実は未来はかなり暗いルートでしたが、変態が来たら明るくなったという話。
最良解へと全てが続いて進んでいる中、叢雲は、一緒のベッドで眠る松平朋也の寝顔を微笑みながら眺めつつ、その頭を愛しそうに撫でる。
あらゆる未来への方向は、もはや固定されてしまった。
これがゲームか何かならば、もはや選択肢無く一本のルートのみで後は文字を送るって画面をみているだけのクソゲーのような、そんな一本道であるが、残念ながら現実に生きるこの世界の者には、悲しい別れも苦しい戦いも弾圧される人生も、それら全てを美談にするようなストーリーなんてのも誰も望んではいないのだ。
最良解の未来はけして彼女の為だけの未来では無く、彼女と松平准将にもそれなりのリスクが発生する。だが、新たに現れた選択肢によって、ここまで不幸の種を潰して来た叢雲に、恐れる物は何も無い。
「縞傘は壊滅、旧左派陣営も破滅に向かい、あなたの実家、松平財閥は日本で唯一の軍産企業体となる。そしてさらに大きく成長するわ。……そうして後ろ盾の力が増せば、あなたの地位は盤石なものとなる」
叢雲の目にはもうすでにこれから起こる全ての事象が一直線に見えていた。フィリピン泊地で起こっている一連の事件の影響はその後に様々な方面へと大きく作用する事となるだろう。
「……あの存在がこの世界に喚ばれた時は『世界』はそこまで人類に絶望したのかと思ったけれど、まさかここまであの最低な『最良解』を本当の意味での『最良解』にしてしまうなんてね。チートも良いところだわ」
あの存在とは無論、ゲシュペンスト、つまり玄一郎達の事に他ならない。
そもそも、叢雲にとってゲシュペンストの出現は想定外の出来事だった。つまり彼女の未来視でも見通す事が出来なかったのである。
叢雲がゲシュペンストの存在を知ったのは、本来、沈むはずだった扶桑を見送る為に見ていたからだ。
扶桑の轟沈を叢雲は何千何万と選択肢を洗い直し、可能な限りの手をシミュレートして、ありとあらゆる方法で回避させようと未来視を続けた。
叢雲にとって扶桑はかつて同じ艦隊を組んだ仲間であるが、それ以上に大切な存在だった。
そう、彼女達は最初期のこの世に初めて顕れた艦娘達であり、造田毘庵ことビアン・ゾルダーク博士によってドロップされたビアンの元で家族同然に暮らしてきた娘達だったのだ。
ビアンは突如としてこの世に顕れた彼女達を最初こそは戸惑いながらも、やはりドロップさせたからにはと、我が娘のように受け入れ、そして艦娘達も彼を父親同然に慕った。
吹雪、漣、曙、叢雲、五月雨。
天龍、龍田、川内、神通、那珂。
妙高、那智、足柄、羽黒。
高雄、愛宕、摩耶、鳥海。
間宮、伊良湖。
鳳翔、龍驤。
扶桑、山城、金剛、比叡、榛名、霧島、長門、陸奥。
その他大勢がドロップされた。
多くの艦娘達がビアンの研究所で共に生活し、そしてビアンに見守られながら艦種も過去の経歴も関係なく姉妹同然に過ごした。
深海大戦の初期、日本にまだろくな戦力も無かった頃、侵略されるがままの日本にとって、ビアン博士とその娘達だけが深海棲艦達と戦えた時代、それは彼女達にとって最も幸せだった時代だったといえよう。
だが、最初の吹雪も漣も曙も五月雨も、もういない。
最初の妙高も、愛宕も摩耶、鳥海、比叡、榛名、霧島も長門も陸奥も沈んだ。
どうあっても変えられない未来。回避出来ない姉妹達の死。叢雲はそれを知りながら、ずっとみんなの死を見てきた。
彼女がどれだけ変えようと努力をしても、選択肢を変えたところで結末は同じ、未来はかわらず家族の死は避けられなかったのである。
その側で、遠くに居たとしてもその能力で愛する家族の死に様を叢雲は見届けて来た。もはやそれが自分の役割だと諦め、己に言い聞かせ、血の涙を流しながら。
そして、扶桑の未来が決するその日も彼女は見ていた。
扶桑の轟沈する未来を叢雲は嘆き悲しみ、苦しみ。それでも、愛する姉同然の扶桑の死に様を目に焼き付けねばならないと歯を食いしばり涙を流しつつ、千里眼でずっと見届けようとしたのである。
しかし、その未来はあっさりと覆された。
扶桑を沈めるはずの駆逐ハ級eliteや駆逐ロ級達の一斉攻撃がいつまで経っても起こらず、航空機で扶桑を追い詰めていた軽母ヌ級もその航空機を引っ込めて、まるで別の敵へと向かうように行動をし始めた。
そして、叢雲は信じられない物を見た。
黒い鋼の巨人が怒りの雄叫びを上げ、拳をぶちかまし、文字通り一撃のもとにヌ級を、ハ級elite、ロ級達を撃破せしめ、そして扶桑と戦闘していた戦艦ル級改flagshipにその怒りの目を向けると一瞬でその前に跳躍、そして。
ぼこぉっ!!
と、アッパーを決めた。
両の手に持つ重装甲の砲台の盾でガードする間も無く、あっさりとル級改の身体が、戦艦の身体が宙に浮かぶ。
有り得ない、と叢雲は思った。
戦艦扶桑の正確無比な主砲を喰らっても揺るが無かったル級改flagshipをアッパーカットで宙に浮き飛ばせるなんて、と驚愕した。
が、さらに驚愕すべき事が起こる。
黒い鋼の巨人が、さらにル級に踏み込み、
殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る、パンチ、パンチ、パンチの連打を出鱈目に滅多矢鱈に繰り出す。重装甲かつ耐久力の高い重武装の戦艦ル級、その上位のレベルであるル級改flagshipを、砲も何も持たぬロボットがその拳で力任せに殴りつけ、砕き、破壊していく。
ロボットの拳は無慈悲に一片の欠片すら残さずル級改flagshipを吹き飛ばし、轟沈させることもなく、爆発四散させて消滅させてしまった。
完全なオーバーキルであった。残虐とも言える、暴力の嵐に叢雲は言葉も無い。様々な戦場を経験した叢雲も、ここまでの暴虐の嵐は知らなかった。否、けしてこれは戦場での行為では無い。ただの虐殺だった。
ガシュウウウウっ……。
ロボットの背部から何らかの排気がなされると、そのロボットは今、まさに沈まんとしている扶桑を見て、先程までの残虐さはどこへやら、ワタワタしつつ、扶桑を両腕に抱きかかえた。
「おっ、おっぱい?!」
破壊の権化の最初の一言が、それだった。
叢雲は最初、破壊の権化の発したその言葉の意味がわからなかった。いや、予想外過ぎて呆気にとられた。
意味不明過ぎて、扶桑を抱きかかえながら海域を離脱していくそのロボットを叢雲は呆然とそこから見ているしか出来なかった。いや、どのみち千里眼で遠くから見ているだけであり、見守るしか出来ないのだが。
だが、未来が変わるのを叢雲は感じた。助からないはずの扶桑が助かったのだ。しかし、安心は出来なかった。
なにしろ戦闘能力も信じられないほどに高い正体不明のロボットが扶桑を連れて行ったのである。
あんな破壊の権化がなぜ扶桑さんを?!それにおっぱいってなによ?!と、慌てて叢雲は扶桑の元に千里眼を繋げた。
繋げて、叢雲はまた別の意味で呆然とした。
何故なら、その破壊神は。
洞窟の中で、わたわたしたり、目を背けたり、妙にそわそわしたりしながら、扶桑の艤装を脱がして包帯を巻いたり、傷口を消毒したり、傷薬をガーゼに塗って手当てしたりしていた。
「……これは手当て、医療行為、仕方ない事なんだ。おっぱい見えてるけどっ、綺麗な桜色のぼっちとか、俺は見るつもりなんて無いけど見えてしまってるからこう、見ちゃったり、いや、見ちゃいかん!見ちゃいかんのに俺の目どうなってんだ?!顔を横に背けても天井見ても、なんで見えてんだよ?!360°見えるってこれは見ろってことなのか?くそう、見たくないと言えばスンゲェ見たいほど綺麗だけど、ってか、命を救わにゃならん時にナニ考えてんだ俺っ!!負けるな俺、くじけるな俺、人命救助っ、応急処置っ、ぐぁぁぁっ!、煩悩退散、でもめちゃくちゃ綺麗な人だよなぁっ、この人っ!!」
手当てをする手は的確に作業を行っているのに、頭の部分だけは横を向いたり天井見たりせわしなく動き、発している声はものすごく変態的なのに、しかしながら必死に扶桑を助けようとしている。
命を救おうとしているのは理解出来たが、その様は、あたかも死霊の二人羽織り状態であり、手の動作と頭の動作が全く連動していない。まるで変態なのは頭だけで、腕は熟練の衛生兵が動かしてるかのようだ。
『な、ナニコイツ……』
そのあまりの気持ち悪い動作と変態的な発言に、叢雲はかなり退いていた……が、もはや扶桑が助かるのはもうわかってしまった。
信じられないことに今までの未来の流れでは避けられなかった多くの艦娘達に、生存フラグが乱立している事も、見えてしまったのである。
次の日の朝に沈むはずだった山城、吹雪、如月まで助かる事も、小島基地の他の艦娘達が助かる事も全て見えた。
そして扶桑姉妹が沈んだ事で怒り狂い、白鳥大佐と共に土方歳子までも殺害するはずの『雷のレ級』も彼女達が沈まなかった事で荒ぶる事もなく、その連れていた約500にも及ぶ沈んだ艦娘達の怨霊である『マヨイ』もゲシュペンストの信じられない破壊力と戦闘力によって全て文字通り昇天し、深海側のムサシもゲシュペンストの中の玄一郎という魂に惹かれてしまい、彼女が日本壊滅に手を貸すことも無くなった。
それどころか、今回のフィリピンでの事件が深海棲艦との和平を果たす為のフラグとなり、悲惨なはずの深海戦争の結末すらも、明るい未来へと変化してしまったのである。
つまり、ゲシュペンストの出現によって、ありとあらゆる未来は良い方向へと繋がってしまったのである。
ゲシュペンストが顕れてから、そこから続く未来は、叢雲が見たことの無かった道が示されていた。
そう、叢雲の見た未来では、彼女の隣で眠っている松平朋也は五年前の小島基地壊滅事件の後に大本営ごと深海側のムサシとレ級と化した雷率いる『マヨイ』の群れによって、死亡していたはずだったが、こうして共に居られる未来へと繋がった。
そして、さらに未来は続くのである。
「……破壊神、か。いいえ。結びの神、かも知れないわね。ふふふっ」
自分が惚れた男に、手を伸ばす。
髪を撫でてやり、そして。
「……幸せな未来へ、生きて……みんなで掴んで進んでいきましょう」
叢雲の顔は満ち足りていた。明るい未来へはもう一直線に続いていた。
無論、困難はそれでもある。苦しみも皆、味わう事だろう。
それでも、彼女にはその先が見えていた。艦娘と人と深海棲艦の共に進む未来、そしてゲシュペンストもその輪の中にいるのだ。
未知はまた顕れるかも知れない。しかし、おそらく乗り越えていけるだろう。
「……でも、変態なのよねぇ。はぁ、扶桑達もそう言うのが好みなのかしらねぇ?」
ぽふん、と叢雲も布団に潜り込む。
まぁ、どうでもいいか。と、未来が分かって楽観的になった叢雲はあくびを一つ。再び眠りに落ちた。
叢雲から見た、小島基地壊滅事件の全容は、未知の未来への始まりだった、という話。
ゲシュペンストと玄一郎が来なければ、最良解の未来と言えど、悲しみしか残らない未来だったわけなんですが。
まぁ、おっぱい見たり風呂覗いたりしてんのも、叢雲は全て知っていたりしますが、まぁ、叢雲さんも覗いてるので、人のことは言えないですわなぁ。