大淀さん、ちょっと危険な感じ。
輸送ワ級の真実?!
などなどでお送りいたします。
0200時。
深夜。
監査という仕事柄、大淀は様々なものを見ていないようでしっかりと見ている。
他の誰もが気付く事の無いような事や些細なこと、人が隠したいもの事や本人が知らないちょっとした癖までも大淀は見て、それに気付くほどしっかりと見ている。
また、大淀は人の視線にかなり敏感である。それは過去に政治家・中倉平八郎の護衛をしていた時から、好奇の視線や殺気を孕んだ視線、興味から悪意、様々な視線を投げかけられたせいである。
まぁ、視線に敏感であるがゆえにゲシュペンストが研究施設にドローンを侵入させた際の龍田の殺気たっぷりのあの睨みを見て失神して失禁したわけだが、まぁ、それは龍田の殺気が相当なものだったのか、大淀自身の心が弱かったのか、どちらなのかはさておき。
そんな彼女がゲシュペンストという人物を見たときに、二重人格なのではないか?と推測していた。
まぁ、これはゲシュペンストと玄一郎の二つの人格が共存しているためだったのでそう見えただけであるし、大淀もちょっとしてからそれを知ったので特に警戒とかは必要無いと判断した。
次に、正直かつ誠実そして有言実行を旨とする聖人君子、という評価をしたが誠実と聖人君子の聖人という言葉はとある事件で消滅してしまった。
大淀は人の視線に敏感なのである。
風呂の隠しカメラなど、とっくに気づいていたし盗聴マイクもすぐに見つけていた。最初は覗きとか盗撮なのか、と思い、過去の経験からアヘ顔ダブルピースな画像のトラウマを思い出したりもしたが、いやいやそうじゃなくて、これは諜報の為のものであり、ゲシュペンストは自分や沖田少佐を信用していないのではないか?とか思ったのである。
故に、いろいろと特に重要っぽいが言っても差し障りもなく、しかし事実である事を言って情報を与えて見ることにした。
次の日から隠しカメラや盗撮マイクの気配は無く、大淀はいろいろな側面から考察したが、沖田少佐が助けられた際、ゲシュペンストが沖田少佐をフィリピン泊地のブラックな提督だと勘違いして追い出そうとした事を思い出し、おそらく監視していたのは保護した艦娘達にとって危害を加えるかも知れないと考えての事であり、その疑いが晴れたために監視を止めたのだろう、などと推測した。
……本当は覗きかメインだったなんて事は全く考えていない辺り、思い込みと言うのは恐ろしいものである。
助けられたという事実や今までのさまざまな玄一郎の行動が隠れ蓑になっていたのも事実であるが、彼女のゲシュペンスト(=玄一郎)への評価はかなり高かった。
彼がかなりの人情家であるのはこれまでの行動から明らかである、と大淀は断定。ただ、敵対したならば容赦は無いという事も彼が引き起こしてきたこれまでの様々な事件からも理解していた。
だか、それも彼女の頭ではすでに妙な方向へと変化しており、それこそおかしな具合に曲がって捉える感じになっていた。
艦娘に対して、彼は消してその破壊の力を振るわない。それは慈悲である、などと思っていた。いや、思うようになっていた。
……いや、慈悲ってあんたと言いたくなるが、もうおかしな思考は止まらなかった。
大淀はかつて女衒鎮守府と呼ばれた舞鶴で作られた艦娘の一人だったが、そこで彼女に与えられた仕事は『M嬢』つまりマゾとして責められる役割だった。
艦娘の能力は艤装に宿っているが、女衒鎮守府で娼婦をさせられる艦娘達はまず、艤装を解体させられ、艦娘としての力を奪われる。
艤装を解体された艦娘はただの非力な女でしかない。
大人しく従順で気の弱かった当時の彼女は、その性格からそういう素質があると当時のブラックな舞鶴提督から適当にそのように仕事を割り振られ、そして調教され、様々な目にあってきた。
何に祈れば良いかわからぬうちから、救いを求め、望まぬ仕事をさせられ、汚されて生きて、死ぬことも許されず、死ぬことも恐ろしく、泣きながら叫びながら毎日毎日をただ生きていた。
神という概念を知っても、なんら救われない。
人に助けを求めても、願っても、彼らは彼女が泣き叫ぶ姿を楽しみ、そして彼女を汚して喜ぶだけなのだ。
それが、彼女の過去であり彼女の記憶の闇だった。
そんな彼女が、その闇を再び表に出すきっかけは、ゲシュペンストが助けてきた、艤装の無い艦娘達を見たことだった。
大淀は、沖田少佐が助けてきた艤装を外されたその艦娘達を見て過去の自分を重ね合わせてしまったのだ。
そしてずっと心の奥底に沈めたはずの過去の暗く深い闇の部分を思い出してしまった。
ああ、あの子達はこれから不幸になる。
そんな漠然とした予想が大淀の心にあった。
だが、艤装を失った艦娘達にゲシュペンストは手を差し伸べた。
療養の場所や高速修復剤まで与え、出来る限りまともな食事をと、厨房で食事を作り、寝床を与え、そこまでしていると言うのに、こんなものしか用意出来なくてすまないと謝る。
彼は聖人では無かろうか、と思いかつての彼女の主人だった中倉をも思わせて、いつしか彼女はゲシュペンストにそれを重ねて見るようになった。
そして、彼が様々な物を無から創り出す様を見て、それははるか先の存在へと昇華した。
すなわち彼こそが『神』艦娘を救う者である、と。
彼女の思考はどんどんズレて行くが彼女自身、それにまったくおかしいとは思わなかった。
かつて救われず、闇の中で求めた『神』。今は亡き中倉平八郎が、その神と巡り合わせてくれたに違いない。
大淀はこれまでの情報をズレた思考でそう分析して考える。
中倉翁と会わせるのは良い。それもまた運命なのだろう。中倉平八郎が巡り合わせてくれた『神』ならば、その父である中倉利道もまたやはり会うべきなのだ。
とはいえ信愛なる『神』の意思にそれがそうならば。
そうして大淀は是非、この事件が終わったならば中倉翁と会って欲しいとゲシュペンストに言いに行こうとして、偶然にもゲシュペンストと龍田の会話を聞いてしまった。
あの時は大淀は厨房の入り口の近くにいたが、話が話だったため、隠れるしか無かった。
幸い、ゲシュペンストは龍田との話に集中していた為、大淀には気づいてはいなかったようだが。
「元の世界に帰って、死ぬ事が彼の望み」
言って、大淀は愕然とした。
あの、お人好しで世話好きで優しいあの方の望みが、とてつもなく恐ろしいもののように感じる。
救いの神が、死ぬ。
中倉平八郎の死を思い出し、大淀はその時の彼の死に様をフラッシュバックさせてしまった。
大淀には死というものは何よりも恐ろしいものであり、トラウマだった。
そのトラウマも未だに根強く残り、今でも悪夢としてそれは現れるぐらいなのだ。
だが、彼女の頭脳はそれでも回転し続ける。なにか方法は無いのか。彼がこの世から去り、死ぬ事が無い方法は、と。
「……彼の世界に、帰らせねば良い。なら、彼は彼としてこの世界に居続ける。それが善い。それが最善。死なせない為に、この世界に縛れば良い。この世界に彼を縛るにはどうすれば良い?立場?役目?それとも……」
大淀は思考を加速させる。トラウマも恐怖もその燃料として、様々な方法をいくつもいくつも思いついては消し、思いついては消し、それを繰り返し、そして思いつく。
ゲシュペンストが死なない方法、そして死なせない方法を。
それは、乙女心の裏側の闇。トラウマをも燃やしつくさんとする乙女の底力。恋心と言うにはもはやおどろおどろしく、そして純粋なる……呪いにも似た何か。
それは狂信、とも言うべき愛。
かつて愛した者とは全く形の異なる愛の形を彼女は心に宿してしまっていたのである。
この大淀の計画は後に一度失敗に終わるのだが、しかし二度目に成功する事となる。一度目はこの無人島。だが、二度目はパラオで成就した。
ある意味、大淀の暗躍が無ければゲシュペンストは後に提督になどなっては居なかったとも言える。
「……一人では、無理。なら何人も何人も付ければいい。みんなで捕まえて、日本でなくても良い。そう、ここみたいに、出来るだけ大勢で、全員で彼の重しになればいい」
大淀は方法を思い付いた。後は行動するのみ。
彼女は、かつて取り締まり処刑するはずだった元テロリストの寝床まで、まるで夜闇の影の如くに忍び寄った。彼が助けて欲しいと願った。だから助けた。ならばせめて彼の為、彼をこの世界に縛り付ける鎖の一つになれば良い。
ゲシュペンスト捕獲同盟と呼ばれる秘密組織が産声をあげる。そしてそれは多くの艦娘達を巻き込む事になるのだが、やはりそれは後の話……というか本編へと繋がる話である。
大淀のズレた、いや狂った執着心は何年も何年も変わらず、もう後々にまで影響していくのである。
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さて、大淀のそんな物騒な計略なんぞ知らない玄一郎は浜辺で近藤達と深海側の艦隊のリーダーと話をしていた。
彼女の日本海軍での呼称は『軽巡棲姫』だが、何となく川内の妹の神通に似ており、玄一郎は、
「えっと、深海側の神通さん?」
と、聞いてみたが、
「いいえ違いますよ?」
などという答えが返ってきた。まぁ、違うというなら違うんだろうと思い、
「じゃあ、なんてお呼びすれば?」
と、言うとなにか困ったような顔をする。
「あの……、いえ、軽巡棲姫、で良いです」
やはり、なにか訳ありのようである。深く詮索するのも失礼だろうととりあえず軽巡さん、と呼んでおく事に玄一郎はしたのだった。
軽巡さんは今回の寄生生物壊滅作戦の第一段階にて、フィリピン泊地の島からフィリピンの本島へ移動しようとするだろう寄生生物の『成虫』の群れを掃討する作戦に必要な物資を輸送する『輸送ワ級』の艦隊の護衛する艦隊のリーダーである。
その艦隊のメンバーはみんな人型であり『軽巡棲鬼』『駆逐棲姫』『駆逐棲鬼』『駆逐古鬼』『雷巡チ級elite』である。
「私達は速す…いえ、ワ級ですか?そちらですと。と共に作戦決行までこちらの島に逗留することとなります。よろしくお願いいたします」
「いま、速吸とか言わんかったか?君……」
「いえ?なんにも」
軽巡さんは、近藤のツッコミに怪しいくらいの即答だった。
とはいえワ級の正体がもしそうなら、驚愕の事実であろう。あの速吸ちゃんが沈むとああなる、というのは……って、あれ?
見ればワ級達が丸い球のようなものから、よいしょっと、と抜けだし、お腹に見えた部分をぺりぺりっと剥がして抜け出して来た。
「なんとぉっ?!」
そこには、ぼろ布のような服としっかりパンツを履いた女の子が四人立っていた。
「ああ、あれ大発なので」
「……まじか。あの妊婦さんみたいな部分って、お腹じゃなくてあの球と繋がってる部分なのか。よく見れば金属だ、これ」
「まぁ、私達の肌の色とおんなじですしねぇ」
しかも、顔に被っている歯のついたものを上にずらしたら、普通に顔があった。
「まぁ、これもメットですし?」
「……あ、そうなんだ」
輸送ワ級の正体は、大発付けた普通に女の子に見える深海棲艦だった、という。
「……まぁ、なんだ。夜の浜で過ごすのもなんだが、一応簡易テントを張っておいた。バーベキューの用意もしてあるが食べるかね?」
「いえ、そこまでは……」
と軽巡さんは遠慮をしたが、しかし軽巡棲鬼がその横から軽巡さんにしがみつくようにして、
「食べる食べるぅ!那珂ちゃん食べるぅ!」
と、姉が正体を隠そう隠そうとしているのに、その妹はもはや隠すつもりも無く、元気良くそう言ったのだった。
「……那珂っ!あなたねぇ……!」
「だぁってぇ、ここでは停戦中なんでしょ?そんなの面倒くさいもの。あなたもそう思うよねぇ?それにアイドルのオーラは隠せない!」
「……アイドル?」
「そう!艦隊のアイドルぅ、那珂ちゃんだよぉ…っ!」
「深海側でも、那珂ちゃんはアイドル目指してるんだなぁ」
玄一郎は、ルソンで造田博士と共に捕らわれていた川内の妹の那珂を思い出してしみじみそう言う。捕らわれの身であっても次女の神通と三女の那珂は共に健気に耐えていたのだ。
深海側ではあるが、この二人は仲が良さそうである。
「ところで那珂ちゃん、川内は?」
「ああ、お姉ちゃんは夜戦艦隊の方。泊地を監視してるよ?」
……深海側の川内も夜戦バカなのか?
「……まぁ、とりあえずバーベキュー、するか」
玄一郎はルソンで天龍と共にさんざん暴れまくった夜戦バカを思い出しつつも、炭に火を起こした。
様々なフラグが、様々なところで起こる。
ゲシュペンスト提督へのフラグは、実はこの頃に出来上がっていたのですな。ただ、第一次ゲシュペンスト捕獲作戦は失敗しますが、しかし……。
この事件後、叢雲と大淀は接近を果たしますがまぁ、それは別の話。
大淀が狂信と狂愛から救われるのは、本編で、となります。