扶桑姉妹の手料理を想像すると、シンプルかつ彩り豊かな和食じゃないかな、と思った。
男の終着駅は、やがて始発で朝帰り(意味不明)
主人公、最大の勇気。
応接室のテーブルの上には、和食が並んでいる。
全て扶桑と山城が作ったもので、山城がお重に入れて持ってきたものである。
さらにいつの間にか炊飯器や鍋のかかったIHの卓上コンロがテーブルの上に鎮座坐(ちんざましま)しており、それがまたいい匂いを漂わせていた。
玄一郎は面食らった。
話がある、と扶桑に言おうとしたその途端に山城が執務室に入って来て応接室へと連れて来られ、そして今に至るのである。
扶桑が杓文字で炊飯器からお茶碗へご飯を装い、山城がお玉で漆器のお椀にお吸い物を注ぐ。
扶桑の白くたおやかな手が玄一郎に茶碗を差し出した。
「玄一郎さん、どうぞ」
微笑みながら差し出す茶碗を受け取り、見ればほこほこと湯気を上げる、米の立ったご飯である。
「はい、お汁」
山城がコトリ、と置くお椀の中は鯛のアラと大根の短冊の透明な潮汁であった。
「う、うむ……」
思えば、玄一郎はこの二人の手料理など見たことがなかった。ゲシュペンストの機械の身体であった時には大抵お昼には席を外していたし、物が食べれぬ身であったが故に特に気にしてはいなかった……わけでもないが、あえて見ていなかったのである。食べれぬが食べたい欲求が無かったわけではなく、しかしそんな姿を見せたならば、扶桑達も食べにくかろうと思っていたからである。
だが、今並んでいる二人の手料理はどうだろう。
お重にあるのは見栄え良く、美しいとも形容できるほどに彩取り取りの、丁寧に作られた一品一品が詰められ、皿には刺身。茶碗にはしっかりと白い米が立ち、お椀には澄んだ汁に山椒の葉。
料亭の懐石の如く手の込んだ品の数々が、扶桑姉妹の心の内を映す鏡のように思えた。
絶句、である。
とても言葉には出来ぬ。
玄一郎は一度、渡された茶碗をテーブルの上へと置く。
ごくり、と唾を飲み込む。目は扶桑、次いで山城に。
二人はこくり、と頷いた。
美しい姉妹だと改めて思う。昔も今も変わらぬ。その想いに嘘偽りは無い。
息を吐き、玄一郎は軽く目を閉じた。
二人は並び、玄一郎の向かい側の席に着く。
息を吸い、目を開き、玄一郎は手を合わせた。
ただ、一言。
「いただきます……!」
そう、この場はこの言葉しか言えぬ。
玄一郎はお椀の潮汁に手をつけた。汁を口に含み、目を見開く。
程良い塩気と鯛のアラより出た出汁がゆずの皮の香味、山椒の葉の爽やかさに彩られ、大根の柔らかな甘味と苦味がともすればクドくなりがちな出汁を抑えつつ旨味を生かしていた。汁に臭みが無いのは丁寧に洗い、下処理をキチンとしているからだろう。
くっ、美味い。
見れば、山城がくすり、と玄一郎を見て笑っていた。
(これは山城が作ったのか……)
悔しいが、うまい。いや何を悔しがっているのかわからないが、うまい。
玄一郎がお椀を置くと、扶桑が小皿をコトリと玄一郎の前に置いた。
出汁巻き、金ぴら牛蒡。
けして豪華と言うわけではない。だが、侮れぬ。小皿の上、鮮やかな黄色と落ち着いた牛蒡の茶と人参の赤。この盛り付けも扶桑の美意識を感じさせた。
出汁巻きの形は整い、金ぴら牛蒡の彩りは美しく、煮豆は型くずれも無く粒が揃い、隙が無い。
出汁巻きから手をつけ、口に運び。
ふぉっ?!と声が出そうになった。それは玄一郎の食べたことのない、うまさだった。
(この出汁、鯛か?!)
そう、鯛の出汁、それも甘味を含む出汁だ。クドく無く塩と上品なこの甘さ、そう、味醂の甘さか?!関東の甘い出汁巻きではなく、これは関西の出汁巻き、なのにほのかに甘い。くぅ、この味、うまい。
出汁巻きを食べ終わり、金ぴら牛蒡へと箸は進む。これも油断出来ん。これは……。
口に運び咀嚼すれば、カリッ、と良い歯ごたえ。本来金ぴら牛蒡ならば、しなっ、とした食感のはずがこれは牛蒡のシャキッとした歯ごたえを残しつつ、その歯ごたえの中になんとも言えぬ甘さと酸味がある。この金ぴら牛蒡、普通の金ぴらでは無いぞ。出汁はやはり鯛。しかしこの酸味は三杯酢。これは金ぴらであって金ぴらでは無い。酢の物であって酢の物では無い。金ぴらと酢の物の融合、甘さの中に爽やかな風味。くっ、うまい。箸が止まらん!扶桑、なんつうもんを、なんつううまいもんを作るんや……。
扶桑はにっこりと微笑み、手を差し出した。玄一郎は小皿を渡すと、扶桑は大根の煮物を装った。
(くっ、これはもう解る。この大根、出来る!!)
白い手が小皿を玄一郎に手渡す瞬間。手と手が軽く触れた。
うっ、と玄一郎は思った。
少し、頬を朱に染めてはにかむ扶桑の表情に、ドクン!と心臓が跳ねた。一瞬見とれた。
(くっ、いかんいかん)
今は色では無く、食なのである。流されてはならぬ。いや、流されてこういう事にはなってるけれども。
そう、大根なのである。
小皿の大根は艶やかに語る。飴色に出汁を染み込ませた大根。これは、シンプルだが強者であるとその様で物語っているのだ。
箸で割って、口に含む。
お重に入れる為に冷やした大根。口にやや冷やり、とするも、確かな出汁の旨味と汁がじゅわっと染み出る。
やはりこの甘味は先ほどの出汁巻きと同じ鯛の出汁。統一されるもこの素材のうまさによる味の変わりようはどうだ。飽きる事を知らぬ、いくらでも食えそうな程、バリエーション豊かな味わいになっている。
(くぅうっ、この料理上手めっ。ご飯が、ご飯が進む。進んでしまうではないか)
気がつけば、もう茶碗の中は空になっていた。
今度は、山城が手をこちらに差し出していた。位置的に山城は炊飯器の方に陣取っている。
その顔はニンマリとしており、自分達姉妹の勝利を確信しているかのような自信にあふれていた。
ぐぬぬぬぬぬぬ、と何故か敗北感のような物があったが、背に腹は代えられぬ。それによく考えなくとも食事は勝負ではないのだ。食事とは感謝していただくものなのである。
「おかわり」
玄一郎は素直にそう言い、山城に茶碗を渡した。
「ふふーん、大盛り?」
「うむ、大盛りで」
「にひひひひ」
山城はやたらと上機嫌でご飯を盛った。
「今まであんた、ご飯食べれなかったからね。私もねぇさまも淋しかったのよ。ふふふっ、やっと三人で食べれるようになったね?」
「山城も私も、何か玄一郎さんにしてあげれることは無いかとずっと思ってたのです。このような料理で申し訳無いのですが……」
「……ありがとう。いや、うまいぞ。どれも、完璧でうまい。時間、かかったろう?」
「いえ。どれもさほど」
「大根が、ここまで味を染ませるのにどれだけ時間がかかるか。鯛の出汁に臭みが無いのは、どれだけ丁寧に下処理をしたことか。そしてこの量。言うのは無粋かもしれねぇ。ただただ、俺の為に、ここまで手間暇かけてくれたんだ。……ありがとう、な?二人とも」
「湿っぽい事は言わない!ほらっ、ご飯!」
ずいっ、と山城は大盛の茶碗を差し出した。
それは天子盛り、だった。
玄一郎は、それを受け取り、そして。
二人の作った料理の数々を感謝して全て食したのであった。
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食事が終わり、玄一郎は二人に執務室へと来てもらった。
覚悟は決めている。というよりも、何度逃げたかわからない。だが、今を逃せばもう、おそらくはチャンスは無いだろう。
ゲシュペンストは、気を利かせてどこかへ行ったらしい。
執務室の机の鍵付の引き出し。その鍵はゲシュペンスト用に家具職人妖精さん特性のイスの隠しボタンと連動している。
玄一郎はそのボタンを押した。
引き出しの中には二つ並んだ、小さな赤い箱。
それを取り出し、玄一郎はデスクの上に置いた。
「……もっと、早くに渡すつもりだったんだがな。いろいろあって、今になっちまった」
言い訳のように玄一郎はそれを扶桑と山城に渡した。
二人は息を飲んだ。
「開けてみてくれ。ゲシュペンストが計測したサイズぴったりのはずだ。……出来れば受け取ってくれ」
二人は無言、いや、何も言えないまま、頬を朱に染めたまま、箱を開けた。
それは、白金に輝くリングだった。ハイビスカスの透かし模様に、少し小さいがダイヤがはまったリング。
ハイビスカスの和名は扶桑花。
玄一郎が二人のために作らせた、世界に2つしか無いリングだった。
二人は目に涙を溜めながら、それをそれぞれの薬指にはめた。
「……婚約指輪のつもりだ。ケッコンカッコカリの指輪と揃えてつけられる幅にしてる。その、な。うまい事は言えねぇけどさ。俺が好きなのは、お前らで、結婚するなら、お前ら以外に無い。カッコカリ、じゃなくて、ガチ、の方だ」
玄一郎は二人の方へと進んだ。
「扶桑、俺は初めて遭った時、ワタヌシ島で手当てした時、初めて話をした時、ずっとな、見とれてた。一目惚れだ。初めてだった。あれからずっと、今だってそうだ。ずっと惚れてんだ。15年間、なにやったって忘れられねぇほど、世界を旅して回ってもずっとだ。惚れ続けて気がついたらここの備品になってた。そんで備品続けてたら提督んなってた」
そして山城を見て。
「山城、お前はいつだって元気をくれた。覚えてるか?扶桑が無事だって、一緒に喜んではしゃいだ時。如月が目を覚ました時に抱きついて泣いた時。不幸不幸と言ってため息ついてる時。俺はずっとコイツが不幸と言わねえようにするにはどうすりゃいいんだと思ってた」
玄一郎は両手で二人を抱きしめた。
「なぁ、聞かせてくれ。頼むから、ハイかイエスかオーケーか了解かどれか肯定で答えてくれ」
そして、玄一郎は人生最大の勇気を振り絞って問いかけた。
「扶桑、山城、俺と結婚、してくれるか?」
答えは。
「「はい!!」」
だった。
野暮なギャグは入りません。
R15なのでエロも入れません。
……まぁ、そゆことで。
次回、俺は童貞だ、はネタに使えない。で、また会おう!(嘘)