪我はありませんか?何か変わったことは?」

 2頭といえどアオアシラ。彼女の防具が示す通り、慣れた相手だ。さりとて大きな問題はなかったが、何かケチをつけてやりたくなった。

「こいつがトロいせいで、頭を持ってかれそうになった」

「セキハが蜂の巣の踏んづけて、無駄にアオアシラを怒らせた」

 受付嬢は律儀に相槌を打つが、俺はさっさと打ち切って温泉に向かった。ユクモ村といえば温泉、温泉といえばユクモ村。他の意見もあるだろうが、俺に取ってはそうだ。日に焼け、浅黒くなった肌を湯に浸す。

 遅れてアキナもやってきた。男女混浴のここでは、ユアミシリーズの着用が義務付けられている。初めは戸惑ったが、慣れてしまえばなんのことはない。

 アキナは湯船ではあまり近づいてくることはないが、こんな人の目につく場所で、誰が他人を襲えるっていうんだ?例えお前が、タオルの上からでもわかる締まった腹とその上のささやかな膨らみを晒していても…おっと、まずいな。

 俺のよからぬ思考を知ってか知らずか、彼女は早々にあがった。

「部屋で待ってる」

と言い残して。なんだか、誤解されそうな言い方だな。

 

 お待たせすると不機嫌になる。湯を手ですくって顔にかけ、再び防具をつけて、俺も浴場をあとにした。

 ユクモ防具は高級品ではないが、しなやかなユクモの木を使った、動きやすさに定評のある防具だ。普段着にもなる程の着心地は、鉱石や甲殻ではこうはいかない。何より、この村に脈々と受け継がれてきた伝統ある意匠は、温泉や森の豊かな香りに満ちたこの村の空気に馴染んで、俺を嬉しくさせる。狩猟の労をねぎらい、笑顔で声をかけてくる人々に応えながら村を歩くのが、俺は堪らなく好きだ。

 

 彼女の言った部屋とは、ギルドがハンターに安く提供してくれる貸家のことだ。もちろん俺とアキナの家は別々だが、彼女は今俺の家に居る。どうせ近所中出払うことはないのだ、鍵は掛けていない。部屋に戻れば、彼女は正方形の盤に、駒を並べて待っていた。

「ね、ほら、早くやろ。今日こそ勝つよ」

 先程とは別人のようだが、狩りの緊張から放たれれば彼女は少女のようである。ようだ、というか、歳相応か。十七歳、おれと同い年のはずだ。彼女の胸の前で、モンスターの素材を使った、無骨な首飾りが揺れた。

「さあーセキハ、その真っ黒い肌を真っ白にしてやるよ?」

「真っ黒じゃないし、真っ白になる気もない」

 適当な返事をして、俺は「兎」の駒を進めた。あ、先手取ったね、と言いつつ彼女は「風」を滑らせ、布陣を整えた。相手の陣地の最奥、「城」に駒を進めれば勝ちとなる。

 

「ねえ、さっきのアオアシラ、親子だったんじゃない?」 

 対局が進むと彼女はいつも通り、ぽつりと話し始める。奇妙な癖に思えるが、目は盤から上げない。

「どうだろうな。どう見えたんだよ」

「なんか、大きい方が小さい方を庇ってた」

 彼女の表情は変わらない。悲しげでもあり、無関心にも見え、神秘的でなかなか…いや、そうじゃくて。そうなんだけど。

「でなきゃ(つがい)かもしれない。けど、可哀そう、とか言わないだろ?」

 今度こそ悲しげな顔になった。

「言わないけどさ、思うのは勝手でしょ?こっちにもあっちにも事情があったけど、結局殺したのは変わんない」

「だったら結果が違っただけだ。俺らが死んだかもしれない」

 ああ、目と目が合ってないほうが喋りやすいのはどうしてだろうな?

かと思えば、彼女はまた黙りこくって、「蛇」を這わせる。名前の通りに蛇行して進むのだ。

「そんな考えは傲慢だろ。相手がジンオウガでも、同じこと考える余裕があるか?相手が小さくても、油断すれば足元を掬われるぜ」

 そう言いながら「(あやかし)」を動かす。なんとも不可解な名前だが、自然に

対する畏れを表しているそうで、特定の姿はないのだという。そのせいか、盤上では最も強力だ。

「ん、頭ではそうわかってるんだけどね…」

 彼女はやはり顔を上げずに、「竜」を走らせる。風、蛇と連携した手早い攻めだ。妖はまだ脅威でないと考えたらしい。間違いじゃないが、そちらに集中し過ぎたようだ。音もなく忍び寄った俺の「烏」が、アキナの「城」に潜り込んだ。

「…えっ!?ちょっと、待って!」

「待ったなし。俺の勝ち。な?小さい奴にも、油断するなよ?」

 彼女は頬を膨らませて立ち上がり、盤を持って部屋を出ていった。

 と、俺は彼女の忘れ物に気付いた。分厚いアオアシラの甲殻が1枚。穴を開けられ、彼女の首飾りに通されるはずだ。

 

 俺が届けに行ってやると彼女は盤を睨みながら言った。

「ん、そんなん持ってていいから。邪魔しないで」

 俺は面食らって、退散することにした。




 はじめてのことで不安だらけですので、何か気になるところがあればご指摘ください。続けられるよう頑張ります。次回は狩りに行かせるつもりです。

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