主人公のゴッドゴーガン発射秒読み。
間宮と伊良湖が挨拶に来て一礼をした。
いつものエプロンではなく、シェフの正装、調理着とシェフ帽を被っている。玄一郎も始めて見る姿である。
その眼差しはまっすぐに、そして真摯に、誠実に玄一郎に向けられていた。
「当パラオ泊地貴賓食堂にようこそおいでくださいました。黒田准将、心より御礼を申し上げます。本日のメインシェフを勤めさせていただきます、間宮でございます。こちらはサブシェフの伊良湖でございます」
「パラオ泊地貴賓食堂へようこそ。こちらが本日のメニューとなっております」
伊良湖は恭しく、失礼いたしますと言い、透かし模様の入ったメニューの紙をメニュー立てに四つ差して行く。
はて?と玄一郎は不思議に思う。何故に四つなのか?と。長門、玄一郎で二人である。ならば隣の席に立てられたメニュー表は何なのか。
すると、食堂入り口の扉が開き、女性が二人入って来た。一人は赤いドレス、もう一人は白いドレスを着ている。赤いドレスは大和、白いドレスは金剛であった。
ニッ、と不敵に笑い、
「遅刻とは淑女にあるまじき、だぞ」
と言った。
「申し訳ありません」
大和は苦笑してそう言い、金剛は悪びれた感じもなく、
「真打ちは、最後にやって来るものデース!」
と言った。
玄一郎は仕方ないなぁ、と何でも無いような顔をして苦笑しつつ「確かにフルコースディナー券は四名までだからな。有効に使わねばもったいない、か」と言った。
だが、内心玄一郎はほくそ笑んでいた。ようやく、舞台に上がって来やがったか、金剛、と。
金剛が来るのはわかっていたが、しかしどのようなタイミングで来るかなど解らなかった。しかし、これでチェスの差し手は目の前に。そして後は金剛の作った流れに沿って、時を待てばいい。
「長門、他にも来るとは思わなかったぞ」
「なに、たまには良かろう?同じ釜の飯を食うの例え、だが提督だけは今までそれが叶わなかったのだ。間宮もずっとそれを気にしていた。我々も、だ」
貴婦人の如く着飾ってもやはり長門は武人なのだなぁ、言うことがいかにも長門らしい。
玄一郎は間宮の方を見た。貴賓への接待を想定した演習なので間宮からは何も言えないが、その顔は微笑んでおり、心なしか嬉しそうに見える。
「こう見えて本当はみんなを羨ましいと思ってたんだ。食事に関しては特に。間宮は美味い、間宮のこれが最高、とみんなが言うのを聞くともう妬ましくさえあった」
間宮に向かって少しおどけたように言うと、
「ありがとうございます。本日は腕に寄りをかけて、御用意させていただきます」
間宮は声を弾ませてそう言い、伊良湖と厨房の方へと下がって言った。それと同時に食前酒のカートを押していかにもソムリエといった姿の隼鷹がやってきた。いつものハネハネな髪型はきちんと纏められ、髪も後ろで括っている。
いつもの酔っ払いな姿ではなく、キチンとした態度と仕草で食前酒をテーブルに置いていく。
「こちら、本日の食前酒となっております」
「ウム、ありがとう」
玄一郎は吹き出しそうになった。確かに酒を扱わせれば隼鷹は適任だろう。だが、いつものヒャッハーな姿や酔っ払った姿、二日酔いの少しみっともない姿を知るが故に、やはり笑いがこみ上げて来そうになる。
すると突然隼鷹が小声で、玄一郎にしか聞こえないように「……ヒャッハー」。
「ぶはっ?!」
やはり隼鷹は隼鷹であった。
(くっ、減点をものともせず、まさか笑いを取りに来るとは)
予想外であった。
食前酒を口に含む前で良かったと思いつつ、その笑いを取りに来る精神に免じて減点無し、と心の中で思う。
しかし油断ならねぇなぁ、と食前酒に口をつける。
桜の花の入ったシャンパンは軽く酸味があり、確かに食欲を増させる為の食前酒として最適なものだと思った。
さて、食は食、ここからはパラオ泊地のフルコースディナーの中身について説明しよう。なお、くどいのは玄一郎のコメントです。
前菜
パラオ風サカナのラタトゥイユのトマトソース
野菜がふんだんに使われたラタトゥイユである。肉の代わりにパラオで取れた魚が使われており、さらにトマトソースには凝縮されたトマトの旨味と爽やかな酸味が爽やかでうまい。なお、パラオでは魚はサカナと言い、これは日本統治下にあった時の影響である。
サラダ~パラオ間宮風ソースかけ
彩りのよいサラダである。青菜、パプリカ、サニーレタス等の普通にサラダと思えば、ソースがとんでもなく美味い。いや、味は濃く無いのに旨味と酸味が程よく、次に出る料理の邪魔をしないバランスが計算されている。しかも野菜の旨味というものをここまで出すか?!という味である。おそらく、サラダに使う野菜から旨味を抽出したスープをソースに混ぜているのだろう。さすが間宮、一見何の変哲もないサラダをここまでの料理に仕上げるか……!と玄一郎は唸る。
スープ~ベルダックル風魚介スープ~
ベルダックル、というのはパラオの料理である。元々はサカナや鶏肉を柑橘系の若い葉を入れて煮込んだ汁物であるが、間宮のものはそれにアレンジを加えていると見える。スープに螺旋を描く茶色いソースは一見味噌に見えるが、それはやはりパラオでよく使われるワスと呼ばれる魚の骨を煮込んだ物で、少しクセはあるが魚の旨味を凝縮したものである。間宮が手ずから作り出したものであるのは間違いなく、和の技法も加えられているのか、昆布の旨味もある。これは確かにパラオ泊地でしか味わえぬ料理である。
陸カニのウカエブ風蒸し物
パラオ名物とも言える、ウカエブをアレンジした蒸し物である。ウカエブは大きな陸カニの身を甲羅に詰めてココナッツミルクをかけて蒸す料理であるが、間宮のこの蒸し物は、それを洗練させた物なのだろう。ハーブ?いや香辛料?わからん。わからんが、うまい。しかも懐かしき柚子の香りもする。ぐぬぉぉぉ、間宮、なんつう、なんつうもんを出してくれるんや……。
ワイン~ピノ・ノワール~
軽い飲み口だが、酸味がある。ウカエブ風蒸し物の後味を消しすために隼鷹が笑いながら、というよりもニヤケながら出してきたワインである。
ラベルに和風の絵柄で金剛の姿が書かれてあり、ワインの名前も金剛・ピノ・ノワールとある。なお、ピノ・ノワールは葡萄の品種である。
酒造メーカーは菅原ワイナリー。かつての海軍重鎮、菅原大将が退職後に起こしたワイン醸造所のものであり、そのワインは別名大将ワインと呼ばれて海軍軍人や艦娘達に親しまれている。
菅原ワイナリーはかつての部下であった艦娘達の名前をワインに名付けて販売しているが、味と艦娘の性格が非常によく合っていると言われる。が、料理のうまさに気を取られて忘れていた目的を玄一郎に思い起こさせるという、なんというかかなり計算された(誰にとは言わない)演出であった。なお、金剛はかなり驚いていた。
間宮風ローストビーフ
肉のメインである。赤ワインの金剛・ピノ・ノワールと非常に合うこのローストビーフはソースがワインと山山葵であり、かすかに梅の風味も加えられてともすればコッテリ感のある肉料理にさっぱり感を与えていた。
シンプルに味付けされているこれは、これ単品ならばおそらくはもの足りまい。しかし。先ほどのウカエブ風の陸カニの蒸し物のこってりした味の後に出るこのフルコースならではの技。これがもし、肉厚のこってりとしたステーキならば、このコース料理は失敗とは言わないが、損なわれていただろう。
カニで重厚感を与え、肉でさっぱりとさせるこの間宮マジックとも言うべきこの妙。フルコース料理はどうしても最後の方で腹がもたついてしまう。だが、さすが間宮、間違いがないメニュー構成である。
どれもがシンプルだが深い。うまいとしか言葉に表せぬ。和、フレンチ、イタリアン、そしてパラオの郷土料理を合わせて混然と一体化させ、まるで一つの物語の如く、音楽の如くに流れるように出してくる。
このパラオでしか食べられない、パラオの間宮にしか作り出せないスペシャリテとレシピの数々。
食わねばわからぬ。食えばわかる。
「……間宮さん、流石だ」
ここまで無口だった玄一郎がようやく口を開いた。
「多聞丸なら足りないとかいいそうですけどね?」
大和が笑う。これはかつて戦艦だった大和で山口多聞が大和自慢のフランス料理のフルコースを平らげて「美味いが量が少ねぇ」と苦言を呈した事を言っているのだ。
「俺はうまいもん食うと無口になるんだ……。耳より味覚が働くからな」
おそらく食べる事に集中しすぎて何も言わなくなった玄一郎に大和は少々心配になって軽口を言うことで和ませようとしたのだろう。玄一郎もそれが解るが故に軽口で返した。
「口と腹が幸せだ」
実際、感動で涙すらうっすらと浮かべる。
機械の身体の時は戦闘をする以外に生きている実感が得られない自分を自覚していたのだ。だが、それゆえに艦娘達には良いものを自分の代わりに食べてほしいと思っていた。愛すべき仲間であり部下、未だ戦時のこの時代に、ひもじい思いをさせてなるものかと。
自らで食う、間宮の料理。食えるようになった。相棒のおかげで肉体を得て、味わえるようになった。
そして、部下達の気持ちも有り難く、涙も出ようものである。
一瞬、金剛に一矢報いるとか止めよっかな?とかも思う。よし、めんどいから止めよう、うん。このまま何もなく終わるだろ、とタカを括りたかった。
だが、そうはなるまい事はよくわかっていた。
そしてデザートディッシュが来た。
梨の飾り切りと葡萄とトマトのソルベ。
梨のややザラザラした食感が舌についた今までの料理の味覚を取り、葡萄の爽やかな酸味とやや甘くしたフルーツトマトを合わせたソルベの味が口の中を洗うかのように、溶けていく。上に乗せられたミントの葉も計算されているのだろう。爽やかさが増してこれまたいい感じである。
そして、ラストの紅茶とプチフールが来た。
プチフールは腹を落ち着かせる小さな甘味である。
紅茶は金剛が好きなウバの葉の香りが広がる。金剛と言えばダージリンを浮かべる人も多いだろうが、パラオの金剛はウバも非常に好む。この香味と茶に浮かぶゴールデンリング。これが非常に良いのだと言う。
金剛を見れば、紅茶の香りを目を閉じて楽しみ、微笑んでいた。口に紅茶を含み、ん~っ、と味にご満悦である。
おかしい。この場で金剛が動かないとは。
玄一郎は少し訝しんだ。
料理を運んできたのは、天龍と龍田。刀も薙刀も持ってはいないとはいえこの二人を駆り出したのはおそらく逃亡防止の為であることは明白。
長門も静かに淑女然としているが、なんらかの動きを見せる兆候も無い。
大和はにこやかであり、何も腹に持っていないかのようだ。
やはりこれは単なる食事会的なノリなのか。
いいや、否。絶対に否、である。
食事の際、間宮の領域で騒ぎを起こしてはならない。これは海軍の掟よりも艦娘達にとって守らねばならぬ重い暗黙の了解である。何故ならば、間宮から出入り禁止を喰らったものの末路は悲惨だからである。
金剛の妹である比叡は未だに出禁を解除されていない。つまりは間宮の飯を食えない、間宮のおやつもアイスも食えないのである。確かにテイクアウトは出来る。だが、自分では買って食えないこの寂しさはかなり堪える。何しろ間宮の料理の代わりになる、最高のものなど皆無なのだから。
まぁ、裏を返せばそれだけ比叡カレー事件が起こした衝撃は大きかったとも言えるわけなのだが。
と、長門が動いた。
来るか、と玄一郎は思うも、平然とプチフールのチョコレートケーキを頬張る。
(この甘さ控えめのほろ苦さよ。なんというバランス、なんという……)
「料理長を読んでほしい」
天龍にそう言い、長門はニヤリと笑った。
なるほど、やはり金剛達は間宮推しか、と玄一郎は彼女達の思惑を察した。
そう、他の艦娘達をまず納得させて鎮圧出来る有力者と言えば間宮に他ならぬ。先ほども上げたが、全ての艦娘達は間宮に胃袋を掴まれ、捕らわれているのだ。
如何に戦力を持つ戦艦級と言えど、抑えられるのは数隻の艦娘のみ。だが間宮ならば全艦を抑えて御せるのだ。
如何にも金剛の考える方策であった。
金剛を見れば涼しい顔で紅茶を飲んでいる。その顔には良い紅茶を飲めて幸せデース、という感もある。
(なら、てめぇはどうなんだよ!)
と玄一郎はポーカーフェイスの裏側でイラつき思う。
あの、金剛姉妹のネグリジェ姿。ネグリジェ着てるけど、見えちゃって透けちゃってもう、裸よりセクシーじゃないですか、やだー、いや嫌じゃないけど!!
な、姿を見てから、玄一郎はなんかモヤモヤしていたのだ。
当たり前である。
冗談やノリだけであんな真似をする女はいない。金剛達の胸の内は如何に?と思うも金剛は飄々としている。まだ比叡や榛名、霧島はわかりやすい。だが金剛は全く態度に表さない。
玄一郎のこのイラつきは、本人も気づいてはいないが、ある種の恋に似た思いによる。
仲の良い女の親友や職場の女性など、気安く付き合える女性が思わせぶりな事をしてきて急に『女』と言うのを意識した恋愛経験皆無な男の心境と同様なのである。
あと、おっぱい。以外とむっちり系だったおっぱい。あれを見て気にならない奴はいない。いや、本当。
(……金剛はエロい。間違いない)
いや、何か方向が変わっている。
エロ云々さておき。
さんざん裏でいろいろと助けてくれていた女が見せたあのおっぱ……もとい、あの姿が、本心をあらわしているならば。お前の本心をさらけださせてやる!!
それが冗談だとしても、吠え面かかせてやる!!
戦略云々以前に、気持ちだと思う玄一郎。最後の一矢報いるドンデン返し、この身はすでに覚悟完了。
玄一郎は心の中で必中の意志を固めた。
ベルダックル、ウカエブ食いたい。めちゃうまいです。
それを洗練させてフルコースに取り込んだ間宮の料理を想像しますと、めちゃうまそうだから困る。
パラオは日本に影響されていると言われますが、もうね、炊飯器が普通にある所なんですよね。パラオって。
しかもビール飲むのを向こうでは「ツカレナオース」「イッショニ、ツカレナオース」だと「飲みに行きませんか」となるという。
しかも正月には小豆のお汁粉が餅入りで出てくる。
良いとこですよ?パラオ。
次回、金剛さんの金剛山は大きい連山でまたあおう!(嘘です)。