狸とグルメ   作:満漢全席

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たまには甘いものを。

現状では大人舌のオリ主、お子様舌のハナビ、キワモノ舌の守鶴でお送りしております。
ところで原作の尾獣ってなにを食ってるんでしょうね。



第三話 アップルパイ

 今日は昼過ぎになってからハナビがやって来た。

 最近になってこういう日が増えた。その場合は昼食がサツキと砂狸の二人だけになるので、簡単なツマミと酒で済ませることが多い。

 食道楽を追求する自由人を自称するサツキにとって、昼から酒盛りというのは何ら不自然なことではなかった。なんなら朝から酒をかっ喰らっていることもある。

 

「おーい、サツキ……助けてくれぇ……」

 

 お昼寝中のハナビに抱き枕にされてしまった砂狸から泣きが入った。少しひんやりしていて、かつ抱き心地はしっとりしている砂狸は最高の抱き枕なのである。

 自由に砂体になって抜け出せる癖に、それだとハナビが目覚めてしまうとかなんとかで、ああやって抱き枕のままで居るのだ。本当にハナビに対しては甘い尾獣様だ。

 

「今からオヤツ作るから、完成までなんとか頑張ってくれ」

「おぅ、頑張ってみるぜ……」

 

 天下の守鶴様とは思えないほど弱々しい返事を聞きつつ、サツキは厨房へと向かい、手始めとばかりに冷蔵庫の中を覗く。午前中、酒盛りの前に買い出しに行ったため、食材に関しては余裕がある。

 どれにしようかと目移りしていると、青果屋の奥さんから勧められて購入した真っ赤なリンゴが目に入った。

 

「……リンゴか」

 

 ここは一つ、アップルパイと洒落込もうではないか。

 早速とばかりに業務用冷蔵庫の底を漁る。

 菓子類は専門ではないのだが、頑張ればなんとかなるだろう。

 

「確かこの辺に……あったあった」

 

 パイ作りの秘密兵器、パイシートである。

 実はパイ生地というのは地味に作るのが難しい。生地とバターを挟んで伸ばしサクサクの積層構造を作り上げるには、それなりの技術が必要だ。

 しかしこのパイシートを使えば、誰でも簡単にサクサクのパイを作ることが出来る。決してお菓子作りが苦手なので手抜きするというわけではない。

 

「さて、リンゴはどんな具合かなっと」

 

 クルクルと手の中で弄んでいた中華包丁でリンゴの皮を剥いていけば、甘酸っぱい果物の香りがふわりと鼻を撫でる。

 とりあえず半分に割ってみると、実の中心部には黄金の蜜が入っていた。甘いリンゴの証のようなものだ。どうやら青果屋の奥さんの言う通り、これは良い物であったらしい。

 一口サイズに切り分けて、一片だけ口の中に放り込む。甘味と酸味の割合は、かなり甘味が勝っているように思える。水っぽくもないし、甘味の圧勝と言っても良い。

 

「うーん……あんまりよろしくないんだけどなぁ……」

 

 アップルパイは甘くないリンゴで作ったほうが味の幅が広がって美味しいのだが、今回はこれしかないので、とりあえずそのまま使ってみようと思う。

 鍋を火にかけ、いちょう切りにしたリンゴを投入。しんなりとするまで煮詰める。どうしていちょう切りなのかはわからない。お菓子はサツキの専門外だ。

 

「どれどれ」

 

 水気が飛んで色が変わってきたところで味見をしてみる。かなり甘めだ。本来ならここに砂糖を足してさらに煮詰めるのだが、これだけ甘さが出ているのならこれで充分だろう。

 少し酸味が足りない気がしたので、レモン汁を少々。仕上げにブランデーで軽くフランベして風味付け。シナモンパウダーをまぶして粗熱を取れば、パイの具材であるリンゴジャムは一先ず完成だ。

 あまり水分を飛ばしていないのでリンゴの形がかなり残っている。こうなるとシンプルな角切りよりも、いちょう切りのほうが見栄えが良いのかもしれない。少しだけ賢くなった気分だ。

 菓子作りはやはり苦手だが、こういう新しい発見があるから料理というものは面白い。たまには違う分野に手を出すのも創作意欲が刺激されて良いものだ。

 

「えーっと確かこれをパイシートで包むんだったかな」

 

 パイシートは焼くとかなり膨らむ。それを考慮しつつ、シートの上にリンゴジャムを盛っていく。

 ところでアップルパイというと、なんとなく格子状の蓋がされているようなイメージがあるのはなぜだろうか。味には関係ないだろうが、パイシートが少し余ったので装飾代わりに格子をつけておく。

 

「あとはオーブンで焼くだけだが……どれくらい焼けばいいんだ?」

 

 とりあえず二百度に設定したオーブンに放り込んでみる。困った時はとりあえず二百度のオーブンで焼いてみるのがいい。おおよその場合において失敗しない温度だ。

 特に高過ぎる温度でもないし、そもそも具材であるリンゴには最初から火が通っているので、目視で焼けていれば大丈夫なはず。とりあえずタイマーをニ十分にセットして様子を見てみる。

 これが現代日本であったらレシピをインターネットで検索して一発なのだが、この世界でインターネットが普及するのは数十年後だ。快適な現代での生活まで、先はとても長い。

 

「菓子のレシピはどこにやったかな……」

 

 かなり昔にそれらしい本を買ったような気もするのだが、買うだけ買って読んだ覚えがない。おそらく居間のどこかに埋もれているはずだ。

 今回はなんとか乗り切れそうだが、本格的に菓子作りをするのならレシピ本を発掘しなければならないなと、サツキは心のメモに書き留めた。

 

 

 

 アップルパイがなんとか焼き上がり、粗熱が取れたところで居間へと運ぶ。

 すると居間ではキャイキャイと白熱した議論が交わされていた。どうやら助けるまでもなく眠り姫様はお目覚めになっておられたらしい。

 二人の騒がしい声に耳を傾けてみる。

 

「それでね、聞いてよ師匠!」

「おう、どうしたハナビ」

「ヒナタ姉様ったら最近、ナルト君ナルト君ってそればっかりで、全然構ってくれないの」

「ナルトぉ? ナルトってぇと、あのうずまきナルトか」

「師匠、知ってるの?」

「おう、知ってるぜ。あのナルトってのは碌な奴じゃねぇに決まってる! なにせ九喇嘛の奴の人柱力だからな!」

「くらま? じんちゅーりき?」

「とにかくだ、ハナビはあんなバカ狐と関わっちゃあいけねぇぜ?」

「うん、よくわかんないけど、わかった!」

 

 わかっちゃダメだろう、とツッコミたくなる。ハナビに余計なことを吹き込みやがって。余熱で温まっているオーブンで焼狸にしてやろうか、この砂狸め。

 ハナビが言っていることはまだわかる。きっと大好きな姉をナルト君に取られた気分になっているのだろう。可愛らしい嫉妬だ。

 だが砂狸よ、お前の場合はナルト君の中に居る九尾が嫌いなだけであって、実はナルト君本人はどうでも良いんだろう。サツキさんはちゃんと知っているんだぞ。

 だから純真なハナビに余計な偏見を植え付けようとするのはやめるのだ。普通に風評被害というやつである。不穏な話を打ち切らせるべく、サツキは二人に声をかけた。

 

「おい二人共、オヤツが出来たぞ」

「わぁ! アップルパイだ、良い匂い!」

「おぅ、美味そうだな」

 

 そして一瞬でオヤツに話題を持っていかれるナルト君。

 日頃からこの店に引きこもっている関係でサツキも会ったことはないが、すまないと一言謝っておきたい気分だった。すまない、ナルト君。おそらく顔を合わせて謝る機会は一生ないだろうが、すまない。

 

「サツキ兄様、牛乳ちょうだい」

「ほれ」

 

 ハナビの好物である牛乳をカップに注いでやる。ピンク色のカップは彼女専用だ。いつの間にか食器棚の一角を占有していた。

 甘いアップルパイに牛乳は良く合うだろう。ゴクゴクと満面の笑みで牛乳を飲んでいる。良い飲みっぷりだ。

 

「おうサツキ、俺は酒だ、酒をよこせ」

「ほらよ」

 

 砂狸の好物であるウイスキーをグラスに注いでやる。この砂狸は甘い物で酒が飲めるタイプだ。ウイスキーやらブランデーといった度数の高い蒸留酒と一緒に楽しむのがオツらしい。

 甘いアップルパイに酒が合うのかは知らない。だが砂狸は実に美味そうな表情で、パカパカとまるで水の如くストレートのウイスキーを口の中に放り込んでいる。凄まじい飲みっぷりだ。

 

「……俺にはマネ出来ねぇな」

 

 サツキは呆れた視線を砂狸に向けた。常人がこんなマネをしたら急性アルコール中毒で死ぬだろう。これは尾獣という人知を超えた存在だからこそ可能な荒業だ。例え可能でもマネをしたいのかと聞かれれば答えは否だが。

 ちなみにサツキは大人しくインスタントコーヒーだ。甘い洋菓子には苦いブラックコーヒーとサツキの中では相場が決まっていた。

 キツネ色に焼き上がったアップルパイからは、香ばしい焼けたバターの良い香りがする。これぞパイ生地の魔力。即席とは思えない出来である。

 お行儀よくナイフとフォークで切り分けて食べるのも良いが、ここは豪快に齧り付く。サクッとした軽快な歯触りと共に、甘いリンゴが口一杯に広がった。

 

「うん、甘いな」

 

 思っていたよりも甘い。オーブンでの加熱によるリンゴの水分蒸発を計算に入れていなかったせいだろう。少し煮詰め過ぎた。

 ハナビくらいのお子様になら丁度いい甘さなのだろうが、サツキ達には少し甘すぎる。砂狸が酒と一緒にやりたくなる気持ちもわからなくはなかった。

 

「ま、コーヒーと一緒なら食えるって感じか」

 

 苦いコーヒーで口の中の甘さを洗い流す。幸い砂糖由来ではなくリンゴ自体の自然な甘さであるため、そこまでくどくない。コーヒーで流し込むことを前提に考えれば、悪くない出来だ。

 点数をつけるなら五十点といったところか。今回は不満足の一品だ。材料が限られていたのもあるが、もう少しやりようはあったはず。今後の成長に期待したい。

 

 

 

 

 

 

 昼寝を挟んで元気一杯になったハナビが、まるで台風のように去った後。

 ツマミのパイもなくなったのに、相変わらず蒸留酒の入ったグラスをパカパカと水のように傾けながら、砂狸がとんでもないことを言い出した。

 

「そーいやよ、サツキ」

「んー、どした」

「ハナビなんだが……あいつ宗家の跡取りになったらしいぜ」

 

 宗家って言うとアレか、日向だから日向宗家か。なるほど、あのハナビが。

 ピシリ、と三秒くらいは固まっていただろうか。なんとか再起動する。

 

「……はぁ?」

 

 思わず素っ頓狂な声が漏れた。そういやそんなイベントがどこかであったような気もする。なるほど、時が経つのは早いものだ。

 

「ハナビが言うには、最近来る時間が遅くなってたのはそのせいらしい」

「……宗家の跡取りがこんな所に通ってて大丈夫なのかよ」

「さぁなぁ……ハナビは大丈夫だって言ってたぜ」

 

 砂狸はなにも心配していない様子だが、それはハナビ個人が大丈夫という話だ。サツキが問題にしているのは、日向宗家として大丈夫なのかという一点である。

 

「……日向の連中が探しに来たりしねぇだろうな」

「……ハナビ以外があの結界を抜けるのは無理だろうし、それこそ大丈夫だろ」

「まぁ、それもそうか」

 

 砂狸の言っている結界とは、この店一帯に張られている磁場結界のことだ。磁遁によって形成された強力な磁場が方向感覚を狂わせ、永久にこの店へと辿り着けないようにしている。

 唯一の例外がハナビだろう。なぜか彼女はその結界をすり抜けてしまえるらしく、今日のようにひょっこりと店に侵入してくる。最初に彼女が現れた時は度肝を抜かれたものだ。それすら懐かしく感じる。

 色々と術式を弄ってみたりもしたのだが、ハナビだけは変わらずすり抜けてくる。いつしかサツキも諦めて対策を辞めた。そして今となってはハナビを歓迎さえしている。奇妙な縁もあったものだ。

 

「そーなると、毎日のように来ることもなくなるのかねぇ」

 

 サツキはしみじみと呟いた。

 そう思うと少し寂しい気がする。なんだかんだで、ハナビと一緒にちゃぶ台を囲んで飯を食うのは、サツキにとっての日常となっていたからだ。

 

「そう寂しがることはねぇぜサツキ。親父の目を盗んで遊びに来るって言ってたからよ」

「親父って要するに日向の宗主じゃねぇかよ」

 

 日向宗主の目とは即ち白眼のことに他ならない。それの包囲網を掻い潜って遊びに来るなど、どんな難易度になるのか想像もつかない領域だ。下手な忍者の潜入任務よりも難しいのではなかろうか。

 

「本人は大真面目に言ってやがったが……なんかアテでもあるんじゃねぇの?」

「アテねぇ……」

 

 磁場結界があるため、最悪この店がある裏路地にまで逃げ込んでしまえば後はどうとでもなる。だがそこに至るまでの道がとてつもなく険しい。日向宗家の張った網から抜け出すなんて、サツキなら素直に諦める。

 

「そのハナビのアテってのが余程の無茶じゃなけりゃなんでもいいや」

「ギャハハ! 違いねぇ! 怪我でもされちゃあ寝覚めが悪いしな!」

 

 ハナビは有言実行をする少女である。本人がやると言っているのだから、なにかしらの方法で屋敷を抜け出し、ここまで辿り着くのだろう。多少無茶な方法でも実行してしまえるだけの行動力をハナビは持っている。

 その時に余計なものを引き連れてこないことを祈るばかりだ。日向宗家なんてものを敵に回したら、最悪の場合、木ノ葉から出て行かなくてはならないかもしれない。

 いくら日向宗家といえども守鶴謹製の磁場結界を簡単に破れるとは思えないが、何事も万が一ということがある。ハナビのような例外が他に居ないとも限らない。

 

「木ノ葉は住みやすいからなぁ……砂隠れには戻りたくねぇなぁ」

「そーだなぁ、それには全面的に同意するぜ、俺様もあそこは御免だ」

 

 うんうんと砂狸が頷いた。頷くための首がないので、頷くというよりは全身をコロコロと前後させている状態だが。

 砂漠のオアシスに作られているという性質上、砂隠れの里は物資に乏しい。木ノ葉隠れの里のように悠々自適な食道楽が行えるほど豊かな場所ではないのだ。

 固く焼しめられたパンと味気のないスープの生活には二度と戻りたくはない。

 

「それに比べて木ノ葉隠れの豊かさだよ、好きな所で水が飲めるんだぜ? こんな贅沢が信じられるかよ」

「砂隠れとは雲泥の差ってやつだな、ギャハハ!」

 

 同意だとばかりに砂狸がゲラゲラと笑う。

 木ノ葉に初めて訪れた時はカルチャーショックを受けて愕然としたものだ。それくらいに両里の国力の差は如何ともしがたい。

 古今東西の海の幸、山の幸、珍味が味わえる程に木ノ葉は豊かだ。食道楽を極めるために、ここほど立地条件が優れた場所はないと言って良い。

 二度ほど起こる木ノ葉に対する襲撃イベントがネックではあるが、それさえ乗り切ってしまえば絶好の優良物件なのである。

 

「お前も嫌だろ砂狸、あの固いパンと干物が続く生活は」

「最初はアレでも充分だと思ってたが、こっちの食い物を知っちまうとなぁ」

 

 二人揃ってしみじみと息を吐く。命を張って木ノ葉を守ろうとまでは思えないが、せめて自分の周りくらいは守らなければならないだろう。

 自由で平穏な食生活のために。サツキは決意を新たにした。

 

 




皆さんは甘い物で酒が飲めるタイプですか、飲めないタイプですか。
作者は飲めるタイプです。

守鶴が仲間内に居るので、ナルト君というか九尾に対するヘイトが最初から高いです。


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