パラオの憲兵さんは、ダイナマイトだ。だが、柱時計の出番はまだない。
ゲシュペンスト提督が「致し方ない、ここは霧島に……」頼むしかないか、と言いかけたその時。
部屋のドアが勢いよく開き、そして「ぽい~っ!!」と夕立がゲシュペンスト提督に向かって飛びついて来た。
「とっしーの相手は夕立がするっぽい!!」
ゲシュペンスト提督に抱きつきながらそう言った。その後ろから時雨が入って来て、
「もう、夕立。ノックしてからだよ」
と、困ったようにしかし笑いながら夕立をたしなめ、そして「報告書を出しに司令室に行ったら扶桑が提督はここだって言ったから」とゲシュペンスト提督に少し笑いかけつつ言った。
「報告書は扶桑に渡したけれど、夕立が褒めて欲しいからって」
時雨の言葉に、ゲシュペンスト提督は自分にしがみついてる夕立を見た。
にっぱーっと裏表のない元気な笑顔がそこにあった。
「褒めて欲しいっぽい!夕立、たくさん頑張ったっぽい!」
「ふむ」
このはしゃぎようは、おそらく夕立は今回の哨戒出撃でMVPを取ったのに違いあるまい。
ゲシュペンスト提督は夕立と時雨の部隊の報告書のデータを通信で呼び出して詳細を見てみることにした。
先ほど時雨が扶桑に報告書を渡したと言っていたが、扶桑の事である。すぐにデータベースへ記録しているだろう。
はたして予想通り、もうすでにそのデータは泊地のメインコンピューターに入力されていた。流石は扶桑である。仕事が早い。
メインコンピューターとリンクしてデータを見て、ゲシュペンスト提督は驚いた。
『イ級26隻、ロ級10隻、二級8、ツ級2、チ級(elite)2隻、ヲ級1隻(flagship)』
撃破数がとんでもない事になっていた。それなのにこちらの損害はゼロ、さらに全てS勝利であった。
確認のため、データベースから艦娘に搭載された記録映像のデータを呼び出し、それを六人分同時に一瞬で再生し、検証、そして正確に分析した。
(おいおい、もうこれ、駆逐艦の戦闘じゃないぞ)
艦隊に重巡の青葉や他の駆逐艦も居たとはいえ、撃破数のほとんどはこの二人が稼いでいた。
報告書の文面の戦闘の説明では、
他の駆逐艦達の援護を受けつつ、夕立と時雨が突っ込んで攪乱しつつ、左右に展開、魚雷を持つ敵駆逐艦を次々と撃破し、その間に重巡の青葉が敵旗艦を精密砲撃で大破に追い込み、その後強襲を受けて散らばろうとする駆逐艦や重雷巡をみんなで囲い込み、全艦娘が全力攻撃し、殲滅。
映像記録でも確かにそのように戦っているのだが、内容や艦娘達の動きはまるで猟犬が獲物に襲いかかっているかのようだ。海を飛び跳ね、砲を撃ち、魚雷を直接ツ級やチ級の頭に投げ槍のように投擲し、確実に一撃を文字通り必殺と叩き込むという、ありえない戦い方を繰り広げている。
その中でも二人の戦闘能力ははるかに同レベルの駆逐艦を超えており、夕時おそるべしと内心ゲシュペンスト提督は唸った。
データの閲覧を終えて(実際には一秒もかからない)ゲシュペンスト提督は自分にしがみついている駆逐艦と、もう一人の静かに自分の反応を待っている駆逐艦を交互に見た。
どちらもにっこりと邪気の無い笑顔を浮かべている。
(こうして見ているととても可愛い子達なんだがなぁ)
「夕立がMVPか。時雨もすごかったな」
夕立を撫でる手と反対の手を時雨に伸ばしてやはり頭を撫でてやる。
この白露型二番艦と四番艦もある意味訳ありの艦娘である。とはいえ別にブラック鎮守府の出身というわけではない。
二人は深海棲艦の大侵攻によって壊滅させられた鎮守府の生き残りだった。提督になったばかりのゲシュペンスト提督は、救助要請に従ってその鎮守府へ文字通り飛んで駆けつけたが、そこには多数の艦娘の遺体と深海棲艦の残骸、そしてレ級フラッグシップ、ル級エリート二隻と戦い続けている二人の姿があった。
二人は弾薬尽きても、闘志を絶やさず倒れた仲間の武器を拾って撃ったり、拳で殴ったり、蹴ったりして互角に戦っていた。
二人ともどう見ても大破状態であり、燃料も限界に近く、このままでは彼女達もやられてしまうのは目に見えていた。というか、もう二人の燃料が尽き、沈んでいきそうになっているのが見えた。
『うぉぉぉぉっ!究極ぅぅっ!!ゲシュペンストぉぉっ、キィーーック!!』
ゲシュペンスト提督は、自身の最大奥義ともいうべき必殺技モーションを発動させて急速に敵に向かった。このまま飛んで向かうよりは、ゲシュペンストキックのモーションのオーバーブーストで突っ込む方が早い。
『このまま三隻同時に蹴り貫く!!』
ドゴドゴドゴーーーーン!!
はたして狙いは完璧、ル級エリート二隻とレ級フラッグシップ一隻、まとめて同時に爆発四散。
こうして、ゲシュペンスト提督は夕立と時雨を助け、二人を抱きかかえてパラオへと連れ帰った。
その後はいろいろトラブルやらなんやらあったものだが、二人はパラオ泊地に所属することを選択し今にいたる。
「んっ……提督さん、もっと撫でて欲しいっぽい」
夕立が頭をゲシュペンスト提督の手に押し付けてせがんだ。
「はいはい、夕立は甘えん坊さんだなぁ」と言いつつ、時雨を撫でる手も緩めない。
二人の凄惨な過去を知る故に、ゲシュペンスト提督はあえて二人には甘えさせるようにしている。人ならざるロボットになっていても、なにか二人に出来るならば、と思っての事である。
この二人は仲間や自分の提督を亡くした事から、時折精神状態が不安定になる。明石によれば、適度なスキンシップを与える事で安定しやすくなる、らしい。
この場にいる長門や天龍達もゲシュペンスト提督がこうして二人に接している時には何も言わずそっと見守るようにしている。自分達もいろいろあった身だからである。
「んっ……少し、くすぐったいかな」
夕立は素直に自分の欲求を伝えてくるが、時雨は引っ込み思案な所があり、なかなか伝えてくれない。
だが、こうして二人の頭を撫でていると、やはり姉妹艦なのだな、と思うほどに反応がよく似ている。というか、犬っぽい。なんとなく。
一通り頭を撫で終わり、ゲシュペンスト提督は胸に貼りついていた夕立を引き離した。
襟首掴んでひょい。
「しかし、夕立。さっき土方中将を引き受ける、と言っていなかったか?」
「うん、言ったっぽい!」
明るく元気に答える夕立に、一同は苦い表情を浮かべた。夕立は土方中将が本国に帰ってからパラオ泊地に来た艦娘で、特に面識は無いはずである。なのに何故に志願してくるのか。
というか『とっしー』って何だよ、とゲシュペンスト提督は思うも、おそらくは他の艦娘……大方暁型あたり……に話を聞いているのだろう。
ふむ……。
「大丈夫さ。僕も一緒に警護にあたるから」
時雨も多少苦笑しつつ言った。おそらくそうなるだろうとゲシュペンスト提督も予想していた。
この二人は基本、いつも一緒に行動している。仲がよいというよりは、過ぎる。
これも、鎮守府壊滅の時のトラウマが原因だ。二人はお互いに、亡くなった昔の仲間を見ている。離れれば、おそらくはどちらも死を選ぶのではないかと危惧するほどに互いに癒着している。
「……しかし、だな」
懸念材料はある。ゲシュペンスト提督は迷った。だが。
「提督。私は良いと思うぞ?」
長門が二人を見て頷く。
「ああ、夕立と時雨なら、確かに問題無くこなすんじゃねーか?アレが暴走してもよ?」
天龍も賛成のようだ。
「そうね。でもさっき提督、霧島の名前を言ってたわね。なら、霧島を旗艦、夕立と時雨で組ませればいいんじゃない?多分、監視の目を逃れて艦娘にちょっかいかけようとしても、夕立と時雨なら穏便に捕まえられるでしょうし『土方汚染』も大丈夫でしょう。霧島の頭ならきちんと司令塔として二人を使いこなせるだろうし……頭に血が昇らなければ、多分」
五十鈴の提案は、それしかない、とゲシュペンスト提督に思わせた。
かつて五十鈴は出世艦とよばれ、五十鈴の艦長を勤めた人物は出世し、山口艦長、山本艦長の出世話は今もなお海軍史に残り、語られている。
そんな彼女の人を見る目は本物だ。適材適所を正しく見て、今も彼女は駆逐艦達や他の艦娘達のそれぞれの長所を伸ばし、育てている。
出世艦の名は伊達ではない。
ゲシュペンスト提督はうむ、と頷き、長門、天龍、明石に「では、夕立、時雨に加えて霧島で土方中将の対応に当たらせる事としたいが、他に意見がある者はいるか?」と問うた。
みな、異論は無い。
「よし、では夕立、時雨両名は今から……いや、出撃から帰ってそのままか?というか、あと一時間で夕飯か。ふむ。両名は風呂と夕飯が終わったら、そうだな。1930時、だな。司令塔に出頭してくれ」
「わかったっぽい!」「了解だよ、提督」
厄介事を任されたというのに嬉しそうな夕立と時雨の顔に若干の罪悪感を感じつつ、ゲシュペンスト提督はこれで何とかなりそうだとおもった。
しかし、油断は出来ないんだよなぁ、とゲシュペンスト提督は嫌な予感を感じて、やはり悩む。
ロボットになっても第六感というものは無くならないらしい。
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司令室に戻ると、そこには扶桑だけでなく、パラオ泊地の憲兵さんが待っていた。
ゲシュペンスト提督が工廠の研究室を出て行く時に「憲兵に通達しておきます」と言っていた。
通達したのは少し前なのに流石は憲兵さんである。動きが早い。
「お忙しい時にすみません。ちょっと困った事案が持ち上がりまして」
ゲシュペンスト提督は憲兵に頭を下げつつ、そう言った。
「いや、私達はこの泊地の治安を守るのが職務ですからねぇ。むしろそうやってご協力をいただけるのはありがたいですね」
そう言いつつも、その表情と仕草で憲兵隊の隊長である『ブルーノ』が厄介だと思っているのは明白であり、さらにはうんざりもしているのもよくわかった。
ゲシュペンスト提督のデータベースにあるブルーノという男の経歴を一言で言い表せば『この世の不幸と厄介事の塊』となる。
かつて彼はアメリカの某市の刑事であった。
犯罪組織に占拠されたビルで、銃器で武装したテロリスト相手にその場に落ちてるコショウの瓶やモップ、時には柱時計などを武器にして戦闘を行い、事件を解決し人質を救助した、とデータにはある。
それだけを見れば英雄と言っても良いのだが、英雄と呼ばれる人間は大抵不幸だと言うのは本当だと思うぐらいに、彼も不幸であった。
キャリアウーマンだった奥さんから離婚され、愛していた子供とも離れ離れ。
さらには昔救助した元アメリカ大統領の娘に謀られてまたテロリスト相手にドンパチを繰り広げる羽目になり、日本にまで行かされた、という。
そして、日本で起こった深海棲艦の侵攻に巻き込まれるわ、アメリカに帰れないわ、死にかけるわ、を経て現在に至る。
『ダイナマイト』とかなんとか言われていたらしいが、まぁ、それはさておき。
……昔に見た映画の、クリスマスに必ず不幸な目に合う刑事みたいだよな、この人。
ゲシュペンスト提督はそう思ったが、口に出せるはずもないので言わない。というか言ったらいろいろとヤバい。なにかと。
「いや、なに。近々この本国に栄転したここの前提督が視察というか監査に来るという連絡がありましてね。その警備にご協力をお願いしたい」
ゲシュペンスト提督はブルーノにそう切り出した。
「……おいおい、前の提督って言やぁ『土方歳子』じゃねぇか。ブラックなんたら……えーと、とにかくブラック鎮守府とかぶち壊したり、艦娘の尻追いかけたり、上司をクレーンから吊したり、とにかくとんでもねぇ奴だろが。というかヤツがくるのか?!」
丁寧、というか慇懃無礼な口調が速攻で普段の無礼なだけの、というか素の口調になった。
「概ね、その通りです」
ゲシュペンスト提督は口調をかえず、ビジネスライクに肯定した。本当ならば彼も普段の話し口調で話したいところだが、提督は海軍所属、憲兵隊は陸軍所属。さらには彼ら憲兵達には必要性があれば『提督』すらも逮捕拘束する権限があり、やはりそういう相手にはこういう対応となってしまう。
「おいおい、マジかよ。あの『変態爆裂娘』が来んのかよ……」
ブルーノは髪の毛が薄くなった頭に手を当てて、天井を見上げた。
『変態爆裂娘』とは、憲兵隊が土方中将につけた徒名である。土方中将は過去、何度も憲兵隊のお世話になっていたりするのだが、なにかやる事に、まるで特撮映画かなにかのように爆発を起こしているのてそう呼ばれるようになったらしい。
とは言え、確かに変態でトラブルメーカーであり、いらんことしかしない人間であっても自分の元上司である。ゲシュペンスト提督はブルーノに釘を刺しておくべきだと判断した。
「そう、土方中将が来るんですよ『ミスターダイナマイト』」
『ミスターダイナマイト』はブルーノが刑事だった時の徒名であるが、本人はそう呼ばれるのを嫌っているらしい。そう呼ぶことで牽制する。
「……その呼び名はやめてくれ。つかあんた知ってたのかよ。わかった、とりあえずあんたの前では土方をそう呼ぶなってこったな?オーケーオーケー、わかったよ」
「わかっていただけたなら幸いです、ブルーノ隊長。とはいえご存知の通り、土方中将はトラブルメーカーです。というか、本当に視察や査察、監査等の目的で来るのなら何ら問題は無いのですが……」
ゲシュペンスト提督はタブレット端末を取り出し、土方中将からのメールをブルーノに見せた。
題:【遊びに行くよ!】
『親愛でもないけど、ゲーちゃんへ。この度各鎮守府に対する査察を行するに際して、とりあえず可愛い可愛い私の艦娘達の様子とか、新造された子とか、色々見たりしたり、しにいくから。ようするに行楽だねっ!答えは聞いてないのでよろしく』
内容が酷い。正式な、それも海軍の通信を使って送られてきたメールなのに形式も格式も無視し、まるで親戚か友達の家に遊びに行く、そんな連絡にしか見えない。
「こいつは酷ぇ。軍の回線使って女子高生のメールかぁ?こいつぁ……」
ブルーノは絶句した。
その気持ちはよくわかる。
「まぁ、流石に理由も無く昔のように暴れたりはしないでしょうが、あの人は……いや、土方中将はとにかく艦娘達に対してかなりの、なんというか、その……」
なんと言って良いのかわからなくなるが、ゲシュペンスト提督の言わんとする事を読み取り、ブルーノはそれを手で制した。
「ああ、わかる、わかってるから皆まで言わなくてもいい。つまりはアレだ、トラブル起こしそうな要人に警護の名目で監視する人員を、って事だろ?」
「概ねその通りです。お願いできますか?」
「ああ、厄介だが仕方ねぇ。とりあえず要請の書類出してくれ。こっちから何人か出す。アンタところも何人か出すんだろ?」
「ええ。何人か護衛に艦娘をつける予定で、選定中です。こちらの人員はまた明日にでもそちらとの顔合わせをさせましょう。書類はその時に持たせて送ります」
「はぁ、ここんとこ何事もなくヒマだったのになぁ。ま、書類よろしく。んじゃそのようにこちらも準備しとくぜ。……あー、もう行っていいよな?」
「はい、ではまた明日、よろしくお願いします」
「ああ、また明日、な」
ブルーノはドアに向かい、振り向きもせずに手を上げてヒラヒラとさせつつ出て行った。
少しして、秘書用のデスクで提督と憲兵隊隊長のやりとりを黙って静かに見ていた扶桑が口を開いた。
「独特な方ですね、あの憲兵さん」
「確かに型破りな人だったなぁ。まぁ、昔の隊長さんみたいに威圧感は無いし話易い。しかし油断の出来ない人、ではあるかもね」
元刑事、というとゲシュペンスト提督の記憶には、『ウチのカミサンがね?』といいつつ容疑者の話を一通りきいて、聞き終わって帰るかと思わせて背中を向けたと思ったら『最後にもう一つ良いですかね?』と相手の油断を誘って容疑者の反応を見るという、ダンディーな熟練刑事のようなイメージがある。
なかなかイメージが古いが、それはさておき。
問題は彼が憲兵として対応出来るか否かなのであるが、未知数と言わざるを得ない。
バイオレンスな事は得意そうな雰囲気だったが。
ちなみに前の憲兵隊隊長はかなりの堅物であり、融通の利かない性格で、憲兵隊の中でも最も恐れられていた人物だった。
名前を『斎藤一夫』といった。
散々トラブルや厄介事を起こす土方中将に対して派遣された人材で、ついた徒名が『土方殺し』。
そんな彼も、今はもうパラオを去り、本国へ帰って行った。『対土方用憲兵』は土方が本国へ栄転したのと同時に土方を追うように日本へとまた赴任していったのだ。
なお、この斎藤隊長と結婚して寿退職したのがパラオ泊地にいた鳳翔である。
つまりはこのパラオから、対土方憲兵も土方に対してお説教の出来る艦娘も二人していなくなったわけで。
「……やはり、斎藤さんと鳳翔さんが居てくれたなら、なぁ」
ブルーノ隊長を信用しないわけではないが、ゲシュペンスト提督はかつて最も土方中将に対して有効だった二人を思い、溜め息を吐いた。
ここ数日、溜め息を吐いてばかりのゲス提督であった。
ダイナマイト刑事、昔好きだったんですよ。ええ。
どうみても、ダイでハードなアレがモデルなあのゲーム。ハマってたなぁ。
というわけで、憲兵さんはブルーノさんです。
誰得なのかは不明ですが。