……
地下集中治療室。
「大井っち。脈…………見てて」
「……分かりました北上さん」
北上が先のリ級から回収したコアを麻酔で眠った状態の真昼の胸のあたりに乗せながら大井に指示を飛ばしている。
臓器移植の手術と違ってコアの移植は人体を傷つけることなく終了することが出来る。
コアを胸のあたりに乗せればゆっくりではあるものの自動的に体内へと吸収されていくのだ。
そもそも、「コア」自体が固形物でありながら固形物でない性質を持っているのでなかなかややこしい。
どちらかと言うと「精神力が具現化した珠」という方が正しいと思う。
肌に触れた赤いコアはゆっくりと本当にゆっくりと体の中へ入っていく。
大体コアが完全に体内に取り込まれるまでにかかる時間は約30分。
しかし、それでも呑気に待っているわけには行かないのだ。いつ体の方が拒絶反応を起こすかわからない状態ではあるので常に集中力を研ぎ澄ませていなければならない。
そんな静寂を大井が断ち切った。
「脈…………今のところ正常です」
「球磨姉ちゃん……」
「……何クマ?」
「アタシ達…………いったいいつまでこんなこと続けなきゃ行けないんだろうね?」
「それは…………テートクのことなんかもうどうでもいいって言っているのかクマ?」
そんな球磨の一言に北上が声を荒らげる。
「違うよ!そうじゃない!…………そうじゃないけど」
「北上さん……」
「アタシ…………やだよ。もう、こんな苦しそうな提督を見るの…………」
「……」
それには球磨も同意見だった。
回数を重ねる毎に深海側への侵食速度が増しているように感じるのだ。
確かにこうも何度も何度も移植を繰り返していれば耐性が付いてしまってもおかしくはないが。
「毎回麻酔で眠りながらコアの同化が終了するまでこんな辛そうな顔見せられてたら…………」
「……私も」
2人の言い分も分からなくはない。
そもそも、出来ることなら球磨がいの一番に行動に移している。
ただ、事が事なだけにあんまり大事にしてしまうと返って逆効果を招く恐れがあるのだ。
………………
数年前
突如太平洋の日本近郊海域に出現した深海棲艦。
それらは1年も経たないうちに瞬く間に世界中へと広がり、本土を攻撃してきたのだ。
日本を始め世界中の各国がそれに対して近代兵器をフル動員して応戦したのだが、結果は虚しく大敗を余儀なくされた。
理由は簡単。
進行してくる深海棲艦の大軍に、海軍が誇る艦艇の主砲はおろか、近代兵器の全てが深海棲艦に対しては無力だったためである。ダメージが大きい小さいの次元ではなく、「そもそもダメージを与えられない」の次元だった。
そのせいで、人間は海の制海権を完全に深海棲艦に奪われてしまった。
しかし、近代兵器は全く効果がないとはいえ、当時の深海棲艦は駆逐艦しかいなかったため、沈められはしなかったが、なんとか追い返すことは出来ていた。
そのおかげで今も尚世界は存続しているわけだが、このままではいずれ突破されると予想した各国の首脳陣は、これに対する対抗策の確立が目下第一の議題となった。
そこで上がった意見こそ、後の対深海棲艦用人型兵器…………「艦娘」。
深海棲艦から採取したコアを動力源の「艤装」に組み込むことにより、深海棲艦に深海の力をぶつけて相殺させようという試みだ。
しかし、研究を重ねているうちに次々と浮かび上がる問題点。
まず、深海のコアには僅かではあるものの過去に戦場で名を馳せた軍艦の記憶が刻まれているということ。
それは勝利に震える喜びの感情から、目的を成し遂げることが出来なかったという深い後悔、そして、見ているだけで精神が壊れてしまいそうなほど負のオーラを放つ憎しみの感情と言うように、様々な記憶が刻まれていた。
次に、深海のコアと兵器の融合。
本来の兵器ではコアを移植したその瞬間コアの力によって内側から破壊されてしまった。確かに兵器の大きさを大きくすればするほど力を抑えることは出来るが、ほんの数センチのコアを抑えるのにそもそも戦車レベルでは到底抑えきれないことが判明した。これを戦車よりもはるかに小さい人間が背負えるように改良しなければならなかったのだ。そんなことが本当に可能なのか………………と当時の人間は考えていたらしい。
そして最後に、これに関しては未だ理由が明確にはわかっていないのだが、何故か使用できるのが女性だけだということ。
解析の段階でどのように条件を変えてシュミレーションを行ったとしても男性には適合できず、女性にしか適合できないという結果となった。
そんな中で幾度となく秘密裏に実験が行われては失敗し、振り出しに戻る、の繰り返しの日々だったと聞いたことがある。
それでも人間はひたすらに研究を続けた。
そうしなければこちら側が滅びてしまう…………。
恐らく直感的にそう感じていたのだろうか。
そして、1年もの月日が経った後、ついにその時は訪れた。
そろそろ近代兵器での追い返しが限界に達しようとしていたまさにそんな時期だった。
日本の技術開発局がついに深海コアと艤装との融合を成し遂げる。
パッと見では背中に背負うリュックサックを大きくしてそれに砲塔を取り付けたようなビジュアルで、深海コアを宿した「艤装」の初号機。
使用した深海コアから解析された軍艦の残留思念になぞらえて、旧大日本帝国海軍における最初期に建造された駆逐艦の名前を貰い、「松」と名付けられた。
この成功は世界的にも賞賛されることになる訳だが、ここで更に高度な難題が人類に突きつけられた。
確かに、コアと艤装の融合は果たすことが出来た。
しかし、この艤装を使用できるのは「人間」しかいないということ。
当然ここで派閥は大きく二分した。
まず上がった意見は、地球と人類の未来のためにその艤装に適合する人間を探せばいい、という意見。
要は小を犠牲にすることで大を生かす、という意見だ。
当然それに反論を唱えた者もいる。
適合者を探すということはつまり…………実際に人体実験を行おうということにも等しかったからだ。
そんな非人道的な行い出来るわけがないと反論。
この議論は近代稀に見る長期的な議題となる。
両者の意見はぶつかり合い、話はいつまでも平行線を辿っていた。
しかし、どんなに平行線を辿っていたとしても議論をしているのはあくまで「人間」。どこかで必ず傾きが生じるものだ。
現状は深海棲艦に対して十分な戦力が確保出来ているとは言えない。そして、刻一刻と事態が悪化しつつある今深海棲艦に対抗しうる可能性があるものを確立させておかなくていいのか?そんな甘い考えではこの国は愚か、地球上から人間が滅んでしまう結果になりうるかもしれないのだ。そのためには一刻も早く対深海棲艦用人型兵器「艦隊計画」を進めておく必要がある。そのためには多少の犠牲を払わなければならない。ここで足踏みをしている暇はない。
こうして実験肯定派のこの意見が議論に終止符を打ち、人類の未来のため艤装の適合試験という名の人体実験がスタートした。
集められたのは下は小学生から上は20代の女性が合計10人ほど。
実験肯定派も流石に手当り次第とまでは行かず、まずは適性試験から結果をパスしたごく少数で収めようとはしていた。
そんな中、瞳の光を失いボサボサの髪のまま俯き加減で立っているのが、当時まだ大学生であった……………とある少女だった。
そして、実験は始まった。
…………………………
……ゃん…………。
……姉ちゃん!!……
「球磨姉ちゃん!」
北上に呼ばれ我に返る。
「ど、どうしたクマ?」
「どうしたもこうしたも、こっちが聞きたいよ。いきなり黙り込んじゃってさ」
「ま、球磨にも色々思うところがあるのかもしれないにゃよ~」
「思うところって?」
「さぁ?それは本人に直接聞くのが早いかもしれないにゃ~」
「別にないクマよ。それよりコアは…………あと半分って感じクマね。今のところ順調で何よりクマ」
球磨は念のため持ってきておいた主砲を床に置いた艤装の上にそっと置く。
その声が部屋に木霊したのは、球磨が主砲を置くのとほぼ同時だった。
「こ、これはいったいどういう事なのデスカ!!!」
入居ドッグ入口前。
毎度のことながら地下室にいることが出来ない俺は、ドッグを出て空を見上げた。
「こんな気持ちで月を見上げるのもこれで何回目だろうな」
俺は壁に背中を預け、ポケットから取り出した箱からタバコを1本取り出して火をつけ、1度煙を吸い込んでから、吐き出す。
たったそれだけの動作ではあるが、この時間だけはどんなに辛いことや苦しいことがあっても忘れることが出来る。
とは言っても俺は普段から吸うわけではなく、いつも決まった日にしかタバコは出していない。
「…………」
提督に深海コアを移植し、体を侵食する深海化を中和する日。
この鎮守府で提督の体のことを知っているのは俺たち姉妹以外にはまだいない。
確かに、そんな事を打ち明けたら…………恐らく鎮守府は混乱するだろう。
しかし、提督の体にも限界がある通り、隠し通すのにもまた限界がある。もし、このことを打ち明けないまま提督の体が限界を迎えた時…………それこそ最悪の結果に終わるかもしれない。
そんなことを考えながらもう1度煙を吸い込む。
そして、胸の奥でモヤモヤと渦巻く痛みとともに煙を吐き出していく。
その時
「おや?アナタは…………木曾、デスか?こんな夜中にドッグの前で何を…………って、タバコデスか?」
おかしいな。
この時間はみんな完全に寝ている時間だったはずなだが…………。
にしても、この独特なしゃべり方は。
「あぁ、金剛か。いや何、急に夜風に当たりたくなったのさ」
と、はぐらかす。
「ナルホド。と言うか、タバコなんて吸うんだネ~。木曾は」
「ん?俺がタバコ吸ったらおかしいか?」
「いやいや、全然おかしくは無いデスヨ~♪むしろ、新鮮ネ」
「そうか」
「ま、そんなことはいいとして。木曾に出くわしてラッキーだったネ~」
「ん?」
俺は煙を吐きながら金剛に視線を移す。
「それが、今日の昼間、間宮に行った帰りに北上からこの時間にドッグの前まで来るように言われてきたのですガ~。何処にも姿が見当たらないのデ~ス。木曾は見かけませんでしたカ~?」
「はぁ?北上姉から!?」
「……そ、そうネ。北上からだネ」
「…………」
北上姉……どういうつもりなんだ?
金剛にこの事を見せるつもりなのか?
「木曾?」
「…………金剛、それ言われた時北上姉はなんか言ってたか?」
「え?そうデスネ………………確か……なんか見てほしいものがあるとか無いとか」
その一言で察した。
「…………あぁ、なるほどな。つまりは北上姉も限界がきてるって事か」
「どういう事ですカ?
「ま、見ればわかるさ。着いてきな。だが一つだけ約束してくれ。今から見るものは他言無用だ。いいな?」
「?まぁ、いいですケド…………」
俺の言葉に疑問符を浮かべながら金剛が後に続いてドッグの扉を開ける。
入渠ドッグ。
艦娘の間では別名「風呂」と呼ばれる施設は、主に出撃や遠征で艤装にダメージを受けた艦や、疲労度の上がった艦がダメージ回復や疲労回復のために使用する施設で、内装が旅館などの大浴場によく似ていることから、そう呼ばれ始めた。
今は時間が時間のため、入渠している艦はおらず、電気も消されていた。
「こっちだ」
「…………お風呂、デスよネ?」
「ここが工廠に見えるか?」
「いや、そういう意味じゃないネ~。見た感じ何かあるようには見えないのですケド?」
「まぁ…………だろうな」
カラカラとかわいた音を響かせて
配置は入口から右側の壁際に4つ。
左手はすぐに壁で、入口から真っ直ぐに通路となっている。
ここは艦娘のダメージ回復と疲労回復も担っているため、一つのドッグの大きさは一人用としては大きめのサイズだった。
その通路を真っ直ぐに進んでいく。
奥から二つ目のドッグの前で足を止める。
「……ひとつ聞いていいか?」
「?なんデスカ?改まって」
「いや、金剛は…………昼間の提督についてどう思ったか聞いてみたくてな」
俺は振り向かないまま問う。
「あぁ、そんな事デスカ」
「正直に言ってくれて構わないぞ?」
そう言うと、思いの外すぐに答えが返ってきた。
「そうデスネ。正直、論外だと思いマシタ。深海棲艦を鎮守府にいれるなんて正気の沙汰じゃないと」
「あぁ、それで?」
「それと同時に疑問も浮かびマシタ。提督は言いマシタ。「共存出来るのに越したことは無い」と。しかし、本当の本当にそう考えているのであれば…………」
「あんな指揮は取れないってか?」
「…………」
「図星だな」
「しかし、正論ではないデスカ?」
「まぁ、そうだな。確かにうちのアホは以前本当にそれをやろうとしたけどな」
「…………「以前は」?」
「そうだ。「以前は」。今はもう…………」
「What?」
「いや、何でもない」
俺は咥えていたタバコを携帯灰皿に収めるともう1度金剛に問を投げる。
「最後にもう一度確認だ。…………後には引けないぞ?」
「……、分かりましタ」
金剛の答えを聞いて若干の安心感を抱きつつ、壁に備え付けのランプを
それと連動して、先程まで何も無かったただの壁からギシギシという歯車の回転する音とともに壁が開き、地下への階段が姿を現す。
「じゃあ、行くか」
「……コレは」
いきなりの事に動揺する金剛。
「?来ないのか?」
「……」
「少し長いし暗いからな、ドミノ倒しとか勘弁してくれよ?」
「流石にそんなヘマはしまセンヨ~」
「はは、それならいいんだ。たまに大井姉がやらかすから少し警戒しててな」
「そ、そうなのデスカ?」
「まぁな」
怪しく揺れるランプの光の中、二人分の足音が通路内に木霊していく。
しばらく下っていくと白い扉にたどり着いた。
「扉……デスカ」
「あぁ、そん中にアンタの抱いている疑問の答えがある」
「…………」
金剛が恐る恐るといった面持ちで扉の前まで歩み寄る。
そして、唾を一度飲み込んでから意を決したというように扉に手をかけて押し開けた。
そこで見たものは…………白が基調の部屋の真ん中に置かれた診察台のような場所に横たえられた体のあちこちが深海化している提督とその上に光る赤いコア。
「っ……(コレが……木曾の言っていた……「答え」なのデスカ!)」
「こ、コレはいったいどういう事なのデスカ!!」
金剛が声を荒らげたのを俺は部屋の外で壁に背を預けながら聞いていた。
何となくこうなるだろうなとは思っていたが……。
俺はこの日、初めて1日に2本目のタバコに火をつけた。
なんか繋がりを考えていくとどんどんシリアス方向に傾いていっちゃうな……。
と言うか、ここまで書いてて思ったけど………………これ、「艦これ」してないな!?
…………ま、いっか←(笑)
誤字脱字とかあったら連絡ください~