ゲス提督のいる泊地   作:罪袋伝吉

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 間宮食堂。きっとうまい。絶対うまい。めちゃくちゃうまい。

 そんな想像したら、こうなった。

 間宮さんも、また……。


逃げたらまた間宮前

 玄一郎は、とりあえず間宮食堂へと向かった。

 

 時間はまだ夜の8時。

 

 とりあえず何も食べてはいない玄一郎の腹が鳴った。そんな玄一郎にとって、間宮食堂から漂う、料理のうまそうな匂いはあたかも蛾が誘蛾灯さそわれるのと同様、振り払えぬ誘惑であった。

 

 食堂の暖簾をくぐり、開けっ放しの戸をくぐると、さらにいい匂いが、呼吸とともに鼻へと勝手に入ってくる。

 

 大丈夫、財布は後ろポケットで充分な金もある。

 

 玄一郎は食券の自販機に札を入れて、並ぶボタンを見た。

 

(ふむ……丼物が豊富、うどんに蕎麦、煮込み定食、ああ、カレーは金曜日限定なのかぁ)

 

 軽く迷った末に、ポチりと『間宮ステーキ定食(500グラム)』と言うのを見つけて押す。4500円。高いと言えば高いが、どうという事は無い。今まで給料などそれほど使って来ず、すでに家を一軒買えるほど貯金が貯まっている。それに、十数年ぶりの肉なのだ。しかも500グラム。これを食わんでどうする。

 

(肉。肉っ、肉っ!ふふふふふ、昔だってステーキなんざおいそれと食えんかったんだ。たまには良かろうってもんだ)

 

 もうすでに玄一郎の頭の中から逃げて来たという記憶は無い。バカなんじゃないか?とか思うかも知れない。だが、切り替えが早くなければやってられっかい!!なのだ。

 

 食券をパートのおばちゃんに渡すと、「ハイよっ!ステーキ定食(500グラム)っ!!」と元気な声で厨房へと伝えた。本当ならば食券式で、そういう風に伝える必要は無い。自動販売機がすでに厨房のモニターに注文を送っているからだ。だが、やはり客から見れば、こういう活気のあるやりとりはやはり良いものである。

 

 これが黙って食券を受け取ってテーブルに貼り付けてそのまんま、というのは陰気な印象を受け、その店に二度と入りたくないような気にさせてしまう。

 

「間宮食堂か。いいね。うん」

 

 玄一郎はカウンター席でこの雰囲気をすでに堪能していた。メニューに酒もあるにはある。だが、玄一郎はゲシュペンストのパイロットでもあるのだ。いつ出撃せねばならないかわからないので飲まないようにしている。

 

 それに、今は飯、なのだ。アルコールより飯を腹は求めている。カロリー、栄養、とにかく飯だっ!!な気分なのである。

 

 すでにもう、舌も胃袋も肉、肉、肉を求めて病まなくなっている。

 

(まだかな?まだかなっ?)

 

 うきうきしながら料理を待つのも十数年ぶり。そう、食える。食えるのだ。身体を得た俺には、飯が食えるのだ。

 

「お待たせいたしました。ステーキの前菜、コーンスープとガレットのミートソース掛けです」

 

 料理が来て、あり?と玄一郎は少し首をひねった。いや、前菜が来るのはわかっていた。そうではなくて、持って来たのがさっきのパートのおばちゃんではなく、若くてきれいなおねぇさんだったからである。

 

 エプロン姿で、かつそこはかともなく可憐な印象。

 

 記憶を辿り、それがこの間宮食堂の主である間宮その人であると玄一郎は認識した。

 

(うわぁ、食堂にはそれほど来ることなかったけど、やっぱり間宮さんって美人だよなぁ)

 

 しばし見とれるも、間宮はにっこり笑ってコソッと玄一郎に小声で言った。

 

「提督、間宮食堂においで下さりありがとうございます。当間宮の腕に寄りをかけた料理、どうぞ御賞味、御堪能下さいませ」

 

 ぎっくうっ?!

 

 玄一郎は固まった。

 

(え?え?バレてんの?!俺、中身ってバレてんの?!)

 

 くすくすくす、と間宮は悪戯っぽく笑って、また厨房へと消えていった。

 

 ふと、周りを見れば遠巻きにしてこちらを見ている艦娘達。いや、艦娘以外にも作業員やその外、様々な視線を感じる。

 

 そしてヒソヒソ話。

 

 耳を凝らして聞いてみる。

 

『あの男の人、青葉の号外の……』『ああ、あれガセでしょ?』『でも、足柄さんが……』『でも今まで見たこと……』『輸送機で来た人じゃない?』『でも階級章も無いしTシャツにジーンズなんて……』『誰か話掛けて来なさいよ、なんかスッゴく気になる!』『でも……間宮で騒ぐの禁止よ?』

 

 ヒソヒソヒソヒソ……。

 

 どうやら、青葉が何かしたようだ。しかし、心当たりは全く無い。しかし、青葉、と言うのと号外、そして足柄というワードに何かものすごく嫌な予感がする。

 

 だが、しかし、そう、あえて。

 

(いや、とにかく今は飯だ。あとの事は後で考えるっ!)

 

 思い切って、玄一郎はとにかく外野に気づいていない振りをした。うまそうな料理を前に、そんな事を気にしては失礼だ。つか、腹が料理を求めているのだ。

 

 玄一郎はまず、スプーンでコーンスープを掬った。口に運び、その味にまず驚く。

 

 記憶にある、コーンスープの味とは違ったからだ。

 

 玄一郎の記憶にあるコーンスープは、スイートコーンを使った、いわゆる甘味の強いものでレトルトや紙パックで市販されているものだ。

 

 しかし、このコーンスープはそういう甘過ぎるコーンスープではなく、甘味があるのに旨味がしっかりと生きていて、かつ、コクとすっきりした後味なのだ。

 

 ごくり。

 

 一口飲み込み、もう一口。

 

 このコーンスープは、市販のものではなく、キチンとここで作られた手作りのコーンスープに他なら無かった。

 

「……うまい。うまいなぁ」

 

 じぃぃん、と感動。涙までこぼれてくるうまさだ。

 

 スープがこうなのだ。では、このガレットと言う料理はどうだろう。前菜と言うが。

 

 ガレット、と言われた料理は、どうもマッシュしたジャガイモと挽き肉を合わせて寄せたもののようだ。いや、キャベツも入っているのか。それにミートソースがかかっている。

 

 どれ……。と、それにフォークを入れる。にちっ、と粘りのあるこの感じはチーズだろうか。

 

 口に頬張り、そこにじわりと挽き肉の旨味、そしてキャベツ、玉ねぎの甘さが広がり、チーズの酸味がそれらをまとめるジャガイモと合わさって程よくしっとりとうまい。

 

(酸味のあるミートソースもさっぱりしてて、めちゃうまい!)

 

 もっとこれ、量があったらなぁ、と物足りなさをも感じさせるうまさだ。

 

 だが、前菜は物足りないぐらいでなければならないものなのである。メインを食ってはならないのだから。

 

 味に満足しつつ、きれいに前菜を平らげて、そしてすぐに間宮本人がライスとステーキを持って来た。

 

 金属の蓋で閉じられたそれは、未だに中でじゅぉぉぉっ!!と音を立てていた。

 

「ソースをおかけします。お気を付け下さいませ」

 

 間宮が蓋を開け、そして、茶色いオニオンソースを容器から掬って、その鉄板へかける。一瞬見えた大きな肉に玄一郎は、おおっ!と声を出してしまって、また間宮に「うふふっ」と笑われてしまった。

 

 じゅわああああああああああっ!!

 

 と熱い鉄板でソースがはぜると同時に間宮は蓋を閉じる。

 

 じゅわわわわわわ……。と、音が止んでいき、そしてまた間宮が蓋。開くと、そこには湯気を立てる大きなステーキがどどん!と現れた。

 

「ほぇぇーっ、すげぇ!うまそう、いやこれはうまいだろ、絶対!」

 

「うふふっ、間宮特製ステーキ。どうぞ召し上がれ?」

 

 囁くような甘い響きの間宮の声。

 

 一瞬、玄一郎はぞくりとした何かを感じて、はっ、とステーキから視線を間宮に移したが、しかしそこにあるのは間宮の柔和そうな笑顔だけである。

 

 いやいや、今は肉なのだ。食事に集中すると決めたのだ。

 

「はい、いただきます!」

 

 ナイフとフォークを両手に持ち、待ちかねたぞと玄一郎は肉に入れた。しゅく、しゅく、と肉はその大きさに反するかのように柔らかく、ナイフを通した。この肉に対してマナーは逆に失礼な気がしてあえて大きく切って、それを口を大きく開けて頬張る。

 

 歯に程よい抵抗。

 

 久方ぶりの肉の歯ごたえ。だがしかし筋という筋がない。硬い筋がこの肉には存在しない。いや、あるのだが、それが気にならず、ちょうどの肉の歯ごたえを生んでいる。きちんと筋を切って、しかし程よく残してある。間宮がきっちりと仕事をしている証左だ。

 

 そして、中から染み出す肉汁。脂の旨味がたっぷりと舌に広がり、ワインの風味とそして肉の血のこのなんとも言えぬ味わい。オニオンソースの甘味とこの酸味は林檎だろうか。それが唾液の分泌を促し、次の一口、次の一口につながる。

 

 付け合わせの人参、ジャガイモ、ズッキーニ、アスパラに加熱されたプチトマトも忘れてはいけない。脇役?いや、今まで出たものを思えばそんなはずはない。

 

 人参のグラッセにフォークを刺して食べてみる。甘い。この人参の甘さはどうだろう。ではアスパラは?おおっ、きっちりとソースに合わせた塩梅。プチトマトを焼いているのは初めて見るが、さて……。うぉっ、この鮮烈な酸味の中にある、トマトの旨味はどうだ。焼いただけでこんなにトマトが上手くなるのか?いや、何か工夫がされてあるに違いない。これはトマト単体のうまさじゃないぞ?!

 

 付け合わせの野菜までもが、最高にうまい。いや、全てが完全に調和して、一つにまとまり、それでいて一つ一つの個性を何一つ損なっては居なかった。

 

 こんなにうまいものがあったのか。いや、もっとあるのだ。ここは間宮食堂だ。ステーキだけじゃない、他にもうまいものが。

 

 玄一郎は驚愕した。間宮の凄さにおどろいた。

 

 確かに玄一郎は今まで肉体を持たず、食事など十数年も食べれなかった。だが、久方ぶりの食事だからうまいと感じたわけではない。確かにかつて人間として生きていた頃に比べると味覚は鋭敏になっている。いや、だからなのか。

 

 そう間宮食堂の食事は並大抵のレストランなどはるかに凌駕したものだと、玄一郎の舌と胃袋は理解してしまった。

 

「はい、食後のコーヒーをお持ちいたしました」

 

 ちょうど良い頃合で出てくるコーヒー。早すぎもせず、遅すぎもしないタイミング。

 

「……間宮さん、あなたは凄い。世界であなたにかなう料理人は、まず居ない。今日、食べれた事を光栄に思う」

 

 間宮は一瞬、きょとした顔をしたが、しかし。

 

 妖しく艶のある、女の顔にそれは変わり。

 

「……提督。あなたが望めば、いつでもどこでも、あなたが望むままに。あなたが間宮を求めるなら……」

 

 薄く赤い唇が、玄一郎の耳に囁く。

 

「妻にして下さいませ?提督」

 

 ぞぞぞぞぞっ!

 

 玄一郎の背中に最大級の、落雷にも似た衝撃が走った。数秒の間、動けずいる玄一郎に、うふふ、と笑い。

 

 間宮は優雅な足取りでまた、厨房へと消えていった。

 

 




 食欲と性欲は共存しない。しかし、食と艶は共存する。

 間宮さんが提督の胃袋を掴みに来てます。ダークホースです。

 なお、パラオの間宮さんは、間宮の中でも料理の腕に秀でた間宮さんであり、本人が本気で来ると、玄一郎の胃袋は掴まれてしまうほどです。魔性の料理人ですなぁ。
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