しがらみだらけの提督と事務任艦娘。
提督、扶桑姉妹、そして大淀。
過去の提督の罪。
翌日、朝一で玄一郎のところへ金剛が大淀を連れてやってきた。
もう点滴は必要無いとは思うのだが、金剛がせっせと点滴を運んで来て有無を言わせぬ速さで針を刺してセットアップし、あと、面会謝絶の札を玄一郎に見せて言った。
「明日まで、面会謝絶ネー?」
と。
ただの心配症と言うわけではなく、なにかしら理由があるんじゃなかろうか?と玄一郎は思うもわけがわからない。
「なんで点滴なんだ?」
「ビタミンとミネラル各種の点滴ヨー?チョットでも回復早めないとネー?」
「……で、その面会謝絶の札は?」
「体調整うまでは、面会謝絶、です!というか提督を失うわけには行かないのです!!」
金剛の隣で大淀がピシャリ!!と言った。
その手には彼女の私物である薄いピンク色のタブレット端末があり、彼女はそれをタップしてズイッと玄一郎に突きつけるように見せた。
その画面には、だーーーーーっ!!と艦娘の名前がリスト化されており、そして、その名前の横に○がついていた。なんのリストかと見てみれば『ケッコン希望艦娘表』とあった。
ようするに○印がついている艦娘はケッコン希望艦なのであろう。
「……えーと、今日からだよね?願書受付って。なんでまだ事務所開いてないのにデータが?」
「昨日から事務所に押し掛けて来て、フライング提出した人達がわんさかわんさかっ!!わらわらわらわらわらと!!いたんですっ!!」
大淀は怒鳴るようにそう言った。
うわぁ、と玄一郎は頭を抱えたくなった。見ればその数約40人。つまりはこの泊地の三分の一ほどの艦娘が願書をフライング提出したことになる。
これでは玄一郎の予定していた、前もって告白してくれた主要艦にプロポーズをしておくという計画に支障を来しかねない。
とはいえ、まだやりようはある。
フライング提出しても、受理は期日通りに大淀にしてもらえば良いのである。
「あー、数で押し切られたのか。止めようがなかったんだな?」
玄一郎はとりあえずそれでも予定通りで、とその後言葉を続けようとしたが、
「しかし問題はそのことではありません!」
と、大淀に早口でぴしゃり!と言われ、続けることが出来なかった。そう、大淀が早口気味に何かを言うとき。それは大淀が説教モードになっている事を差す。
「良いですか?!幾つか問題はありますが、しかし、艦娘達のフライングや暴走は予想の範疇、起こるべくして起こった事ですし、私もそれに備えて用紙を事務所カウンターにとっくに置くことで被害を最小限に抑えました!しかし、しかしです!一番の問題は提督が、このように倒れられた事です!!違いますか?!」
「……あ、ああ、そうだな」
若干、玄一郎は引き気味にそう答える。
身体がゲシュペンストの機体だった頃は各部のカメラやら赤外線などを駆使して大淀のスカートの中身を覗いたりして長い大淀の説教から気を紛らわせたりして乗り切っていたものだが、生身の身体になってからはそれも出来ない。
「返事はハイです!!」
というか、ゲシュペンストの機体の頃には全く感じなかったが、今の大淀のその剣幕はかなりのものであり、迫力すら感じてしまい、玄一郎はその身を小さくするしかなかった。
大淀は任艦娘であり、そもそもからパラオに所属しているわけではない。任艦娘はもれなく大本営の所属であり、特に大淀はその業務の性質上、場合によっては提督の指揮権剥奪さえも出来るほどの権限を持つ事もある。
そう、大淀は事実上の提督達の監視役なのである。
故に世の提督達は頭が上がらない存在だったりする。
「ハイ!!そうであります!!」
「よろしい。では、倒れられた原因はなんですか?!」
「いや、ちょっ、待て、大淀、それはなんというかプライベートな事でプライバシー、つかその、個人的な事だぞ?!……性的な事だし?!」
「何がプライベートでプライバシーですか!!まだわかって無いのですか?!貴方の存在がっ!このパラオでどれだけ重要なのかという話なのですよ?!国防の要、日本海軍の切り札、ゲシュペンスト提督の戦略的価値、また同盟深海棲艦に対する外交的価値、インド、アフリカ、中東の主要人物とのコネクションや様々な著名人との交流などもあわせて考えれば、日本に無くてはならないほどの人物なのですよ!!それが失われる危機だったのです!!」
「あ、ああ、いや、それほど俺が偉いわけでも……」
「私をただの事務任艦娘だと侮らないで下さい!プラチナとダイヤを時価にして総額数億円分、アフリカ連合の首相から送られ、さらにインドの寺院で最高の位を持つ賢者からケッコン祝いの書状を、中東を平定した『砂漠の英雄』からもケッコン祝いで現地のスゥイートオイルの油田を送られるような提督など、世界のどこを探しても貴方ぐらいのものです!全て私にはお見通しです!!」
「おうふ、バレてるっ?!しっ、しかしそれは成り行きで知り合いになった奴らが偉くなっただけで、昔は食い詰め者ばっかだぞ?!」
「黙らっしゃい!!昔は昔、今は今ですっ!!」
この大淀の恐ろしい所は些細な事からも重要な情報を入手するその頭脳にあった。
他の鎮守府の任艦娘の大淀ならば判子押してスルーするような書類であっても全部暗記、記憶し、そしてその書類群の情報を読み解き、すぐさまに組み立て、そして理解してしまうのだ。
そう、本来この大淀はパラオのような遠方の泊地に赴任してくるような任艦娘ではない。かつては大本営秘書課に所属し、その課長にまで抜擢されるほどに優秀であった。
それが、今ではパラオの任艦娘、事務局長とはいえ僻地赴任の任艦娘である。名目上も事実上も同じく、左遷である。
彼女は優秀過ぎた。そして正義感が強すぎた。
彼女は舞鶴鎮守府にて行われた艦娘建造実験で初めて建造された艦娘達のうちの一人である。舞鶴鎮守府は当時、ビアン・ゾルダークが海軍から逃亡した後に、技術者達がビアンの製造した艦娘製造機を使って実験を繰り返し、ようやくこの大淀、明石、香取、鹿島、大鯨等の艦娘を建造、そして艦娘の量産体制を整える事となった。
だが、以前にもあったように、当時の舞鶴鎮守府は後に『女衒鎮守府』と言われるようになった。
大本営に隠れて建造した艦娘達の中から一際目立って美しい者達を腐敗した政府要人や他国に売り渡したり、客を取らせて私腹を肥やしていたのだ。
このパラオの大淀もその一人であった。
彼女にとって幸いであったのは、売り飛ばされた先が実際の所、舞鶴鎮守府の内偵を進めていた艦娘擁護派の提督、菅原道夫と懇意の仲だった保守派の政治家の所だった、という事だろう。
その政治家の元で秘書見習いとして働くことになった為に、彼女は自分の中の正義感、そして類い希なる頭脳を発揮していったのである。
その後、菅原道夫大将や、間宮、金剛達による護国同盟による左派の独裁政権からの日本奪還にも大いに協力し、日本奪還後、また再び日本海軍へと戻ることとなった訳であるが、日本奪還を成し得たその後も大本営の中に溜まった膿は一掃出来ていなかったのである。
それでも大淀はがんばった。秘書課課長にまで登りつめた彼女は、自分と同じ、他の大淀を教育し、そして協力的だった艦娘擁護派の若い幹部達と共に任艦娘制度を作り上げ、今の各鎮守府や基地のシステムの根幹、その雛型を作り上げたのだった。
だが、彼女はそのシステムを構築して間もなく、かつて『女衒鎮守府』で売られた艦娘であるというスキャンダルを暴かれ、そして左遷された。
それは旧・軍主導派のブラック鎮守府の提督達による攻撃であった。
このままでは、自分を助けてくれた政治家にまで類が及ぶと、彼女は自分自身を他の任艦娘に紛れさせ、そして存在を消す事にしたのである。
そうして彼女は任艦娘として、自ら様々なブラック鎮守府や基地を渡り歩き、潰し、そうこうして土方歳子に出会ったり、鎮守府を破壊しまくるゲシュペンストに遭遇したりしたわけであり、そんな彼女が最後にパラオに来たのは運命というよりは必然であったのである。
まぁ、ブラック鎮守府の提督を法的に更迭しようと赴任したらとっくにどちらかの手によって物理的にぶっ潰され最後には、次のブラック鎮守府→壊滅、次のブラック鎮守府→壊滅、もう赴任するブラック鎮守府が無くなって最終的に仕方なくパラオへ、というなかなか数奇な体験をして来たのである。
とはいえ、彼女はこのパラオ泊地に来てから非常にここを気に入って落ち着いてしまった。
何より、ゲシュペンスト提督(玄一郎)には、本人は忘れてしまっているだろうが、大淀はその命を一度救われ、そして二、三、会話もしてある。
その時から、ゲシュペンスト提督(玄一郎)は彼女にとってとても気になる存在になっていた。
故に。
「くっ、しかしだな……単なる交友関係なんだよ、これは本当だ」
玄一郎はなんとか弁明しようとした。大本営の旧・軍主導派にいた連中などに知られれば、かつての知人達に迷惑をかけるかも知れない。たしかに知人達はかなりの権力を持つに至っているが、それでも避けたかった。
「安心して下さい。大本営には報告しません」
そう言うと、やや大淀は、にっと笑った。
そう、このパラオ提督を窮地に貶めるような事や、大本営に今も巣くう悪の幹部連中に利するような事はしないと、彼女は決めている。だから、わかってても報告はしない。
もしも報告などしようものならば、このパラオ提督は政治的に利用されるだろう。もしかすれば連中が懇意にしている、今も日本政府に巣くう左派の政治家連中も彼を利用し、私腹を肥やすために接触してくるかも知れない、いや確実に接触するだろう。
何しろ、今だって奴らはこのスーパーロボットの提督を国内のプロパガンダに使いたがっているぐらいだ。連中の意地汚さはブタよりも劣ると大淀は思っており、なによりも許し難いと思っていた。
「……何故だ?」
「そうですね。例えば新造艦を大本営に引き渡さない為に、私に書類を通すよりも先に舞鶴の近藤大将の所で通して阻止した、とか。元艦娘とは言え、アマンダ自動車修理工場の『明石』と新型リニアカタパルトを設計しているとか。憲兵とのゴタゴタを回避するためにウォーダン氏の難民認定の書類を潜水愚連隊達が私のところに持って来たのを黙認した、とか、そういう事も報告はいたしませんよ?」
「……その辺はバレでも問題は特に無い。しかし」
「それ以外でもかなり危険な情報も知ってますが。私に知られぬように内密に行動してきた事の中で、大本営に報告しては不味い事は一切私は報告しませんし、するつもりもありません。ですが私には何一つ、隠せないと覚えておいて下さいね」
「……怖いな、お前」
「提督、秘密というのはどれだけ隠しても絶対に漏洩しない秘密は無い、と思って下さい」
怖い、と言われても大淀は非常に嬉しそうに笑う。いや、ドSだとかそういう事ではない。この提督が誰かを怖いと言うときは大抵は、その相手の能力を評価してある種褒めているのだ。
だから彼女は本当に嬉しくて笑っていた。
「望みは何だ?全てを話した上で何をお前は考えている?大本営に報告する義務を持つ任艦娘のお前が、何故だ?黙っていたらお前の立場も悪くなる。つか、大本営にも帰れるぐらいの手柄になるはずなのに何故だ?」
「こそこそと悪事を行う者を更迭するなら手柄と言いますが、あなたのような方を陥れる事は、背信行為と言うのです」
「……背信、てお前、俺は教祖でもなんでもないぞ。つか、大本営のが何かと良いだろうに」
「私の望みは、貴方の側にいたい。貴方の役に立ちたい。神も仏も私は信じませんが、提督、貴方を信じて生きること。側にいること。それだけです」
「……俺はホラ吹きだぞ?知ってるだろがよ」
「知っています。でも私が信じているのです。ただただ盲信したいと思っているのです。お忘れですか?私はかつて貴方に逢い、そしてフィリピン沖で命を救われたのです。あの時に貴方が言った言葉の通りに」
大淀はそう言って両手同士を、クリスチャンがするかのようにして握って言った。
それは、過去の祈りのように玄一郎へと向けられた。
ゲシュペンスト提督の過去。
フィリピン第一基地でのおぞましき実験とそして、大淀が遭遇したブラックなどではない、暗黒の基地。
ゲシュペンスト提督の負い目の正体が今、あかされる。
次回、ケッコン話なのに重くなってもいいんですか?(嘘)でまたあおう!