狸とグルメ   作:満漢全席

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世間話しながら淡々と飯食ってるだけのSSです。
たまに戦うかもしれません。たまに。

尾獣が回復するのかどうかについては捏造です。
多分九尾は回復してたんじゃないかなと。

一話含めてハナビの守鶴の呼び名を変更。少しだけ手直ししました。


第二話 タンポポオムライス

「今度の宿主はこいつか」

 

 一尾である守鶴はジッと“そいつ”を見つめていた。

 まだ産まれる前の赤ん坊。今度はこいつの中に封印される。これまでずっと繰り返されてきた、守鶴にとっての当たり前だ。

 しかし今回はどうも今までとは毛色が違うようだった。

 

「ちっ……綺麗に半分になってやがるな」

 

 守鶴が二つに分かたれたのだ。原因は赤ん坊が双子であったことによる封印式の異常だが、元凶は“そいつ”に違いないと守鶴は予想している。

 だからこの異常を知覚できているのは現状ではこちら側だけだ。あちらは力が分割されたことには気づけても、こちらの存在までは認識できていないだろう。

 おそらく守鶴の片割れは今頃激怒しているはずだ。分割されたところで時が経てば元通りにまで回復するのが尾獣だが、だからといって気分が良いものでもない。

 

「本当になんなんだよ、こいつぁ……人間なのか?」

 

 守鶴が呟いた直後、ギョロリと産まれる前の“そいつ”が視線をこちらに向けた。実際に向けられたわけではないが、見られていると確信する。どうやらついに目覚めたらしい。

 くぐもった声が“そいつ”から漏れた。

 

「おい、お前……守鶴だな?」

「確かに俺様は守鶴だが……なんだお前、産まれる前の赤ん坊のくせに意識があるのか」

「みてぇだな」

 

 もう随分と長いこと生きてきたが、そんな存在を見たのはこれが初めてだ。

 守鶴はげらげらと笑い声を上げる。

 

「ギャハハハ! 鬼子(おにご)ってやつかお前!」

 

 “そいつ”の傍らに在る、もう一つの守鶴を宿す赤子に同じような気配はない。至って普通の赤子だ。つまりこちら側だけが異常なのだ。

 色々な人間に憑いてきたが、こんな奴は初めてだった。人間の生なんて尾獣から見れば線香花火のように短いものだが、今回は短いなりに楽しめそうだと守鶴は口の端を吊り上げる。

 だが“そいつ”は、そんな守鶴の思考の斜め上を突いてきた。

 

「なぁ守鶴、俺と契約をしないか?」

「あぁ? 契約だぁ?」

「そうだ、とっても美味しい契約ってやつだよ」

 

 表情はないが“そいつ”が笑ったことだけはわかった。

 これが守鶴の在り方そのものを変える、大きな出来事の小さな切っ掛けだった。

 

 

 

 

 

 

「いやぁ……今日も良い天気だなぁ」

「そうだなぁ……」

 

 サツキは縁側で砂狸(すなたぬき)、別名守鶴と一緒に、ぼぅっと青空を見上げる。

 この元は料理屋だったらしい家は、表は路地裏で日当たりが悪いくせに、裏庭はとても開放的で日当たりが良い。

 明らかに建てる向きを間違えたのではないかという構造だ。この辺りも潰れた原因なのではないかとサツキは考えている。

 

「おい砂狸……干し柿食うか?」

「おう、貰うわ」

 

 砂狸と一緒に干し柿をモシャモシャと咀嚼。自然な甘さが心地良い。

 そしてその甘さを洗い流すのは、濃いめに入れた緑茶。これ単体だと渋すぎるが、甘味に合わせるならこれくらいの濃さが良い。

 ほぅっと砂狸が息を吐いた。

 

「あぁ……たまんねぇな」

「だなぁ」

「サツキよ……あの時、お前の持ちかけてきた契約に乗って良かったと心底思うぜ」

「美味しい契約だっただろ?」

「文字通りにな、ギャハハハ」

 

 一緒になって、けらけらと笑う。

 あの日、二人は交わしたのだ。とっても美味しい契約を。

 だからサツキは飯を作り続けるし、守鶴は飯を食い続ける。

 

「なぁサツキ、今日はなに持って来ると思う?」

「前回は野菜だったから、今回は肉だと嬉しいなぁ」

 

 持って来る、というのはハナビが持ち寄ってくる食材のことだ。

 

「でもよサツキ、あんな小せぇ嬢ちゃんが鞄から生肉取り出す光景ってちょっと……アレじゃね?」

「……今度クーラーボックスでも持たせるか?」

 

 そんなことを並んで真剣に考えていると、パタパタと廊下を走る音が響く。噂をすればなんとやら、というやつだ。

 寝室の扉が開く音がした。まず寝室に突撃する辺り、サツキの信頼度がうかがえる。

 

「……あれ? サツキ兄様? 師匠? どこ行ったの?」

「おーいハナビ、こっちだこっち」

 

 家探しを始めそうな勢いだったので、慌ててハナビを呼ぶ。

 探されるとマズい代物がサツキの家には沢山あるのだ。

 

「あ、おはよー、サツキ兄様! 今日は一人で起きられたね!」

「おいやめろハナビ、それじゃまるで俺が一人で起きられないみたいじゃないか」

「やめるもなにも事実じゃねぇか、ギャハハハ!」

「う、うるせぇやい! お前は黙ってろ砂狸!」

「あ、おい! 干し柿取り上げるのは卑怯だろサツキ!」

「二人だけ遊んでずるーい! 私も混ぜて!」

 

 わーわーぎゃーぎゃーと三人で騒ぎ立てる。これがサツキ達の愛しき日常だ。

 

 

 

 厨房に移動し、早速とばかりに本日のブツを検分する。

 ハナビが持ってきたのは大量の卵だった。とれたて新鮮がウリらしい。どうやら日向宗家では鶏を育てているようだ。

 よくあのリュックで割れずに運んできたなと感心するばかりだ。こういう繊細な代物も平気な顔をして運んでくるものだから、あのリュックの中身は砂狸の口のように半四次元空間にでもなっているのではないかと勘繰ってしまう。

 

「サツキ兄様、これでなにか作れる?」

「そうだなぁ……一個や二個ならともかく、この量だからな……」

 

 冷蔵庫の中身を確認する。

 鶏肉の余りと、この間貰ったニンジンとタマネギくらいだろうか。ジャガイモは使い切ってしまった。

 

「親子丼にするには鶏肉が少なすぎるし、他に卵と鶏肉だと……そうだなぁ」

 

 レシピを記憶から掘り起こす。決めた、今日はオムライスにしよう。

 たっぷり卵を使ったタンポポオムライスだ。

 

「まずはチキンライスから作っていくか」

 

 ニンジンとタマネギを微塵切りにしていく。コツは米と同じくらいの大きさになるようにカットすることだ。

 包丁で根気よくやっても構わないのだが、ここには便利な奴が居るのでソイツに任せることにする。

 

「おう砂狸、背中開けろや」

「微塵切りだな、任せろ」

 

 パックリと開いた砂狸の背中に野菜を放り込むと、その体が細かく振動。程なくして微塵切りとなった野菜が出てきた。砂鉄ミキサーだ。絵面は最悪だが便利なので非常に重宝している。

 生物的な他の尾獣と違い、一尾の守鶴は全身が砂で出来ている。こうして体内に刃を作ってミキサーの真似事をするくらいはお手の物だった。衛生的にも問題はないらしい。本当に絵面は最悪だが。

 

「で、このニンジンとタマネギをフライパンで炒める」

 

 油を薄くひいたフライパン、といきたい所だが、三人前ともなるとフライパンでは小さすぎるので、今回は油ならしをした中華鍋にニンジンとタマネギを投入。

 ニンジンは火が通りにくいので、先に入れておくのがベターだろう。タマネギは甘さを出したいなら先に、シャキシャキとした食感を残したいのなら少しだけ後に入れると良い。

 業務用のコンロは大火力なので、数人前の料理も一気に仕上げられる。つくづく良い買い物をしたものだ。この店を購入した過去の自分を褒めてやりたい。

 

「こんなもんだろ……次は鶏肉だな」

 

 ニンジンに軽く火が通ったところで、小さめにカットした鶏肉を一緒に炒めていく。

 この鶏肉のサイズにもまた色々と流派があるのだが、サツキは食感を残しつつ肉の旨みが感じられる小さめのサイズを選択。

 

「よし、次はご飯だ」

 

 チキンライスをパラっと仕上げるのなら、固めに炊いたご飯を使うか、それか炊いてから暫く経ったご飯を使うといい。炊き立てのご飯でも出来なくはないが、水分が多いので少し難易度が高い。

 今日は朝に炊いたご飯の残りがあるので、それを使ってチキンライスを作っていこうと思う。

 ご飯を投入し、具材と一気に絡ませていく。振っているのが中華鍋なせいか、まるでチャーハンを作っているような気分になる。これはチキンライスだと三回くらい頭の中で唱えておく。

 

「よぅしハナビ、ケチャップだ!」

「あいあいさー!」

 

 ここでハナビがチキンライスの味の決め手となるケチャップを投入。本当なら自家製ケチャップで豪勢に行きたいところだが、今回は切らしているので市販のチューブ入りケチャップだ。

 熱されることによって、トマトの甘い香りと微かな香辛料の香りが厨房に広がる。もうチキンライスでいいじゃないか、さっさと食ってしまおうという悪魔の欲求を必死に頭から振り払う。

 

「塩と胡椒で味を調えてっと」

 

 チキンライスが完成した。三人分に分けて、皿に盛っておく。

 

「さて、ここからがオムライスの本番だ」

 

 オムライスのオムの部分。すなわちオムレツの作成である。

 薄く卵を焼いてチキンライスを包む方法もあるのだが、今回作るのはチキンライスの上にフワトロのオムレツが鎮座するタンポポオムライスだ。

 

「砂狸、卵の準備はいいか?」

「ああサツキ、完璧だぜ」

 

 まずは卵黄と卵白を分け、卵黄をブレンダーにかけて目が細かくなるまで掻き混ぜる。今回は砂狸製の砂鉄ブレンダーで代用した。例の如く背中から卵黄を放り込む。

 卵黄を混ぜ終えたらそれをボウルに分けておき、次は卵白を使ってメレンゲを作る。本来はとても手間のかかる作業なのだが、砂鉄ブレンダーにかかれば一瞬だ。一家に一匹欲しくなる性能である。

 そして出来上がった二つの液を、ボウルに入れて優しく混ぜる。

 

「もうこの時点でふわっふわだな!」

 

 オムレツは普通に卵を掻き混ぜて作るだけでも美味しいが、ここで一手間加えるだけでさらにフワトロになる。料理はこういう小さな手間を惜しんではいけない。一手間が美味しさの素なのだ。

 サツキは壁にかけられているフライパンを取ると、なにも入れずに火にかける。こうして最初にフライパンを熱しておくのが、形のいい綺麗なオムライスを作るコツだ。

 

「バター投入!」

 

 バターは少し多めに入れる。無塩バターならこの時点で卵のほうに少し塩を振っておく。今回は普通のバターなので、バターの塩気を利用する。

 じゅうっと音を立ててフライパンのバターが溶けていく。溶けたバターの芳しい香りがフライパンから立ち上る。

 まんべんなくバターをフライパンに馴染ませたら、特製の溶き卵を流し込む。フライパンは高温になっているので、卵は一気に焼けていく。ここからはスピード勝負だ。

 

「よっしゃいくぞ!」

 

 箸を素早く動かし、全体が半熟になるように掻き混ぜる。ここで掻き混ぜ過ぎて火が通り過ぎると、オムレツではなくスクランブルエッグになってしまうため注意しなければならない。

 少し液状の半熟一歩手前になったら、今度はオムレツの成形に入る。左手でフライパンの柄を持ち、右手で左手首をトントンと叩いて形を整えつつ引っ繰り返していく。

 オムレツの形が整ったら素早くチキンライスの上にオムレツを移す。少しだけ曲芸をしている気分だ。余熱で少し火が通るので、中は半熟の一歩手前にしておくと食べる時に完璧な半熟オムレツになる。

 そして最後の仕上げ、緊張の一瞬。乗せられたオムライスを切り開いてチキンライスを包む作業に入る。

 オムレツは固すぎても柔らかすぎてもいけない。完璧なオムレツを切り開いた時にだけ、タンポポのような黄金がチキンライスの山肌を包み込むのだ。

 

「では……開帳の儀だ」

 

 ごくり、と唾を飲み込む音が聞こえる。それはサツキのものだったかもしれないし、ハナビのものだったかもしれない。もしかすると砂狸かもしれない。

 チキンライスの山の上に鎮座するオムライスの中心に、そっとスプーンで中心に切れ込みを入れていく。するとオムレツはするりとほどけ、瞬く間にチキンライスの表面を覆っていく。

 いえーい、とハナビとハイタッチを交わす。オムレツは一日にして成らず。日々の地道な鍛錬こそがこのオムレツを作り上げたのだ。

 仕上げにケチャップをかける。この時に絵や文字を書くのはお子様の特権であるので、ハナビにケチャップを渡しておく。

 

「うんしょ、うんしょ……出来た、師匠だよ!」

「おお、上手だなハナビ」

「えへへ」

 

 ハナビはオムレツで出来た黄金色のキャンバスにデフォルメされた砂狸を書き上げていた。サツキが褒めれば嬉しそうにはにかんだ。

 中々に上手く特徴を捉えている。タンポポオムライスが円形なだけに、丸い砂狸は良く映える。書かれた本人は不満げに鼻を鳴らしていたが、それが実は照れ隠しであることをサツキは知っている。

 

「おい砂狸、お前はどうする?」

「そうだなぁ……俺様はシンプルに塩と胡椒でいくぜ」

 

 塩胡椒。卵とバターの味を最大限に味わえる味付け。通好みだが悪くないチョイスだ。

 

「サツキはどうすんだよ」

「デミグラスソースが一番好きなんだけどなぁ……無いんだから仕方ねぇよな」

 

 チキンライスの代わりに、ホワイトソースでリゾット風にしたライスを。そしてタンポポオムレツにデミグラスソースがサツキにとってのジャスティスである。

 無い物ねだりをしても仕方がないので、ここはハナビ同様にケチャップだ。童心に返りつつハートのマークを書いてみる。

 

「……似合わねぇぞ、サツキ」

「わかってらい」

 

 横で見ていた砂狸からツッコミが入った。

 だって仕方がないじゃない。オムライスにハートのマークは男の子の夢なのだ。

 例の如く三人でちゃぶ台を囲み、サツキが号令をかける。

 

「それじゃ、いただきます」

「いただきまーす」

「いただくぜ」

 

 早速とばかりにオムライスを口に運ぶ。ふんわりと香るバターがたまらない。久しぶりにオムレツに凝ってみるのも良いかもしれないと思わせる出来だ。

 チキンライスからは米とニンジンの甘味が感じられる。そして噛めば噛むほど出てくる鶏肉の旨み。少しだけ食感が残ったタマネギがシャキシャキと良いアクセントになっている。いつまでも噛んでいたくなる味だ。

 そしてそれを包み込むのはフワッフワでトロットロな卵。チキンライスの尖った部分を、柔らかい卵が優しく包み込んでくれている。

 オムレツとチキンライス。この組み合わせを最初に考えた人は天才と称えられるべきだ。食の道は開拓者が一番偉いというのが、サツキの食に関する持論である。

 そういえばこの世界ではその辺りどうなっているのだろうか。どうせ人生は長いのだし、この世界での食の歴史について調べてみるのも面白いかもしれない。

 

「ごちそうさまでした……っと」

 

 空になった皿に、カランと音を立ててスプーンが落ちる。

 今日も満足の一品であった。

 

 




食の開拓者は偉大だと思うので、そのうち毒性のあるキワモノ料理とかも取り扱いたいです。


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