鳳翔さんノリノリ。
もう、ワケワカンネ。
玄一郎とゲシュペンストが明石達と共に集積地棲姫をキャリアに乗せて泊地に帰る頃には、すでに夜になっていた。キャリアは高速艇の一種であり、艦娘達よりも航行速度が速いがやはり距離が遠すぎた。
だが、提督と言うのは現場に出たとしてもその後に残務はあるものであり、なにより今日来た『VIP』達の警護役が着任の挨拶をしたいという。
明日でも良くないか?と秘書艦の扶桑に聞いたれば、早く会うべしとのせっつき様にて、これを回避することならず、となにやら厄介事の臭いまでする。
このような書き方はやたら疲れるので普通に書くと、『VIP』、つまり『同盟深海五大艦』の警護役に早く会いなさいと扶桑がやたらとせっついているわけなのだが、その扶桑がやたらとはしゃいで嬉しそうにしているので、ああ、これは厄介事になるよなぁ、と少しうんざりしつつ、扶桑の笑顔を見ればどうも断れない、と言うことになる。
扶桑と共に応接室に入ると、扶桑が何故嬉しそうだったのか玄一郎は理解した。
警護役の二人は玄一郎にとっても懐かしい顔だったのである。
「斎藤さんに、鳳翔さん?!」
そう、玄一郎、つまりゲシュペンストが提督になったと同時に本国へと帰って行った二人であった。
「久し振りだな、ゲシュペンスト君。いや、ゲシュペンスト提督と呼ぶべきか。陸軍憲兵隊本部所属『斎藤一夫』特務大尉、『VIP』二名の警護任務により、再び戻って来たよ。よろしくな?」
特務大尉とくれば佐官と同様の権限が与えられている。陸軍も今回の任務に彼を抜擢するにあたっていろいろと思惑があるのだろう。随分ときな臭くなってきたものだ。
「はぁ、こちらこそ。しかし、鳳翔さんまで?寿退職したのに?」
「私は松平元帥のたっての依頼で参りました。それに夫が赴任するならば妻としてやはりそれを支えねばなりません。みんなの顔も見たかったですし」
こちらは元帥閣下からの依頼、ときた。やはり元帥閣下も今回の深海側の新興勢力のテロには様々な警戒をしているようだ。そう、一連の連続テロの繋がりを彼も読み取り、解を既に出している。そしておそらくそれは玄一郎とゲシュペンストが出した解と同じなのだろう。
松平元帥も核を搭載した巡航ミサイルによる攻撃をいち早く予測して行動しているのだと悟った。
そうでなければパラオに『五大艦』を避難させはしないし、陸と海、最大戦力の一角とも言える二人を送りはしない。
玄一郎は松平元帥に直接、今回の輸送機襲撃事件の報告とイージス艦について方向したが、特に驚きもせず、予想していたような落ち着いた態度を示していた。
さらには他のイージス艦の捜索を何を置いても優先すべしとの命令を出した。つまりはそういうことなのである。
(……やはり早急に集積地棲姫の島を調査しないといけないか)
そう考えつつ、玄一郎は斎藤の顔を見た。なんとなく、何かを諦めたような顔をしていた。なんとなくだが、単身赴任したかったんでは無かろうか、という感じに見えた。
斎藤はかつてパラオ泊地の憲兵隊の隊長をしていた時、表向きは真面目な憲兵さんという顔をしていたが、裏向きになると途端にぞんざいでめんどくさがりでいい加減になる。
やたらとワルいおっさんであり、その性格を喩えて言うならば『面倒クセェ、斬れば終わりの不如帰(ホトトギス)』だろうか。
そんな男が何故に鳳翔と結婚したのか?とか非常に謎な訳なのだが、玄一郎は素の彼とは割と親しくつき合えていたので、その辺の顛末をよく知っていた。
簡単に言えば、鳳翔がとにかく押して押しかけ押し切りうっちゃりをかまし、しまいには『夜戦』に持ち込み、ともかく逃がさなかったのである。
『夜戦』の翌日の彼の姿はさながら幽鬼の如く、あっちにふらふら、こっちにふらふらとよろめきつつ、生ける屍のように「あ゛~う゛、かゆ……うま……やべぇ……」と言いつつ、憲兵の仕事も勤まら無いほどに憔悴していた。その首筋にはまるで所有権を誇示するかのように鳳翔のキスマークの痣があり、もう、彼が逃げられないのは誰の目にも明らかであった。
なお、彼はその年で童貞だったと言われているが、その真偽は誰にもわからない。
ジロリ、と斎藤は玄一郎の方を見返して来たが、その目は明日は我が身だぞ?と言っていた。
だが、玄一郎はロボットの身体であった為に軍の鹵獲兵器としての登録しかなく、そのため人権を持たない。彼らのように結婚カッコガチなど無理なのであり、自嘲気味に、(むーりぃ~!)と舌を出した。
ゲシュペンストに搭乗しているので向こうにはわからないと高をくくっての事である。
ただ、鳳翔が何となく視界の隅で一瞬、ニヤリと笑ったような気がしてすぐさまアイカメラをそちらに向けたが、おすまし顔で扶桑が出したお茶をすすっていた。
(……嫌な予感がする)
「ああ、扶桑も座ったらどうだね?このメンツで堅苦しいのもなんだしね」
提督である玄一郎を差しおいて斎藤はそういうが、これは今は軍務ではないので対等に話そうと斎藤が示しているのだ。
もっと言えば、陸軍海軍の垣根無しで腹を割って話したい、と言っているわけである。
まぁ、軍務についている時以外はこの男は傍若無人であるので玄一郎も扶桑も気にはしない。それよりも斎藤が話したがっている内容の方が気になる。
「とごろで、お前、その重苦しいの脱がねぇのか?」
急に口調がぞんざいになった。姿勢正しく座っていたのも崩してだらーっ、となる。完璧に仕事抜きモードである。
どうやら二人は玄一郎が人間の肉体を持ったと言うことをすで松平元帥から聞かされていたようだ。
「あんた態度変えすぎだろ、ったく。つか松平元帥から聞いたのか?」
「ああ、今回の任務の都合上、聞かされたぜぇ?つか顔見せろよ。正体不明じゃこっちもやりにくいぜ」
「ええ、お顔、見せて下さいなゲシュ君」
にこやかにかつ優しげに鳳翔がそう言うが、この鳳翔がそのような態度の時は何かしら、そう、何かしらの思惑があるように思えてならない。
嫌な予感はあるのだが、しかし姿を見せないわけにもいくまい。
玄一郎はため息を吐きながらゲシュペンストのハッチをすべてオープンにすると、よいしょっと、と機体から降りた。
相変わらずTシャツにGパン姿である。まぁ、それしか服を持っていない、というか間に合わせで扶桑とか山城が持って来たものであり、暇になったら買いに行かねばなるまい、とか思っている。
なお、海軍の制服は発注しているが、まだ来ていない。
「ほぉ?なかなかどうして。そんなもんに乗れるんだ、小男だと思ってたぜ」
「もう少し若いのかと想像してましたが、たしかにそれぐらいの年齢ですね。あの頃から考えますと……30ぐらいかしら?」
「……こっち来た時が、確か21だったから、今は36か。まぁ年相応の身体にしてくれたようだ」
年齢の話をしたとたん、鳳翔の目がギランと光った。
「……男性の結婚適齢期、ギリギリですね?」
「は?」
「もう、身を固めても良い頃、いえ、もう結婚して子供がいてもおかしくない年齢ですね?ゲシュ君」
まるで良い歳こいて結婚しない息子に説教するオカンか親戚のオバハンのような事を言い出した?!
「……いや~、まぁ、いろいろありますからねー、ははは、気が付いたら早いもんで。まぁ、今回も厳戒態勢下で忙しいなぁ~、ははは。では、任務もありますのですみませんが、私はこれで……。イヤーイソガシイナー」
玄一郎はそう言ってまたゲシュペンストに搭乗してその場を逃げようとしたが、搭乗する前に、隣に座る扶桑にその手をむんず、と掴まれ、そしてまた席に戻された。
「まぁ、逃げんなよ。ゲスの旦那ぁ、いい商品揃ってますぜぇ?」
斎藤がアタッシュケースから一枚の書類を取り出した。
「ここに、お前の日本国籍の登録証明書があるじゃろ?」
バン!
次に鳳翔が、お重を包んだようにも見える風呂敷包みをテーブルの上に置いて、それをほどいて見せた。
「そしてここに、ケッコンカッコカリの書類一式がこおんなに、ありますね?」
ドン!
「さらに、だ。指輪の箱が大量生産な感じで10ダース、親切に俺が倉庫に運んでおいたわけだが」
クイッ。
斎藤が窓から見える赤レンガの倉庫を親指で指差し。
「大淀さん大忙し!結婚(ガチ)な書類もこんなところに!保証人の欄にはもちろん、松平元帥と叢雲さんのサインと実印入り!!」
ドドンッ!
「さて気になるプライスは!」
バン!
「占めて松平元帥のご恩情によって全てタダ!!」
ジャーーーーン!!
斎藤夫妻は立ち上がって、両手を広げてドヤ顔をした。
「買ったっ!!」
扶桑が立ち上がり、叫ぶように言った。
「まてまてまてまて!!なにそれ?!なにそれ?!なんなの?!それ!!つかあんたらキャラ変わっとるがなっ?!つか扶桑さん、買っちゃだめっ!!」
玄一郎は叫んだ。つかこのタイミングでどういう事だ?!
斎藤はニヤリと暗い笑いを浮かべ、ふひひひひ、とこの男に似つかわしくない嫌らしい笑い声を上げた。
それは『お前も不幸になれ?結婚という泥沼にハマれ?だーいじょーぶ、俺もそうだったからな?』と言うような顔だった。
「え?このたび、君のぉ、日本人としての戸籍登録がめでたく受理されましてぇ。それに伴い、艦娘とのケッコンカッコカリの条件が揃い、解放されましたとさ。なお、書類一式と指輪は松平元帥閣下が用意されまして『国防の要、パラオ泊地のさらなる発展と兵力増強を『黒田玄一郎准将』に命ずる。レベル99の艦娘が多く在籍する海軍泊地の中で『結魂』艦のいない状態は望ましくない。できうる限りの成果を期待するぅ、なお、結婚(ガチ)用の書類もいくつか同封しておいた。年貢を納めたまえ』とのお言葉を預かって来たぁ次第。ぶるぁああっ」
いや、若○ボイス止めれ。つかあんたのCV、絶対に杉○だろ?!と思うような感じだ。
玄一郎は、本能的に悟った。斎藤は暗黒面に堕ちてしまったのだ、と。そう、メフィストーフェレスに魂を売ったファウスト博士のような感じだ。無論、その場合鳳翔がメフィストーフェレス、ファウスト博士が斎藤だ。
ニンマリ。
鳳翔を見れば、扶桑に親指立ててグッドラック!としている。扶桑も同様に……。
(コイツら、とっくに共謀してやがった!!謀られたっ!!)
それを見た玄一郎は焦った。そう、ここから早く逃げなければならない。
「……とりあえず、扶桑、それは倉庫にしまって厳重に封印しておきたまえ。我が泊地に、それはニトロ以上に危険な代物だ。なお、私はゲシュペンストに引きこもる。なお中の人などいない。正義のスーパーロボットとして私は世界中のちみっこ達の夢を壊すわけにはいかないのだ。コール・ゲシュペ…………?」
ガシャッ、ガチガチッ、ガシコン。カキン!
「おい、ゲシュペンスト、なんでハッチ締めてロックするんだ?おい、相棒!相棒っ?!」
〔……扶桑の主砲がこちらを狙っている。私は破壊されたくはない〕
見れば扶桑は静かに、そして全く玄一郎も気づかぬウチに艦装を出し、主砲をゲシュペンストの頭部に突きつけていた。その笑顔が怖い。めっさ怖い。
「あ、相棒ぉぉっ?!」
「あらっ、こちらにも魂、あるのですね?あなたのお名前は?」
〔ゲシュペンストタイプS(泊地改装型)だ。宜しく鳳翔……。とりあえず砲をしまってくれないか扶桑。私は君達の邪魔はしない。パイロットの幸福こそ望むところなのだからな。故に、頼むからその砲は止めてくれ。シャレにならない〕
「てめぇっ、スーパーロボットが脅迫に屈するなよ?!」
「……なぁ、提督。結婚は良いぞぉ?幸せだぞぉ?ふひひひひひ、怖くなんかねぇんだ、お前もこっちに来いよぉ(テメエだけ独身でのうのうと貴族ライフなんざぁ、させねぇよぉ)」
首をカクカクさせつつ、手招きする斎藤。どう見ても和製ホラー映画の死霊さながらな感じである。
BGMに某サ○レンなゲームの変な御唱歌が流れそうな感じである。いつからホラーゲームの世界に突入したんだよ、である。
「なんかキャラ崩壊して訳わかんねぇ、つかあんたが怖えぇわ!!」
「……ゲシュ君。そう、結婚は良いものなのです。大丈夫、怖くないのですよ?」
「いや、あんたの旦那が怖い!どうみてもおかしいでしょぉぉっ!!」
「……毎朝、いつもあんな感じなので、私には見慣れた姿なのですが」
「……夜戦怖い、夜が怖い、夜戦は嫌だぁ、もうやめて、お願い、一夫のライフはもうマイナスよ……」
結婚生活のトラウマが噴出しとるげな?!
「絞られすぎっ?!」
「やだっ、恥ずかしい」
「いや、怖えぇよ!!つかゾンビ化?!」
あかん、これはあかん。
玄一郎はこのカオスと化した部屋からの脱出の意志を固めた。
「ただ道無き荒野をひたすら進むのみっ!!」
そう、玄一郎は素早く応接室の窓へと跳んだ。
ガッシャーーーン!!
窓ガラスを突き破り、そして三階の高さから、地面に着地した。常人ならば骨折しているところだが、肉体を強化されて造られた玄一郎の身体は華麗にヒーロー着地をキメた。
〔……膝を痛めるのだがなぁ、ヒーロー着地は〕
ゲシュペンストは内心そう思ったが、まぁ、玄一郎の身体の基本スペックはよくわかっている。
とりあえず扶桑は特に心配も何もせず、落ち着いた様子で普通に座ってズズズっとお茶を飲んでいた。
扶桑はなんだかんだで玄一郎の事をよくわかっており、深夜にはまた自室に帰るだろう事を見抜いていたのである。
「まぁ、帰って来たらお説教、ですね」
「そうですね。とりあえず書類一式その他は扶桑さんに渡しておきますので、使って下さいね?ほら、あなた。バカな事してないで、部屋に戻りますよ?」
「……うむ。戻るか」
斎藤は、先ほどまでのキャラ崩壊などなかったようにシャキッとして、鳳翔を伴って応接室を出て行った。
二人が出て行った後で。
「さて……山城を呼ばなくては、ね」
扶桑はそう言って懐からスマートフォンを出した。
逃げなければ、まだ、平和だったのかも知れません。
生身のまま、中身が出ていきました。
肉食動物の生息地に、獲物が一匹。